けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
「………………ん……………うぅ…ん……………。」
まず目を覚ましたのは、澪だった。
まだおぼつかない意識の中、ゆっくりと起き上がってあたりを見回す。
(……………あれ…………?ここは…………。教室なのか……?)
そこは、どうやらどこかの教室のようだった。
さっきは音楽準備室にいたはずなのだが、いつの間にここにいるのだろうか。
しかし、見るからになにかがおかしい。
(なにか、変だぞ…………。)
壁、天井、机、いす………。
目に見えるそのすべてが、古めかしい木製になっているのだ。
先ほど話したが、桜が丘高校は表の現代的な外観と対照的な、板張りを多用した古風かつモダンな内装でしつらわれている。
学校の長い歴史が、まさにそこに現れていると言うべきものだ。
他校の生徒から見て、ともすれば異質だと取られてしまいそうな環境の中、生徒たちは日々学業に部活に、他校と遜色のない充実したスクールライフを送っている。
なので2年生の澪や唯・律・紬・和はもとより、1年生である梓・憂・純の3人も4月の入学から5か月も経った今、その風景は見慣れたもののはずだった。
だが目の前に広がるのは、古風というより本当に古そうな、カビの香り漂うほこりまみれの教室。
部屋の中に蛍光灯はあるのだが、明かりは灯っておらず、薄暗い。
板張りの床には、朽ち果てて落ちたのかところどころに穴も目立つ。
乱雑に置かれ、一部は倒れて転がる机の形や大きさも、明らかに桜が丘高校のそれではない。
いす共々小学生が座る、飾り気の見られないシンプルでコンパクトなもののように見える。
窓の近くに行って外を見てみると、そこには鬱蒼とした木々が生い茂っていた。
ガラスに顔をくっつけ、くまなく見渡してみたが、校門手前の広場も、校舎正面の噴水、その斜め後方に立つ校長像さえも見当たらない。
なにからなにまで、普段の学校の景色からはあまりにもかけ離れ過ぎた光景なのだ。
一体、ここはどこなのか。
どうして自分はここにいるのだろう。
考えているうち、澪はほかのみんなのことを思い出した。
(そういえば、みんなは……?唯、律、ムギ、梓、和、憂ちゃんに純ちゃん、さわ子先生も……。どこに行っちゃったんだ?)
さっきまで一緒にいたはずの、唯・律・紬・梓や、和・憂・純、そしてさわ子の姿がない。
自分1人が、薄暗い教室の中に倒れているのだ。
「唯?律!ムギ!梓!」
「……………………」
「和?憂ちゃん!純ちゃん!さわ子先生?いるのか?返事してくれ!」
「……………………」
1人1人の名前を呼んでみたが、誰の返事も来ない。
もう1度じっくり、部屋の中を見渡してみた。
と…………。
「…………あれは…………律?」
廊下側の前方の扉の前に、誰かが横たわっている。
目をこらしてよく見ると、それはまぎれもなく律であった。
近くまで歩いていき、
「律……?律!律!起きろ!起きろって!わたしだ!」
「……………………」
声をかけたが、反応がない。
そこで軽く揺さぶりながら、もう一度声をかけると、
「律!律!律っ!」
「…………ん…………。うぅ………ん……。」
「律!大丈夫か?」
「あれ……澪……?」
「気がついたか……。」
ようやく目を覚ました律も、すぐにこの部屋の異常ぶりを察知することとなった。
部屋を見回して、
「おい……。ここって、どこなんだよ…?うちの学校じゃないみたいだけど……。」
「わからない………。気がついたら、そこに倒れてて………。」
「なんか、カビくせーし……。そこらじゅう、木が腐っててボロボロだしさ………。」
澪は律に、みんなのことについて聞いてみたが、案の定知らないと答えた。
「唯も、ムギも梓も……どこ行っちゃったんだよ……。みんなしてさ……。」
「うん………。」
「携帯で、かけてみるか?」
「そうしよう。」
言いながら、左手でブレザーのポケットから取り出して拡げた澪の携帯の画面左上には、“圏外”の表示が出ていた。
律の携帯も、同じ状態だった。
「圏外……。そんな……。」
「ちっ……。誰とも、連絡取れねーのかよ……。」
2人は、携帯をパタンと折りたたみ、ポケットにしまった。
自分たちの置かれた状況をすぐに飲み込むことができなかった。
あのとき床が崩壊したあと、どうなってしまったのか………。
しばらくはそこに座ったままだったが、やがて澪が口を開く。
「律。こうして、座っててもしょうがないな。ちょっと、窓開けてみよう。」
「ああ。」
立ち上がると、2人は窓のところへ行った。
澪が格子のはまったその古めかしい窓のふちに手をかけ、引っ張ってみると………。
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
「あれ………?開かないぞ………。ふっ……。」
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
いくら窓を引っ張っても、ガタガタいうだけでぴくりとも動かないのだ。
「カギでも、かかってんじゃねーの?」
律に言われて窓を見てみるが、どこにもカギらしき類いのものはない。
「カギなんか、ないぞ?律。ほかの窓はどうだ?」
そう返された律も、別の窓に手をかけて引っ張ったが、結果は同じだった。
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
「っ………。あれ……。ほんとだ。開かねーぞ。ふんっ………。」
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
「う~ん………。」
「一緒に、引っ張ってみるか?」
「そうだな。」
澪と律は一緒に手をかけ、渾身の力で窓を引っ張った。
「う~ん、しょ……。」
「それっ……。う~ん……。」
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
ガタ、ガタッ……
「ふぅ………。ふぅ………。はぁ………。」
「ダメだ………。どうしても、開かねぇ………。」
2人は、もう一度その場に座り込んだ。
まるで、窓が凍りついているのか、あるいは窓全体に根っこでも生えているかのようなのだ。
「どうなってんだよ………。」
「わたしが、知るか!」
「あたしだって、知らねーし。」
「……とりあえず、部屋を出よう。いつまでもいるだけ、なんにも変わらないしな。」
「そうだな。早いとこ、出ようぜ。」
窓をあきらめて立ち上がり、部屋から出ようと前方の扉のところに向かった。
扉の前まできたとき、ふと左側を見た律がなにかを発見した。
「………ん?」
「どうした?律。」
「澪………。これ、見てみろよ。」
律は黒板の隣の壁に貼られた、1枚の小さな張り紙を見せた。
その一番上には、『天神小連絡通信』と大きく見出しが書かれている。
「天神小………。」
「連絡通信………?」
「………小学校なのかよ…?ここ。」
「……そうだな。それも、もう廃校になって、学校として使われてないところみたいだな。日付、見てみろ。相当古いぞ。」
「ほんとだ………。“昭和”って書いてあるし………。」
澪が指差したその日付は、“昭和48年 ○月○日”と記されている。
昭和48年といえば、1973年、今の平成20年(2008年)から35年前。
澪たち2年生5人の生まれた平成3年(1991年)から見ても、すでに18年、つまりは20年近くも前なのだ。
2人はその『天神小連絡通信』を、さらに詳しく読み進めようとした。
ところが、見出しより下は色あせてしまっているらしくほとんど判読さえつかず、さらに途中から無造作に破り捨てられているような痕跡まであった。
「うーん……。これじゃ、読めねーよ………。」
「どこかに、切れ端が落ちてるのかもしれないな。ちょっと、探してみよう。」
そう言って探してはみたものの、教室のどこにもそんなものはない。
破った誰かが持ち去ったか、そのままどこかのゴミ箱にでも捨ててしまったのか。
「仕方ないな……。ほら、出るぞ。」
「お、おう……。」
ガラガラガラガラ……。
澪が扉を開け、律もそれに続いて教室を出た。
さっきの窓と同じように開かない心配もあったが、杞憂に終わったようだ。
廊下は教室に増して、かなり暗い。
放課後、それもちょっと遅い時間(PM6:00)だったこともあるのかもしれないが、あれからそんなに時間が経ってしまったのだろうか?
廊下を5~6歩ほど歩いたとき、前方の床になにかが落ちているのが見えた。
「…………ん?」
「………新聞だな。」
新聞のもとにたどり着いた澪は、右手でそれをつかんでひろい上げ、ブレザーのポケットの携帯を再び取り出して拡げると、液晶の明かりを向けた。
2人とも、懐中電灯を持っていないためだ。
律も横からのぞき込む。
日付は先ほどの天神小連絡通信と同じ、昭和48年 ○月○日。
ボロボロだが幸い破れてはおらず、一面には、次の見出しを始めにこんな記事が書かれている。
【天神町奉知新聞】
〈行方不明者 ついに3名に〉
相次ぐ天神小学校の生徒児童の失踪事件に、ついに3人目の行方不明者が出てしまった。
同級生によると、5年生の管乃 雪さん(かんの ゆき・11才)は下校時刻、校内の渡り廊下で友人たちと別れた後、その後の消息を絶った模様。
警察は誘拐事件の可能性も視野に入れ、捜査員を増やし、一刻も早い解決に向けて捜索に当たっているが、1人目の児童の失踪よりはや10日、いまだ消息の知れない子どもたちの安否が気遣われている。
「なにかの、事件の記事みたいだな。」
「ああ。失踪事件とか、行方不明者とか………。」
“管乃 雪さん”とは、この学校に通い、その事件で行方不明になった子どもの名前だろう。
3人目ということで、先に誰か別の子どもが2人、同じように行方をくらましていたらしい。
もちろんどんな事件で、どのように行方をくらましたのかは澪と律にはわからない。
「なあ、澪。」
「なんだ?」
「この“天神町”って、どこの町なんだ?」
「ん……。そういえば………。」
「桜が丘の近所じゃ、そんな名前の町なんてねーぜ?」
2人とも桜が丘市に生まれ育って17年、“天神町”なる町は聞いたことも行ったこともない。
まったくの初耳なのだ。
桜が丘の市内や近隣ではない別の町か、あるいはどこか別の県内の町なのか。
もっと深く踏み込めば、かつては桜が丘の市内近隣に存在し、2人が生まれる前に、市町村合併かなにかで消滅した町と考えられなくもない。
同じ記事にあるこの「天神小学校」は、そんな町の中にあった学び舎だったのだろう。
しかし、今解かなければならない一番の謎は、自分たちがどうしてここにいるのか、唯たちあとの7人はどこへ行ったのかということ。
あのおまじないは確かに9人でやったし、床が崩れるまで誰も準備室を出ていない。
いや。それ以前に崩れた床の下に落ちていく間、9人全員が意識を失ってしまっていて、誰がどのようにいなくなったのかなどと、把握でき得るものはいなかったのだ。
いずれにせよ、その謎が解けないことには思うように動けず、どうにもならないことだった。
「どうする?澪。この新聞、持ってくか?」
「うん……。なにか、重要な手掛かりになるかもしれないし………。持ってこう。」
新聞を筒状に丸め、澪はそれを持って再び廊下を歩き始めた。
もちろん、律もそれについて行く。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
歩くたびに、かすかだが廊下がきしむ。
両側には各教室と中庭に面した格子入りの窓が並び、天井から吊り下がる、明かりのない何本もの蛍光灯が、その不気味さを際立たせている。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
「う………。ううっ………。なんか……気味悪いな………。」
「なんだよ……♪澪、怖いのか~?」
「う…うるさいっ…!だまって、歩いてろ!」
「へい、へい……。」
怒鳴りつけはしたが、澪自身、確かに不安で仕方がなかった。
澪は真面目で成績優良な半面、恥ずかしがりでホラーが苦手という一面があり、小学校4年生からという長年のつき合いで、そのことをよく知っている律にいつもちょっかいを出されていた。
こんなところで怖がったりしたら、なにを言ってくるかわかったものじゃない。
不安を押し殺しながら、廊下を前へ前へと進む。
「ん………?」
「どした?澪。」
「誰か……向こうから、来るみたいだぞ?」
その言葉に、律も足を止めた。
澪の言うとおり2人の前方、廊下の奥の暗闇から、誰かの近づく気配がする。
ギシ……ミシ……という音も、かすかに聞こえて来ている。
「もしかして……。みんなの、誰かかな………。」
「さあ………。」
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
誰だろう?唯か?
紬?それとも、梓?
憂?純?和?
さわ子?
いや。それとも………。
自分たち以外………。
桜高メンバーの誰でもない“誰か”が、この校舎内にいるのだろうか。
だとしたら、それは誰なのか?
澪と律は息を殺したまま、じっと音の聞こえて来る前方を凝視し続けた。
音はどんどん、すぐ近くまで来ているらしく、大きくなっていく。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
「………っ………っ………。」
「……………っ………。」
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
ギシ……ミシ……。
とうとう我慢の限界を越えた澪が、まず声を上げた。
「だっ………誰だ!?唯なのか……?梓か!?」
続いて律、
「ム……ムギなのかよ?まさか、和……?」
すると…………。
「………えっ……?ユイ?アズサ………?」
「………ムギ……?ノドカって………?」
声と共に、その気配と音の“主”が2人の前に姿を現した。
制服を着た、2人の女の子……。
1人は茶髪のショートカット、もう1人はやや色味の異なる同じく茶髪の後髪の下を、カーラーで巻いたようにクルッとさせている。
背恰好からすると、自分たちと同学年のようだ。
さらに制服はクリーム色に青のセーラー服+スカートのようだが、シャツの首元につく太い黄色のリボンを、丸いブローチのようなもので留めてある。
シャツの右胸と左すそのそれぞれには、四角い名札らしきものも………。
紺のブレザーにグレーのスカート、白いYシャツの襟元に蝶結びされた細い青色のリボンをつけている澪たちから見れば、明らかに派手そうな制服だ。
「………き………きみたちは………?」
澪は恐る恐る、2人に声をかけてみた。
「そ……そっちこそ……。誰なの?」
ショートカットの女の子が、いぶかるように聞き返してきた。