その後、私と少尉は補給のために艦隊に戻った。
ドロップタンクがあるとはいえ、どちらも推進剤が底を尽きかけていた。
さらに主力のジムを欠き、ボール二機だけでこれ以上の戦闘は死を意味する。幸いこの戦域での戦闘は終局に向かいつつあるそうだ。
艦隊に戻ると出撃前に無傷だった艦も殆どが損傷している。
「……酷い有様ね」
出撃前にいたブリーフィングルームは今や野戦病院と化していた。
病室だけでは足りず、どの部屋も負傷兵であふれている。
担架ごとハーネスに括り付けられている者はまだ良い、医療カバーに包まれている者も助かる見込みはあるのだろう。
逆に助かる見込みのない兵士の治療はされない。
身体に貼り付けられた黒リボンがその目印だ。
彼らは死んだら宇宙空間に投棄される。
名簿には戦死と記載して終わりだ。
ここでは瀕死の一兵卒よりも空気や医薬品の方が貴重なのだ。
「やめろッ! 俺の腕! 俺の腕を切るなあああ!」
「こいつを抑えろ! 看護師! ノコギリをもってこい!」
「いぎィィィ! ママッ! ママァァァ! 助けて!」
「誰か……水……を」
「血が止まらないよ! 早くなんとかしてくれ!」
体が焼けただれている兵が荒々しく担ぎ込まれ医療カバーに押しこまれる。医療班に掴まれた皮膚がただれ落ち絶叫する者。
破片が突きささり蜂の巣のような顔になっている者。
はらわたがはみ出てて絶命している年少兵には目を覆った。
「そこの黒髪のパイロット! 手をかして!」
若い看護師がこちらを向いて怒鳴った。
「え、わ、私ですか!?」
「他に誰がいるのよ! こいつを抑えていて!」
看護師はそういうと奥の倉庫に引っ込んだ。
言われるままに包帯に巻かれた頭頂部を恐る恐る抑えると
手に当たる部分がふにふにして柔らか……って、この人、呼吸が!
そう思っていると看護師が死体袋を手に戻ってきた。
「あの……この人、息が――」
「ああ、頭蓋骨が割れて脳が飛び出ているのよ。 もう死んだ?」
「―――うッ」
私が抑えていた柔らかいものはこの人の!?
そう思うと胃の中の物が一気に逆流してきた。
「ユキ、廊下に出ましょう」
少尉に促され廊下に出てトイレに駆け込む。
「うぐッ!ぐ!ぶッげッぇぇ!……はぁ……はぁ……はぁ」
目に焼き付いた剥き出しの焼けた肉体に、はみ出た臓物に、剥き出しの骨、
飛び出した脳……一息ついて、ふと気づいた。
船医や女性看護師が疲れきった表情で忙しく行き交っている。
物陰にかくれて鎮静剤で満たされた注射器を自身に投与している者もいた。
ああでもしないと医療班では正気を保てないのだろう。
「ユキ、水よ。口を濯いで」
胃の中のものを便器にぶちまけ、口を濯いでいるとけたたましい
サイレンとともに艦内放送が流れた。
『敵編隊が接近。総員第一戦闘配備。総員第一戦闘配備。ジム、ボールは順次発進せよ。繰り返す総員第一戦闘配備。総員第一戦闘配備。敵編隊が接近――』
艦内に怒号が飛び交い、皆ノーマルスーツを着用しだした。
騒然とする中をぬって私と少尉は甲板で補給中のボールの元へと向かう。
艦外へ出ると整備長が飛んできた。
「少尉殿、このジムの搭乗員が戦死して……行けますか? 」
「私はボールで。それよりこちらの新兵をジムに」
「少尉がジムにのるべきではありませんか? 私はボールで――」
「今回は味方の対空放火の中を飛び回るわ。貴女にそんな技能はない。ジムを
起動して甲板から敵機を迎撃しなさい。いいわね? 」
「は、はい!」
少尉の言ったとおりだ。私にボールで弾幕の中を飛び回る技量なんてない。
それを『ジムにのるべきではありませんか?』って……私は何てバカなんだ。
少尉が怒らなかったのはできた大人だからだ。
「俺の言った通り嬢ちゃんはジム乗りになったな!」
ジムのコクピットで整備長の説明を受ける。狙いは自動照準器に任せて
とにかく甲板から落ちないように立ち回ることだけを考えろと言われた。
憧れのジムにこんな形で乗ることができるとは!
『一時方向より敵機!』
『四時方向より敵機!』
『あらゆる方向から来るぞ!』
『対空砲火撃ち方始め!』
『敵機、ビーム撹乱膜の散布を確認!』
『ミサイルと実弾兵器で対応せよ』
インカムを通して艦隊の全対空砲とミサイルが弾幕を張った。
猛烈な弾幕を掻い潜って何かが接近してくる。
『敵モビルポッド群接近! 近づけるな! ヤツらはカミカゼだ!』
カミカゼ?確か講義の資料にあったような……そう思っていると自動照準器が敵モビルポッドをロックオンした。
「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」
トリガーに指が食い込むぐらい力いっぱい引くと振動とともに
ジムマシンガンが発射された。ボールなんかとは比べ物にならない
連射音と振動。見る見るうちに敵機に弾丸がめり込んで命中し爆発する敵機
どこにこれだけの戦力を隠していたのか。
ジオンの艦隊はこちらより少ないはずではないのか?
弾幕によって爆散するモビルポッド。
直掩で上がっているボールやジムが善戦しているが数が多すぎる。
とにかく撃ちまくっていると艦隊の先頭を行く戦艦が敵機に突っ込まれ
大爆発した。ありえない旗艦のアンザックスと同じマゼラン級が轟沈するなんて――そこで私はハッとした。
敵は大量の爆弾か炸薬を搭載して体当たりの自爆攻撃をしているんだ。
確か講義の資料に半世紀以上も前に極東の国が航空機に爆弾を搭載して
敵艦に突っ込んだという記述があった。
『カミカゼ特別攻撃隊……』
狂っている。どうしてここまで戦う必要があるのだろう?自身の命と引き換えに敵艦一隻落としたからと言って連邦の優勢は変わらないのに!
狂っている……こんなヤツらに殺されてたまるか!
私は撃って、撃って撃ちまくった。何度、弾倉を換え、何機撃墜したか
わからないほど、撃ちまくった。
「はぁはぁはぁ……敵機は!? 敵機はどこだああ!」
『敵後退を確認。旗艦の『アンザックス』のドールマン少佐だ。
各艦、状況を報せ』
『七番艦応答ありません。八番艦応答ありません。九番艦応答ありません。十番艦応答ありません。十一番艦応答ありません――』
『もういい、誰が残っているんだ。生き残っている艦は艦名を言え』
『こちらリヒャルダ、損害軽微、航行可能です』
『マルーザ、損害なし』
『こちらエルダ、損傷軽微、航行可能』
『こちらマザーグース、格納庫が使用不能ですが、航行可能』
『ニキータ、損害なし』
今の攻撃で航行可能なのは、旗艦を含めてたったの六隻……何てことだ。
ほとんど壊滅状態だ。
『各艦、MSの収容を開始せよ。 信号を出せ、可能な限り友軍を救助せよ。
残存の予備機は補給が完了しだい発進、周辺警戒を厳にせよ』
はぁ……終わった。私は大きく息をつき、モニターを切ると
ハッチを開いた。
私は臨時のパイロットだ、もう乗る必要はないだろう。
私はベルトを解いてジムから降りようとした。
「大疲れ、お嬢ちゃん」
「整備長、ジムのサポート機能は最高です。自動照準で未熟な私でも何とか撃墜できました」
「そいつはよかった。 んで、どこに行くんだ?」
「ボールに乗るんですけど、直掩に上がらないと……」
「おい、おい、もうこのジムはお前さんのだ。 元のパイロットは戦死してるからな」
「…………え?」
続
次回は百合エロで完結