けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
「ねぇ……。ほんとに、ここどこなのぉ?梓。」
「だから、わかんないって……。ですよね?和先輩。」
「そうね…。どこなのかしら……。うちの学校じゃないみたいだし………。」
散り散りになった桜高メンバーの残りの面々、梓・純・和の3人は暗い廊下を歩いていた。
3人とも携帯の液晶の明かりを頼りに、慎重に進んでいく。
先の澪たちや唯たちと同じように、荒れ果てた教室内で目覚め、携帯は圏外、窓もすべて開かないお定まりの“絶望的状況”を確認し、とりあえず教室を出ることにしたのだ。
幸いこちらも件の新聞や、連絡通信、そして幽霊たちにはまだ出くわしていない。
「気づいたら、唯先輩も澪先輩も、みんないなくなっちゃってるし……。」
「憂に電話しようと思ったら、圏外だし…。窓も開かないし……。」
「だから、こうして出てきちゃったんだよね………。」
「もう少し、がんばって歩きましょ。みんなの誰かと、落ち合うかもしれないし。」
「はい……。」
そんなやりとりを交わしながら歩く3人の前方に、人影が見えてきた。
後ろ姿だがやや小柄で、青とクリーム色のセーラー服+スカートが、視界に入ってくる。
「あれ……。」
「誰だろう……。」
「ちょうど、よかったわね。声をかけてみましょ。」
「えっ……?でも、学校が違うみたいじゃ……。」
「話しかければ、なにかわかるかもしれないでしょ。学校なんて、気にしてられないわ。」
「あ…それは、まぁ……。」
3人はその人影に近づいていった。
まず梓が、声をかける。
「あの……。こんばんは……。」
「……あっ……。」
梓の声に、人影がビクッとして振り返った。
頭の右てっぺんにちょこんと髪の毛を留めた、可愛い女の子である。
「ごめんなさいね。急に、話しかけちゃって。」
「あの……。どちらさまですか……?」
「あ……。自己紹介しなくちゃね。わたし、桜が丘高校の真鍋 和。2年1組よ。」
「2年1組……。よかった…。同じ学年なんだぁ……。」
相手が同学年と知ると、その子はホッとした表情を浮かべた。
「この子たちは1年生の、中野 梓ちゃんと鈴木 純ちゃん。同じクラスなの。あなたは?」
「あたし、如月学園高等部2年9組の、鈴本 繭です……。みんなと、先生を探してるの。」
(鈴本…。なんか、あたしと似てるような……。)
「繭ちゃんね。……もしかして、あなたもあのおまじないを?」
「うん。あたしのために、篠崎さんが考えてくれて………。」
「あなたのために?」
「篠崎さんって、誰ですか?」
繭はその後、詳しく話してくれた。
父が転勤の多い職場に勤めていて、最近次の転勤を告げられ、一家で転勤先の職場がある隣町へと引っ越すことになり、転校のため学校を離れることになった。
クラスの委員長・篠崎 あゆみが、みんなと離れ離れになってしまう繭のために、考案してくれたのがこの“幸せのサチコさん”なのだという。
今日はくしくも如月学園の学園祭で、終了・片付け後、オカルト好きだというあゆみの怪談を聞くためにみんなで遅くまで残っていて、その直後にやってきた副担任の女の先生と、傘を届けにきた友人の妹を加えて行ったのだそうだ。
(もはや説明は不要ながら、念のため……。)
父の転勤と引っ越しは、この2日後であった。
「じゃあ、あなたは今日が最後の学校だったのね。」
「うん。この制服も、今日で着納めなの。」
「さびしいですよね。せっかく、みんなとなかよくなってここまできたのに…。それも、学園祭のたった2日後なんて。」
「仕方ないよ。仕事だもん。」
「サラリーマンも、大変ですよねぇ~。最近は、給料も安いし…。毎日、仕事仕事で家族との時間なんて、ろくにもらえたもんじゃないし……。“気楽な稼業”だなんて誰か言ってたけど、全然違うじゃん………。そんな、甘いもんじゃないよねぇ。」
現代サラリーマンの境遇を、愚痴のように語る純。
彼女は女子高生ながら、同年代の友人である憂や梓より、妙に理屈っぽい一面があるのだ。
「純ちゃん。そこまで、言わないの。大人には、大人の事情があるのよ。」
「そうですけど……。」
「……それで、誰と誰でやったの?9人でやったんでしょ?」
「うん……。まず篠崎さんと、持田くんと…それから中嶋さんと、篠原さん、岸沼くん、繁兄ぃ、由香ちゃん、結衣先生……。」
「繁兄ぃ…?誰のこと?」
「森繁 朔太郎(もりしげ さくたろう)くん。同じ部活なの。」
「なんで、“繁兄ぃ”なんですか?」
「あたし、背もちっちゃいし…1人じゃ、どうしてもダメなところもあるから…。いつも、助けてもらってるの。ほら、画像見せてあげるね。繁兄ぃだよ。」
繭は携帯を取り出し、ちょっといじってから和たちに見せた。
グレーの学生服を着た、メガネの少年がそこに写っている。
端正な顔立ちでいかにも秀才そうだが、メガネの奥のその鋭い眼光は、なんとも言えぬ、とっつきにくそうな冷やかさも感じた。
「うわ…。目つき、悪っ…。ふてぶてしい……。」
「確かに、ちょっときつそうな感じね…。わたしもメガネだけど、さすがにここまでってわけじゃないわ。」
純は引き、和はちょっと眉をひそめた。
特に和は同じメガネをかけたものとして、彼からのオーラに思うところがあったのだ。
「ごめんね。繁兄ぃも、いろいろ大変なんだ…。でも学校のみんなには、あまりわかってもらえてないの。」
「そうなんですか…。」
「あなたと、森繁くん…部活は、なに部なの?」
「演劇部だよ。真鍋さんは?」
「わたし、生徒会だから部活は入ってないのよ。いろいろと、忙しくてね。」
「そうなんだ…。梓ちゃんと、純ちゃんは?」
「軽音楽部なんです。純は、ジャズ研究会で……。」
「へぇ…。軽音部、ジャズ研究会かぁ……。どんな部なの?梓ちゃん。」
どんな部?と聞かれ、梓は答えに戸惑った。
ジャズ研はともかく、軽音部の現在の活動内容を、先輩とはいえ、他校の子相手に面と向かってはどうも話しづらい。
もっとも一応実際、如月学園にも軽音部はあったが、レベルの違いは語るまでもないだろう。
「あ……。軽音部は、バンドやるんです。ギターとか、ベースとか演奏したり……。」
「バンドかぁ…。楽しそう。純ちゃんは?」
「ジャズ研は、そのまんまジャズの研究とか演奏してますよ。」
「そっか…。うちの学校も、ジャズ研究会はないけど軽音部はあるから…。」
笑顔で話す繭を見つめながら、梓は5か月前、つまり入学したときのことを思い浮かべていた。
梓はかつて、同じ中学校出身の友人とジャズ研に入部するつもりであった。
ギターを趣味としている父母の影響を受け、幼少期からギターに慣れ親しんでいたおかげで、その実力は2人に肩をならべるほどの折り紙つきになっていた。
しかし、途中から新歓ライブを見たことで軽音部に興味を惹かれ、結果として友人だけがそのままジャズ研に入部(同時に純も)し、1人唯たち4人の上級生が待つ音楽準備室へと足を向けたのである。
梓の心の中は、夢と希望に満ちあふれていた。
ところが新歓ライブを見てイメージしていた姿とはるかにかけ離れた、上級生たちの自堕落ぶりに大いに失望してしまい、学校以外の自分の実力を活かせる場所に行こうと、失意のまま一時は早期退部を考え、無断欠席を繰り返す(※授業は出ている)にまで追い込まれた。
体験入部で見せたネコのようなしぐさから、唯に“あずにゃん”と命名されたのもこの時期であったのだが、異常なまでのコスプレ嗜好のあった顧問のさわ子に、半ば強引に“ネコ耳カチューシャ”をつけられたがゆえのことで、最初は正直お世辞にしてもうれしいものではなかった。
梓の居場所はこの時点で、ほぼなくなりかけていた。
これにはもちろん、唯たちもだまってはいなかった。
危機感にさいなまれた唯たちは、梓の抱いた夢や希望を取り戻そうと、数日後に訪れた梓の前で、新曲「わたしの恋はホッチキス」を披露。
あの自堕落ぶりからは、想像もつかない整合性の取れ過ぎた演奏に、いっぺんに失意の抜けきった梓は、即座に軽音部に残ることを決意。晴れて唯たちの新たな仲間として加わったのであった。
(あのとき、先輩たちが演奏してくれなかったら…。わたしは、ここにいなかったんだろうな。)
口には出すこともなかったが、あのときは心の底から唯たちに感謝していた。
あの演奏がなければ、あれを聞かなければこの日をもって軽音部とはおさらば、即座に部室を飛び出して、確実に“わたしの道”を行っていたかもしれない。
それから5か月。
先輩たちの自堕落ぶりは相変わらずだが、同じ常識人の立場にある澪の存在もあって、まったくといっていいほど苦にはならなかった。
初めての学園祭ライブでは、“名づけ親”の唯が体調を崩し、あわや不参加の危機に見舞われたが、それでもどうにか回復を見せた唯の獅子奮迅ぶりにより、5人での初ライブは大成功に終わった。
嵐のような大喝采と大歓声が講堂を包み込み、梓も唯たちも、軽音部としての充実感を感じた。
憂・純という新しい友人もできて、もはや1人ぼっちではなくなっていた。
「真鍋さんたちも、みんなを探してるの?」
「そうよ。これが、おまじないに使った切れ端。」
和は生徒手帳を取り出し、ケースの中の切れ端を見せた。
梓と純も、これにならった。
「あたしも、持ってるよ。」
繭も同じように生徒手帳を開き、切れ端を見せる。
「ねえ。何人でおまじないしたの?」
「9人よ。あなたたちと同じ。わたしと、梓ちゃんと純ちゃん、クラスが違うんだけど、わたしと友だちの平沢 唯、わたしと同じクラスで秋山 澪……。」
和は参加者の名前を、1人1人順序立てて話し、軽音部のこともつけ加えた。
「じゃあ、その平沢さんと秋山さん、田井中さんと琴吹さん、憂ちゃんに山中先生なんだね。」
「そうよ。わたしは、生徒会の仕事があって後から部室に行ったんだけどね。」
「誰がやろうって言ったの?」
「律なんだけど…。あの子、軽音部の部長でね。」
「田井中さんが?」
「ええ。澪の影響で、最近ネットを始めたらしいの。ドラムについて調べてたらしいんだけど…。そこで、偶然おまじないのページにたどり着いたって。」
「それで?」
「あの部、いろいろとあってね。わたしたちが入学したとき、部員が誰もいなくて、最低でも4人入部しないと、廃部になる予定だったの。」
「うん……。」
「そこに入部したのが、唯たち4人ってわけ。そこからも、最初の1年間はちょっとドタバタしてたんだけど……。今年梓ちゃんも入って、どうにか軌道に乗ってるわ。」
「そうなんだ……。」
「でも、律も部長としてこれから心配もあったんじゃないかしら。それで、偶然あのおまじないを見て、“結束力を上げる”ためにってことだったらしいの。」
「へぇ……。」
「そのおまじない、なんかいかがわしかったんですよ……。あたしたちと同じ、高校生の人が作ってるページらしいんですけど…。」
「あたしもジャズ研が終わって、憂と一緒に後から来たんですけど、律先輩の話、なんか変だと思ったんですよねぇ。“幸せのサチコさん”って言ってるけど、どうして“幸せ”なんだか詳しく説明されてないし、いまいちわかんなくて…。」
「そしたら、唯先輩とムギ先輩が……“やってみなくちゃわかんない”とか、“やらないよりやって後悔したほうがいい”って、乗り気になっちゃって……。」
梓はその後、とりあえずその意見に同意した上で、おまじないをホームページのとおりの手順で行ったところ、大きな地震が起き、床が抜けて全員が下に落ちていったくだりを話した。
「同じだ……。」
おまじないの時間を尋ねてみると、少し後になるが、こちらとあまり変わらないという。
おそらく桜高メンバーが床下に落ちて失神している間に、如月メンバーが同じようにおまじないを行ったということだろうか。
「落ちてから後のことは、なにかわからないの?」
「うん…。気を失っちゃってて……。繁兄ぃに守ってもらったことは、覚えてるんだけど……。」
「そう……。」
「やっぱり、同じですね……。」
「もちろん、携帯もダメなんですよね?あたしたちも、そうだったし……。」
「うん。圏外だった……。」
澪や唯たちと同じく、おまじないを行って以降のすべての過程や、状況がズバリ一致していた。
落ちてからの記憶がない以上、ここでこれ以上どうこう質問を重ねても進展はなさそうだし、そもそも繭にも気の毒なだけだ。
こうなれば、やることは1つ。
和は考えることなく、繭に言った。
「繭ちゃん。とりあえず、わたしたちと一緒にみんなを探して、手がかりを見つけましょう。」
「えっ…?本当?真鍋さん。」
「状況も同じだし、ここは高校生同士、助け合いの精神が大事だと思うの。…森繁くんにも、早く会いたいでしょ?」
「うん……。」
「梓ちゃんたちは、どうかしら?」
「……そうですね。ここで、ただおしゃべりしててもしょうがないし。ね、梓?」
「そうだね…。繭さん。一緒に、探しましょうよ。」
「うん……。ありがとう。真鍋さん、梓ちゃん、純ちゃん。」
繭は、3人に向けてニコッと微笑んだ。
無理やり“作った”感じのしない、純粋で屈託のない笑顔だった。
(本当に、素直な子なのね。こういう子って、学校で人気ありそうね。)
雁字搦めの学校生活にとらわれず、真っ向から突っ張るヤンキーが尊ばれて人気の傾向もあるにはあるが、やはり大本命はこうした“素直な子”だろう。
こうした子が、すさんだ校風をよくすることだってあるのだ。
それだけに、親の仕事のために学校を去らなければいけないのが、惜しんでも惜しみ切れない。
生徒会役員の立場にある、和ならではの感想だった。
「さ。行きましょう。」