隣町<マゼッタ>
セイルラム領にある町の中で一番大きい、鉱山の近くに作られた町である。
この領の財政の半分が鉱物の売買によってまかなわれている。セイルラム領の生命線であり、最も重要な場所がこのマゼッタだ。
鉱山の労働力は近隣の村から集められた若者や罪人が中心だ。
普通の町が管理する村の数は三~四つだが、このマゼッタは十の村を管理している。
集められた労働者は午前、午後に分かれて働いている。
それだけでも重労働だが、罪人は昼夜問わず、ほぼ休みなく働かされる。
その中には役人に無実の罪を着せられた被害者も多いときく。
一行を出迎えたのは町の上役たちだ。
おそらく主要な役職のものはここにいるが、町長の姿はない。
馬車に乗っているお偉いさまはそこそこ偉い人物であるが、町長が出るまでもないというところだろう。
護衛仲間から拒絶され、落ち込んでいたリュウだが、仕事はきちんとこなす。
今も背筋を伸ばして馬車の護衛役に徹している。
だが、周囲の壮麗な護衛たちに比べると賞金稼ぎ感が目につく。
最軽量の鎧姿がさらに拍車をかける。
馬車が町長たちの前で止まった。
張りつめた空気が辺りを支配する。
ついに扉が開き、リュウの依頼主が姿を現した。
輝くような金髪。
ドレスに身をつつんでいるが、無駄な肉などついていないことがわかる。
背は低くどこか幼い雰囲気が漂うが、その双房は幼さを微塵も感じさせないほど実っている。
(リュウは歯を食いしばり己を自制する)
全身に高潔さを身に纏い、だが偉そうな雰囲気を出さず、やさしさがあふれている。
「ようこそ、おいでくださいました。ウェーランズ領主オースト・ウェーランズのご息女、マリアン・ウェーランズ殿にお会いでき光栄です。」
ひとりの上役が頭を下げて挨拶をする。
(領主の娘!?超重要人物じゃん!てかなんで町長いないの!?)
ウェーランズ領は帝国内で最も小さい領土である。
領土が小さいということで、他の領主からほぼ無視されているが、その歴史は古い。
かつて三国が争っていたころから、ウェーランズは存在した。当時は中程度の国土をもち、三国に挟まれる形で存在していた。
しかし、大国に挟まれながらも、ウェーランズは存在しつづけた。
その理由がウェーランズの武力の高さである。
ウェーランズの戦士は個人の戦闘力もさることながら、統率のとれた集団戦闘力は群を抜いていた。
いつしかウェーランズの戦士は「戦鬼」と恐れられ、ウェーランズを制したものが世界を統一するとまで言われた。
しかし、事態は急変する。
現在の帝国が「魔術」を手に入れてからである。
三国の中で最も国力が弱かった帝国は、魔術を手に入れるとまずウェーランズに攻撃をしかけた。
ウェーランズの戦鬼たちは激しく抵抗したが、善戦むなしく帝国に敗れた。
戦後、ウェーランズは規模を縮小され、領主にも帝国側の人間がついたため、ウェーランズ王家の血筋は絶えた。そして帝国内で弱体化し、現在に至る。
このような複雑な歴史のあるウェーランズだが、領主であることには間違いない。
普通は町長が出迎えるべき重要人物だが、ここに町長の姿はない。
怒ってもいい場面だが、マリアンは笑みを浮かべ、上役に挨拶する。
「ウェーランズ領主オーストの娘、マリアンと申します。このたびはお忙しい中、ありがとうございます。」
「さっそくご案内いたします。どうぞこちらへ。」
マリアンが町を案内されている間、リュウたちは周囲を警戒していた。
鉱山は一般区域と罪人区域に分けられていたが、その差はあまりにもひどかった。
罪人区域のものは皆痩せこけ、その身体は傷だらけである。所々で、監督官が罪人に罰を与えていた。その手には血の滴る鞭が握られている。
あまりの光景にマリアンが目を背けると、ちょうどリュウの姿が目に入った。
鞭を見つめ震えている。
その眼には底知れぬ恐怖が映っていた。
ーーーーー
マゼッタ視察が終わり、一行は次の町<ミレカンス>へ向かう。
本来なら町で一泊するのだが、視察が終わった直後に町長が現れ、「お送りします。」と町の出口に案内されたのだ。
こんな不敬を受けてもマリアンは笑顔を絶やさず接していた。
辺りが暗くなり、セディーンの指示で野営することになった。
しかし、マリアンが天幕から姿をみせることはなかった。
御者がすべて世話していることはわかったが、リュウたちからは完全に離れている。
領主の娘が野営しているのだから当然だが…
夜中、リュウはなかなか寝付けずにいた。
目を閉じるとマゼッタでの光景がよみがえる。それに続いて奴隷時代の光景も…
気付けば全身汗だくになっていた。
(嫌なこと思い出した…)
リュウは汗を流すため、近くの水辺にいく。
そして鎧を脱ぎ去ると、裸身を水に浸す。
悪い思い出を頭の中から洗い流そうと、何度も頭から水を被る。
だが、忘れようと思うほど嫌な記憶が次から次へと浮かんでくる。
リュウは震える裸身を抱きしめるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
ふいに声をかけられる。
振り向くとそこには金色の髪を輝かせた領主の娘が心配そうな顔で佇んでいた。