リュウがいる街は《ジャルーク》。
そこそこ物流もあり、近隣の町からこの街にいろいろ流れてくる。
町の付近にはいくつかの村があり、村々の交易の拠点になっている。
要するに、《村》をまとめているのが《町》であり、その町をまとめているのが、領主が直接管理する《街》である。しかし、管理とは名ばかりで、多くの領主が執政官に丸投げしている。
もちろん、《ジャルーク》にも領主が住んでいる。
ジャルダン・セイルラム。
先祖はかつて三国戦争で武勲を誇っていたが、今は見る影もない。
街の一区画がまるまる領主一族の生活区画であり、一般人は入ることができなくなっている。
街でおこなわれる行事には顔を出すらしいが、この街に来たばかりのリュウは見たことがない。
話をきくと、丸々と肥えており、偉大な戦士の末裔とは思えぬ風貌だとか。
一部では「戦士の末路」などと呼ばれている。
さて、今回の依頼は近隣の町々の視察に行くお偉いさんの護衛とのこと。
護衛依頼の多くは商人や旅人から出されることが多い。
賊に襲われることの多い昨今、ある程度人数が集まってから皆でお金を出し合い、何人かの護衛を雇うのが普通だ。
今回のような要人警護はめずらしい。
なぜなら、要人は私兵を持っているので護衛ならばそれで事足りる。
しかも、現地調達なんて普通はあり得ない。
リュウは厄介ごとに巻き込まれそうな予感を抱えながら、集合場所に向かう。
集合場所である南門に集まったものは三人。
数少ない女性賞金稼ぎ。男よりは親近感があるので、リュウは仲良くしようと話しかけたが、あっけなく無視された。
しばらく待つと、女性四人に囲まれた馬車がやってきた。
皆それぞれの得物を持っているが、全員が全員相当な遣い手であることがわかる。
馬を操る御者も只者ではない。
中でも先頭に立つ女性の存在感は圧倒的だった。
金髪で背丈が190近くあり、その背に長剣を背負っている。
門前に到着すると先頭の女性が口をひらいた。
「わたしが今回の護衛任務を指揮するセディーンだ。君たちの任務はこちらの依頼主をお守りすること。どんな状況でも依頼主の安全が最優先だ。指示はわたしが出す。命令無視には厳しい罰を与える。以上だ。」
セディーンは元軍人だろう。
統率のとれた動きから、後ろに控える4人も元軍人かセディーンの指揮下で働いてきた者たちだとわかる。
しかし、指揮官の発言でさっそく問題がおきた。
「なにが罰だ。笑わせるな。守ってはやるがこっちのやり方に口を出さないでもらいたいね。」
一人の気の強そうな賞金稼ぎが答える。
賞金稼ぎをやるような輩には命令だとか規律なんてものを嫌うやつが多い。
集団になっても自分の好き勝手にやるものが多いため、山賊や盗賊のほうがよっぽど統率がとれている。
「おまえたちの選択肢は私の指示に従うか否かだ。指示に従えないならついてくるな。足手まといだ。」
「そういうお高くとまったやつが大嫌いなんだよ。まともに戦えないくせに偉そうに指図ばかりする。」
「おまえの意見などどうでもいい。私はおまえたちに従うつもりはない。私に従うか、仕事を降りるかだ。」
「はっ!こんなおいしい仕事降りるわけないだろ。解決方法は簡単さ。私と勝負すればいい。おまえが勝ったら従ってやるよ。私が勝ったら指揮権はもらうぞ。」
(結局自分が指揮したいだけじゃん!)
たしかに、一方的な指揮官の態度にはイラッとしたが、間違ってはいないと思う。
指揮系統がしっかりしていないと、護衛という仕事には致命的だ。
好き勝手に動いて、護衛対象が危険にさらされたら元も子もない。
あの護衛四人からしても、どこぞの賞金稼ぎに従うよりはこれまで従ってきた指揮官のほうが断然いいだろう。
リュウが心の中でいろいろと指摘している間に、賞金稼ぎは自らの剣を構え、指揮官と向かい合う。
指揮官のほうは背の長剣に手をかけることもせず、悠然と女を見下ろす。
賞金稼ぎの顔がみるみる赤くなり、ついに雄たけびをあげながら突っ込んでいった。
勝負は一瞬だった。
指揮官が右拳を構えた瞬間、突っ込んでいった女は自分がもといた場所まで吹き飛び、動かなくなった。
指揮官はその場から一歩も動いていない。
拳一発で女賞金稼ぎをのした指揮官は、ゆっくりと残った二人の賞金稼ぎを見据える。
「ほかに勝負を挑みたい奴はいるか?」
当然いない………いや、挑みたいと思う者はいた。
しかし、ここで仕事を失うわけにはいかず、リュウはおとなしくついていくことにした。
(この任務だいじょうぶかな…不安になってきた…)
―――――
指揮官に吹き飛ばされた賞金稼ぎは、上着をかけられて放置された。
かけたのはリュウである。
「あのままでは可哀想」という憐れみから、壁に寄りかからせる形で頭から上着をかぶせた。
女だと分かれば危害を加えられると思ったからだが、かけた上着は土埃で汚れていた。
汚れた上着をかぶせられた賞金稼ぎはどこからどうみても浮浪者だ。
リュウはこれで襲われることはないと満足げだったが、かえって本人の矜持を傷つけたことは明白だろう。
街を離れてから数刻経った。
これまで誰も一言も発していない。
重苦しい空気の中、目的地まで黙々と歩いている。
いつもは騒がしいリュウも、おとなしくついてくる。
そわそわしているのは、襲撃を警戒しているのではなく、「おとなしくしていたほうがいい」と「話しかけたい」という誘惑の狭間で揺れているからだ。
「ここでしばらく休む。警戒は怠るな。」
目的の町までもうすぐだが、お偉いさんはこれまで一度も馬車を降りてこない。
ずっと馬車に乗ったままだが、さすがに疲れているだろう。
疲れたまま町に入らせるわけにはいかない。
セディーンの指示で各々動き始める。
セディーンと御者は馬車の中にいる要人に話しかけていることがわかる。
残った護衛三人と賞金稼ぎ一人は、それぞれ得物を点検したり、水分補給したりしている。
今が話しかける好機だ、とリュウは早速動き始めた。
はじめに話しかけたのは護衛の一人。
茶髪で牡鹿をあしらった鎧を身に着けている。
今は槍の手入れをしていた。
「こんにちは。自己紹介まだだったよね?私はリュウ。あなたの名前おしえてくれる?」
「わたしはディールよ。」
こちらを見もせず名前だけ答えると、ディールは槍に集中し始めた。
もう話しかけるなというように。
気を取り直して、リュウは護衛の二人目に移る。
黒髪で、リュウとは異なり肌の露出を最小限に控えた全身黒の軽装鎧を身に着けている。
今は黙々と短剣を研いでいる。
「こんにちは。私はリュウ。あなたは?」
一瞬こちらに目を向けたが、再び短剣に目を戻す。
そのまま短剣を研いでいたが、しばらくすると小さな声で呟いた。
「………ヴァリ」
「ヴァリか。ヴァリは全身真っ黒なんだね。暑くないの?」
リュウの質問に返答することなく、短刀を研ぐヴァリ。
その後もいくつか質問したが、返答されることはなかった。
(ヤバい…ここまで名前しかきいてない。もっと仲良くなれるような質問を考えなくちゃ。)
これまで収穫なしのリュウは次こそと決意を新たに最後の護衛のもとに向かう。
赤髪短髪、虎を模した鎧を着こんだその女は、木に寄り添って水を飲んでいた。
「こんにちは。わたしは…」
「リュウだろ。さっき聞こえた。あたいはアシェル。用は済んだ?」
質問をする暇もなく、対応されるリュウ。
しかし、ここで引き下がってはいけないという勝手な思いからアシェルに話しかける。
「よかったらアシェルのこと…」
「あたいのことをあんたに話すつもりはない。ほかのみんなも同じさ。この仕事だけの付き合いなんだから余計な気を回すんじゃないよ。もうひとりの賞金稼ぎを見習いな。」
注意された……そして話しかけるなと拒絶された。
ここまで拒絶されたら続けることはできない。
リュウはトボトボと離れ、木に寄りかかって膝を抱えた。
(ここまで拒絶されるなんて…私なにか悪いことしたかな…)