「やっぱりこっちかしらね。黒の方が髪の色が映えるし・・・・・・でも、全体的な纏まりを考えると、もっと明るい方がいいし、うーん」
姿見を見ながら、胸の前で服を合わせる小柄な少女。
ほっそりした肢体を覆う下着。
その下着から覗く白い臀部より少し上の辺りから伸びた、長い
「いっそ下着も黒で色っぽく攻めるべきかしら? 隊長さん、喜んでくれるかなぁ」
妖狐のお紺さん、交際中の彼氏とのデートに着ていく服を選びながら、軽くハイになっている。
興奮しているのである、もっと言うとサカっているのである。
「もぅ♥ 最近はちょくちょく求めてくるから、困っちゃうわねぇ」
困るなどと言いながら、顔は緩みきってニヘラとした笑みが張り付いているので、説得力は全く無い。
「付き合い始めた頃は、最初に抱いてもらったっきり、全然手を出してこないから、やっぱり私みたいなのじゃ駄目なのかしらって思ったけど・・・・・・にひひひ、遠慮してただけだったみたいねー」
テンションに合わせるように、狐耳がピコピコ忙しなく動いている。
「そういえば隊長さんが求めてくるようになったのって、おさださんの結婚式に出た後くらいだっけ」
おさだとは、お紺の知り合いの妖狐である。
「きれいだったなー、おさださん。私もいつか隊長さんとぉ・・・・・・白無垢もいいけどウェディングドレスにも憧れちゃうなあ」
天狐様も出席してたし、何か恋愛成就のご利益でもあったのかしらねと思いながら、鼻歌混じりに鏡の前で踊るようにくるりと回る。
彼女は知らない、否、覚えていない。
その時の結婚式の後で、迎えに来てくれた隊長さん相手に、ベロンベロンに酔って盛大にやらかしたことを。
ちょくちょく抱いてくれるようになったのも、割とその時の事件が切っ掛けなのだが、まあこの話はまた別の機会に。
「でも、そのためにはしっかり隊長さんのハートを掴まないと」
男を掴むには胃袋、玉袋を掴めなどとよく言われるものだ。
然るに現状は、料理上手な隊長さんにこちらの胃袋が掴まれつつあり、玉袋ならぬ子袋もほとんど陥落気味である。
というかもう、陥落している。
いつも手玉に取られ、向こうにリードを許してしまっている。
ずっと年下の男にいいようにされている、由々しき事態だ。
「私、三百歳! 私、歳上! 私、お姉さん!! ・・・・・・」
一生懸命、言い聞かせる。
しかし、ちょっと虚しくなったようだ。
「リードされてばかりじゃ駄目!! 歳上の私がリードしてあげないと」
それが出来るようなら、三百年も処女を拗らせてはいなかったはずである。
そしてこういうのが変にやる気を出すと、空回りして大抵・・・・・・
「ふふふ、通販で買った秘密兵器もあるし、これで隊長さんをメロメロにするわ!!」
ろくな事にはならないのである。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
(紺だけに紺色で纏めてみました、なーんて)
上下をオールネイビーに纏めた、ゆったりめのシャツにアンクルスカート。
靴は歩きやすいブーツをチョイス。
他には特に飾りっ気のないシンプルなコーディネート。
化粧も薄く、ナチュラルメイク。
獣系の妖怪特有の毛深さも、毛女郎謹製の除毛薬でつるつるにお手入れ済みだ。
(隊長さんは機能的な方が好みだしねー)
彼の好みに合わせるのが一番。
お紺さんは江戸時代育ちの、男に尽くす古風な女の子。
今日は家や職場とは違い、耳や尻尾は隠している。
一応、一般には妖怪の存在は秘密なので当然である。
(もっと大人っぽく化けてもいいけど、隊長さん嫌がるしね)
別にそういう趣味な訳ではない、断じて。
基本的に妖怪が人間に化ける際は、一番楽な形態、自分にとって自然な人間としての姿に化ける。
早い話、胸が小さいのも、子供っぽい見た目も、人間だったらそうなっていたという姿で、お紺さんの人間としてデフォルト設定がそれなのだ。
好き好んで
そもそも文明開化以降、平均身長が伸び過ぎなのだと言い訳をする。
それに隊長は対妖怪戦闘部隊で、トップレベルの人間である。
人間に化けている妖怪を見抜くなど、基本スキル。
自然体でいられる化け方ならまだしも、意識して化けられるとそれが気になって仕方ないのである。
それと持っている服が基本的に、この体型にあったものばかりなので着るものが無い。
(着物なら自分で仕立て直せるんだけど、洋服はねー)
これでもお紺さんは、箱入りお嬢様。
家事全般、当然裁縫も含めてみっちり叩き込まれている。
江戸時代のだけど。
(・・・大丈夫、三百歳とか妖狐にとってはまだまだ若い!!)
妖狐、霊狐の中で最上位に当たる空狐ともなると、三千歳を超える。
お紺さんは一番下の野狐の類だが、そんな野狐でも千年を超えて生きるものもいる。
九尾の狐等がそうだ。
とはいえ、特に修行しているわけでもない野狐では、そろそろ人生ならぬ狐生も折り返しを実感し始める時期だ。
お紺さんの最近の心境は、婚期を気にし始めたアラサーなお局様みたいなもの。
せっかく出来た恋人を逃したくはない、何としてもモノにしたいと焦っている。
現時点でこそ同じ職場にいるが、戦闘部隊の人間が事務仕事を手伝っている現状が異常なのだ。
人手不足だから、今日明日にすぐどうこうはならないだろうが、いつかは別の職場になってしまうだろう。
下手をすると遠距離恋愛になりかねない。
そのままだんだん疎遠になっていき、自然消滅という事態は避けたい。
というか最近はそんな想像ばかりしてしまい、戦々恐々としているお紺さんである。
そんなことを考えている内に、待ち合わせ場所も間近だ。
手鏡で身だしなみを最終確認。
いざ合戦場へ!!
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
お洒落なカフェでランチタイム。
「ダージリンオータムナル、クロックムッシュ」
「・・・お、同じもので」
流石隊長さん、陰陽師だけあって呪文はお手の物だなあと、変な感心をしているお紺さん。
実際は紅茶とトーストの一種を頼んだだけなのだが。
紅茶の銘柄指定できるような洒落たお店に、少々気後れしていたお紺さんだが、落ち着いてくるといくらか余裕もできる。
鼻孔をくすぐるのは、店内に漂う紅茶の香り。
パンの焼ける匂い、チーズのとろける匂い。
洋風な明るい内装に、落ち着いたクラシックBGM。
だが不思議なことに、店内の雰囲気自体には、江戸の頃の茶店とあまり変わらないものを感じると、お紺さんは莞爾として笑う。
「どうした?」
「いえ、こういうお店の雰囲気って、いつの時代もそんなに違わないなって思いまして」
「ふむ、まあ人種が変わったわけでもなし。今も昔も本質的な所は、たいして変わってないものかもな」
本質は変わらない。
いや、大事な部分は変わらないというべきか。
時代に合わせて、環境に合わせて、色んなものが変わっていくけど、大事な部分だけはちゃんと残していく。
それが人間というものなのか。
お紺さんは思うのだ、良くも悪くも変わることのできない妖怪が、人間に焦がれる理由なんだと。
(・・・・・・でも、そういう事は関係なく隊長さんは好きですよ)
恥ずかしいから口には出さない。
私はクールビューティーなのだと格好をつけているが、そういう時は決まって隊長さんが優しい眼差しを向けている事には、気付いていないお紺さんであった。
「隊長さーん、この後どうします?」
「ふむ、映画でも行くか?」
「映画ですかー」
それだけの短いやり取り。
基本的に寡黙な男である。
付き合い始めた当初は、色々と話題を探したものだが、最近は会話をせずに見つめ合うだけなのもいいものだと、思えるようになったお紺さんである。
キリッとしてて隊長さんかっこいいなあ、とか思っているのだ。
付き合う前は、仏頂面で何考えてるか分からなくて怖いなどと言っていたはずだが、実にチョロい女である。
さらに言うと映画よりも、早くホテルにしけこんでずっぽしいきたいなあとか、頭桃色状態である。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「・・・・・・・・・・・・面白かったか?」
「な、中々だったと思います」
映画を見終わってから、いくらかの沈黙の後に、交わされた会話。
映画の出来は悪くはなかった。
いや、むしろかなり良い出来であったと言うべきだろう。
ただしジャンルはジャパニーズ・ホラーである。
(ああぁああああああぁぁ!! 隊長さんが怖がって抱き付いてくるとか、そんなことは流石に微塵も期待してなかったけど、なかったけどぉおお!!)
暗い館内で隣同士。
手を繋ぎ合っちゃったりして、それで隊長さんこわいっと、自然に密着する目論見だったお紺さん。
目論見自体は成功したと言える。
言えるのだが・・・・・・
(めっちゃ怖い、なにこれぇ!?)
ジャパニーズ・ホラーを完全に舐めてました。
私は妖狐だし、実際に相対するならまだしも、画面の中のお芝居の悪霊とか余裕余裕と、調子こいてたら腰抜かしたお紺さん。
生々しすぎるくらいに、どろっどろの怨みつらみが、これでもかと見事に描かれた傑作ホラー映画でした。
強いとか弱いとか、戦ったらどうなるかという物理的な怖さではなく、精神を揺さぶる怖さでした。
生真面目な性格も相まって、隊長さんにべったりしがみつきながらも、最後までしっかり視聴してしまい、SAN値直葬です。
恋愛映画とか上映してなかったからって、これはやめておくべきだったと後悔の真っ最中。
(本物より怖いんですけどぉ!!)
映画が終わってもガクガクブルブルと震えるお紺さん。
しがみつかれたままの隊長さんが、そっと華奢な肩に手を回して抱き寄せる。
「ふぇ!?」
一瞬、びくりとしたお紺さんだが、そのままされるがままに、胸に顔をうずめて、すっぽりと腕の中に身を預けていく。
「た、隊長さん・・・・・・」
背中と後頭部に回された手が、優しくその身を撫でる。
安心感を覚えると同時に、幾度となく共にした褥の中で、自分を抱きすくめたその腕の中に抱かれている事実が、心臓の鼓動を早めていく。
ドクンドクンと脈打つ自らの心臓の鼓動を感じながら、すりっと愛しい男の胸に頬を擦り付ける。
(隊長さんも、もう少しドキドキしてくれませんか・・・)
自分ばかりドキドキさせられて不公平だと、心の中でほんの少しだけ拗ねてみせる。
背中と頭を撫でる、大きくて温かい手。
戦闘部隊の人間だけあって、筋肉質で硬いけど、決して不快ではない弾力の肌。
こんな時に、ちゃんとこちらを気遣ってくれる、優しい人だ。
「大丈夫だ」
口を寄せて、そっと囁いてくる。
甘い陶酔感が体を満たしていく。
「世界の全てを敵にしようと、お前を護ってやる」
ぼッと赤面し、ぷるぷると震えながら、顔を上げ・・・・・・
「それは忘れて下さいって言ったじゃないですかぁ!!」
隊長さんが言ったのは、前にお紺さんが超乙女チックな夢を見た時に、口にした寝言である。
(隊長さんはちょっといじわるだぁ・・・・・・)
エロいのは後編で。
遅筆でごめん。