けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
哲志の判断で、6人は上がってきたばかりの階段を2階へと下りた。
そして、保健室への廊下を反対方向に歩き始めた。
「哲志くん。本当に、保健室のカギなの?」
「保健室に、なにかあるの?」
「わからない。でも、“カギで”開かなかったのはあの部屋だけ(理科室は多重次元に押さえられている)なんだ。こっちの廊下は、床が抜けてて行けないし、あそこに秘密や手がかりが隠されてるとしか思えないよ。」
話している間に、理科室を過ぎ、件の保健室の扉の前に差しかかった。
この部屋の中に、哲志の言っているような、どんな秘密や手がかりがあるというのか。
哲志はズボンのポケットを探り、カギを取り出す。
すべては、神ならぬこのカギのみぞ知ることだ。
「開けてみよう。」
「うん。」
哲志はカギ穴にカギを差し込み、ゆっくりと右に回した。
カク……
カチャッ…………
「………………。」
「開いた……………。」
「思ったとおりだ……。間違いなかったな…。この部屋だ。」
カギを戻して引き抜き、哲志は扉を開ける。
ガラ…ガラガラガラガラガラ…………。
「入るぞ。」
中に入ると、カビくささに混じって、消毒液のかすかな香りが漂ってきた。
部屋の中央に、もう火が灯ることもなければ、灯すものもいなくなった古めかしいまきストーブが置かれ、周りには保健の先生が座って、子どもたちの手当てや悩みの相談に当たっていたであろう机と、複数の書類が入った本棚に、電気スタンド、薬品を保管しておく棚、2つのベッド、そしてベッドを覆うカーテンが所狭しと並べられ、時代は違えど、ここが“保健室”という特別なる空間であることをこちらに誇示しているようだ。
机と薬品棚の間の壁には、少し変色しているが、手洗い励行を促す貼り紙が貼られている。
【今月の目標】
石けんで手を洗おう
この貼り紙が、学校として最後に貼られたものだろう。
校舎が取り壊されるその日まで、ずっとここに貼りつけられていたのか。
学校が失われさえしなければ、この後で新たな目標がここに貼り出され、訪れた子どもたちの目に留まっていたに違いない。
そんな物悲しさをも醸し出す、“当たり前すぎる”標語だった。
哲志は部屋を一通り見回して、言った。
「みんなで手分けして、部屋の中を調べてみよう。」
「うん。」
「そうね。」
「オレは由香と探すから、唯ちゃんは憂ちゃんと、紬ちゃんはさわ子先生と……。」
「わかった。憂、探そう。」
「うん。」
さっそく、探索が始まった。
哲志と由香、唯と憂、紬とさわ子の3班に分かれ、室内のいろいろなものを見て回る。
ストーブ、排水口、机の引き出し、本棚、薬品棚と、手がかりのありかとして考え得る場所という場所を、すみずみまで探った。
しかし………。
「おかしいな……。」
「なにも、ないよ……。お兄ちゃん…。」
「唯ちゃんたちは?」
「ううん…。こっちも。」
「こっちも、なにもないわ。」
「なにかの薬品のビンはあったんだけど……。手がかりにはならなさそうね。」
探ること5分あまり、誰1人として、明確な手がかりを発見することができない。
次元の力でなしに、ここだけ“カギによって”開かないとすれば、十中八九なにかの手がかりが得られていいはずなのだ。
「弱ったな………。」
「ねえ、哲志くん。ちょっと、休もうよ。ベッドもあるし。」
唯は片隅に置かれた、2つのベッドを指差した。
ここまでかなり歩いてきたし、さんざん探し回ったので気分転換をしたかったのだ。
「ん……。ああ。そうだな。みんな、ちょっと、休もう。」
「そうね。」
「休みましょう。疲れてきたし……。」
唯と哲志が上履きを脱いで、ベッドに横になる。
憂と由香は、それぞれの頭上と足元に。
さわ子は机のいす、紬は近くに置いてあった別の小さないすに腰かけた。
「意外と……ほこりっぽくないんだな。ベッド……。」
「そだね……。」
「………………。」
「……………哲志くん。」
「ん?」
「哲志くん……好きな子、いるの?」
「えっ………。」
「クラスの女の子で、誰か好きな子いないの…?」
唐突な唯の質問に、哲志は思わずドキッ!とした。
まさかこんなところで、“彼女”の話を振られようとは思いもしなかった。
それもまったく見ず知らずで唐突に出会った、違う学校の女の子にである。
「す…好きな子って……。まだ、いないよ……。由香もいるし………。」
「そっかぁ………。」
「ゆ…唯ちゃんこそ、彼氏とかいないのか……?」
「いないよ。女子高だもん。ただね………。」
「…ただ?」
「…ギー太は、大好きだよ♪憂もね。」
「ギー太……?」
「軽音部で使ってる、あたしのギターだよ。」
「…なんで、ギー太なんだ…?」
「なんでって……。ギターだから、“ギー太”なんだよ……。ね♪」
「………ははは………。」
「うふふふ………。」
楽しそうに会話する2人を見て、憂と由香は微笑み会った。
紬とさわ子もである。
そのときだ。
ボーン…ボーン……
ボーン…ボーン……
ボーン…ボーン……
「?」
どこからか、鐘の音が聞こえてきた。
柱時計が時間を告げる、あの鐘の音だ。
扉の外…廊下の奥から響いてくるらしい。
「……っ!?な…なんだ……。」
「どうしたの?」
「か……体が………。」
「体が?」
「体が…動かない……。」
「えっ……?」
「か……金縛りだ…っ………。」
「あ……。そういえば…あたしも……動けない……。」
「くっ……。どうなってるんだ………。」
「っ……身動き……できないよぉ………。」
ベッドに座っていた憂と由香、同時に少し離れていた紬とさわ子も2人の異変に気づいてすっくと立ち上がり、ベッドに駆け寄った。
2人はベッドの上で、今の笑顔がうそのような青白い顔になり、さらに表情をゆがめている。
「お姉ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
「唯ちゃん!哲志くん!」
「どうしたの!なにがあったの!?しっかりして!」
すると、
チカ…チカッ…
さわ子が座っていた机の上の電気スタンドが、なんの前触れもなく突然明かりを灯した。
続いて転がっていた鉛筆がひとりでに起き上がったかと思うと、開いたまま置かれていたノートの白い紙面に、速筆でなにかを書き始める。
コッ…コッ…
ガシ…ガシ…
コッ…コッ…
ガシ…ガシ…
「………………夏休みには……………。」
「!?」
「…………みなさんで、遠足に出かけましょうね…………。」
「誰っ!?誰か、いるの!?」
背後から聞こえてきた声に、紬が反応して振り返ったときだ。
壁の割れ目やその周辺から、真っ赤な血が溢れ出てきたのだ。
追い打ちをかけるように、薬品棚の扉のガラスに、無数の血の手形が叩きつけるように現れた。
ペチャ…ペチャ…
ペチャ…ペチャ…
ペチャ…ペチャペチャ…
ペチャペチャ…ペチャ……
保健室の白い壁が、みるみる朱に染まっていく。
ベッドの上で動けない唯と哲志も、周りにいる憂・由香・紬・さわ子も、その様子をただ見ているしかなかった。
「…………迎えにきてくれたのね…………。」
「っ!?」
ドッ!
「…………サッちゃん…………サッちゃん…………。」
「ひっ…。」
ドタッ!
不気味な声と同時に、モヤモヤした黒い影が唯と哲志の上に現れた。
憂と由香はベッドから飛びのき、反動で尻もちをつく。
「…………サッちゃん…………サッちゃん…………。」
黒い影の中で、ギョロっとした2つの目が見開かれ、唯と哲志を見つめる。
「っ………。」
「うぅ………。」
「…………サッちゃん…………サッちゃん…………。」
サッちゃん、の言葉を一点張りながら、黒い影は2人に覆いかぶさってきた。
「う………ぐっ………!」
「ふぅううう………!」
黒い影は2人の体を包み込み、その姿の一部分を口の中にねじ込み始めた。
ズボボボボボボボボボボボボ……………
「ぐぅ………うぅ…っ……ひゃめ…ろぉぉぉ………!」
「うぅ………あぅ………。んんっ………。」
ものすごい力である。
その力を前に、2人にはなすすべがない。
哲志はかろうじて抵抗できるが、唯はあっぷあっぷ。
のどや口の中が、今にも避けて弾けそうな感触だ。
ズボボボボボボボボボボボボ……………!
「うっ…………。ぐぉ………っ………!」
「ふむ……っ……。ふぅぅぅうう………!」
「…………サッちゃん…………サッちゃん…………。」
「やめて!お姉ちゃんを、離して!」
「お兄ちゃんを助けて!お願い!」
憂と由香は、互いの姉と兄を助けようと、黒い影を引きはがそうとした。
が、その手はどうしても、黒い影にまったく触れることができない。
まるで空気か霧を、必死につかんでいるかのようだ。
紬とさわ子も助太刀に入ったが、同じことだった。
「っ……どうなってるの………。」
「さわれない……。どうして………!」
その間にも、黒い影はどんどん2人の体に入り込んでいく。
ズボボボボボボボボボボボボボボ……………!
「…………サッちゃん…………サッちゃん…………。」
「ぐぅぅ…………あぅぉ…………。あぁ………っ!」
「ふむぅぅ…………。うぅぅぅぅ………っ………。」
2人の意識がまさに途切れようとしたその瞬間、哲志が、
「ぐぅ……っ……うぉぁあああああああああああああああああああぁぁぁぁ~っ!!」
腹の底から必死に絞り出した、渾身の雄たけびを放った。
それに驚いたのか、黒い影は2人から離れ、パッ!と姿を消した。
ブワッ…!!!
「はぁ……っ……。はぁ……っ……。はぁ……っ……。はぁ……っ………!」
「ふぁ…はぁ……。ふぁ…はぁ……。ふぁ…はぁ………。」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
「お兄ちゃん!しっかりして!お兄ちゃん!」
「唯ちゃん!」
「哲志くん!」
荒れた息を整えながら、哲志と唯はどうにかベッドの上に起き上がった。
「はぁ……っ……。はぁ……っ……。なんなんだ……今の……。」
「ふぁ……はぁ……。わかんないよ………。」
哲志は血まみれになった部屋を、もう一度見渡して、みんなに言った。
「みんな。……ここに、長くいたら危ない。早く、出よう。」
「哲志くん……。」
「そうじゃないと、オレや唯ちゃんも、こんなもんじゃすまなくなるし…。みんなだって、ひどい目にあうかもしれない……。その前に………。」
「……わかったわ。」
ベッドから足を下ろし、下に揃えていた上履きをはく。
唯もそれにならった。
そうして立ち上がり、扉の前に向かった哲志は、さらにとんでもないものを目にした。
「………っ!これは…………髪の毛………!?」
2つの扉の表面に、びっしりと長い髪の毛が張りつき、からみついていたのだ。
「………ぁっ!」
「なに……これ………。」
「誰が、こんな………。」
長さからすると女性の髪の毛らしいが、その長さやからみ方が尋常ではない。
普通の人間なら、こんなに長い髪の毛を生やした人はいないし、もちろんこの芸当だって到底でき得たものではない。
みんなが扉の前でぼう然としていると、
「…………………サッちゃぁ~ん…………………♪」
はっきりと、今度は人の形になった黒い影が、後方の壁際に立っていた。
血走ったギョロッとした目が、じっとこちらを見つめている。
「みんな!引きちぎれ!」
「えっ!!」
「髪の毛を、引きちぎるんだ!早くっ!」
哲志は扉にからみついた髪の毛の一部に両手をかけると、力任せに引きちぎった。
ブチッ!!
ベリベリベリッ!!
「…………………サッちゃぁ~ん…………………♪」
「早くするんだ!!」
「は…はいっ!」
「うん!」
「隙を見て、一斉に開けるんだ!」
ブチ!べリベリ…!!
バリバリバリッ…!!
哲志に続いて、憂が髪の毛を引きちぎり始めた。
続いて唯・紬・由香・さわ子と、みんなで力を合わせ、一心不乱の夢中になって引きちぎる。
ベリベリ!!
ベリベリベリ!!
ブチッ!ブチッ!
ベリ!ブチッ!!
(早く……。早くしなきゃ………!)
(黒い影が………!)
「…………………サッちゃぁ~ん…………………♪」
黒い影と声が、どんどん6人のほうに迫ってくる。
ベリベリ!!ベリベリ!!
ブチッブチッ!ブチッ!!
ベリッ!ベリッ!ベリッ!!
「…………………サッちゃぁ~ん……♪どこ行くのぉ~…………………?」
(お願い…。早く、開いてよぉ………。)
ベリベリ!!バリバリ!!
ブチブチブチ!!ブチッ!!
バリッ!ベリッ!バリッ!!
ブチッ!!バリッ!!
「…………………サッちゃぁ~ん…………………♪」
「開けるぞ!!」
ある程度引きちぎられた後、哲志の合図で、みんなが一斉に扉を引いた。
ミチ…
ブチッ!!
ガラガラガラガラガラガラ…………
扉が開いた瞬間、みんなは倒れ込むように廊下に飛び出した。
黒い影は、なおも迫ってきて、
「……………………どこ行くのぉ~…………………?」
「あぁっ………。」
「ひいっ………!」
しかし……………。
扉からレールをまたいで外に出たその瞬間、黒い影はス~ッと消えた。
同時に血まみれの室内も、もとの薄汚れた白い壁に戻り、薬品棚の血の手形も消えた。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。」
「ふぅ……ふぅ……。」
「や………やったの………?」
「はぁ…。はぁ…。そうみたいだな……。」
「………あら?」
「どうしたの?ムギちゃん。」
「あの、ろうそく………。」
紬の指差す先には、火の灯った1本のろうそくが立っていた。
直美たちと澪たちが、階段の踊り場で見つけたものとよく似ている。
さっきカギを開けるとき、こんなろうそくは立っていなかったはずだ。
おそらくあの黒い影は、このろうそくに驚いて姿を消したのだろうが………。
「なんだろう……?」
「誰が、立てたのかしら……。」
「……?……あれは……篠崎の………。」
唯のそばからろうそくを見た哲志が、つぶやいた。
「えっ?篠崎………?」
「あ、いや……。なんでもないよ。」
哲志はそう言って、ゆらゆら揺れるろうそくのその明かりを、じっと見つめた。
(篠崎………………。)