ジブルがウルに付き従うようになってからそこそこの時間が経過し、ジブル以外にもウルの仲間となった天族も増えた。
別にウルの仲間にただ一人の天族という立場に未練があるわけではないのでそれは構わないのだが、その一方で焦りに似た感情を抱いているのも事実だ。
ジブルにはキアラのような戦闘力があるわけでもなく、イー達のような莫大な戦闘経験があるわけでもない。
勿論それだけが全てでないことは分かっているのだが、ウルの心の支えになることに関しても他の仲間に比べて劣っているように感じてしまう。
その原因はすでに分かっているのだが、ジブル自身ではどうしていいか分からない。
「それでウチのところへ相談しに来たんかいな」
真剣な表情のジブルと対照的にキアラは酒瓶片手にニヤニヤ笑っている。
「はい。私はどうすれば女になれますか?」
ジブルがウルの心に寄り添いきれない理由は感情がないからだ。
いや、正確にはイー達のように完全に感情がないわけではない。
不完全で偏った感情しか持っていないというのが正しいだろう。
「アンタもウチと同じくご主人様に仕えるもん同士やから力になってやりたいところやけど、それはウチにも分からへんのや」
キアラはずっと持っていた酒瓶を置き、真っ直ぐジブルを見つめる。
すでに酔いは醒めているようで、いつも浮かべている笑みも消えていた。
「そもそも、ウチがおかしいだけでアンタは普通なんよ」
キアラは少し間を開けてからゆっくりと口を開く。
「
―――ゾクッ……
ジブルは自分の背中に冷たいものが走るのを感じた。
それはキアラの言葉にではなく、キアラが浮かべた表情に対してだ。
常に何らかの感情を見せていたキアラが初めて見せる能面のような無表情で、一切の興味もない白けきった顔。
ジブルはキアラの怒りも殺気もないはずの感情に呑まれたのだ。
だが、それも数秒のこと。
キアラはすぐにいつも通りも笑みを浮かべる。
「どういうことですか……?」
キアラが感情を隠したことでようやく話せるようになったジブルはさらに詳しい説明を求める。
「こっからはウチの考えやど、天族という種族は一人しかおらへんのちゃうんかな」
天族がただ一人だけ、ジブルにはその言葉の意味が分からなかった。
「もちろんウチもアンタも種族は天族ってことになるんやけど、結局ウチらも
「道具……それは先程言われた長様のということですか?」
「そや」
天族は完全な縦社会、ならば当然その頂きに立つ者がいる。
その頂点に一度だけ会ったことがあるキアラは確証はなくとも確信を持って言える。
―――自分達は頂点の目的を叶えるために作られた道具に過ぎないと。
「アンタが感情を覚えるときは、闘いに関するときと自身の誇りに関係するときだけやろ?」
「はい」
「アご主人様の側におることでアンタのは少し変わっとるけど、本来天族が感情を覚える時は闘いに関するときと、
そう言われるとジブルにもどこか思い当たる節がある。
「天族内の序列は力の強さで決まり、自分達を最強の種族―神と考えて他の種族を服従させて当然やと考えとるけど、それも王様の道具を作る一貫なんよ」
序列を上げるために戦いに明け暮れるようになり、神という絶対的存在であるからこそそこに拘りを感じる。
「そうやって育った天族が上の序列を支配し、下の序列のもんはそれが正しいと刷り込まれる。そんな風にわざと偏った感情だけ持たせて扱いやすいようにしてるんや」
「ですが……キアラ様がそれ以外の感情を持てたということは、私も感情を手に入れられるということですよね」
キアラが感情を手に入れたように、自分も何かきっかけがあれば感情を手に入れられるはず。
ジブルは縋るような思いで尋ねるが、キアラの困った表情によって否定される。
「ウチは生まれつき変人なんよ……だから物心つく頃には感情を持っとったし、天族のしきたりもつまらんから無視してた」
「で、では……キアラ様以外に感情を持った天族はいなかったのですか!?」
感情を持ちたいが、どうすればその感情を感じられるのか。
ほんの僅かでも構わない。
何かヒントになることは無いのかとジブルは鬼気迫る様子でキアラに掴みかかる。
「ウチが知る限りではそんなもんはおらんかった。例えアンタみたいに感情に芽生えかけててもすぐに居なくなったからな」
天族の在り方に疑問を抱いた者や明らかに天族として異質な行動をとった者は何の前触れもなく忽然と姿を消したり、戦争で討ち死にするなど理由は様々だが、必ず消えた。
キアラも幾度となく無謀な戦いを強いられたが、キアラはその強さゆえに死を免れてきた。
「いや、他に一人だけおったな」
いま自分の過去を振り返ったことで気が付いたが、恐らく自分以外にも感情を持った天族がいた。
それを聞いたジブルの目に再び希望の色が灯る。
「そ、その方はどうやって感情を手に入れたのすか!?」
「それは分からへん。なんせあの方はウチよりも古株やからな」
キアラは天族の中でも最古参の人物だ。
他の高位天族も何百人と見てきたが、自分以外に感情に芽生えかけた強者を見たことがなかったので、感情を持つ者は弱者ゆえだと思っていた。
約三億年前、それは天族と魔族の戦争が熾烈を極め始め、それ以前に生きていた者がほぼ壊滅した上、キアラが会ったことのある最古の天族も感情など見せなかったために考えもしなかったが、魔族との戦争が始まるよりも以前の天族はちゃんと感情を持っていたのではないのか?
だとすれば、天族は本来感情など持つことは不可能で、王はそこに無理やり都合のいい感情を刻み込んでいるのではなく――その逆、都合の悪い感情を持たせないために、偏った感情で縛り付けているのではないだろうか?
齢500にも満たない若さで一枚羽の最強クラスになっていた弱者ではないジブルが感情に芽生え始めたのはウルの影響だけだと思っていたが、ウルの影響と王の束縛から逃れたからだともも考えられる。
もし、仮にこの仮説が正しいのだとすれば……
「イーちゃんに聞いたらええわ」
イーは元は感情などという不要な要素は組み込まれていなかった。
つまり普通の天族と違い偏った感情すら無い完全に真っ白な状態から感情を得たのだから、ジブルが知りたい感情がどういうものなのか教えられるだろう。
「ま、イーちゃんもご主人様の影響を受けてるって点では偏った感情なのかもしれんけど、アンタにはそっちの方が都合がええやろ」
普段通りの笑みを浮かべながら揶揄ってくるキアラにジブルは自信にあふれた笑みで応える。
そう、ジブルが一番欲しいのは普通の感情ではなく、ウルの心に寄り添い、ウルを喜ばせられる感情なのだ。
はっきりとした希望が見えてジブルは軽い足取りでイーの下へ向かっていく。
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「キアラよ、あまり古の時代の事を話すでない」
ジブルが去り、一人になったキアラが酒盛りを再開したタイミングで木陰からリューが出てくる。
その顔は明らかにキアラを咎めるものだった。
「大丈夫や。ウチかてそこら辺はわきまえてるつもりやさかい心配ありまへん。その証拠にジブルちゃんにも真実を歪めて伝えたやろ?」
そう、キアラはジブルが間違った解釈をするように話していた。
それはキアラが言う天族の頂点とジブルが考える天族の長が別人であり、尚且つ自分以外の感情を持つ天族がジブルの思う長だからだ。
名を以て対象を縛る魔法やスキルはごまんとある。
上位のものになれば容姿だけで支配でき、やがて魂を扱えるようになる。
だがその段階に達した者の中でもさらにごく一部の者はその性質を逆手に取ることもできた。
名を、容姿を、存在を思い浮かべるだけで発生してしまう力を感知し、その者がいる場所、思考、魂まで把握してしまう恐るべき呪法。
キアラは魂を扱うことができるので何とかその呪縛から逃れることができるが、ジブルでは不可能だ。
「ふふ……」
幼いながらに感情を持ち、その感情に従い好き勝手に振舞っていたキアラが唯一何の感情も抱けなかった瞬間。
その時のことを思い出しキアラは嘲るように笑う。
自分を諫めるだけの周囲に嫌気がさし、産みの親を殺し、絶対に勝てない格上に何度も戦いを挑み続けた日々。
生まれながらの4枚羽、指揮官が下す無謀な作戦を完遂し、格上の天族でさえ自分を仕留めきれないことで注目を集めたキアラを王は自ら始末しようとした。
キアラは相手が王でも構わず戦いを挑むつもりだった。
―――そう、真の王を認識するまでは
もしもう一度王に会ったとしても戦う気にはなれないだろうが、代わりに哀れみの感情を抱くだろう。
当時のキアラに何の感情も持たせないほどの力を持ちながら不完全に見える王。
そしてその王の道具でしかない同胞たち。
キアラは自身を含めた全ての天族と天族の中で二人にしかし知られていない真の王にこれでもかと嘲笑を送る。
「ホンッッッットつまらんよな~」
次回こそはエロ回にしますので