けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
女の子を追った和・森繁たち一同は、廊下の一番端の教室にたどり着いた。
扉の上のプレートを確認しようとしたが、誰かに取り外されたのか壊されたのか、プレートを吊り下げていた金具だけがそこに残っている。
廊下の床を見渡しても、プレートらしきものはかけら一片、どこにも落ちていなかった。
しかし、今はそこを気にしている場合ではない。
和が手前の扉の取っ手に手をかけて引っ張ると、次元の力もカギもなく、簡単に開いた。
ガラガラガラガラ………。
「入ろう。」
「ええ。」
中はこれまた説明不要の、机やいすが散らばり、床にいくつも穴の開いたほこりまみれの真っ暗なカビくさ教室。
和→森繁→繭→梓→純の順番で、5人は足を踏み入れていった。
「っ……。カビくさい……。」
「本当……。何年、掃除してないんだろ…。さっきの教室もだったけど……。」
あの女の子の姿は、どこにも見当たらない。
ただ…。
前方の窓際に、なにかがもたれかかっているのが見えた。
「……なんだ……?」
近づいて携帯の明かりを向けると、それは黒いセーラー服を着た白骨死体だった。
「……っ……。」
「ひっ……。ちょ……ちょっと、なによ…これ……。」
普段はあまり動揺も見せない和の表情が、あからさまに引きつった。
後ろから覗き込む繭・梓・純も、初めて見る人の“死体”に動揺を隠せない。
「……はっ……。」
「こ……これって……。」
「うっ……。気持ち、悪っ……。」
状況からすると、学校は違うようだが、さっき澪たち4人の見た白骨死体と同じく、死後かなりの時間が過ぎているらしい。
胸についている白いリボンは、その時間を物語るかのように変色して、黄色みを帯びている。
森繁はおもむろに携帯を静止画撮影モードに切り替えると、白骨死体に向けシャッターを切る。
カシャ!
「繁兄ぃ……?」
「……?森繁くん……。なにを……?」
「なにかの、役に立つと思ってね。」
「死体なんて撮って、なんの役に立つんですか?」
「それは、オレにもわからない。ただ、役に立つかもしれないってことさ……。」
そう話していると、
「………お願い……。撮らないで………。」
弱々しい女の子の声を合図に、白骨死体の上にボワッ……と青白い人魂が浮かび上がった。
「っ…!」
「ぁあっ……!」
「!!」
「!!」
「………あたしを……撮らないで………。見られたくないの……。こんな格好……。人に…見られたくない………。恥ずかしい………。」
人魂は、そう訴えかけてくる。
それはよく聞くと、涙声にも近いものだった。
後ろから見ていた繭が、森繁の前に出てきた。
「あ…あの……。なにか、わたしたちにできることがあったら、遠慮なく教えて…。もし、よかったら…協力してあげたいの………。」
「繭……。」
繭は困っている人には、森繁であろうと誰であろうと、分け隔てなく救いの手を差し伸べる人徳を持っていた。
相手が生きた人間から嫌われがちな幽霊でも、どうにかしたいという意識が働いたのである。
これも、学校で繭がほかの生徒や先生に好かれている理由の1つだ。
そのことで世以子とは直美の次に気が合い、“雀ちゃん”と呼ばれる間柄なのである。
「………体を……隠して………。」
「体を……隠すの……?」
「………また、誰か来たら………。また、見られちゃう………。もう、見られたくないの………。お願い………。」
しきりに訴えかけ続ける人魂。
おそらく生前は、よほど人見知りな子だったに違いない。
「うん……。わかったよ。ちょっと、待っててね!」
繭は振り返り、教室を飛び出していく。
「お、おい…。繭!繭!」
森繁を筆頭に、和・梓・純も続いた。
「どこ行くんだ!?」
「あの子の体……なにか、隠せるものとかないかなって……。」
「相手は、幽霊だぞ!?」
「でも、あんなに頼んでるし……。助けてあげなくちゃ……。」
繭は走りながら、廊下や周辺の各教室内を窓越しにくまなく見て回った。
すると、ある教室内になにやら白い布のようなものが見えた。
「あ………。あれがいいかも……。」
教室の扉は開けることができたので、繭は迷わず飛び込んだ。
森繁たちも続く。
白い布は、とある机の上に置かれていた。
近づいて手に取ると、それは薄汚れてはいるが、しわもなくきれいに折り畳まれた白いシーツ。
保健室の備品を、誰かがなにかの理由で持ち出してここに置いたのだろう。
「これにしよう……。」
繭はシーツを素早く小脇に抱えると、急いでさっきの教室へ戻った。
森繁たちは声をかける間もなく、繭について教室に戻る。
「持ってきたよ。これで、いいかな?」
白骨死体の体を、すっぽりと覆うようにシーツをかける。
「……あなた……優しいのね……。」
「えへへ……。きれいな、布じゃないけど…。ちゃんと、隠せたと思うよ。」
「ありがとう……。」
「うぅん……。女の子なら、その…こんな姿、人に見せたくないって気持ち、わかるから。」
「……その、思いやりの気持ち……なくさないで。……ここでは……。優しさも、友情も……いたわりも…気がゆるむと、すぐに…腐ってしまうから……。これを……持っていって………。」
人魂の炎の中に、なにかがふわっと浮かんだかと思うと、人魂はス~ッと消えた。
同時にポトッ、と床に落ちたそのなにかを森繁が近づいて、拾い上げる。
「お守り……?」
それは、赤い紙でできたお守りのようだった。
中央には黄色で、“御守”と書かれている。
「どうして、こんなもの………。」
「あの子、心配してるんだよ。繁兄ぃ。」
「心配?」
「わたしたちが、ひどい目に遭わないようにって……。これを、くれたのかも……。」
「なんの、ひどい目なんだ?」
「わからないけど……。とりあえず、持っておこうよ。」
「……そうだな……。じゃ、繭。お前が、持ってろ。」
「繁兄ぃ……。」
「オレは、ともかく…お前のことが、一番心配だからな。」
森繁は繭の手に、お守りを渡した。
そして繭がそれをスカートのポケットに入れるのを見届け、改めて部屋を見渡す。
「……特に、なにもなさそうだな。ほかの部屋に行こう。」
「じゃ、行きましょう。」
そう言って、入口に向かおうとしたときだ。
「……………カエヒテ……………。」
「?」
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
背後からの舌足らずな声に、和が振り返る。
同時に森繁も繭も、梓も純も振り返ると………。
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
「!?」
「!!?」
そこに立っていたのは、さっき目の前を走り去っていったあの女の子だった。
みんなはその子が不意に現れたことにも驚いたが、さらに驚かされる現実を目の当たりにした。
左の目が…………
ない!!!
さっきは後ろ姿でわからなかったが、今度ははっきりわかった。
やはり刃物でえぐり取られたように、左目の眼球がなくなり、血がどくどくと流れている。
血はさらに口からも流れていて、花柄入りの薄い黄色のトレーナーを赤く染めていた。
「…………………………!!」
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
血のしたたり落ちる口で、女の子はそうつぶやき続ける。
よく見ると右手には、大型の断ち切りばさみが握られていて、そこにも血がこびりついている。
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。カエヒテ…………。」
どうやら、“返して”と言っているらしい。
しかし、そう言われてもどうすればいいのか、なにを返すべきなのか見当がつかない。
「な………。なに………この…子………!?」
「“返して”って………。なにを…………?」
すると………
「…………カエヒテ…………カァエヒィテェェェェ…………!!」
突然ドスの効いた声になって、右手のはさみを振りかざしながら、女の子は脱兎のごとく和たちに迫ってきた。
「逃げろっ!!」
森繁の声が響き渡り、反射的に和たちも逃げ出した。
あのはさみで刺されでもしたら、最悪の場合、命に関わりかねない。
「………っ!!」
タッタッタッタッタッタッタッ…………
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
女の子ははさみを振りかざしたまま、和たちを執拗に追ってくる。
「ふぅ…ふぅ…!ふぅ…ふぅ…!」
「はぁ…はぁ…!はぁ…はぁ…!」
「…………カエヒテェ…………カエヒテェ…………。」
「ふぅ…!はぁ…!ふぅ…!はぁ…!ど…どこかに、隠れなくちゃ……!」
「はっ…はっ…。ど…っ…どこって……。」
「どこに…っ…隠れるん…ですかぁ…!?」
「と…とにかく、隠れる場所を…探すのよ…!」
和は逃げている間、教室という教室を必死に見て回った。
どこか入れる教室があったら、そこに隠れてやり過ごそう……。
突き当たりの階段を、2階に駆け上がる。
運よく、階段の手前の教室の前の扉が半分開いていた。
「みんな!あそこに、隠れましょう!」
和が扉を開け、みんなは夢中でそこに飛び込んだ。
最後に入った純が、急いで扉を閉めた。
ガララララ……
バシャン!!
閉まった衝撃で、割れていた窓ガラスの一部がさらに欠けて、廊下の床に落ちる。
パリン……
カラカラ……
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」
「みんな…。大丈夫……?」
「ああ………。」
「繁兄ぃ……。」
「心配するな…。落ち着け。大丈夫だ…。」
震える繭を抱きかかえ、落ち着かせる森繁。
と…………。
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
女の子が、階段を上がってきたらしい。
このままだと見つかってしまう。
「みんな!机の下に!」
この教室はほかの教室より、机やいすがあまり倒れたり散らばっていない。
みんなは自分の今いる位置から比較的近い机の下に、這いつくばるように隠れ、身をひそめた。
「…………カエヒテ…………カエヒテ…………。」
女の子の声が、教室の扉のすぐ前で聞こえた。
「…………っ………。」
「…………ドフォヒ…………イウフォ…………?」
突然姿を消した和たちに、戸惑っているようだ。
恐怖に支配されてはいたが、なんとかみんな声を出すまいと必死だった。
だが……。
パリン……
「……ひっ……!」
外から聞こえてきた音に、繭が驚いて声を上げてしまった。
女の子が、さっき純が扉を閉めたときに落ちた窓ガラスの破片を踏みつけたらしい。
もちろん、女の子がこの声を聞き逃すわけもなかった。
教室の割れた窓ガラスから、中をのぞき込む。
「……………ココ……………?」
「………っ………!」
「くそっ………。」
ガラガラガラガラ……
静かに、前方の扉が開く。
みんなは、必死に身構え続けた。
(お願い……。こっちに、来ないで………。)
(早く、あっち行ってよぉ………。)
梓・純はそう念じ続けたが、そんなものが相手に届くはずもない。
「……………ココナノォ……………?」
教室の中を探し回る女の子。
歩くたびに、ギシッ…ギシッ…と床がきしむ。
そして、ある机の前で、その足がピタッと止まった。
「………………ミ・ィ・フ・ヘ・ハ………………。」
「……………ぁあっ……………!」
女の子の右側だけの目が、机の下で息もつけずに震えている繭を見降ろしていた。
(………っ!繭………!)
(繭ちゃん………!)
「………………カエヒテ………………。」
「………ぁ………。ぁ…………。」
「………………カエヒテ………………。」
女の子は、はさみを頭上に振りかざす。
繭はどうすることもできず、ただ女の子のおぞましい顔を見ながら震えているしかない。
もちろん森繁や和も、梓も純も、助けようにも机の下から1歩も動けなかった。
そして………
「………………ガァァエェゼェェェェ………………ッ!!」
鋭い眼光で、はさみを一気呵成に、繭めがけて振り下ろした。
「きゃぁあああああああああああああああぁっ!!」
誰もがみんな、本人を含めた繭の死を直感し、目をつぶった。
………しかし、なにも起こらなかった。
「………………え………………?」
「繭……………………?」
目を開けると、そこには繭が頭を抱えながら震えているだけ。
女の子の影も形も、手にしていたはさみごと消えていた。
「……………っ……………。……………っ……………。」
「繭っ!」
「しっかりして!」
森繁と和がそばに駆け寄り、繭を抱き起こす。
梓や純も、机の下を飛び出してきた。
「………繁兄ぃ………。」
「大丈夫か………?」
「………うん………。わたし……刺され…なかった…のかな………?」
確かに女の子は、繭を刺そうとはさみを振り下ろしていた。
それがなぜか、刺す寸前になって忽然と姿を消してしまった。
なぜ……。
一体、どこへ………?
「……もしかして……この、お守り……。」
繭はさっき森繁から受け取った、お守りをスカートのポケットから取り出した。
「この、お守りが……守ってくれたのかも……。」
あの白骨死体の女の子が持っていたお守りだ。
あの子もおそらく、なにかはわからないが自分たちと同じようにここに来て、不条理にもその若い命を落としたのだろう。
無惨な姿をさらしていた自分に、躊躇もなく手をさし伸べてくれた繭に、自分と同じ目に遭わないようにと、お守りをくれたのかもしれない。
「ありがとう……。」
お守りを両手で握り締め、繭はあの子への感謝と同時に、心の底からの冥福を祈った。
和たち4人はそのようすを、無言でしばし見つめていた。
「………………。」