宇宙世紀0079年 11月月10日
地球における最大の資源採掘地オデッサが陥落し、
決戦の舞台は宇宙(そら)へと移行しつつあった。
そして12月24日、ソロモン陥落を受けたジオン総司令部は
ソロモンから脱出した残存艦隊、及び使用可能な全ての艦船、
MSは言うに及ばず、練習機、試作機、
8割以上完成している機体までをも投入し、
宇宙要塞ア・バオア・クーに絶対防衛戦を構築した。
また公国軍が誇る超弩級宇宙空母ドロス、二番艦ドロワも健在で
その威容を放っていた。
対する地球連邦軍は全戦力を結集させ、
ソロモンを橋頭堡に宇宙要塞ア・バオア・クーへの進攻を開始した。
今、ここにジオン公国サイド3本土の防衛をかけた
最後の戦いが始まろうとしている…
連邦軍艦隊の3分の1が消滅したのも束の間、
瞬く間に再編成され、宇宙要塞ア・バオア・クー攻略を強行させた。
巡洋艦にこれでもかと搭載されたMSが飛び立って行く。
連邦軍の量産型MS、RGM79ジムだ。
しかし、私に与えられたのは、RB79ボール。
宇宙作業ポッドを改修し、兵器に転用した機体であった。
改修とはとんだお世辞だ。
何てことはない、作業ポッドの頭に大砲を積んだだけの
急造兵器であった。そこからついた別名『丸い棺桶』。
それもそのはずだろう、訓練学校は20日前に卒業した。
もっとも、過程をかなり短縮して2ヶ月しか訓練を受けていない。
ボールでもまともに動かせればいい方だろう。
宇宙世紀0079年12月31日……私の最初にして、最後の戦いであった。
これを『激戦』と言わずして何と言うのだろう。
横で応戦していた僚機がバラバラになり、爆散した。
耳をつんざく絶叫に、酷いノイズ、コクピットに響く警報音。
姿勢制御もままならない。飛び交う曳光弾の閃光に、機体の残骸。
シミュレーション訓練やマニュアルなど何の役にもたたなかった。
みるみるうちに減少していく推進剤に21発しかない弾は残り5発。
5つの小隊で出撃した私達は、たった1機の旧式のザク相手に全滅しかけていた。
機体・姿勢の制御、周囲を索敵!
「ザクは!?さっきのザクは!?」
思わず声を上げた矢先、真正面にヒートホークを振りかざしたザクの姿があった。
ああ、死ぬんだと思った。
次の瞬間、ザクの頭部が吹き飛び、仰け反ったザクの胸部に穴が開いた。
『下がれ!爆発に巻き込まれるぞ!!』
インカムを通して凛とした声が響いた。
我に返った私は、無我夢中で後退し、爆発を避けることができた。
「はぁはぁはぁ…あ、ああ」
『新兵、大丈夫か?』
今になって震えが来た。ノーマルスーツを着込んで寒くはないのに
震えが止まらない。私は両腕で身体を抱き込んだ。
『おい、聞いているのか?』
『……っ…ひィ……ひっ……』
震えて声が出ない。手が痺れ、喉が渇く。
私は無意識のうちに何度も失禁していたらしい。
股間にじっとりとした湿り気を今になって感じた。
『返事をしろ!新兵!官、姓を名乗れ!』
上官と思しき怒声で初めて我に戻った。
『はひっ…は、はいっ!第三大隊、第7中隊!オハイオ隊の
補充兵で、ユキ=キクチハラ、二等兵であります!』
『へぇ、同じ隊とはね、一昨日着いた新兵?』
『は、はい!』
『補給に戻る』
『は、はッ!』
第7中隊はア・バオア・クーの西、Wフィールドと呼ばれる戦区から進攻している
艦隊の傘下にある。巡洋艦30隻からなる艦隊であったが、帰投した時には
何隻か減り、少破、中破…無傷な艦は片手で数えられるほどになっていた。
無理もない、MSの搭載機能を増設するために砲や機関砲を減らしているのだ。
敵機の襲撃を受ければ、それ相応の損害を被ることは明白だ。
本命ではない西の戦区でさえこの有様なのだから、連邦の主力艦隊が展開している
北と南の戦区はもっと酷いだろう。
私の所属しているオハイオ隊は古参の隊と聞いている。
パーソナルマークはボールに描かれたシャークマウス。鮫の口だ。
しかし、私のような未熟な搭乗員では何の効果もない。
「ボールで生きて帰ってきたんだ、次はジム乗りだな」
ボールのハッチを開けると、取りついた整備長が笑った。
私が生き残ったのは、横に着艦している上官のおかげだ。
「新兵、機の補給には時間が掛かるわ。今の内に隊を再編成するから艦に戻る」
「はい!了解しました」
艦内に戻った私と上官は搭乗員のブリーフィングルームに入った。
出撃前は賑やかだったが、今はガランとしている。
「着任した時に顔をちらっとしか見てなくて、ごめんなさい。
もう一度、名前は―――――」
先の上官が優しい口調で言った。
「はッ、ユキ=キクチハラニ等兵であります」
「エルシー=マーヴィンよ。改めてよろしくね、ユキ」
少尉は握手を求めてきた。
「い、いえ…そんな…私こそ、少尉殿とわからず申し訳ありませんでした」
初陣で頭が真っ白になっていた私を救ってくれたのはオハイオ小隊の隊長である
マーヴィン少尉であった。1つの小隊はボール3機編成であり、それが5つ。
オハイオ隊は隊長を含めて15名いたのだが帰投できたのは少尉と私だけ。
数合わせでしかない技量の低い新兵は一日で全員が入れ替わることもあるらしい。
少尉が新兵の顔など覚えていないのは当然だ。
「本来ならジム1機に支援のボール3機編成なのに…ジムは先行して支援機を
置き去りなんて…酷い話だわ。他の小隊も酷い有様でしょうね」
少尉がノーマルスーツのメットを脱ぎ、言った。
金髪のショートカットに凛とした眼が成熟した大人という印象を受ける。
私はまだ18歳。とても同じ女性とは思えない。
「…………」
私は何も言えず、下を向いていた。補給が完了すれば、また出撃しなければならない。
次に生きている保証はない。
「顔を上げて、ユキ。次の出撃でもしっかりフォローする。だから生き残ることを
第一に考えなさい」
少尉は私を抱きしめて背中をさすってくれた。
「はい…ありがとうございます」
「でも、その前にショートパンツを変えることをお勧めするわ」
「え…あ、えっと…気付いて」
私は真っ赤になって言った。ノーマルスーツの下のショートパンツは
グショグショで悲惨な状態になっている。
「初陣はされでもそうなるものよ。私の場合はどうだったかは想像に任せるけど?」
「は、はい…し、失礼します」
更衣室でショートパンツを履き替え、再びブリーフィングルームに戻ると
少尉ともう1人の隊員がいた。階級は、伍長。こちらに気付いたらしい。
「少尉から話は聞いている。メーン小隊のロブ=ノールマン伍長だ」
見るからに古参という感じがする。年齢は少尉よりも少し下だろうか。
「はッ、ユキ=キクチハラニ等兵であります。伍長殿」
「ああ、よく生還できたな。しかし、オハイオの生き残りは少尉と新兵だけですか、
ウチは俺だけ。ザク数機に対してボールの損害は―――――」
そこまで言って、伍長は敬礼した。誰かがブリーフィングルームに入ってきたようだ。
「艦のボール隊の生き残りはこれだけか…」
低い声を共に現れたのは、この艦の艦長であった。
歴戦の勇士を思わせる口ぶりに渋めの顔。
さすがに少尉よりも年上だろうけど、まだ若いと思う。
「あ、あの生還できたのは、ここにいる3人だけであ、ありましゅか!?」
私は思わず声を上げて、思いっきり噛んでしまった。
「そうだ。艦隊も敵機の攻撃を受けて被害が少なくない。頼みのジム隊は
敵のモビルアーマーと交戦して散り散りだ。他の戦区の隊やMSが入り交じって
再編成には時間が掛かると旗艦から通達があった」
モビルアーマー……噂で聞いたことがある、MSの首や脚を無くし、
戦闘機のように加速するビーム兵器を搭載したジオンの新兵器だ。1機でMS複数機とも対等に渡り合えるというのだから、驚きだ。
なにより、それらに共通しているのは、超大型ということ。
「ジャン、この戦区にモビルアーマーが?」
少尉が艦長に問う。え………名前ですか?
「未確認だが…ジム隊の通信によるとそうとしか思えん。ボールだけでは
出撃は許可できん。旗艦が大破し、救護中で艦隊も応急修理やらでしばらくは
動けん。南北の戦区から流れてきた機体もあって再編中だ。ボール隊の装備と編成の
ことで意見を聞きたい、あとで艦長室まで出頭してくれ」
「おい、新兵、寝るのもいいが食っておけよ」
「ひ、ひゃあ!?」
私は待機していたブリーフィングルームでウトウトしていたらしい、
ノールマン伍長が冷えたドリンクボトルを私の額にあてたようだ。
「も、申し訳ありません、五長殿」
私はハッとして敬礼した。
「よせよせ、堅苦しい。食えるときは食え、それから寝ろ。空腹は戦闘中にもろに出るぞ。何でもいいから腹に入れておきな」
伍長はドリンクを飲みながら、携帯口糧のパックを私に放った。
「はッ、はい」
私はパックを開き、中身のスナックブロックを口にした。バーベキュー味だ。
これは美味しい部類に入る。ちなみに一番不味いのはビーンサラダ味。
ビネガーが効き過ぎていて、その臭いに食べる気が失せる。それを食べるには、
どんな口糧にも付属しているレッドペッパーを大量にまぶして味覚を麻痺させ
口に押し込む。
「食ったら仮眠しとけ、これだけはでにやられちゃあ編成には時間が掛かる」
「は、はい…あの、少尉殿はどちらに?」
マーヴィン少尉の姿が見えない。
「ああ、少し前に出て行ったよ。今頃は艦長室でおっぱじめてんじゃねぇの?」
「そうですか艦長と―――――えッ?」
何か凄いことをサラリと言われた気がした。
「え…え、ええ!?」
「そうか、お前は知らないんだな。まぁ、そういう事だ、あまり詮索するな」
伍長はそう言って眼を閉じた。
そういえば、名前で呼び合っていたし、古参だったらそういうこともあるんだろう。
にしても……少尉殿と艦長がそんな関係だったとは、意外だ。
あ…やばッ…せ、戦場なのに…な、なんで濡れて…緊張が一気にほぐれたのか
あの凛々しい少尉が…セ、セックスして…甘く喘ぐ姿を想像したら…
私って最低だ……はぁ。
ガンダムIglooで登場したオハイオ小隊が主役の話になります。
Igloo本編では隊長は男性なのですがオリジナルキャラに変更されています。