けいおん!LinkCorpse(リンクコープス) 作:レパード☆アブデカ
繭を加えた4人は、再び廊下を歩きだした。
ほどなく廊下の突き当たり、階段の前にやってきた。
手前の階段は下階へ、奥の階段が上階へとつながっている。
どちらへ進むかで、今後のよし悪しを左右しそうだ。
「どうしますか?和先輩。」
「う~ん……。どっちがいいかしら……。」
「とりあえず、下に行きません?1階まで下りて、玄関に行ってみましょうよ。」
「そうね…。じゃあ、下ね。」
4人は手前の階段から、まず下を目指すことにした。
足をつくたびにきしむ板張りの階段を、1段ずつ慎重に下りていく。
ギシッ…ギシッ…
ギシッ…ギシッ…
踊り場の床の隅には、小さいが穴が開いている。
4人はその穴を避けながら、手すりに張りつくように踊り場を曲がった。
下りた先は、2階の廊下だった。
気づかなかったが、和たちは3階にいたようだ。
1階へと続く下り階段を、さらに慎重に下りていく。
ギシッ…ギシッ…
ギシッ…ギシッ…
ようやく、1階にたどり着いた。
この先に、正面玄関があるはずだ。
もちろんさっき澪たち4人が来た、あの場所である。
1分ほどで、正面玄関に到着した。
梓が昇降口の扉を開けようとしたが、おわかりの多重次元の力のせいで、取っ手をいくら押しても引いても、まったく開かない。
ガチャ…ガチャ…
ガチャ…ガチャ…
「あれ…?くっ…ふんっ…。開かない…。うぅん…!」
「貸して。」
ガチャ…ガチャ…
ガチャ…ガチャ…
純が代わっても、もちろん結果は変わらない。
「ふっ…くぅ…。ほんとだ…。どうなってんの…?さっきの教室と同じじゃん。」
最後に和が代わったが、それでも同じだった。
和は右手であごをつかみながら、
「もしかして…。学校全体、こんな感じなのかしら……。」
「えっ…?」
「学校全体って、どういうことなんですか…?」
「わからないけど……。とにかく、そんな感じがするの。」
「外に、出られないんですか?」
「…そういうことみたいね。」
「そんなぁ……。」
純が言ったとき、
「……きみたち……。」
「?」
「!」
後ろの入口から聞こえた声に、4人は一斉にそちらを向いた。
グレーの学生服を着たメガネの少年が、そこに佇んでいる。
やがて少年は、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
梓と純は、近づくその少年の姿や顔を凝視した。
(あの人……。もしかして、繭さんの携帯の画像の……。)
(森繁さん……?)
少年との距離は、どんどん縮まってくる。
和が声をかけようとしたとき、
「あ……。繁兄ぃ!」
繭が少年のもとに走り寄った。
相手が誰なのか、一目でわかったのだろう。
「繭……。」
「繁兄ぃ~!」
少年の懐に飛び込み、抱きつく繭。
「どこに行ってたんだ?心配したぞ。」
「繁兄ぃこそ、どこに行ってたの?」
「その子たちは……?」
「桜が丘高校の、真鍋さんたちだよ。さっき、3階で会ったの。」
「桜が丘……?初めて聞く学校だな。」
見慣れぬ制服の女の子3人と、聞き慣れぬ学校名に戸惑い気味の少年。
和たちは彼にここまでの経緯を詳しく説明するため、2人のところに歩み寄った。
改めて、少年の姿を見る。
背恰好、端正な顔立ち、メガネの奥の鋭い眼光……。
繭が携帯の画像で見せてくれた、あの少年に寸分の違いもなかった。
「あなたが、森繁 朔太郎くん?」
「……?なんで、オレの名前を……?」
「繭ちゃんから、教えてもらったのよ。」
「えへへ♪」
「教えたのか…。」
「紹介、遅れちゃったわね。わたし、桜が丘高校2年1組の真鍋 和。生徒会役員なの。」
「初めまして。1年2組の、中野 梓です。こっちは、同じクラスの……。」
「鈴木 純です。よろしく…。(う~ん…。やっぱり、目つき悪くてふてぶてしいなぁ……。)」
3人が名乗り終えると、少年も名乗った。
「今言われたけど、森繁 朔太郎…。如月学園高等部2年9組だ。きみたちが、繭をここに連れてきてくれたのかい?」
「そうよ。3階で、偶然会ったんだけど。」
「そうか…。ありがとう。」
「森繁さんは、どこにいたんですか?」
「2階だよ。どこかの、教室の中だ。」
森繁は繭と同じように、ここに飛ばされるまでの経緯と、その後繭を含めた仲間たちと離れ離れになったこと、電話も圏外、窓も一切開かなかったことを話した。
「向こうの階段から降りてきたんだが……。そこで、玄関に行くきみたちと繭を見てね。」
「向こうって…反対側ですか?」
「あたしたち、あっちの階段からきたんですけど。」
純は自分たちが降りてきた、後方の階段付近を指差した。
「ああ。そのとおり、きみたちと反対のほうだ。」
「教室を出てから、ほかのみんなの誰かと会ったりしなかったの?」
「いや…。誰とも、会ってない。ほかの教室に入っても、も抜けの殻だし……。それ以前に、戸が開かない部屋だってあったからね。」
話の内容から、自分が倒れていた教室以外にもいくつかの教室を回ったらしい。
和たちは最初の教室から、繭に会うまでどこの教室にも寄らずに歩いてきたので、窓以外の場所が開かないことに気づかなかったのだ。
「ところで…。きみたちも、あのおまじないを?」
「ええ。そうよ。」
「誰が、言いだしたんだい?」
「律よ。隣のクラスで、田井中 律って子なんだけど。」
繭に説明したのと同じように、和はその動機と、飛ばされるまでの過程を話した。
もちろん、軽音部のことも忘れずに。
「……つまり、その田井中さんが…その軽音部の部長で、結束力を…。」
「そうよ。繭ちゃんにも話したけど、去年の時点で部員が誰もいなくなってて、そこに入ったのが唯と澪と、律、ムギってことなの。で、今年の新入部員がこの梓ちゃん。」
「どんな活動なんだ?」
「基本は…まあ、バンドなんだけど…。」
和はそこまで言って、話をはぐらかした。
とたんに森繁の表情がゆがみ、
「バンドか…。あまり、部活らしくないな……。」
「あ、いや…。バンドっていっても、そんな派手な、ギラギラしたものじゃないの。よかったら、そっちのみんなを連れて、一度桜高に来てみない?実際に見てくれれば、どんな部なのかわかってもらえると思うから……。」
(和先輩、大胆だなぁ…。来てもらえるわけなさそうなのに。そもそも来たって、お茶とお菓子におしゃべりばっかりの部だし…。)
純がそう思うのも、ほぼ的を得た話だった。
この森繁、学業でも部活でも学校きっての優秀さを誇るが、性格に問題を抱えていた。
彼は、世にはびこる融通のきかない人々や、低俗なものがこの上なく嫌いで、それゆえ世以子とは対照的に学校での人づき合いを極力避けていて、ただ1人心を許せる繭に対してばかり、実の妹のように(森繁は1人っ子)親身になって面倒を見ていることから、一部の先生や生徒間での評判は今一つだった。
また祖父に名づけられた、作家・萩原 朔太郎をモチーフとしているその名前を気に入っており、ちょっとでも侮辱されるかそう判断すれば、大人気なく激高し食ってかかることもよくあった。
これは彼が医師の息子であり、その職業色むき出しで自分に接してくる父との折り合いが悪かったためでもあった。
名づけてくれた祖父も亡くなった後、その特異さは急加速を見せたのである。
そんな彼が、他校とはいえバンドというお下品なるイメージに溢れ、ましてあんな“自堕落”を絵に描いたも同然の軽音部に、いい顔を見せてくれるとは到底思えない。
自校と比較した挙げ句、最低最悪の部だと足蹴りに罵って、すぐに帰ってしまうのが乙だろう。
しかし…。
「そうだよ。ねぇ、見に行ってみようよ。繁兄ぃ…。」
(…へ?)
「繭……。」
繭も、和に口をそろえた。
純は口を開けたまま、ポカンとしている。
好奇心旺盛な繭は、軽音部がどんな部活なのか、この目で見てみたくなったのだ。
桜高がどんな学校なのかも、とても気になるし、ほかのメンバーにも会ってみたい。
たとえ転校しようとも、森繁やみんなと学校を訪れることができなくなるわけではない。
これだけは、どうしても外せなかった。
森繁は表情を保ったまま、やや間を置いて、
「……わかった。無事に帰れたら、考えておくよ。」
「やったぁ!」
繭は飛び上がって喜んだ。
初めて会った、他校の女の子からの突然のお誘いで、お下品なイメージのあるバンドを活動主体とする部を、わざわざ見に来てほしいと言うのだ。
森繁とすればプライド諸々があるので有無を言わさず首を横に振りたいところだが、同じクラスに部活で、そうでなくとも普段から親身になって妹のように面倒を見ている繭の頼みを、真っ向から断るわけにはいかなかった。
彼にとって繭の笑顔は、プライドにもなにものにも変え難いものだった。
「ところで、森繁くん。」
「なんだい…?」
「わたしたちに、協力してほしいの。」
「協力?」
「これもさっき、繭ちゃんに言ったんだけど…。同じ高校生だし、ここはお互いに助け合いが必要なんじゃないかってね。」
「助け合いか…。」
「繭ちゃんのことが好きなのは、よくわかってるわ。でも、ほかのみんなだって心配でしょ?」
「真鍋さん……。」
「わたしたちも、早く唯たちを見つけたいの。目的は同じだし、一緒に探しましょ。」
梓も横から、
「森繁さん。わたしからも…あとは、純からもお願いします…。一緒に、唯先輩たちを探してください。わたしたちも、そっちのみなさんを一緒に探しますから。」
「えっ…?ちょ…ちょっと、梓……。」
「繁兄ぃ、お願い。真鍋さんたちに、協力してあげて。」
「…う~ん…。」
再び考え込む森繁。
軽音部見学のお誘いを受け、間髪入れずに今度は協力を求められた。
和の言うように同じ目的とはいえ、慎重に判断しなければならない。
「わかった。協力する。」
「あ……。ありがとう。」
「ありがとうございます!」
「確かにオレも繭も、真鍋さんたちも目的は同じだ。助け合えば、なんとかなるかもしれない。」
「そうこなくっちゃ。わたしたちも、頼れる仲間が増えたって感じね。」
(……どこが、頼れるんだろ……?)
画像を見て以来、まだ信用ならない純は森繁の加入を素直に喜ぶことができなかったが、和と梓はとりあえず一安心した。
「それじゃ、行きましょう。」
「ああ。行くぞ、繭。」
「うん。」
和と森繁を先頭に、5人は回れ右をして歩き出した。
昇降口から廊下に出た、そのとき………。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴガガガガガガガガガガガガガ……ッ!
「うっ………。」
「きゃっ…!」
説明不要の激しい揺れが、5人を襲う。
「ひっ……。」
「あぁっ……!」
「きゃぁあ……!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ…ガガッ………
30秒ほどで、揺れはおさまった。
「っ……。」
「くっ……。あの、地震か……。」
「繁兄ぃ……。」
「心配するな。オレが、そばについてる。離れるなよ。」
「うん……。」
そっと、繭を抱きしめる森繁。
それを見た純、
「……もう……。こんなときに、地震にかこつけてベタベタしちゃって…。」
「そんなこと、今はどうだっていいでしょ。ほら、行かなくちゃ。」
「はい、はい。」
5人は改めて歩きだした。
ミシッ…ミシッ…
ミシッ…ミシッ…
きしむ廊下を、和と森繁、梓と純の携帯の液晶の明かりがほんのりと照らす。
廊下の両側は相変わらず窓がひび割れていたり、板が腐食して穴が開いているところも。
ミシッ…ミシッ…
ミシッ…ミシッ…
(それにしても…。本当に、小さくってかわいい人だなぁ……。学年は、先輩なのに…。こうして見たら“先輩”って感じじゃないし……。)
森繁にひっついている繭の後ろ姿を眺めながら、梓は思った。
梓は唯たち上級生一同はもとより、同学年の憂や純よりも1回り小柄な体格なのだが、繭の体格はそれとほとんど違わない。
(梓は身長150cm、繭は154cm。)
唯たちと同じ学年なのに、“上級生”という感じがしないのだ。
人によっては暑苦しさを覚える“威厳”というものが、いい意味で微塵もない容姿なのである。
ミシッ…ミシッ…
ミシッ…ミシッ…
「……あら?」
「……ん?どうしたんだ?真鍋さん。」
「……ほら、あの子……。」
和の指差す先には、ぼんやりと青白い光を放つ、女の子の後ろ姿があった。
小さなツインテールで、花柄入りの薄い黄色のトレーナーに朱色のミニスカートをはいている。
背恰好から、11~12才くらいだろうか。
その女の子は、こちらにチラッと視線を向けるような素振りを見せた後、足早に廊下の奥へと立ち去り、視界から姿を消した。
「あっ……。」
「気になるな…。ついて行ってみよう。」
「ええ。」
5人は女の子が消えた廊下の奥へ、足を進めていった。