だから中編にはないよ!
しかも、あんな台詞で内心、喜んでしまったのもあって、心中は複雑です。
今日は歳上らしくリードするのだと意気込んでいたのに、結局主導権を握られてしまっているのも、少なからぬ理由ではあります。
まあ、しっかり隊長さんと腕を組んで歩いていますが。
とはいえ30cm近い身長差があるので、隊長さんの腕にお紺さんが抱き付いているというのが近いかもしれません。
昔、大ブームした、だっこちゃん人形みたいです。
もう少し、恋人らしい絵面にならないのかしらと、これもまた不満の原因。
歩き難いけど、ヒールにするべきだったかしらと、少し後悔。
お紺さんも養父母を看取った後は、日本をあちこち旅して回っていたし、かなりの健脚なのだが、準備運動に軽くフルマラソンとか言ってるような、特殊な人達ばかりな部隊の隊長さんはまた桁が違うのです。
隊長さんは歩調を合わせてくれるけど、お紺さんだって彼の歩調に合わせたいとも思っています。
無理だと分かっていても、歩調も合わせたい、背の高さも合わせて腕を組みたい。
どっちもできないのが辛いところです。
(もう少し、変化の練習でもするべきかしら? でも生半可なのじゃ駄目よね)
「わっ!?」
そんなことを考えて、無理して歩調を早めようとしたら、躓いたお紺さん。
でも転ばないように、隊長さんが支えてくれました。
「あ、ありがとうございます」
「うん、気を付けてな」
でも、何か面白くないお紺さん。
そこは抱きとめてくれてもよかったんじゃないですか、とか面倒くさいことを思っています。
そんなお紺さんの手を取ると、優しく握る隊長さん。
「え、あ、の、その!?」
「最近、こうしてなかったな」
「あ、はい・・・・・・」
身長差もあるので、手を繋ぐのは子供っぽいのではと思っていたお紺さん。
それに男は密着度の高い腕組みを喜ぶものと、雑誌に書いてあったので、ここのところは腕組みばかりしていたのですが。
(うわ、た、隊長さんの手、やっぱり大きい)
大きくて、ゴツゴツと筋肉質で、でもとても暖かい手。
きゅっと握ると、向こうも優しく、握り返してきて。
お紺さんのいらいらも、すっかり消えてしまっています。
(私ってチョロすぎないかしら?)
ようやく気付いたのかと、友人一同に総ツッコミされそうな事を思いながら、恋人達の時間は過ぎていきます。
しかしコミュ障でもないのに、三百年も処女を拗らせていたのは、伊達ではないのです。
またもお紺さんは余計な事を考えて、不安を募らせています。
(隊長さんは将来どうしようと思ってるんでしょう?)
自分は木っ端妖狐だ。
天狐や空狐どころか、この前ようやく尻尾が三本になった程度の、野狐でしかない。
自分より若い妖狐でも、四本、五本の尻尾を持つモノは少なくないのだ。
かの有名な陰陽師である、安倍晴明も母は妖狐だという。
だから陰陽師である隊長さんと、妖狐の自分はお似合いじゃないかと、同僚のピエレットや紅葉は言うが、そもそもそれは間違いだ。
安倍晴明の父親の名は、安倍保名で、母は葛の葉だという。
こんな名前の時点で、作り話ではないか。
日本人の好きな洒落だ。
保名は安い菜で、それに対するクズの葉だ。
それにそんな作り話の中でさえ、二人は結ばれることはなかったではないか。
隊長さんは、優秀な魔術師で戦士だ。
陰陽術以外にも様々な魔術に精通している。
安い菜どころではない。
対して自分はクズの葉っぱですらないのではないか?
隊長さんと釣り合いなど取れていないのだ。
(本妻は無理でも、せめてお妾さん、最悪ペットでも・・・・・・)
放っておくとどんどん、ネガティブになっていきます。
勝手に悪いことばかり想像して、思考が混乱していきます。
(子供出来たらどうすればそういえば避妊とか全然してないそもそも隊長さんは私をどう想って子供は七人くらいで家は別に賃貸でも狭くても犬は苦手だから隊長さんのご実家にご挨拶嫁姑問題嫁いびり家庭内不和離婚訴訟)
こうやって自己完結して、諦めて身を引いたりしてた過去が、ありありと想像できそうです。
三百年も処女を拗らせていたのも当然です。
そもそも、酒の誤ちで関係を持ったのが、始まりでした。
好きで始まった恋人ではないので、不安になるのも無理からぬ事かもしれません。
お姉さんぶってリードしようとしているのも、頼ってほしい、必要とされたいという想いからです。
甘えたいけど、それだけでは駄目なのです。
隊長さんにベタベタに甘えたいなあとか思っても、してはいけないのです。
膝の上に座って甘えたくても我慢です、会いたくてもすぐに来てって電話するのも我慢です、私のどこが好きって聞きたくても我慢です。
自分が一方的にでは駄目、隊長さんにも甘えてもらいたい。
隊長さんのことが知りたいです、普段何をしてるのか、どういう事を考えているのか全部全部知りたい。
好きだから隙きを見せてほしい。
その隙間に自分を流し込みたい。
相手の隙間を自分の物にしたい、自分で満たしたい、自分が占領したい。
心の隙間を自分への好きで埋め尽くしてしまいたい。
そんな恋と愛がしたいのです、ほしいのです。
具体的に言うとお紺さんは、好き好きだ~いすきと言っていちゃいちゃしたいし、好き好き愛してるよと囁かれていちゃいちゃされたいのです。
休日は一日中、裸でずっとくっついたまま、気の向くままにセックスして、合間にご飯食べて、セックスしてお風呂に入ってセックスしてTV見てセックスして駄弁ってセックスしてと、ひたすらだらだら退廃的で爛れた過ごし方も一回くらいはしたいなあとか思っています。
まあ以前、酔った際に好き好き連呼したり、色々ぶちまけたり、盛大にやらかしたことがあるのですが、本人は覚えていないのでノーカンです。
・・・・・・本当に面倒くさい女です。
素直に甘えておけば、もっとスムーズに仲は進展してるはずだったのに。
「お紺?」
「うぇ? あ、はい」
「どこか行きたいところはあるか?」
我に返ったお紺さんは、デート中に考え込んで、失礼だったなと反省。
そして次にどこに行くか?
本音を言うと、ホテルでしっぽりといきたいお紺さんですが、さすがにまだ日が沈むには時間があります。
水族館、動物園・・・・・・今から行くには時間的に微妙です。
かといってディナーには半端な時間。
遊園地はナイトパレードでもやっているなら別でしょうが、近隣に当てはまる場所がありません。
ふと科学館が目に入りました。
あそこはプラネタリウムもやっているはず。
(いや、駄目よ。隊長さんは陰陽師だもん)
陰陽師は天文も担当分野です。
つまり隊長さんは専門家です。
(それに映画館みたいにまた座りっぱなしも、ねえ?)
余計な気を回すお紺さん。
仕事で星を見ているからといって、恋人と星を見るのはまた別なんですが・・・・・・
ここでプラネタリウムに行っていれば、隊長さんも頑張って不器用ながらも一生懸命考えた、くっさい愛の言葉を囁いてくれたんですがね。
(美術館、駄目、あんまりよく分かんないから、隊長さんを退屈させちゃうかも。ウィンドウショッピングは男の人はあんまり好きじゃないっていうし、買い食い・・・・・・食い意地張ってると思われるかも、)
面倒くさい想定をして、次々に駄目出しを繰り返して、全然決まりません。
「お紺、少し休んでいくか?」
「ふぇ!?」
まさかこんな日が高いうちから、隊長さんが誘ってくれるなんて。
お紺さんはそんな感じに勘違いして、顔を赤くして頷きますが、隊長さんが向かったのは・・・・・・
「公園、ですか」
少し残念そうなお紺さん。
そこは街中にある、少し大きめの公園でした。
ジャングルジムやすべり台、ブランコといった子供用の遊具があり、数人規模のちょっとした球技ができそうなスペースもある、取り立てて珍しくもない、ありきたりな公園です。
公園樹が奏でる葉鳴りを聞きながら、のんびりベンチに座り景色を眺めるというのも、中々に癒やされるものです。
お紺さんは考えすぎてしまうきらいがあるので、こうゆう落ち着いたロケーションは実に有効です。
遠慮がちに、隊長さんの肩に体を預けながら、お紺さんはくつろいでいます。
「公園って、そういえば初めて来ました」
「そうなのか?」
「江戸の頃はなかったですからねえ」
馬場や花見名所などは当時の公園ともいえますが、街中で子供が遊べるような形式の公園ができたのは明治以降のこと。
そして明治の陰陽寮廃止や、廃仏毀釈、その裏で行われた魔術組織の統合などのゴタゴタ、さらに諸外国との戦争と、人間も妖怪もてんやわんやの時代でした。
お紺さんは公園に来る機会も暇もなく、そのまま訪れる習慣もないまま、今日に至っています。
ですので、こうして改めて見る公園は、お紺さんには中々に物珍しさがあります。
「江戸か。その頃は、どんな感じだった?」
「そうですねえ。私の頃は倹約令が出てましたから、表向き派手なのはあんまりなかったですね。まあ見えないところでみんなあれこれ工夫してましたけど」
流石に現代とは比べ物になりませんが、江戸は比較的豊かだった事。
何しろ、武士が集まる大都市です。
年貢のお米が集まる所なので、白米はそれなりに口にすることが出来ました。
おかずは魚を自分で獲ってきたり、山菜を摘んできたり、割とアクティブなことしてたお紺さん。
当時としては結構贅沢です。
内職でコオロギの繁殖をしたり、裁縫したり、万年青の栽培をしたりした時の事。
火盗改メの大捕り物を見物した時の事や、ちょっと化けて句会に参加してみたりした事。
女性が旅をするのは少々厳しかったので、どろんと化けて関所を通って、各地を旅してみた時の事。
当時の生活を語るお紺さんは、いつの間にやら、隊長さんに体重を預けて楽しげに語っています。
「それで私、足を挫いてしまって困っていた時に、お妙さんに出会ったんです」
化け猫のお妙さん。
隊長さんとの関係も、古馴染みだった彼女の死亡届を見て、痛飲してしまったのが切っ掛けでした。
「お妙さん、怪我によく効く呪符を持ってて、分けてもらいまして。ほら、今でもお守り代わりに持ってるんですよ」
そう言って、お紺さんが取り出した呪符を見て、隊長さんの表情が僅かに変わります。
これは驚いた時の顔だと、少し理解できるようになってきたお紺さん。
「家の符だ」
「え?」
隊長さんが、どこからともなく呪符を取り出します。
それは真新しくはありますが、お妙さんから貰ったのとほぼ同じものが書かれた物でした。
「俺の家は色々と混じってるからな。陰陽道に呪禁道、仙道に密教にと。この独特の式を使っている呪符は、間違いなく俺の家の符だ。確か八代前の当主が、出奔してあちこち旅をしていたと聞いているし、時期的には合うな」
意外なとこで、隊長さんの実家と縁があったようです。
お紺さんは運命的なものを感じて、キュンキュンしています。
ただの偶然なんですけど。
テンションの上がったお紺さんは、ご機嫌です。
いい時間なので、夕食を食べに行き、帰り際もまだ醒めやりません。
隊長さんにべったりです。
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
昔、読んだ島崎藤村の詩を、お紺さんは今、心で理解しているのです。
しかし、思い切ってホテルに誘うのには、躊躇ってしまっています。
(今日はこのまま帰宅なのかしら?)
この機会を逃すと、次はいつになるのか・・・・・・休みを合わせるのも大変なのです。
「お紺」
「ひゃ、ひゃい!?」
「寄ってくか?」
「は、はい・・・」
結局、誘ってくれたのは隊長さんからでした。
リードするんだと息巻いていたのに、結局終始リードされっぱなしでした。
年末はいつも休みがなくなる。
ようやくエロいシーン執筆に取り掛かれる。
お紺さんは自分の事を語りましたけど、隊長さんの話は聞かないのかな?
あんな職業についてるやつがまともな人生送ってるわけないんで地雷まみれです迂闊に聞けませんぜ。