けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
「……ガェヒェエエエエエエェ~ッ………!」
カッ!と見開かれた目が、はさみの後ろから急速に迫る。
双方の距離は4メートル弱だったが、2秒もせずあっと言う間に残り3メートルに…。
「…っっ!!」
「あぁっ…!」
「逃げろ!!」
「わぁああああああっ!」
「きゃぁああああああ!」
哲志の大声に、6人は一斉に廊下の両側に分かれて、それぞれ斜め前方(廊下が狭いので)に間髪入れずに飛びのいた。
唯・憂・黒崎・さわ子は右側、哲志・由香・紬・恵美は左側に…。
はさみは唯と紬、黒崎と恵美が立っていた間のあたりを突き抜け、一瞬目標を失った男の子はそのままもんどり打って、前のめりに倒れる。
それを見たみんなは、猛然と廊下の前方へ後をも見ずに全力を上げて駆け出した。
男の子が起き上がって振り返ったときには、みんなはすでにその廊下の前方の闇へと遠ざかろうとしていた。
「……………ニガヒャニャイ………。ニガヒュモンクァ……………。」
走る。走る。
とにかく、ただ走りに走りまくった。
哲志と唯たちは、脇目もふらず暗い廊下を駆け、階段を夢中で上っていく。
タッタッタッタッタッタッタッタッ…………
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…っ!」
「ふぁ…!ふぁ…!ふぁ…!ふぁ…!」
「……マヒェ~……!マヒェ~……!」
男の子もはさみを突き出し、猛然と追いかけてきた。
距離間隔にしておよそ6メートル強。
その目は狂気に満ち満ちて、見境などつかなくなっているかのようだ。
「マヒェ~……!ガァェヒェ~…!」
「はぁ…はぁ…くそっ…。なんて、速いんだ…。」
「ふぁ…ふぁ…。ど…ど…どうしよう…!どうしよう…!ムギちゃん…!」
「あの子、一体…?」
「このままじゃ、追いつかれるわ…。」
「お姉ちゃん……!」
「とにかく、走るんだ!じゃないと、そこでおしまいだ…。」
「怖いよぉ!お兄ちゃん…!」
「いいから、走れ!由香…!走るんだ!」
そんな必死の8人をあざ笑うかのように、男の子はなおも猛然さを増して追いかけてくる。
「……ガァェヒェェ~…!シハ、ガァェヒェェ~ッッ……!」
そして、どれくらい行っただろうか。
男の子をある程度引き離し、ある廊下の中ほどに来たとき、8人は思わず、急ブレーキがかかったかのように立ち止まった。
「ああ……っ!」
「うそ……。」
「そんな…!」
目の前の床には、乱雑になぎ倒された机といすが数台、廊下を寸断している。
その向こうの床には長くて平たいなにかの板が、さらに向こうには大きな穴がポッカリ……。
確実に先へ進むためには、あの長くて平たい板を穴の間に渡さなければならないようだ。
あの板以外、穴を越える手段はどこにもない。
しかし手前のなぎ倒された机&いす数台が、それを阻んでしまって1ミリも身動きが取れない。
横にある教室の扉は、前後とも別の板でがっちり釘づけされて入れない。
「…………。」
8人の頭を、絶望が突き抜けていく。
ここには、和や澪たちのようにお守りもろうそくも存在しないし、できる要素もない。
あるとすれば、“偶然”が起きるのを待つしかないが、もちろんそんな余裕もない。
とすれば、待っているのは……。
「……ハァ……ハァ……。」
「!!」
かなり離れていた男の子が、再び4メートルほど手前に立っていた。
はさみを構える。
チャキ……
「………ヒィタァ………。」
「っ……。」
「くそっ…。」
「どうすれば…。」
「……カェヒェ……。……ガァエヒェェェェェ……!!」
「きゃぁああああ!!」
男の子のはさみがまさに至近距離まできた、その時だ。
ギュァアアアアアアアアアアアアアアアアアァ~ン!!
「……!!」
突然、耳をつんざく轟音が廊下中、いや校舎中を切り裂くように響き渡った。
同時に男の子の動きも、ピタッ!と止まる。
唯や哲志たちは、あわてて辺りを見回した。
しかし、今の音の発生源になるようなものはどこにもない。
数秒後、
ギュァアアアアアアァ~ン!!ギュゥウウウウウ~ン!!
ギョワァァァァァァ~!!ギェエエエエエエエエエエエェ~ン……!!
その音は不規則に、そして断続的に、うねるように廊下を駆け巡った。
なにかをひっかいているような、いや違うような……。
一体、どこから響いているのだろう。
男の子はしばらくの間、わけもわからないように狼狽していたが、やがて……。
「………ウ………ウゥ……。ウゥゥ……!!」
「!?」
「ウゥゥゥゥ……。アァァ……。アァァアアアアアァァ……!」
突然、頭を抱えて苦しみ悶え始めたのだ。
「アァァ……。アァァアァアアァァアアア…!アァァァァァアアアァアァァァァァアア!!」
ギュァアアアアアアァ~ン!!ギュゥウウウウウ~ン!!
ギャァアアアアアアアア~ン!
「アァァアァアアァァアアアアアアアアァァアア………!」
20秒ほど悶えて、男の子はスゥ~ッ……と姿を消し、同時に音も止まった。
男の子が消えてまもなく、入れ違いに空中になにかが現れた。
「……あれは……。」
「…………?…………ギー太………?」
「えっ………?」
空中に浮かぶそれは、1本のエレキギター。
“ギブソン・レスポール・スタンダード”……。
軽音部でギターを受け持つ唯が、いつも部活で使っている、あのギターなのだ。
哲志との話にも出てきた、“ギー太”と名づけてかわいがっている、唯一無二の相棒である。
しかも驚いたことに、エレキギターで音を出すためには、アンプと、ギターをつなぐコードが必要なのだが、目の前の“ギー太”にはそれらがなかった。
状況からして、今の音は間違いなくこのギー太から発せられたはずなのだが……。
「ギー太……?ねぇ、ギー太なの…?」
唯が声を発すると、ギー太はこれまたスゥ~ッ……と消えていった。
「あっ!待って!」
「唯ちゃん…。今のって……。」
哲志が言う。
「うん…。あれが、ギー太なんだ…。でも、どうしてここに……。」
「……ギー太……?」
ギー太を知らない白檀の2人は、ポカンとしている。
「あ、ごめんね……。ギー太ってね……。」
唯はギー太のことを、2人に1から1字1句説明した。
ついでに、仲間たちの楽器のことも。
「へぇ…。じゃ、初めて買った楽器なんだ。」
「そうだよ。わたし、軽音部の“軽音”のこと、よく知らなくって入っちゃってさ。」
「でも、唯ちゃんも飲み込みが早くてね。今じゃ、かなり上達したのよ。」
ちなみにほかのメンバーの楽器も、梓以外は入学・入部後に購入したもの。
ベースの澪は、“フェンダー・ジャパン・ジャズベース(レフト)”。
ドラムの律は、“ヤマハ・ヒップギグ(メローイエロー)”。
キーボードの紬は、“コルグ・トライトン・エクストリーム76”。
そして唯と同じギターの梓は、“フェンダー・ジャパン・ムスタング”である。
購入した場所は、学校から比較的近くの商店街にある楽器店。
購入に際しほかのメンバーはとりあえず不自由はなかったが、唯のギー太は目玉の飛び出るような価格で、とても入学したての女子高生の手が出せる代物ではなかった。
しかし、大企業の社長を父に持つお嬢さまの紬が、会社の傘下であるその楽器店の店員と交渉し、律のアシスト(?)もあってどうにか値下げを勝ち取ることに成功したのである。
今思えばバカげたような話で、もう少し安もののギターにすればそれで済んだのかもしれないが、店頭ですっかり一目惚れした唯に、ほかの選択肢は存在しなかったのだ。