ウル達が部屋で交わっている最中もリューは夜営地から離れた位置で岩に向かって膝を抱え落ち込んでいた。
ウルに叱られ、本気で凹んでるようだ。
「だいぶ堪えているようですね」
「……女神殿か」
声をかけられてようやくアルリアの接近に気が付いた様子のリューは憔悴しきった声を出す。
顔色も普段のリューと比べれば格段に悪い。
「この苦痛にも大分慣れたつもりじゃったんだがの」
「そこまで感情が揺らいだのなら、普通は発狂しますよ」
自分の未熟を嘆くようなリューにむしろ称賛する言葉を送りながら、アルリアは水銀色の液体が入った小瓶を差し出す。
「ウル様から受けた感情を消すのは、貴女にとって耐えられない事でしょうが、今の状態ではウル様どころか他の皆様方にまでバレますよ」
リューは渡された小瓶を憮然とした様子で眺めているだけだったが、アルリアの言葉で渋々中身を飲み干す。
するとたちまちリューの顔色が良くなり、今まで纏っていた暗いオーラも霧散する。
「随分と無茶をしましたね」
リューがナーシャに施した意識改善の方法を指摘しながらアルリアはため息を吐く。
「ウル様の不興を買わない方法はいくらでもあったでしょうに」
「魔王がいつ仕掛けてくるも分からん状況では悠長なことも言ってられん」
確かにリューも他の方法はいくつか思い付いていた。
しかし、短期間で確実にナーシャの気持ちを変えられる方法はあれ以外無かったと断言できる。
「それでも、貴女がやる必要は無かったでしょう」
「儂がやれねば、女神殿がやったであろう?」
「それは、そうですが……」
ナーシャの意識の低さは仲間たち全員が感じていた。
それはアルリアも例外ではない。
「主様の仲間の中でナーシャの考えを改めさせれたのは、儂か女神殿だけじゃった」
ナーシャの本質は依存。
死という絶対の恐怖を常に意識している中で自分を保てないナーシャは、死と対極の生に依存することで己を保っていた。
ならば、その生でも自分を保てない状況を作ってやれば、他の何かに依存して自分を保とうとするだろう。
そして自分の魂を内包しているウルとの繋がりに気付けば自然とそれに縋ろうとする。
一度依存してしまえば、自分を保つために何よりもウルを優先しようとするだろう。
順序が逆なうえ自分本位な理由。
本当だったらダメ出しするところだが、本人すら理解できていない心理なので、最終的にウルを第一と考えるのならば、ギリギリ合格としても良いだろう。
ここまで考えが及んでいたのはリューとアルリアの二人だけだった。
「主様の眷族の女神殿にやらせる訳にはいかぬじゃろ」
あくまで汚れ仕事は眷族になっていない自分の役目だとリューは言う。
「ですが、今の貴女はただ生きているだけで地獄の苦しみを味わっているというのに……」
生物は常に魂が揺らいでいる状態にある。
それは
例えば恐怖や絶望といった感情で魂が砕ける事もあるように、感情の変化でも器は揺らぐのだ。
だが、今のリューは魂が成長することも無ければ揺らぐこともない、完全に固定された状態になっている。
「それは死んでいる状態と変わらないのですよ」
「分かっておる」
リューはアルリアの小言を遮るように手を振る。
アルリアの言いたいことは重々承知だ。
本来は死んでいる状態なのに、生命活動をしているリューの体はいろいろ不都合が起こっている。
感情が変化しても魂が固定されているので揺らぐ事ができない。
そのあり得ない状況に魂は悲鳴を上げ、さらにその感情で魂が揺らごうとする。
ウルが捕らえたバアルやリーネが捕らえた高位天族が味わっているのと遜色ない苦痛に晒され続けなくてはならないのだ。
普通なら一時間と持たずに死を選ぶ。
そんな状態をリューは
「今の儂でもあやつには勝てんじゃろうしな」
リューが最も警戒する相手と最後に会ったのは3億年以上前だが、協力者の情報から推測する限り、相手の能力値は魔王を上回っている。
そいつは自分の目的のために様々な制約を受けて十全では戦えないだろうが、純粋に能力値で上回られては打つ手がない。
だからリューはウルと魔王が戦う時に、そいつが動くようなら文字通り捨て身で時間稼ぎをするつもりだ。
魂さえ無事なら肉体が滅んでも蘇生できる。
いくら正式にウルの眷族になってないとはいえ、この命はウルのモノ。
勝手に捨てていいものではない。
「ふふ、貴女のその覚悟……尊敬します」
アルリアは敬意と羨望が混じった笑みをリューに送る。
それはアルリアには一生ウルに捧げる事のできないものだから。
ウルの仲間の中でアルリアが一番ウルの役に立つことができない。
アルリアは文字通りウルのために世界を改変する事だって容易が、ウルはそれをアルリアに望まない。
母を助け出すのも、この世界をどうするかもウル自身の手で決めるつもりだからだ。
未来を自分で決定するとウルが決めた以上、アルリアはリューのように自分の全ての力をもってウルの手助けをすることができない。
それは神アルリアとしては好奇心を満たされることだが、ウルの眷族としては悔しくて堪らないのだ。
「女神殿も辛い立場じゃの」
そんなアルリアの心情を察したリューは同情めいた言葉をかける。
「貴女も」
ウルのために憎まれ役を買いこの世のものとは思えない苦痛に苛まれるリューと、強すぎる力を持つゆえにウルに力になれないアルリア。
最もウルの事を理解している二人はせめて自分たちが感じている苦しみをウルに知られて、彼の重荷にならないようにひっそりと感情を隠し合う