この世に再び生を受ける前までは死にかけることなど頻繁にあった。例え能力値で勝ってはいても、数千、数万の討伐軍と休む暇もなく戦い続けていれば、次第に魔力も尽きてくる。その度に身を隠し、回復を待たなければならなかった。だが、回復している間も神経を尖らせ、辺りを警戒しなければならないため、精神は休まることがなかった。
そんななか、久しぶりに死にかけたのだが、今回は周りを気にせず深き眠りについた。抱え込んでいる感情など一切感じず、まるで無重力空間を漂っている感覚だ。
かなり長い時間をそうやって過ごしていた気がする。そろそろ目覚めなくてはという思いと、まだこうしていたいという思いが交差しながらも、徐々に意識を覚醒していく。
「お目覚めですか、マスター」
目を開けて最初に見えたのは、こちらの顔を覗き込んでいたイーの人形のように整った素顔だ。
イーは自分が寝ている間、ずっと膝枕をしていてくれたようだ。
「ここは?」
「近くにあった洞穴だよ。あのままだと流石に冷えるからね」
ウルは目だけで辺りを見回し、吹雪の音さえ聞こえないことから、ここが自分が眠りについた場所ではないと見抜いて訊ねた質問に、シャルロットが答える。
「どれくらい寝てた?」
「約一日半です」
長い時間寝ていた自覚はあったが、まさか丸一日以上も寝込んでいたのは意外だ。
ウルは頷いてから、何気なく立ち上がろうとして驚く。
体が異様に重たかったのだ。どうにか立ち上がるが、うまく体を支えられなくて、よろけてしまう。
シャルロットがとっさに寄り添い、ふらつくウルの体を支えてくれる。そして、そのままゆっくりと壁にもたれかけさせてくれる。
「マスター、無理は禁物です。アルリア様の見立てでは三日は休養を取らなければならない傷だそうです」
「そんなに傷が残ってるのか?」
ウルは自分の体を調べて不思議そうにする。全身は傷どころかかすり傷すらついている気配はない。
「表面上の傷はすべて治しました。しかし、内面に蓄積されたダメージは治癒魔法でも治しきることは出来ないのです」
例えば治癒魔法で体力を回復し続けたとしても、最終的には睡眠を取らなければならないように、治癒魔法といえども内部にたまる疲労などは完璧には回復しきれない。
だから、ウルは痛みは感じなくても、体がやけに重く感じてしまうのだ。
「そんなに酷かったのか?」
「うん。全身打撲に数えきれないほどの骨折、内出血に内臓まで達している裂傷、体の八割を超える大火傷……アルリア様曰く『いくらウル様の実力であっても、本来ならば2回は死んでいるダメージ』だそうだったからね」
シャルロットはアルリアのモノマネをしながらも心配したような声で寄り添ってくる。戦っているときは、それほどまで重傷だとは思わなかったが、シャルロットの声からよほど深刻だったのが分かる。
「他の皆は?」
「魔獣を狩りに行ってるよ。イーちゃんたちもウルの回復のためにかなり魔力を使ったから、出来る限り栄養価のある食材を食べた方がいいしね」
能力値が高い魔獣ほどその体に蓄えているエネルギーは大きい。高能力値の魔獣の食材が高値で取引されるのは、仕留めるのに苦労するだけでなく、食材その物も高価なものだからだ。
「大丈夫なのか?」
ここはアヴァザードだ。生息している魔獣の能力値も桁違いに高い。シーやジブルがいるとはいえ、リリスなどは戦えないはずだ。
「ウルが契約した竜たちが付いてるからね、それにリリは戦わないで戦闘の見学をしてるよ」
流石にリリスは戦闘には参加していないようだ。おそらく、他の仲間の戦い方を見て、自身の糧にしようとしているのだろう。
「あの竜たちは何で襲ってきたか言ったか?」
「それが、縄張りに入ってきたからだって言ってるんだけど、どう考えても違うんだよね」
あの竜たちはいずれも群れをなさないタイプの竜だ。それなに、あれだけの数の竜がひとつの縄張りに生息しているとは思えない。さらにいえば、いくらアヴァザードだとしても、あの数はおかしい。
「でも、使い魔の契約をしてるから害はないと思うんだけどね」
使い魔の契約は眷族契約と似ている面が大きい。それを交わす時点で竜たちがこちらに害を与える気はないといってもいい。
「ウルさん、気がついたんですね!!」
体も動かせないので、シャルロットやイーと喋っていると、狩りを終えたリリスが戻ってくる。
「ああ、まだ体は思い通りに動かせないけどな」
「当然です!あんな傷を負ってたんですから」
少し気だるげに腕を動かすと、リリスもウルを心配するように駆け寄ってくる。肌に触れるリリスの手は氷のように冷たく、長時間外にいたことを教えてくれる。
「皆、悪いな」
ウルはリリスより少し遅れて現れたメンバーを見て、感謝の言葉を述べる。
リリスとスーは無傷だが、ジブルとシーは少なからず傷を負っている。アヴァザードで狩りをしていたにしては少なすぎる傷だが、自分が倒れなければ負わずに済んだ傷だ。
「謝らなければならないのは私達です。私達の力が及ばないばかりに、主様に全てを任せてしまいました……」
ジブルが頭を下げるウルに慌てて謝る。
アヴァザードではウルに戦闘の大部分を任せる事になるだろうとは思っていたが、あの数の竜の群れをウル一人に任せてしまったことを申し訳なく思っているのだ。だが、もしあの場にいてウルと共に戦ったとしたらどうかというと、結果は目に見えている。あの場にいてもウルの足を引っ張っていただけだ。
この時はリリスだけでなく、全員が自分の非力さを呪った。
「気にするな」
だがウルはそんなことはどうでもいいと言う。ウルにとっては眷族たちはただの戦力ではない。例え自分を追い込む事になろうとも、側に居て欲しい存在なのだ。
眷族達はウルの心情を理解して、そっと目を閉じて一礼する。
ぎゅるぎゅる───
傍から見れば感動的な場面なのだが、そこに相応しくない音がウルの腹から鳴る。気が付けばウルは久しぶりに激しい空腹を覚えていた。胃袋が蠕動し、栄養を求めて騒いでいる。
「あ、すぐに食べれる物を作りますね!」
三十分後、ウルはリリス達が作った料理を大いに食らった。分厚い魔獣のステーキやシチュー、部屋に保管してあった野菜などで作ったサラダ、水三リットルに葡萄酒数本などリリス達が運んでくる料理を片っ端から、ガツガツと豪快に咀嚼する。
まるで体を再生するために栄養を集めていいるかのように食べる。
そしてこれ以上は食べれないくらい満腹になると、再び睡魔が襲ってくる。
ウトウトと体を横にすると、イーが魔獣の毛皮で作った厚手の毛布を掛けてくれる。そして今度はシーが膝枕をしてくれる。
柔らかい、シーの感触を最後に感じながらウルは再び深い眠りにつく。
ウルが再び目を覚ました頃には、ウルが竜たちと戦ってからちょうど三日経っていた。
「ウルさん、体の調子はどうですか?」
「悪くない」
リリスが訊いてくるので、試しに少し体を動かしてみたが、もう完治したようで、違和感なく動かせる。魔力も回復しており、完全復活といったところだ。
「イー達はどうだ?」
「私達たちもほとんど回復しています」
イー達はウルを治療するためにかなり魔力を使った。魔力で活動しているイー達にとって魔力の大量消費は死活問題になる。だが、そこはウルと同じく大量のエネルギーを取り込むことで補ったらしい。
ウルは立ち上がり、洞穴の外へ出る。久しぶりに吹雪の冷たさを感じながら辺りを見回すと、ウルの使い魔になった竜たちが辺りを威嚇するように飛んでいた。
一番近くにいたリーダー格の竜がウルの存在に気付くとクルルと喉を鳴らして側に寄ってくる。そこに敵意はなく、純粋にウルの事を主と認めているようだ。
『何で俺たちを襲った?』
ウルは交信を使い竜たちに自分達を襲った理由を訊く。
『主らが我々の縄張りに入ってきたからだ』
ウルはこの発言にピクッと反応する。そして少し目を細めてさらに質問を続ける。
『お前達は群れないはずだが』
『我らとて群れるときは群れるものだ』
『アヴァザードでもこの数の竜は生息していないはずだが、お前達はどこから来た』
『もう一つの霊峰ラマナから来た』
『なぜだ?』
『そういう気になったからだ』
ウルは竜たちが言う『縄張りに入ってきたから襲った』『気分でアヴァザードに来た』という言葉が嘘であることは分かっている。故に最後の質問をする。
『お前達は俺達に害を為す気はもうないのか?』
『ああ』
最後の質問の結果次第ではこのままここで斬り捨てる。そんな意図が読み取れる冷たい声に応えるのは力強い肯定だった。
ウルはしばらく考えてからため息をつき殺気を消す。
少なくとも最後に言った害を為す気はないという言葉は本当だ。竜達ほどの知能があれば理由なくウル達を襲うことはないだろうが、襲った理由は言えないということらしい。
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「残りのアイテムも把握したし、いい時間だからそろそろ出発しようか」
ウルが目覚めてから半日、そろそろ日がくれて夜が訪れる時間になると、アイテムの在庫を確認していたシャルロットが戻って来る。
「分かった」
シャルロットの声に促されるようにウル達は立ち上がる。
ウルが目覚めてからすぐに動かなかったのは、念のためにウルに少しの休養を取らせるためと、大量に消費してしまったアイテムの確認があったからだ。
「ウルさん、ここからはウィズちゃん達も一緒に同行させてあげたらどうですか?」
ウィズとウィラは禁域に入ってからずっと部屋にいる。こらからは竜達を使って移動することになるから魔獣に襲われる可能性はまずない。とはいえ、二人がこの寒さと竜の飛行に耐えられるのだろうか?
「竜は私たちと同じく"飛翔"のスキルを使って飛びます。一定範囲内でした風圧などの影響を受けないので大丈夫かと」
さすがに気温や重力までは打ち消せないが、普通に飛んでいる分には二人がいても問題ないそうだ。
「なら呼んでくるか」
「あ、私が行きますね」
リリスが元気よく手を上げて部屋に移動する。そしてすぐに二人をつれて戻って来る。二人は部屋がよほど退屈だったのか嬉しそうな表情をしている。
「ウルお兄さん!竜に乗るって話ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ♪ウルとは使い魔の契約も交わしてるしね」
おおはしゃぎのウィラと違い、ウィズは少し不安そうに訊いてくると、シャルロットが安心させるように言う。それを聞いてひとまずは安心したようだ。
「それじゃあ外は寒いから気を付けてね」
二人にはウル達以上に厚着をさせて洞穴の外へ出る。
「「わぁぁ」」
二人は初めて見る生きた竜に興奮したような吐息を漏らす。安全に竜を見れるなど普通はない体験なのだからその気持ちも分かる。
ウル達は微笑みながら二人を火竜に乗せてやる。
火竜は体が高温なため、この寒いアヴァザードでも二人が凍えないですむ。
「それじゃあイーちゃんは二人と一緒に乗ってあげて」
「かしこまりました」
シャルロットは万が一のことを考えてイーを二人の乗る火竜に乗せる。
「よろしくお願いします、イグニス」
イーは火竜の名前を呼びながらその背に乗る。
「ボクたちも二手に別れようか、流石にボクたち全員を乗せるのはウェイスでも難しいだろうからね」
シャルロットは側にいたリーダー格の一匹を見てそう言う。一匹ではウル達全員を乗せることは難しそうだ。
そこでウル達はもう一匹のリーダー格の竜、ブロウに別れて乗ることにした。
後は多すぎる竜の内の何体かをフェンリル達と同じように部屋に送ってからウル達はアヴァザードを飛び立つ。