けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
ガラガラガラガラ………。
唯と哲志を先頭に、6人は扉を開け、教室を後にした。
扉の上に、1-1(1年1組)の黒いプレートが見える。
直美と世以子が倒れていた教室のはずだが、多重次元に支配されている今、あの人魂の言っていたとおり、2人がいたとしても会うことはかなわないだろう。
もちろん同じ次元にいる、澪や律にもだ。
出てすぐに、哲志が足を止めた。
「………あれは………。」
「どうしたの?」
前方に、誰かが立っている。
6才か7才くらいの、ボロボロの赤いワンピースを着た長髪の女の子。
そして生気のない、青白い顔と肌………。
澪たちが目撃した、教室で体育座りしていたあの子だ。
その子はこちらをしばし見つめていたが、少ししてからくるっと踵を返し、廊下の向こうへ歩いていった。
「こ……。子どもの、幽霊………。」
「な……なに……?なんなの……。」
「真っ赤な、ワンピース………。古い時代の服だな。」
言われてみれば、そうだ。
いくら幼いとはいっても、現代の女の子があんな古めかしいワンピースを着ているのを、哲志も、唯たちみんなも見たことは一度もない。
おそらく50年代か、60年代くらいの服装だろう。
「ううっ………。」
「……お兄ちゃん………。」
由香が、哲志にしがみついている。
青いワンピースから伸びた足が、小刻みに震えている。
由香はいわゆる“ブラコン”で、14才の中学校2年生になる現在も、なにかといえば兄の哲志にひっついて回ることが多かった。
昨日の夜は、入浴している哲志のもとへ、大胆にもタオルも巻かぬ素っ裸で風呂場に乱入し、彼を驚かせたほどである。
年の差なのかもしれないが、同じ妹の立場を持つ憂とは、まったくの正反対・対照的だ。
いや、むしろこの持田兄妹の性格そのものが、平沢姉妹と100%ではないのだが、正反対と言うべきなのかもしれない。
まず平沢姉妹から見ると、姉の唯は1話でも少しだけお話したのだが、常にマイペースの面倒くさがりで、勉強もからっきし不得意であるなど、多くを憂にまかせきりのダメ過ぎる子だった。
さらには“超”のつく天然ボケで、幼稚園生のころ和の家、つまり真鍋家の風呂場の浴槽に、近くの川でつかまえた、途方もない数のザリガニをぶち込み、唯が帰ったあとで浴槽をのぞき込んだ和を凍りつかせたこともあった。
(1期12話「軽音!」、1期DVD/ブルーレイをご参照……。)
対する憂は、そんな困ったちゃんな姉を、親身になって現在まで支え続けたこともあって、常識のある“できた妹”としての地位を確立していた。
しかし本人にそんな自覚はなく、それを自慢しようともしなかった。
一方、当の持田兄妹の哲志はというと、多少臆病な面がある一方、唯と違ってマイペースでも面倒くさがりでも、勉強がそんなに不得意というわけでもないし、とどめに天然ボケですらない。
いざというときはみんなの先頭に立って、仲間や友人を引っ張る、頼れる少年だった。
もちろん由香に対しても、今回は特に、それはいかんなく発揮されている。
だが……。
「だ……大丈夫だ。もう、いなくなったぞ……。大丈夫だ……。大丈夫だぞ……。うん……。」
“大丈夫”を一点張る哲志の声も、心なしか震えていた。
あの赤いワンピースの女の子から、これまでに経験のない、強烈な“なにか”を感じたのである。
とりあえず由香を落ち着かせるだけで、一杯一杯の状態だったのだ。
「……さ……。行くぞ。」
哲志は再び歩き出そうとする。
「あっ…待って!お兄ちゃん。」
「ん?なんだ?由香。」
「あのね。……これ……。」
由香はワンピースのポケットから出した小さなビンを、哲志に見せた。
「なんだ……?ちっちゃい、ビンだな。」
「これね……。由香の、お守り。“香りのビーズ”だよ。」
「ほう……。いっぱい、入ってるな。」
「どうしたの?それ、なに?」
「ちょっと、見せてちょうだい。」
唯と紬が、由香の近くに行った。
ビンの中には、薄茶色のビーズがたっぷり詰め込まれている。
「におい、かいでみて?」
「うん……。」
哲志はビンのふたに鼻を近づけてみた。
「お……。キャラメルのにおいだ。すごいな………。」
「哲志くん。貸して!」
「え……。うん……。」
唯も同じように、ビンに鼻を近づける。
「………あ。やっぱり、キャラメルだ。ムギちゃん!」
「………ほんとだわ。いい香りね。」
いつもお茶やお菓子をたしなんでいる唯たちには、馴染みある香りだった。
「由香ちゃん、いいの持ってるのね。」
「えへへ……。クラスの友だちの間で、流行ってるんだ。」
(また、近所の文房具屋で買ったんだな………。)
哲志は、由香がちょくちょく学校帰りに近所にある文房具屋に立ち寄っては、“流行り”といわれているお守りグッズを収集しているのを知っていた。
これもおそらく、その類いに違いあるまい。
「これね………。“キャラメル味”は、事故とか、危険から守ってくれるの。だから、お兄ちゃんにあげる。」
(……味……?)
すでに“香り”と言っているのに、“味”と表現する妹に苦笑しつつも、
「……気に入ってんだろ?……いいよ。お前、持ってな。」
「うん。……でも、いいの。持ってて……。」
「…………?」
「イヤだもん……。お兄ちゃん、ケガとかしたら……イヤだもん。」
「…………。」
「心配だもん……。お兄ちゃん、あわてんぼだから……。」
聞きながら哲志は、小刻みに震える由香の体と足に視線と神経を集中した。
(こいつ……。怖くて、足も体も、震えてるじゃないか。……無理しやがって。)
「由香ちゃん、お兄ちゃん思いなんだね。」
憂が、由香にニコッと微笑んだ。
同じ年上の兄弟/姉妹を持つものとして、その気持ちは十分以上にわかるのだ。
「えへへ……。憂お姉ちゃん……ありがとう。」
“お姉ちゃん”と言われた憂、ちょっとだけ顔を赤くした。
普段は呼ぶ立場で、呼んでくれる小さな子も身近にいないのである。
「ふふ……。こっちもだよ。」
哲志はやや間を置いてから、由香にこう言った。
「由香……。ありがとな。でも、これは…お前、持ってな。」
「……えっ……。」
「オレも、お前が心配なんだ。ケガしないように……な?」
そうして、由香の手にお守りを返した。
哲志は自分が今お守りを受け取ったら、なにかはわからないが、お守りを失った由香がそのためにとんでもない目を見そうな気がしてならなかったのだ。
そして由香に少しでも恐怖心を与えないために、“ケガ”という言葉にとどめたのである。
兄のその気持ちをくみ取った由香、
「……うん……。わかった。」
手に戻ってきたお守りを、ワンピースのポケットにしまった。
「行こう。」
「うん。」
「そうね。」
「行きましょう。」
6人は歩き出した。
階段を下り、1階の西廊下の角を曲がり、ひびの入った窓の連なる廊下を奥へ奥へと進んだ。
玄関の前を通り過ぎようとしたときだ。
「……………ドォヒヘ……………。」
「!?」 ⇒ 哲志
「ボクヲ………コロヒファフォ………?」
「っ…!?」
くぐもったような、舌足らずな声が哲志とほかの5人の耳に突き刺さってきた。
「……………ユ・リュ・ヒャ・ニャァイ……………。」
「見るな!」
哲志は叫んだ。
その声の主を、まだ直接見たわけではない。
だが、その主を是が非でも“見てはならない”という心の声が、脳内から発せられたのである。
もちろん由香や、唯たちにも決して見せるわけにはいかない。
「……へ?」
「……哲志くん……?」
「みんな、見ちゃダメだ……!目をつぶって……駆け抜けるんだ……。」
「……?どうして?」
「いいから!さわ子先生も、憂ちゃんも早く……!」
「あ……。はいっ!」
「走れ!」
タッタッタッタッタッタッタッ………!
哲志の指示に従い、みんなは目をつぶってその場を駆け抜けた。
哲志たちが駆け抜けていった左手には、ブルーのトレーナーに、水色のショートパンツをはいた、8才~9才くらいの男の子が立っていた。
口からは血が流れ、腹部からは小腸や大腸がはみ出し、血まみれだ。
おそらく誰かに、鋭利な刃物でえぐられたのだろう。
自分には目もくれず、全速力で走り去る哲志たちの姿を、追いこそしなかったが、ただ恨めしげな目で見つめていた。
30~40メートルほど走って、6人は息を整えるために立ち止まった。
「はぁ……。はぁ……。」
「哲志くん……ふぅ……ふぅ……。どうしたの?」
「見るな、って言ったけど……。」
「わからないけど……。絶対に、見ちゃダメだって気がして………。」
「なにか、感じたの?」
「ああ………。」
哲志は息を整えながら、あたりを見回す。
そこは廊下の突き当たり、右手には階段がある。
上がって行けば再び2階へと出ることになるが、場所が違えば、またなにか別の新たな発見があるかもしれない。
「上がろう。」
みんなは階段を上がり始めた。
上がったその先は、2階の東廊下。
右前方手前には、“保健室”のプレートと扉がある。
哲志は扉の前にくると、取っ手に右手をかけて引き開けようとしたが、開かない。
ガチャ…ガチャ…。
ガチャ…ガチャ…。
しかし感触からすると、こちらは単にカギがかかっているだけのようだ。
多重次元の力が、ここには及んでいなさそうである。
とすると、ここのカギはどこにあるのだろう。
カギさえ見つかれば、多重次元に支配されていない以上、中を詳しく調べられる。
「探してみよう。どこかに、カギがあるはずだ。」
「うん。」
さらに前方へ進むと、今度は“理科室”のプレートと扉が。
取っ手を引いてみると、多重次元の力で開かない。
ここを調べるのは無理なようだ。
またさらに進むと、前方に別の階段と、左手には枝分かれする廊下が伸びているが、左手の廊下の先は床が丸ごと抜けている。
迷うことなく、6人は前方の階段へ向かった。
上がっている途中、唯が踊り場に光るものが落ちているのに気づいた。
「哲志くん!待って。」
「え?」
「唯ちゃん…?」
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「なにか、落ちてるよ?」
唯の指差す先には、なにやら光る物体が落ちている。
哲志が拾い上げると、それはカギだった。
少しサビついており、使用場所を明記していると思われるラベルが貼りつけられているが、紙面が茶色く変色しているばかりか、インクが黒く滲んでいて読み取れない。
(もしかして…これが、あの保健室のカギなのか……?)
落ちている場所から考えると、その推測が合っているかもしれない。
しかし、別の部屋のカギということも考えられるので、はっきりと断定するのも難しい。
(とりあえず、持っておこう……。)
「唯ちゃん。まず、3階に行こう。このカギ、しばらくオレが持ってるから。」
「うん。」
カギをズボンのポケットに入れ、哲志たちは3階へと上がった。
右に曲がった廊下の左手にはトイレの扉が2つ、“男子厠”と“女子厠”のプレート。
“厠(かわや)”と表現しているのが、いかにも昔の学校だ。
「お兄ちゃん……。」
「ん?どうした?由香。」
「由香……おトイレ、行きたい………。」
「トイレ…?あぁ、行ってきな。ちょうど、そこだから。」
「うん……。先に、行かないでね……。」
「大丈夫。誰も、置いてったりしないよ。」
「わかった。……待っててね。」
由香は“女子厠”の扉を開け、トイレの中に入っていった。
残りのメンバーは由香のトイレが終わるまで、壁に寄りかかるように待っていた。
ガラガラガラガラ………
2分後、由香が扉を開けて出てきた。
「終わったよ。」
「よし。みんな、行こう。」
哲志が歩き出そうとしたとき、
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ………!
「きゃぁあああああ!」
「なんだ!?また、地震か……?」
激しい揺れが、6人を襲う。
「お姉ちゃん!」
「唯ちゃん!壁につかまって!」
「う……うん………!」
揺れは10数秒ほど続いて、おさまった。
「おさまったか………。」
「お兄ちゃん………。」
「大丈夫だ。もう、おさまったから。みんなは?」
「うん…。大丈夫だよ…。」
「こっちも、大丈夫。」
「今の地震……なにかしら……。」
「まさか、あの地震と……。」
「わからない……。とにかく、行こう。」
そのとき、哲志は今しがたポケットに入れた、あのカギのことを思い出した。
(あのカギ……。どうも、気になるな………。もしかして……。)
唯たちに向き直ると、
「みんな…。ごめん。2階に、戻ろう。」
「え?」
「2階に?」
「ああ。」
「どうして、戻るんですか?」
「あそこに、行ってみよう。」
「あそこって………?」
「…………保健室さ。」