禁域①
「はああああ!!」
明け方の禁域内にリリスの声が響く。リリスは今、禁域内の魔獣と一戦を交えている。
魔獣の能力値は2500とリリスを上回っているが、リリスは深追いはせず、一撃を加えるとすぐに距離をとる一撃離脱の戦法をとっているため始終リリスが有利な形になっている。
「GRRRRAAAA」
「砂嵐」
魔獣はヒラヒラと攻撃を躱すリリスに苛立ったように咆哮を上げ、リリスに突っ込む。
しかししリリスは魔術を使いそれをいなす。
勿論このレベルの魔獣にリリスの魔術攻撃などダメージは無いに等しいが、目潰しくらいの効果はある。
「やあ!」
リリスに致命傷を与えるはずだった大振りの攻撃は空を切り、大きな隙となる。
リリスはその隙を逃さず、魔獣に肉薄しその首を切り裂く。
「GU……GA……」
魔獣は断末魔の呻き声を上げ、事切れる。
「はぁはぁはぁ」
リリスは汗を拭い、荒くなった息を整える。
「この程度の魔獣なら一対一ならなんとかなりますか……今のリリ様なら禁域内は私達がサポートすれば問題ないですね」
少し離れた所でリリスの戦闘を観察していたイーが冷静にリリスの実力を測る。
リリスはけっして圧勝というわけでは無かったが、危なげなく魔獣を倒していた。連戦や複数体相手は厳しいだろうが、そこはウル達がカバーできる。
「ですが、やはりアヴァザードでは戦えませんね」
ウル達の中で一番戦闘経験が有るのは、かつての魔族と天族の大戦に参加していた
「やっぱり私じゃまだ無理ですか……」
息を整え、側に戻っていたリリスは残念そうにする。リリスとて自分が魔獣の平均能力値が5000の所で戦えるとは思ってなかったが、声に出されて指摘されるとやはり落ち込んでしまう。
とはいえ、リリスは自分の能力値を上回る敵を単独で倒している。それだけでも十分すぎる偉業だ。
さらにリリスは元々能力値が120だったことを考えれば確実に力をつけている。
「シャルは?」
ウルはリリスと同じように単独で魔獣の群れを相手取っているシャルロットを見ながら尋ねる。
ウル達の中で一番弱いのはリリスとシャルロットだ。二人はアヴァザードの平均能力値を下回っている。
事前にどこまでアヴァザードで戦えるか把握しておく必要がある。
「シャル様は禁域内では余程敵に囲まれない限り一人でも踏破可能ですね。ただ、アヴァザードでは全く戦えないと言うわけではありませんが一人ではまず無理ですね」
シャルロットはリリスと違い禁域内の魔獣なら危なげなく複数体相手取れる。それは元々能力値が高かったのと、林族の血を引いているため魔法の扱いがずば抜けているからだ。
それでもアヴァザードでは通用しないというのがイーの見解らしい。
「ならスーはどうだ?」
「スーでしたら問題はありません」
スーも現在はアヴァザードの平均を下回っている。しかしイーはスーだけは問題ないと言う。
「私達が人造天族は感覚をリンクさせることができます。私達がスーの代わりに敵の動きを見極め、指示を出すことでリリス様のような戦法をとることができます」
もそれでもスーの身体能力で捌ききれない攻撃などをされれば手が出せないのだが、そうなる前にイーたちがスーの代わりに指示を出せばアヴァザードでも戦える見込みはあるそうだ。
「しかし、それをすれば私達の思考が逸れてしまうので私達の行動は多少制限されます」
やはり、アヴァザードではウルとシーが主力となって戦い、万全を期すのが良いとイーは結論付ける。
元々そのつもりだったのだし、ウルもその結論に異はない。
ここでリリス達の力を測っているのは万が一彼女達がウルの力が及ばない状況に陥った時のためだ。
眷族はウルの意思ひとつで側に召喚することができるが、アヴァザードでは一瞬で命を散らす可能性がある。
ウルはいつも以上に気を引き締める。
「ウル!さっきの戦闘の音で辺りの魔獣が集まってきてる!」
魔獣の群れを倒しきり、辺りの状況を調べていたシャルロットが叫ぶ。
シャルロットがウルを頼るということは、自分では対処できない量なのだろう。
「ジブル襲いかかってくるやつを潰せ」
「畏まりました」
ジブルはウルの一声で空へと飛び上がる。
「世を焦がし、喰らう業火よ、天上より炎竜を遣わし、その顎をもってこの世の一切合切を灰塵へと帰せ」
ジブルは文言を唱え火の魔法を発動させる。
ジブルが操る魔法は、以前ウルと手合わせした時よりもはるかに強力になっており、まるでもう一つの太陽と間違うほどだった。
ジブルはその太陽を直接落とすことはぜず、数百の小さな欠片に変え、地上に降らす。
魔獣たちは太陽の欠片に触れた瞬間に蒸発していく。
ジブルはウル達の回りに集まっていた数百にも及ぶ魔獣達を一分ほどで殲滅してしまう。
「イーちゃん、竜ってこれくらい出鱈目なんですか?」
ジブルの一方的な戦いを見てリリスはどんな顔をしていいか分からず、微妙な顔になりながらイーに尋ねる。
「竜は個体差が激しいので一概にそうとは言い切れませんが、あれくらいでしたらしたら平然としてきます」
イーの言葉にリリスは冷や汗をかく。
「今のリリス様でもあれくらいならば避けきることはできると思いますが」
「それはできると思いますけど、避けられなかったら私じゃ耐えきれないなって」
「リリ、戦場ではその心が命取りです。リリは自分の力を信じなくては」
当たらなければなんの驚異もないと言うイーに対して、当たれば死ぬという事実は変わらないと言うリリス。
それを敵の排除を終え、炎球を消したジブルが諭す。
「……はい」
リリスもその事を反省し、素直に頷く。
(ただでさえ私は皆さんの中で一番弱いんですから、そんなことを考えてたら余計に足を引っ張っちゃいます)
とはいえ、リリスが攻撃を食らえば致命傷になるのも事実だ。今のリリスに必要なことは自分の力を信じること、そして事実を理解した上で体を縛る原因となる邪念だけを取り除くことだ。
そう考えを改め、頬を叩き気持ちを切り替えるリリスを見ながらウルは先ほどのジブルの戦闘に違和感を感じる。
「イー、本当に竜はジブルと同じくらいなのか?」
「……大抵の竜であらばジブル様が負けることはないとおまいます」
イーは長考の末、そう結論を出す。
ウルはやはりと思う。
ジブルの先ほどの戦闘、確かに今のジブルならば能力値2000前後の魔獣など手を抜いても容易く葬れるだろうが、それを差し引いたとしても圧倒的すぎた。とても能力値が8200とは思えない。
「恐らく半神化の影響でしょう。本来、この世は能力値が絶対。それは能力値がその者の存在の次元を表しているからです」
ウルの疑問にアルリアが引き継ぐように答える。
「ですが、半神化しているみんなは能力値と存在の次元が異なってるのではないでしょうか」
「言い切れるわけじゃないのか?」
アルリアの回答は珍しく推測だった。
「はい、半神化が及ぼす結果は分かってるのですが、過程が見えないのです」
アルリアは半神化が人体に害なく対象を自分と同じ神の次元まで引き上げるという結果は分かっている。
しかし、半神化をするのが初めてだからなのか、あるいはウルが関わっているせいなのかは分からないが、途中経過がアルリアの力をもってしても分からないと言う。
「存在の次元と能力値が違うか……」
アルリアに分からないことをウル達が分かるはずもない。しかしアルリアがそう予想をたてるのならば核心をついているのだろう。
それに存在の次元に能力値が追い付いていない、そう考えればウルが強化魔法で上げれる能力値の上限が徐々に上がっているのも、リリスが自分よりも能力値が上の魔獣を倒せるのも説明がつく。
「それならやっぱり見えてる能力値だけで考えた方がいいね」
アルリアが分からない以上ウル達が分かるはずもない。たとえウル達が半神化の影響で能力値以上の力を持っていたとしても、それを測ることはできない。
ならば今まで通り測れる能力値で物事を考えるべきだ。
話を聞いていたシャルロットはそう結論付ける。
「そうですね、私もそれがいいと思います」
イーもシャルロットの考えに賛同する。イーとシャルロット、二人は戦略に長けている。その二人が同じ意見に達したならばそれに従うべきだろう。
ウルは頷き今まで通りの作戦で行くことを決定する。
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「マスター、辺りの魔獣の掃討と魔獣除けの結界の展開、完了しました」
「ああ、ありがとう」
日が傾き、辺りが闇夜に包まれ始めた頃、ウル達は夜営の準備に取りかかる。
勿論今のウルたちならば睡眠などをとらずに活動できるのだが、精神的理由と戦闘時のコンディションを最高に保つため最低限の食事と睡眠はとることにしている。
それ以外にもアルリアに禁域内で狩った魔獣の素材を使って装備を整えてもらったり、リリスとシャルロットの能力値の底上げをしたりとすることもある。
こんな危険地帯で悠長に性交をするなど自殺行為に思えるかもしれないが、ウル達はすでに禁域の魔獣など相手にならない。
ウル達に危険が有るとするならば、それはアヴァザードだ。
そこに至るまでにできる限りのことはしておく。それがアヴァザードを一人も欠けることなく踏破する事に繋がる。
ウルはソワソワとしているリリスと毅然としてはいるが喜びを隠しきれていないシャルロットを横目に食事をとり始める。