「ねえ、どこ行くの?」
関所へ向かう道からはずれ、三人と一匹は歩を進める。
そんな中、白髪の少女が三度目になろうかという質問を先頭を進む女性に投げかける。
「関所を越えないで隣の領土へ入れる場所です。何度も同じこと言わせないでください。」
さすがにうんざりした様子でナリルは返事をする。
それでも少女は不安そうな顔で周囲を見つめる。
「そんな不安そうな顔しないでも大丈夫。」
少女の後ろから別の女性が話しかける。
妖精のような麗美な顔立ちの女性、ソエルは安心させるように少女の白い肩を軽くたたく。
「頭領に会わせるまではしっかり守ってあげるから。大船に乗った気でいなさい、リュウ。」
「……うん。」
少し安心したような表情をみせたリュウだったが、それでも周囲の警戒をやめようとしない。
リュウの目線の先には颯爽と生い茂る木々があった。
はじめはしっかりと整備された道を進んでいた一行だったが、先頭を進むナリルが突如脇にあった木々の中に突っ込んだのである。
道なき道を突き進むナリル。
そんな先導に不安を覚えることは当然なのだが、殿のソエルに背を押される形で現在に至る。
「あんまり気を張りすぎるとナリルみたいな顔になっちゃうよ。ココをみてごらん?」
そういって自身の背中を指さすソエル。
その先にはソエルのリュックから顔を出す一匹の子狼。
リュックに包まれたココは呆けた表情で周囲の木々の香りを余すことなく堪能している。
「………さすがにここまでとは言わないけどリラックスするのはいいことだよ。でも、これはさすがにムカつくなあ。」
そういうとソエルはリュックを激しく揺さぶるが、ココはまったく意に返さない。
それどころかその揺れを楽しむ素振りさえ見せる。
なぜココが背負われているかというと、木々の中を進むにあたってこのイタズラ小僧を放置しては危険だと判断したからだ。
子犬ほどの大きさのココはいい獲物だ。
また勝手に動き回られてトラブルを呼び起こされる危険もある。
そうしたことからソエルのリュックに詰め込まれる形となったわけだが……
「はじめはあんなに嫌がってたのにね。」
「まったくだよ。リュックに詰め込むのに苦労したのに、今じゃすっかり満喫しちゃって…」
「ちょっと、二人とも!おしゃべりしてないで手伝って!」
ココを囲んで和やかな雰囲気になっていた二人にイラついた怒声がとぶ。
「ナリ、何やってんの?」
「みてわかんない?道を塞いでるツタを切ってるのよ。なんだってこんなところに…」
たしかに、一行の先には細いツタが何重にもわたって絡まり行く手を遮っている。
ナリルは鉈を手に乱暴にツタを叩くが、なかなか断ち切れない。
「っ!くっ!ああっもうっ!邪魔ねっ!」
「少し落ち着いたら?」
「落ち着いてるわよ!」
「……ナリル怖い」
リュウが怯えた表情でソエルの後ろに隠れる。
ナリルはその様子をみて大きく深呼吸して自分を落ち着かせる。
「交代しよう。ナリはここまで先頭きって頑張ってくれたんだ。」
「うん!あたしも手伝う!ナリルは休んでてね!」
そういうとソエルは背負ったリュックを地面に落とす。
リュックの中で呆けていたココは突然の衝撃に為す統べなく悲鳴をあげる。
リュウも荷物をおろしてツタの除去をしようとしたが、ソエルがそれを止める。
「ここはわたしに任せな。」
ソエルは肩を一回しすると、背に固定していた短刀を二本とも引き抜く。
「さあて、ずっと歩きっぱなしだったからね。ここらで憂さ晴らしさせてもらいますか!」
目の前のツタは一本一本は細い普通のツタだが、それが幾重にも絡まって極太の一本になり、その極太の一本がさらに絡まりあっている。
ソエルはそんな極太の一本の前に立つと目を閉じて意識を集中する。
次の瞬間、短刀が一閃し太いツタが見事に両断される。
その後も二閃、三閃と刃が光りナリルが何度も鉈を叩きつけ苦戦していたツタが次々と断ち切られていく。
「まあ、こんなもんかな。」
「おおー!お見事ぉ!」
「どうもどうも!」
リュウの拍手に応えるソエル。
それを妬ましそうに見つめるナリル。
「私が苦労してたツタをこうも簡単に切っちゃうなんてナリルはやっぱりすごいわね。」
「後ろで体力温存してたからね。」
ソエルはリュウに近寄るとそっと耳打ちする。
(今はナリの機嫌悪いからわたしに合わせて。)
(わかった。)
「体力温存できたのもナリのおかげだよ。先頭歩いてたとき、後ろのわたし達が進みやすいように道作ってくれてたでしょ?わたし達気付いてたんだよ?」
「えっ!?そうだったの!?」
「……………」
さりげない気遣いを誉めようとしたが、共闘を約束した少女に潰される。
それでもナリルの機嫌は少しだけ改善する。
「まあ、もう少し進めばこの悪路は抜けるはずよ。」
「じゃあ先頭はわたしが行くよ。」
「任せたわ。ソエルの荷物は私が持つ。」
「ありがとう。」
それまでリュックの中でおとなしく待っていたココだったが、ナリルが近づくとその不機嫌を感じ取ったのか必死に抜け出そうともがく。
「こらっ!暴れない!」
「キャインッ!」
ナリルが乱暴にリュックを背負うと中にいたココが悲鳴をあげる。
「それにしても前はこんなところにツタなんかなかったよね?自然にできたってよりは人為的に作られたみたいだったけど。」
確かにツタは何本も絡んで強度が上げられていた。
その形はまるでなにかを閉じ込める檻のような…
「まあ、気にしてもしょうがないか。先に進もう。」
――――――――――
「見ていないだと?」
顔を隠すように頭巾を目深に被った男が兵士の胸ぐらを掴み問い詰める。
脅されている兵士は震えながらも敬礼を続け、男にありのままを報告する。
「はっ!白髪の娘と白毛の仔犬を連れた旅人はこの関所に来ておりません!」
男は舌打ちすると兵士を壁に押しやる。
解放された兵士はそのまま壁に激突し、喉に手をあて崩れ落ちる。
「ここに来ていないとするとまだ領内に潜伏しているのか?いや、奴らがこちらに向かっているという情報は正しいはず。ならば……」
男は顎に手をあてしばらくうつむいて考える。
「関所を通らずに隣領に入ったか!だがどうやって……」
セイルラム領とクアレズ領の間にはマルタ河という大河が流れている。
クアレズ領に入るにはこのマルタ河を渡らなければならないが、到底泳いで渡れる距離ではない。
船も厳しい検閲を行っており、向こう岸に渡らせることは不可能とみえる。
頭巾の男…ダチムは予想をたてるがどれもしっくりこない。
苛立ちが募り壁に八つ当たりする。
床に崩れ落ちていた兵士は悲鳴を上げて後退るが、ダチム配下の頭巾の男達は微動だにしない。
ただ黙ってダチムの指示を待っている。
「さっきっからなんなんだあいつらは?」
「バカ!滅多なこと言うもんじゃない!あれはダチムだ!」
「ダチム!?セイルラムで有名な拷問吏のあのダチムか?」
「なんでそんなのがここにいるんだよ?」
「セイルラムから逃げた罪人を追ってるらしい。」
ダチムの噂をしていた兵士たちはチラッと頭巾の男に目を向ける。
その当人から刺すような殺気をとばされ兵士たちは小さく悲鳴をあげる。
ひとにらみした拷問吏は兵士たちが静かになると再び思考を始めた。
「くそっ、寿命が縮む。」
「どっちにしろ俺たちには関係ない。早く仕事切り上げてダラスの酒場で飲もうぜ。」
「…おい、貴様ら!」
「ひいっ!」
突然の声かけに驚く兵士たち。
ダチムは構わずに続ける。
「今どこに行くと言った?」
「は、はっ!仕事終わりに酒場へ行くと…」
「どこの酒場だ?」
「はっ!ダラスという街の酒場であります!」
「ダラス……ダラスか!」
ダラス……関所を抜けると一番近い街であり、物流も良いため、クアレズ領に入ると旅人たちが必ずといっていいほど立ち寄る場所である。
「そうだ……どうやって入ったかはこの際どうでもいい。奴らがどこにいくか…クアレズ領に入ってすぐ目的地へ向かうか?否!必ず補給に街へ向かうはずだ!」
ダチムは笑みを浮かべると、兵士たちに数枚の金貨を投げ渡す。
「良い情報だった。これは情報提供料だ。」
ダチムは呆然とする兵士たちに背を向け、後ろの部下に声をかける。
「これよりダラスへ向かう!そこでなんとしても奴らを探し出すのだ!」
ダチムの言葉に頭巾の男達は無言でうなずき、すぐさま準備を始めるのだった。
――――――――――
「やったー!やっと抜けたー!」
道なき道を進み、ようやっと林道にでたリュウは両手を突き上げ叫ぶ。
「いやー、本当に遭難したと思ったね。もう出られないと薄々感じ始めてたよ。」
「私も焦ったわ。次からリュウさんを先頭にするのはやめましょう。」
ソエルとナリル、そしてソエルの背に背負われているココも疲れた表情をみせる。
ツタの檻を抜けた後、ソエルが先頭になってしばらく歩いていたが、ナリルの機嫌はなかなか直らなかった。
そしてついに、背負われていたココが不安の限界に達し、母を求める仔犬のように鳴き声を漏らし始めたのだ。
リュウは突然の出来事にオロオロ狼狽えていたが、ナリルはすぐにリュックを下ろしてソエルに渡す。
ソエルはクゥーン、クゥーンと鳴き続けるココをなれた手つきであやす。
当然、ソエルとナリルが先頭と後尾を入れ替わろうとしたので、真ん中にいたリュウが先頭に志願したのだ。
二人も真っ直ぐ進んで林を抜けるだけだとリュウに任せたが、それが仇となった。
進めど進めど出口は見えてこない。
断ち切られたツタの檻を前にしたときは何が起こったのかわからず呆然と立ち尽くした。
「ココが鳴き止まないから不安になっちゃったよ。」
「途中から苛立ちが不安に変わりました。」
「わたしも最悪の事態を想定したよ。」
「クゥーン」
三人が共有する不安の原因が自分にあることに気づかない少女はケラケラ笑う。
「それにしてもココは泣き虫だね。」
「クゥーン」
「今回はおまえに同情するよ、ココ。」
「クゥーン」
「ココが不安がるのはいつものことですから。」
「いつも?」
「そう。今回はナリルの苛立ちが原因だったけど、わたしが苛立ったときもあんな鳴き声出すよ。」
「なので、ココがあの鳴き方をしたらもう片方があやすことに決めているんです。言っときますが、私のほうがあやすのは上手いんですよ。」
「それは認めるよ。」
無事に抜けられたことで安心したのか三人の会話も和やかだ。
「ここまでくれば目的地は近いです。もうひと踏ん張り頑張りましょう。」
「お酒があればもうひと踏ん張りできるのになあ。」
「だから少し取っておけばよかったのに。全部飲み干したソエルの自業自得よ。」
そんなやり取りをする二人を面白そうに見つめるリュウ。
だが、突如後方から悪寒とともにただならぬ気配を感じる。
慌てて振り向いたときには黒い大きな塊が目の前に迫っていた。
「危ない!」
ソエルの叫びとナリルが矢を放つ音が同時に聞こえる。
バキンッ
何か固いものが折れる音。
直後、凄まじい衝撃とともにリュウの身体が吹き飛ばされた。