「ん……」
頬に涼し気な風を感じ、伝吉は眼を覚ました。
周囲は暗闇だった。
既に夜遅い時間なのだろう。聞こえてくる音は無く、電灯も点いていない。障子の隙間から差す月明りが僅かな頼りだ。
次第に目が慣れてくる。まだ明瞭としない意識の中、伝吉は自分が寝間着姿である事にまず気付いた。その上から薄い掛布団が掛けられている。
視線を周囲に巡らせる。見慣れた家具の配置、おそらくは自分の部屋なのだろう。
「……起きましたか、伝吉」
頭上からの声。
首を上に傾けると、和服に包まれた膝がまず目に入った。風はそこから流れてくる。
「菊代、さま?」
身体を回し、うつ伏せの状態で改めて見る。
和服姿の女性が、座ったまま団扇を片手に伝吉に緩やかな風を送っていた。月明りを背にしたその顔は完全に闇に隠れており、表情は伺い知れない。菊代かと伝吉が思ったのは、その背格好と簡素に結わえた髪型からだ。
「(ああ、そうか)」
伝吉の記憶が蘇る。風呂場でのしほへの何度もの凌辱。薄れる意識。
おそらく自分はそこで意識を失い、ここへ運ばれ寝間着を着させられ、寝かされていたのだろう。
──という事は、全て菊代も知っているのだ。自分がしほに何度もの射精をした事を。
菊代さまには、悪い事をしてしまったな。
冷えた頭に最初に浮かんだのは、彼女への謝罪の気持ちだった。
しほから拒絶され、三助の務めから外された伝吉は混乱の中ながら最初は元の務めに戻ろうと思った。
しかし、どうしても幾度も身体を重ねたしほの肢体が頭から離れなかった。
夜には股間が疼き、自慰をしたくなった。しかし「明日はまた呼ばれるかもしれない」と思うと、そこで得られる快感が薄れるのではと我慢せざるを得なかった。
その間にも何度も考えた。自分の何が悪かったのか、しほは何を望んでいたのか。
その結果──欲情にかられた伝吉が辿り着いた答えは、『しほは自分の気持ちはどうでもよく、自分と同様に快楽を貪りたかっただけなのでは?』という歪んだものだった。
あとの事は、伝吉自身にも夢の中のようであった。
半月ぶりに呼ばれた伝吉は考えていた通りに行動し、意識が飛ぶまでしほを犯した。
初めてのしほの膣内の感触は堪らなく気持ちよく、自分を翻弄してきた彼女を組み敷き思うがままにする支配感は伝吉により大胆な行動をとらせた。
自分のした事が犯罪である事の自覚はあった。
良くて屋敷を叩き出され──否、普通は警察だろう。
事情を知れば親も泣くだろうが、それより先に伝吉は菊代に悪いと思った。
女性に不慣れな伝吉が浴場で粗相をしないよう、自らの裸を晒してまで練習相手に付き合ってくれ、自分が三助を外されてからもしほにとりなしてくれ、最後まで自分の事を気遣ってくれた彼女を自分は裏切ってしまった。
伝吉は掛布団を除けると身体を起こし、改めて正座して菊代に向き合った。両手を手前に置き、深々と頭を下げる。
「………」
言葉は出てこなかった。己の主人を凌辱した獣の声など聴きたくもないだろう。そう思った。
「顔を上げなさい、伝吉」
菊代の声は静かだった。そこには怒りも、動揺も、悲しみも無かった。正しくは、その声には一切の感情が込められていなかった。
伝吉は口元を固く結び、顔を上げた。仮面のように闇で覆われた菊代の顔と向かい合う。
「………」
「……家元様からのお言葉をお伝えします」
数秒の沈黙の後、菊代は言った。
「良き務めでした、伝吉。貴男を明日より『家元仕』に任命します……との事です」
「……え?」
伝吉は思わず声を漏らした。その態度を無視するように菊代は言葉を続ける。
「今後、貴男は通常の使用人の務めをする必要はありません、日々定められた食事を摂り、運動を心掛け、何時如何なる時でも家元様のお求めにお応え出来るよう心身ともに備えなさい」
「き、菊代……さま?」
菊代は一切の感情を込めずに言葉を続ける。まるで平凡な業務連絡を淡々と行うように。それは伝吉の知る、菊代のどんな姿とも一致しなかった。
「今日はもう休みなさい。他の使用人には……」
「ま、待ってください!」
「………」
伝吉が言葉を遮ると、菊代は意外にも素直に口を閉じた。そういった反応が返ってくる事を予測していたのかもしれない。
「何ですか……それ?」
嫌な感じが背中から這い上がってきていた。
覚悟して飛び込んだ激流が、まるで澱んだ沼だったような違和感。
「……伝吉。何故、西住流が日本戦車道において最強であるか、判りますか?」
菊代は静かに尋ねた。今までの話と関係ないような質問を急に出され、戸惑いつつも伝吉は首を横に振った。
「いいえ……」
「戦車の指揮や扱いなどは所詮枝葉、小手先の技術に過ぎません。西住流を西住流たらしめているのは、流鏑馬の流派であった頃から続く西住家の女性に受け継がれる強い闘争心に在ります」
「………」
「例え弾尽き剣折れようと、喉笛を噛み千切り敵を殺さんばかりの攻撃性。それにより相手を呑み込む事が西住流の神髄です」
戦車道の素人である伝吉にとって菊代の言葉を実感として受け取る事は難しかった。しかし、彼女の語る言葉の重さだけは伝わってきた。伝吉が生まれる以前から続く、数百年の伝統という名の重みが。
「ですが……その攻撃性は、戦車道の試合だけでは発散し切れないものなのです。それを治める役割が『家元仕』」
菊代の顔は闇に包まれたままだが、伝吉の顔に視線が向けられているのを感じる。
「闘争心治まらぬ家元と身体を重ね、その攻撃性が他に向かぬようにする大切な役目です。伝吉、誇りに思いなさい」
「そんな……!」
理解を超えた内容に、伝吉はかろうじて言葉を返す。
同時に一つの疑問が浮かんできた。おそらくは今思った通りなのだろう、確信に近い疑念。
「それじゃ、今までの三助の務めは……」
「勿論、家元仕が務まるかどうかの『試し』です」
「………!」
無意識に膝に置かれた拳に力が入る。
「何で……こんな……」
「職業で女性を抱く者では駄目なのです。家元の攻撃性を受け止め、要求を察し、時として主従を逆転させんばかりの肉欲を持つ者でなくては」
そう言う菊代の声はどこまでも平坦だった。まるで事務員が、理解の悪い来訪者に書類に書かれた内容をそのまま言っているかのような冷たさ。
もう聞きたくなかった。話したくもなかった。だが、伝吉は更に口を開いた。
「……この事を、他の家人の方は知っているのですか?」
「二人のお嬢様はご存知ありません。ですが、姉のまほ様はいずれ知る事となり、また自身も必要とされるようになるでしょう」
流石に高校生の少女が知るには相応しくない内容だからだろう。ここまでは伝吉の予想とも合っている。息を呑み、伝吉はもう一つ質問を発した。
「では……旦那様は?」
そう問われた菊代は、当たり前のように答えた。
「無論、ご存知です」
「……!」
伝吉は強く目を閉じた。
「何で、旦那様は、そんな……!」
「それが必要な事だからです。旦那様も日本戦車道において要職にあり、常に家元様と共に居られる訳ではありません。『西住流家元の夫』としての務めを行いつつ、家元の全てを受け止める事は一人の男性には出来ないのです」
「無茶苦茶じゃないですか!」
思わず伝吉は叫んだ。しかし菊代は全く動じる気配は無い。
「伝吉、以前にも言いましたね? 『伝統というものには必ず意味がある。それを理解すれば貴男も分かってくる』と」
「分かりませんよ、こんなの!」
伝吉の目から涙が零れた。怒りとも、悲しみとも、惨めさともつかない衝動が伝吉の中から湧き上がってくる。自身にも訳も分からぬまま伝吉は泣いていた。
「だって、旦那様と、奥方様は、二人のお嬢様もいて、それで、ずっと、こんな……!」
衝動のまま、伝吉の口から脈略のない言葉が漏れる。
「………」
その時、菊代の顔の闇が僅かに動いた。口の辺りが「にたり」と持ち上がったのが分かった。
「……貴男がそれを言いますか?」
「ッ!?」
その言葉に込められた悪意に、伝吉は言葉を失った。
「5回……いえ、6回でしたか? 奥方様の中にも外にも散々精液を吐き出した貴男が?」
「………」
伝吉は下を向いた。零れた涙が膝に落ちた。
「最初に奥方様の身体を洗われた時は、胸ばかり洗っていたそうですね。奥方様も呆れていましたよ? それで勃起して、少し擦っただけで射精したんでしたね?」
嘲笑、侮蔑、揶揄、それらの感情が混ぜ込まれた、下品な言葉が菊代の口から発せられる。
「やめて……ください」
小さな声で伝吉は言った。
「二度目で、奥方様の前に男根を突き付けて自慰をされたそうですね? ふふ、『洗ったのに精液の匂いが取れない』と言われていました」
「やめて……ください……!」
伝吉も言葉を重ねる。だが、菊代は言い続ける。
「その次は……ああ、身体を洗って貰ったんでしたか、赤子みたいに奥方様の胸に吸い付いて……」
「やめろっ!」
次の瞬間、伝吉は菊代を突き飛ばしていた。抵抗するでもなく、菊代は畳に仰向けに倒れた。その上に伝吉は身体を置き、泣きながら彼女を組み敷いた。
「何で……何で、貴女が……!」
ようやく伝吉は自分が何故涙を流しているのか、その身勝手な理由を理解した。
自分は──悲しいのだ。菊代が「こちら側」だった事が。
自分自身がしほの身体に溺れ、肉欲のままに動いた事は自身の罪として受け入れられた。
しかし、菊代には──今の伝吉にとっての「向こう側」、日常の存在であって欲しかったのだ。
それはあくまで伝吉の側からの一方的な願望でしかない。しかしそれでも、菊代は伝吉にとって──三助の務めを受けた日からの異常な日常において──変わらぬ姿でいてくれた、貴重な存在だったのだ。
「何で、こっち側、なんですか……」
すすり泣くような声と共に、伝吉は闇に包まれたままの菊代の頬に手を添えた。
「今までの事は……最初に練習相手になってくれたのも、相談に乗ってくれたのも、励ましてくれたのも……全部、嘘だったんですか……?」
「言わなければ……分かりませんか?」
ため息が菊代の口から漏れた。
「……嘘、ですよ」
「……?」
菊代の頬は濡れていた。
「全ては貴男が奥方様に相応しいかを、試した、だけですよ」
彼女の目元から流れる涙が一粒、伝吉の掌を濡らす。
そうなのだろうか?
伝吉を「家族のように思っている」と言って身体を洗う練習相手になってくれたこと。
皿洗いの後で、伝吉の相談に「劣情と愛情は違う」と言ってくれたこと。
三助の務めを半月ぶりに行う伝吉に、三助の務めに徹するように言ったこと。
その日のしほからの電話に、重い表情をしていた菊代の表情。
あるいは、彼女は──
「……ンッ!?」
伝吉は無言で菊代の唇に自身の唇を押し当てた。驚きから僅かに身を固くした菊代だったが、すぐにその緊張を解き、口腔内に割り入ってくる伝吉の舌を受け入れ、滑らかな舌を絡ませる。
「んっ、んぱ……」
「ふぁ……ンッ、ンンッ……!」
伝吉の舌を吸うようにしつつ、菊代は寝間着の上から伝吉の肉棒に触れた。幾度もの射精をして半日も経っていないというのに、若々しいそれは既に熱と固さを取り戻している。
股間から立ち上る快感を受けつつ、伝吉は乱れた和服の隙間から菊代の乳房に手を伸ばした。下着は着けていない。しほ程ではないにせよ、十分な張りと存在感を持つ乳肉が荒々しく揉みしだく伝吉の手を押し返してくる。
「はあっ、はあっ……こんなに、熱い……」
「ああっ……で、伝吉……!」
伝吉は着物の前を緩め、菊代の乳房を外気に晒すとそれに吸い付いた。背を反らしよがる菊代。しかしその手は伝吉の股間から離れず、寝間着の隙間から差し入れられた細い指が直接肉棒を扱き始めた。
「うああっ!」
菊代からの直接の手淫に伝吉は思わず声を上げた。戸惑う事無く竿から亀頭に至るまで刺激してくるその手つきは、余りにも手慣れていた。
──この
──そして、これから何人の『伝吉』を見送ってゆくのだろう。
「き、菊代……さま……」
快感に耐える伝吉の声に、菊代は無言で和服の裾を捲り上げると寝間着からはみ出させた肉棒に手を添え、自身の鼠径部へと導いた。
「ンッ……!」
菊代の口から甘い声が漏れる。既にそこはしっとりと湿っていた。伝吉は息を呑むと、そのまま腰を突き出した。
「……っ!」
「でん……きち……っ!」
伝吉は歯を食いしばり、喘ぎが出ないように努めつつ菊代の秘所の奥まで肉棒を突き入れ、そして腰を引き、また突き入れる。菊代は切なそうに伝吉の名を呼んだ。
菊代の膣内は、しほの全体を扱きあげるような膣内とは異なる動きで肉棒を迎え入れた。まるで全体を包み込むように温かく、柔らかく、それでいて根元では強く締め付けてくる。
「こ、これも……嘘、なんで、すか……?」
夢中で腰を振りつつも、伝吉の涙は止まらなかった。
泣きながら快楽を貪り、泣きながら菊代の均整の取れた身体を蹂躙していた。
「嘘……あんっ! で、すよ……んんっ! 全部、全部……!」
闇の中でも互いの顔が分かる距離。菊代もまた、泣いていた。
泣きながら伝吉の衝動のままの荒々しい動きに翻弄され、快感に身を悶えさせていた。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
「んっんっああっ! ふっ、深いぃっ!」
何が悔しいのか、伝吉には最早分からなかった。亀頭が菊代の子宮口に触れた。ぞくぞくと腰が震え、射精が近づいている事を伝吉に伝える。
「で、出そうなん、ですね、伝吉……!」
「………!」
菊代の腰の動きが変わった。伝吉の突き入れを受け入れるばかりだったものから、腰をくねらせ、伝吉が腰を引くのに合わせて逃がすまいと膣内全体を締め付ける。
「構いません、こ、この、まま……ンンッ!」
「んっ、んあっ、ああ……ああっ!」
伝吉は菊代と唇を合わせ、細い肩を強く抱いた。
腰がひときわ大きく震え、どくどくと熱い白濁液が菊代の膣内に注ぎ込まれる。菊代は身体を痙攣させ、自身も絶頂に達した事を伝吉に分からせた。
「ハァ……ハァッ……」
射精後の脱力感と共に、伝吉は大きく息をついた。その背を菊代の指が優しく撫でる。
「伝吉……」
「………」
「ンンッ!?」
伝吉は菊代の顔を見ず、挿入されたまま再度腰を動かし始めた。精液と愛液と先走りで濡れそぼった秘所はぐちゅぐちゅと淫猥な水音を立て、肉棒は容易にその硬さを取り戻す。
「伝吉……伝吉……っ!」
「………!」
喘ぎ声と水音だけが響く室内で、二人はもう三度、交わった。
朝を告げる雀の鳴き声が聞こえる。
菊代が目覚めたとき、室内に伝吉の姿は無かった。
来ていた寝間着は丁寧に畳まれ、部屋の片隅に置かれていた。
「……ン」
手にした寝間着に菊代は顔を寄せ、息を吸った。精液の生臭い匂いが、菊代の鼻孔を刺激した。
「……そうですか」
屋敷の書斎において菊代の報告を受けた西住しほは、一言そう答えた。
「残念ね、筋は良かったのだけど」
その顔には落胆も失望も無い。無表情なままそう呟く。
菊代は正座したまま彼女に深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、奥方様……次の見込みは立っていますので、明日にでも『試し』から行いたいと。今度はより若い者をご用意します」
「……菊代には負担をかけますが、よろしく頼みます。国際大会までに『家元仕』の用意が必要です」
「お任せください」
菊代ははっきりとしほに言うと腰を上げた。そこに声をかけるしほ。
「……彼の母親とは、戦車道の繋がりで懇意です。呼び戻せますよ?」
「………」
菊代は僅かに動きを止め──やがて、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「構いません。戻ってきたとしても……彼は、『彼』ではないでしょうから」
それだけ言い、菊代は書斎を出た。
廊下から見える空は雲に覆われていた。今日も雨になるだろう。
「……ふぅ」
菊代はため息をつくと、首筋に貼りついたままの後れ毛を掃った。
庭の紫陽花は既にその一部が枯れ始め、紫から乾いた茶色にその色身を変えている。
もう夏が近い。
【西住家・三助仕心得 終わり】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
5話の内容がどうにも納得できるものにならず、一年近くの休眠を経てしまいましたが何とか完結させることができました。
感想欄でも触れましたが、結末については幾つかのパターンを考えていたのですが、やはりこの手のは「さらば、少年の日よ」がお約束かと思いビターエンドに落ち着きました。
作品としてはひとまずここで完結ですが、アナザーエンド的なものをあと1、2本上げるかもしれません。
ハメでR18を書くのが初めてという事で、本作を書く上で「しっとり感」には気をつけたつもりですが如何でしたでしょうか? ちゃんとエロとして形になっていたなら幸いです。ご意見、ご感想あればお願いします。
それでは、ガルパンを語る上で外せない一言で本作の締めとさせていただきます。
「ガルパン(の大人の女性)は、いいぞ」
本当に、本当にありがとうございました。