けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
そんなやり取りが交わされていた、ほんの少し前。
「ぅ………ぅう……ん………。」
真っ暗な教室で、また1人の少女が目を覚ましていた。
「ここは……。どこなの………?」
曽我部 恵(そかべ めぐみ)、18才。
3年1組、今年度の桜高の生徒会長であった。
生徒会役員の和とは、部下と上司の関係にある。
3年生のこの時期に、生徒会長というのはなんとも珍しい。
3年生ともなると多くの学校は大学受験や就職試験を優先するため、秋頃をめどに年内で2年生の役員に引き継いで交代するパターンが圧倒的なのだが、桜高では受験勉強に専念しつつそれに並行して、当年度いっぱい~年明け(2月下旬)まで会長職を務めるのが規定となっていた。
それ以降は、2か月後の新3年生となる2年生役員が、新たな会長としてほかの役員や全校生徒を引っ張っていくことになるのである。
……といっても、それはあくまでも学校の規定上の話。
12月中旬を境に、現会長としての重要な仕事はほとんど終わってしまい、残り2ヶ月半は新会長引き継ぎまでの、事実上の“残務整理”という形式になっていた。
決して、受験を軽視しているわけではないのである。
恵はその後任の新会長に、和を抜擢することをすでに心に決めていた。
同じクラスの澪と双璧をなす、校内でも1・2を争う成績優秀者で、生徒会の仕事にもそつが一切なく、副会長時代からのこの2年間、左腕としての職責を立派に果たしてくれていた。
ほかに次期会長を任せられる子など、彼女にはまず思い当たらなかった。
できることなら、学年を1年飛ばして副会長にしたいくらいだった。
と…そんな雑談はさておき、話の本題はここからだ。
(わたし……。どうして、ここに……。)
恵は生徒会の仕事が終わり、片づけを済ませ、和と別れた後に教室で受験勉強中だった。
ほかの生徒は大方帰宅してしまい、この時点で教室にいるのは恵1人だけだった。
いつもは4時過ぎに授業が終わってから、2時間程度勉強して6時過ぎに帰宅するのだが、今日は否が応でも生徒会の仕事を優先しなければならなかったために、いつもの帰宅時間である6時から勉強することになった。
しかしいくら受験生とはいえ、生徒会の仕事が入った中でさらに勉強に時間を費やし、帰りが遅くなり過ぎてはさすがに親が心配する。
それにそんな遅い時間、夜道を1人で帰宅するのは危険極まりない。
生徒たちを束ねる立場のリーダー・生徒会長も、学校から1歩離れてしまえば、ごく普通の1人の女の子、れっきとした“女子高生”なのだ。
途中で不審者にでも出くわして、変なことをされてはたまったものじゃないし、果ては生徒会長の名折れ・プライド破たんにさえなりかねない。
そこで1時間ほどきっちり勉強し、PM7:30ごろに下校することにしていた。
親にもすでに、そのことは落ちなく報告してある。
学校の玄関が完全に閉まるのはPM8:00なので、できる限りは勉強し、なおかつ余裕を持って帰宅しようという計算だった。
だが………。
(確か、強い地震があって、机の下に隠れて……。それから……。)
恵は頭の中のテープを巻き戻し、目を覚ます前になにが起きていたのか、思い出そうとした。
ガタガタガタ……………
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ………!!
「っ…!地震……!?」
机に向かって、10分~15分もしたかしないかのとき、突然強い地震が襲ってきた。
恵はあわてて勉強の手を止め、とっさに机の下に身をひそめた。
揺れは、よくわからなかったがかなり長い時間続いていた気がした。
揺れがおさまり、机の下をはい出してあたりを見回すと、停電こそ起きていなかったが、教室内は足の踏み場もないほど、めちゃくちゃな惨状だった。
机・いすは方々にひっくり返り、窓ガラスもあちこちで、校内暴力でも起きたかのように割れて、破片が床に飛び散っている。
「真鍋さん…。大丈夫かしら……。」
恵は状況を確認しようと、さっき別れた和に携帯で連絡を取ろうと思った。
あの時間で学校に残っていた役員は、会長の恵と和の2人だけ。
活動終了後、唯たち軽音部の部室である音楽準備室に寄ると言っていたので、もしまだそこにいるとすれば、向こうがどうなっているのか心配だったのだ。
携帯を取り出そうと、ブレザーのポケットに手を入れたその直後だった。
バリン!
ババババリバリバリバリバリバリ………!!
「っ…!あぁ…きゃぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁ……!」
自分の机の真下の床が、前触れもなく突然大きな音とともにひび割れて崩れ、大きな穴が開いた。
悲鳴を残しながら、崩れた床の下に落ちていったところで、意識はぷっつり切れたようだった。
ん?この状況、なにかによく似ていないだろうか。
そして、強い地震の起きたその時間……。
そう…そうだ。
唯たち軽音部の5人とさわ子、憂・純・和がおまじないをしたまさにその瞬間・その時間だ。
まったく同じ状況で、強い地震が音楽準備室を襲い、直後に床が崩れて9人みんなが落ちていったのだ。
しかし、ここでもうすでにわかっていることなのだが、どうもおかしい。
明らかにおかし過ぎるのだ。
おまじないをしたのは、上で説明したように軽音部5人とさわ子、憂・純・和の計9人だ。
そしておまじないをした場所は、話すまでもないその音楽準備室。
校舎の中央部だけが3階建てになっている、独特の空間の最上階の部屋だ。
一方、恵がいたのは3年1組の教室で、1つ下の階(2階)になり、距離的にも少し離れた場所。
予期せぬ形でおまじない参加者の1人になった和が、直前に準備室に行くことを本人から聞いて知っていただけで、直接おまじないに参加もしていなければ、ましてそこでおまじないが行われたという事実さえ、微塵も知らなかったのだ。
同じ校内とはいえ、180度も違うこの環境下。
どうして寸分の差もない、まったく同じ状況に陥ってしまったのか……?
「そうだ…。真鍋さんに、連絡しなくちゃ……。」
そう言ってブレザーのポケットに手を突っ込み、携帯を取り出した。
役員同士で連絡を取り合えるように、全員の番号とアドレスを登録しており、もちろんその中には和の番号・アドレスもある。
しかし、おまじないをした先の9人同様、画面の左上には“圏外”の2文字。
それでも、ふとしたはずみでつながらないものかと、和の番号を表示させて何度かダイヤルを試みてはみたが、画面には“圏外です”の表示が、ただそのつど出るばかり。
メールも試してみたが、どうあがこうと結果が変わるはずもなかった。
「そんな……。どうして……。」
困惑する恵。
こんなことは、今までで初めてだ。
これでは、状況確認のしようがない。
しかし、待っていればどこかでつながるだろうと、ひとまず携帯をたたんでポケットに戻した。
(とりあえず、ここから出ればなにかわかるかも……。)
立ち上がると、板張りの床がギィッ…ときしむ。
ブレザーやスカートについたほこりをはらい、前方の扉へと歩き出した。
ガラガラガラ……
扉を開け、レールをまたいで廊下に出たときだ。
目の前に突然、ヌゥッ…と人影らしきものが現れた。
「きゃっ!!」
ドサッ!
びっくりして、尻もちをつく恵。
「……あら……。お目覚めのようですね……。曽我部 恵さん……。」
「……!?」
小豆色のブレザー、白いYシャツの襟に赤いネクタイを締めて、紺色のスカートをはいた制服姿の赤ぶちメガネの女の子が立っていた。
ショートカットの左側頭部に、星の形をした赤いヘアピンのようなものをつけ、紺色のスカートの腰周りには、青いジャージの上着のようなものを巻いて、正面(下腹部)で結んでいる。
「あ……あなたは……。なんで、名前を……。」
「……それじゃ、パンツが丸見えですよ……。早く、立ったらどうですか……?」
「え…?あ…。いやっ…!」
バッ!
はしたない格好なのに気づき、顔を赤くしながら、あわててスカートを押さえて立ち上がる恵。
「教えてくれて、ありがとう…。それより、あなた…誰なの?学校は…?」
「……冴之木 七星(さえのき なほ)と言います……。少し、申し遅れましたね……。桐章学園高等部の、2年1組です……。いや……。でした、と言うべきですね……。」
「……でした……?」
「……わたし……もう、死んでいるもので……。」
「……し……死んで…る……?」
「……単刀直入に言いますと……“幽霊”ってことですね……。」
恵は七星の表情を凝視した。
その目には光がなく、生気が感じられなかった。
例えるなら、力尽きて息絶え、水面に横たわっている魚の目のようなのだ。
「……生前は、霊能者兼物書き兼、高校生でした……。」
「……霊能者……物書き……?」
「……話せば長くなりますので、ここでは詳しく申し上げかねますが…。とりあえず、霊が見える怪奇小説家…と言ったところでしょうか……。」
「冴之木さん。ここは、どこなの……?」
「……そうですね……。あなたのいる学校……いや…それよりは、あなたのいる世界ではない…ということになります……。」
「……わたしの…いる世界じゃない………?」
「……はい……。そうなりますね……。……それから……。」
「それから……?」
「……あなたの学校のみなさんも、ここにいます……。」
「……えっ……?」
七星の言葉を聞いた瞬間、恵の体はかすかに凍りついた。
「どういうこと…?うちの…桜高の、生徒なの!?」
「……はい……。締めて、9人ほど……。それに、ほかの学校からも何人か……。」
「どうして、桜高の子たちが……?」
「……それも、詳しくは申し上げられないんですが……。みなさん、ネットで流行りの……おまじないをされたんです……。」
「おまじない……?」
「……ええ……。ですが、そのおまじないによって……。あの子……とても恐ろしい怨霊の手で、この学校に連れてこられたんです……。」
「恐ろしい……怨霊……?」
聞いていた恵の脳裏に、ふと、和のことが思い浮かんだ。
「ねえ。冴之木さん…。」
「……なんでしょう…?」
「そのおまじないをした9人の子、誰かわからないの?」
「……はい……。確か…軽音楽部と、ほかのみなさんらしいですよ……。」
「………軽音楽部………!?」
「……ええ……。全員で5人、それに顧問の先生、そして…そのほかに3人……。」
「………!」
“そのほかに3人”―――――――――――――。
この言葉を聞いた瞬間、恵は即座に直感した。
「あの…それで……。その、ほかの3人の中に…生徒会の、真鍋 和さん…確か、その子がいると思うんだけど……。」
「……ええ……。その、真鍋さんという方…確かに、その中にいますよ……。」
「やっぱり……。でも、どうして……。」
「……部長さんのお誘いで…おまじないに、参加したらしいんです……。」
(……部長さん……。田井中さんのことね……。)
恵は、学園祭の2日前のことを思い返していた。
彼女はこの日、生徒会室を訪れた軽音部員たち5人の顔を、全員見ていた。
もっとも厳密には昨年の副会長時代、学園祭ライブやその準備で、唯たち現在の2年生4人の顔を一通り見ていたので、今年入部した1年生の梓をのぞき、2度目の顔合わせということになる。
学園祭当日、講堂のステージでライブを行うに当たり、部長である律が、その数日前までに講堂の使用届を生徒会に提出するはずだった。
ところが当の律は、締切り日の直前に体調を崩し、期限内に書類を提出することができなかった。
そのまま2~3日病の床にふせり、ついには書類のことそのものをすっかり忘れてしまったのだ。
書類が提出されなければ、講堂が使えず、ライブが決行できなくなってしまう。
「ちょっと!学祭の、講堂使用届…出さなかったの!?」
その事実を恵から伝え聞いた和は、締切り日の翌日、回復した律のもとへ知らせに走った。
青ざめた律は、大慌てで和やほかのメンバーと部室を飛び出し、生徒会室に急行した。
≪生徒会室≫
「………すみません!すみませんっ!!」
何度も頭を下げ、必死に嘆願してくる律。
後ろでは和やほかのメンバーが、心配そうに見つめる。
「締切りは、締切りだから……。」
「そこを、なんとか……!」
恵としても、もちろんなんとかしてはあげたいのだが、一度定められた締切り日を、ご都合主義で勝手に伸ばすのは忍びない。
それでも頭を下げ続け、食い下がる律を見かねた和が、横から割って入った。
「わたしからも、お願いします。届けが、遅れたのは…部長が、かぜで欠席していたからですし。お願いします!」
律と一緒に、頭を下げて嘆願してくれた。
同じ2年生として、律や軽音部員たちを、役員の立場で見殺しにはできなかったのだ。
生徒会内で最大の信頼を置く、一番の部下である和に一緒になって頭を下げられたのでは、もはやさしもの恵も根負けせざるを得なかった。
「……まあ、真鍋さんがそこまで言うなら……。今日いっぱい、待ちましょう。」
恵以外の全員の顔が、不安な表情から一斉にほぐれた。
かくして軽音部はアクシデントに見舞われながらも、和の助け船と恵の温情で、絶体絶命の危機を脱することができたのだった。
そのときのみんなのうれしそうな顔は、今でもはっきりと覚えている。
2日後の学園祭当日に、客席からほかの3年生とライブを見ていたときも、ステージで魂の演奏を披露するその姿が、強く心に刻まれた。
そんなあの子たちが、先生(さわ子)や和たち3人と一緒になり、仔細こそわからないが、そんなおまじないをしていたとは……。
「でも…。どうして、こんなところに…。どうして、そんなおまじないを……。」
「……残念ですが、そこまではよくわからないもので……。」
「それに…。わたしは、おまじないに参加なんてしてないのに……。ここに連れてきて、どうするつもりなの?」
「……強いて言うなら………あの子の、気が変わった………“イレギュラー”としか、申し上げられません。」
「……イレギュラー……?」
「……あの子……さっきお話した、恐ろしい怨霊のことですが…。どうも気まぐれなところがあるらしくて………。ごくまれになんですが…なぜかおまじないに関わらなかった人間を、1人~2人連れてくることがあるんです……。」
「どういうこと…?“イレギュラー”って……?」
「……せっかくですが……。それ以上は、お答えできません……。どうぞ、ご自分でお考えをいただければ……。それでは……ご武運を……。」
「あっ!待って…!冴之木さん……!」
スーーーーーーーーーッ……………………
恵が次の声を発する間もなく、七星の姿は廊下の闇に溶けるように消えてしまった。
「……………………………。」