「それじゃあ行こうか」
ウル達はリリス、シャルロット、スーの三人が完全に回復したのを確認してから、ついにアヴァザードに足を踏み入れる。
地面は凸凹とした石や岩で覆われており、かなりバランスが悪い。例え禁域でなかったとしても、この山を越えるのは、プロの登山家でも念入りに準備が必要だろう。いや、そもそもこの山を越えられるだけの体力をもつ人族が何人いるかも怪しいところだ。
「中腹辺りまでは強い魔獣がいなくてよかったね」
6時間ほど山を登っても、まだ余裕がある様子のシャルロットが警戒しつつも、世間話をするように話しかけてくる。魔獣とは大抵、その体に対応した地形に住んでいる。つまりここに魔獣がいれば、それはこの地形でなんのデメリットもなく動けるということ。ウル達ならば負けないだろうが余計な体力を使うことになる。
「……いや、いる」
だが、ウルは魔獣の敵意を関知して武器を構え、油断なく辺りを見渡す。しかし、辺りには魔獣の姿は見えず、殺風景な風景が続いてるだけだ。
敵意が近付いてきても敵の姿は見えない。ウルは視覚に頼ることを止め、目を閉じ、自分の感覚に身を任せる。
敵意を肌で感じ、魔獣が自分の間合いに入ったのを感じると、面積の広い大剣を振り抜く。ズンッと剣が何かを捉えたのが伝わり、その切り裂く。
しかし、魔獣はウルの攻撃の危険度を悟ったのか、致命傷になる前に突進を止め、後ろに大きく跳び退ったようで、仕留めるには至らなかった。
目を開けてみれば、一部の空間が歪み、血が流れている。
「ミミクリーだ!!」
魔獣の正体を察したシャルロットが慌てた声を出す。シャルロットが慌てるということは、それなりの力を持った魔獣なのだろう。
ウルは油断なく歪んだ空間に近付き、止めを刺す。
「KYIIIIIIIIIIIIII!!!」
断末魔の雄叫びを上げ、息絶えた魔獣。すると歪んでいた空間が灰褐色の色を帯び、体長3mほどの蜥蜴のような魔獣が現れる。
「シャル、こいつは?」
「こいつはミミクリーていう魔獣で、周りの景色と同色に同化する魔獣で、能力値は3500ほどあって、厄介なことに一定数で群れを成す魔獣だ」
確かにこいつの姿は一切見えなかった。現状その位置を把握できるのは敵意を関知出来るウルだけ、集団でこられたらやっかいだ。
「主様、今の鳴き声は仲間への合図です」
ジブルが武器を構え、辺りを警戒しながら告げてくる。その一言でウル達は全員臨戦態勢をとるが、どこから仕掛けてくるのか分からない。
ミミクリーは魔法による探知さえ掻い潜る事が出来る個体もいる。全員に嫌な汗が伝い落ちる。
「下だ!!」
ウルの言葉と同時に地面から岩が生え、ウル達を貫こうとする。
「
ジブルが素早く魔術を使い障壁を作り上げ、攻撃を往なす。
「ディスガイズまでいる」
ディスガイズは岩などに擬態する植物型の魔獣で、能力値は4200ほど、その岩のような触手の強度は鋼をも上回り、こいつらもかなりの数の群れで生息している。
「よりによって見えない魔獣達の群れがいるなんて」
シャルロットは本格的に焦った様子になる。どちらも敵の本体が見付けづらく、そこまで弱いわけでもないのだから当然だ。
「シャル様!下から来ます!!」
探知魔法でディスガイズだけは関知しているイーが警告し、シャルロットが跳び退ると、そこから10本ほどの岩の触手がシャルロットのいた場所を貫く。
「はぁ!」
イーは戦斧でディスガイズの触手を断ち切るが、触手は残った部分を引っ込め、また突き出してくる。
「ディスガイズの触手は伸縮自在だ!本体を絶たないといくらでも攻撃してくる」
「
イーは魔術を使い、触手を燃やす。
「CYAAAAAAA」
すると離れた所にある岩が火柱を上げ、燃え出す。あれがディスガイズの本体なのだろう。
「触手を伝えば本体に攻撃が届きます」
イーは冷静にディスガイズの特徴を分析して対処していく。探知魔法を使えるものが攻撃を察知、指示を出して攻撃を仲間達が回避し、炎系の魔術で触手を伝わせ本体を攻撃する。
「ミミクリーが集まってきてる!」
ウルは見えない魔獣達の敵意を関知して叫ぶ。だが、ディスガイズならばなんとかなるが、完全に風景と一体化しているミミクリーはウルしか手に負えない。
ウルは目の前で顎を開く空間に小太刀を食わせ、顎を斬り飛ばす。
その際に水の魔法を使って霧を作り出す。するとウルの前にいるやつ以外のミミクリーの姿も霧でぼんやりと浮き上がる。本来、霧は視界を遮り、戦闘の際には邪魔なものだが、ウル達ならば多少の霧位ならば問題なく、ミミクリーの姿を捉える事が出来る。
「霧で輪郭が現れる!そこを狙え」
ウルの一言で仲間達は弾かれたようにミミクリーを倒していく。ディスガイズは触手による攻撃しかしてこないので、そちらも次第に数を減らしていく。
「ウル!魔獣達の鳴き声でどんどん魔獣が集まってくるよ!!」
一時間ほど戦っても途切れることのない魔獣の群れ。さらに大きな音に引かれた別の群れも集まってきている。
このままでは辺り一帯の魔獣を全て相手取らなくてはならない。
「こいつらは無視して山を登るぞ」
ウルは無駄な戦闘を避け、進行方向にいる魔獣だけを蹴散らし、山を進む。
「でもあいつらは獲物はどこまでも追いかける習性がある」
どれだけ走ろうとも引き剥がしきれないミミクリーの群れ。ウルはその場で立ち止まり、大地に踵落としを見舞う。すると地面に亀裂が入り、土砂が山を滑り落ちていく。
ミミクリー達はウルの起こした山崩れに飲み込まれて下へと落ちて行く。
「音で魔獣が集まる前に進むぞ」
ウルはもうミミクリー達が追ってこない事を確認すると、アヴァザードを駆け上がる。
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ミミクリー達の群れと戦って以降は魔獣に襲われることなく順調に進むことができ、ようやく中腹辺りまではたどり着く。
ここまで来ると気温が下がり、空気も薄くなるので体の反応が鈍くなって来る。
ウル達は一層神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒しながら進む。
アヴァザードを上れば上るほど斜面が急になり、足場もさらに悪くなってゆく。
ウル達は足場が崩れ落ちないか確認しながら進まなくてはならないのでどうしても歩みが遅くなってしまう。恐らく一時間に8kmも進めてないだろう。
だがそれでもウル達は進み続ける。そしてウル達は垂直にそびえ立つ崖の前まで来る。
「ウル、ここどうやって上ろうか」
首を真上に向けながら、シャルロットが弱りきった声を出す。この崖は簡単には上れない。ロッククライミングという手もあるが、途中で魔獣に襲われたらひとたまりもないのでそれは出来ない。
「俺が足場を作る」
ここまでは魔力を温存するためにほとんど魔術しか使っていなかったが、ここで使わないわけにもいかない。そう判断して一番魔力のあるウルが足場を作ることにする。
ウルは地面に手を触れ、魔力を込める。すると、さっきまでいたところから50mほど上の位置まで地面が盛り上がる。
ウルはそれを何度も繰り返し、どんどんと崖の上の方へ昇っていく。
「マスター、上から岩棚が落ちてきます」
探知魔法で辺りを探っていたシーが上空を見上げながらそう言って戦斧を構える。
「どれくらいのサイズだ?」
「20mくらいはあります」
「凌げるか?」
「問題ないです。ですが、魔獣を呼び寄せてしまいます」
「構わない」
シーはこの辺りに魔獣が潜んでいるのを察知している。その魔獣達は夜行性のため、今は寝ているが、岩棚をどうにかしようとすれば、その魔獣達を起こしてしまうと言う。
だがウルは、構わないと言う。
どのみち落下してくる岩棚を凌ぐ以外の道はない。シーはウルの言葉に頷くと、魔法の詠唱に入る。魔術では凌ぎきれないと判断したためだ。
「地を駆け、悪戯に生命を刈り取る群狼よ。鋭く、冷たい旋風よ。荒れ狂い世をうねらす凶風よ。我が障害をその息吹で蹴散らせ」
ウル達の回りに暴風が吹き荒れ、落ちてくる岩棚を細切れにしていく。ガリガリと20mはあった岩棚が瞬く間に削られ、消滅する。
しかし、シーは岩がなくなっても暴風を消さない。それどころか一層威力を高める。
「シーちゃん?」
その行動の意図が理解できないリリスはキョトンと首をかしげる。
「探知した魔獣の体格から飛翔型、それも突進によって獲物を殺すタイプの魔獣です。シャル様やリリ様では追いきれません」
シーがそういった瞬間にヒュンと暴風の結界を魔獣が真正面から突き抜けてくる。
ウルはそれを小太刀で叩き落とす。シーの暴風結界ですでに息絶えていたようだが、それでもなお、その速度はリリスやシャルロットでは対応できない速度だった。
ドドドドド!!と暴風を強引に横切る爆音が木霊する。
「来ます!!」
暴風を抜けた魔獣達の中で生き残っているものは、威嚇の声すら置き去りにする速度で突進してくる。
ウルは大剣を霞むほどの速度で振るい、迎撃する。
ギィィィィィンと鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合った音がし、一瞬の拮抗。そして潰れた魔獣の声がし、魔獣が二つに別れ、後ろの崖に激突する。
魔獣達は滝のように途切れることなく押し寄せ、流星のごとき速さで命と引き換えの攻撃をしてくる。それに対してウル達は魔術を併用しながら閃影を残して叩き斬る。
その攻防は何分続いただろうか、それすら分からないほど極限の攻防。その根比べはウルが最後の魔獣を断ったことにより、ウル達の勝利となる。シーが魔法を解除し、誰もが武器を下ろす。
辺りには無数の残骸が転がり、この戦いの過酷さを物語っている。
ウル達は少しだけ休息を取った後にまた魔法で足場を作って上へ昇る。
崖の頂上に近付くにつれ、気温がどんどん下がっていき、雪がちらつく。
「ここからだね」
シャルロットは杖を構えて神経を研ぎ澄ましながら気を引き閉めるような言葉を言う。
ウル達はついにアヴァザードの最大の難所、竜などの強大な生物の住む、アヴァザードの後半に差し迫っていた。
崖を上ると、目の前は一面白い吹雪で覆われ、気温も-50℃を下回るであろう寒さだ。体感温度はさらに低い。
ウル達はクーダの毛皮で作った防寒具を身に纏い、寒さを凌ぐ。
「足に防水性の高い物を多く巻き付けておく必要があるね」
少し足元の積雪を調べたシャルロットがそう言う。足元の雪は新雪のように柔らかく、足を乗せると膝辺りまで沈んでしまう。これでは溶けた雪が靴の中などに溜まってしまい、凍傷になる可能性がある。
ウル達は今まで狩った魔獣達の毛皮で防水性の高い毛皮を足に巻き付ける。
雪で足を取られてうまく進めず、さらに鋭い氷が混ざった吹雪のせいで肌が切り裂かれ、血が出ると同時に凍っていく。
辺り一面白色で真っ直ぐ進めているのかも分からなくなってくる。
「マスター、少し南にずれてます」
だか、方角を把握できるイーのお陰で道を外れてもすぐに軌道修正が出来る。
ウル達はイーの道案内のに従うことで、吹雪をしのげる森に辿り着く。
「ここなら少しは寒さもしのげるし、暖も取れる。もう何時間歩いたか分からないし、少し休息を取ろう」
今まで後半に入ってからは魔獣とは遭遇してないが、ウル達は一日、下手したら二日以上歩き続けている可能性がある。
ここならば多少休んでも問題ないだろう。
ウル達はここで休息をとる事にす。火を起こし、鈍くなった体を解していく。
「それにしても妙だね。いくら何でも魔獣に会わなすぎる。もちろんいいことなんだけど……」
シャルロットの思っていることはよく分かる。ウル達はこのアヴァザード後半に入ってから一度も魔獣にあっていない。いくら遭遇率が低いとはいえ、一匹くらい
そんなことを考えていると、ゴゴゴゴゴと地響きがする。
「雪崩です!!」
イーは叫ぶと同時に魔法の詠唱を開始する。この山を覆っている雪の量だ、その質量は計り知れない。
ウル達もその雪崩を凌ぐために各々魔法を展開する。
ウルは厚さ数mはある岩の壁で仲間達を覆い、イー達はシーが先ほど使った風の魔法を岩壁の周りに吹かせる。
岩壁に超重量の雪崩がぶつかり、押し流そうとするのをウル達は必死に堪える。
イー達が懸命に魔法を張るなか、ウルはあることに気付く。
「チッ」
そしてその考えが間違っていないことが分かるとウルは舌打ちをひとつする。
「囲まれてる」
ウルは苛立ちながらそう言う。この雪崩は後になるほどに水の音が多くなっていた。つまり、意図的に起こされた物だ。そして、ウル達の回りを大量の魔獣が取り囲んでいる。
ウル達は雪崩が治まるのを待ってから臨戦態勢を整えて、ウル達を守っていたドームを解除する。
するとそこには50を軽く越える竜の群れがウル達の周りを取り囲んでいた。