「おとぎ話程度の話だと思ってたけど……本当に存在するなんて」
森族の血を引いているシャルロットは闇森族について説明してからそう呟く。
ウルはなにも言わず、闇森族と思われる少女リーネを見ていた。リーネはウル達の治療で傷を癒してあるので一命は取り留めている。
「ウルさん、この子どうするんですか?」
「少し話がしたい」
リーネはウルの実力を見ている。自分達の存在を知られたくないウル達にとっては生かしておくことはできない。それでもウルはこの少女を治療した。その真意を尋ねるリリスにウルはどこか迷っているように答える。
「う……んん……」
しばらくするとリーネは呻き声を上げてパチリと目を開き、上体を起こす。
「ここは………」
自分の状況が呑み込めないのか、辺りをキョロキョロと見回して、ウル達に気付いて固まる。。
「あはは……リーネを殺してくれるの?」
ウルが近付いてもさっきまでのように怯えることもせず、ただ生気のない虚な目で眺めているだけだ。もう全てに絶望した、そんな印象を受ける。ウルはなぜこの少女を殺せなかったのかをなんとなく理解する。
「今までの人生で何があったのかを教えてくれないか?」
ウルは腰を下ろしてリーネと同じ目線にする。おそらくウルが聞こうとしていることはリーネを苦しめる事だろう。だが、ウルはどうしてもこの少女に何があったかを知りたかった。
「あはは……いいよリーネの過去教えてあげる」
そう言ってリーネは自分の過去を語り出す。
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リーネは生まれたときからなぜか高位森族として生まれた。それだけでも異例の事態なのに、さらに肌が褐色。当然リーネの部族はリーネを抹消しようとした。しかし、高位化をしているリーネを殺すことはできず、外に情報が漏れないようにリーネを地下深くにある牢獄に繋ぎ止めた。
一切の光もなく、異臭漂う檻の中でリーネは死にたくなるような拷問を受けた。魔法で全身を焼かれ、毒の矢で射貫かれ続けた。
なぜ自分がこんな目に遭っているのかも分からなかったが、自分はここにいてはいけない存在なんだと言うことは分かった。
何年そんな生活を続けたか分からないが、あるときリーネに変化が起きる。喉の渇きに堪えきれず水を欲したら足元から水が湧いてきた。リーネはその水を飲み、喉を潤した。それから喉が渇くたびに水が涌き出た。
次第にその水は自分が出しているのだと気付く。
そして次にリーネが求めたのは光だった。すると檻の中が明るく光る。初めて目にする光に目を焼かれながらも自分の体を見る。血塗れで、痩せ細った体、それが初めて見る己の姿だった。
丁度その時、リーネを拷問していた男が牢獄に入ってくる。その男はでっぷりと肥え、リーネとは対極の姿だった。その男はリーネが魔術を使っていることに驚き、意識を刈り取ろうとする。しかし、リーネはそれを拒み、その男を殺してしまう。
次々に現れるエルフたちを薙ぎ払い、リーネは自分を繋ぎ止めている枷を壊し、外に出る。
後は朦朧とする意識の中でエルフたちから逃げていた記憶しかない。独力で獲物を仕留め糧を得て、自分を殺そうとするエルフ達から知識を得た。そうやって自分を殺そうとするエルフ達から逃げ続けて、気付いたら人族領まできていた。人族は森族と違い、そこまでの迫害はなかったが、自分を受け入れてくれる者はいなかった。
やがて知識を得るために街などを襲っていたリーネは手配され、人族からも殺されそうになった。
そうして逃げ続けて辿り着いた場所で出会った盗賊達、彼らだけは自分を暖かく迎え入れてくれた。必要としてくれた。
しかしそれは上っ面だけだったと思い知らされた。
しょせん自分は都合のいい戦力としてしか見られていなかったのだ。
「……どうこれがリーネの過去だよ」
まるで他人事のように言うリーネ。もうどうでもいいことなのだろう。
「生まれたときから高位化をしているということはあり得るのか?」
ウルは感情の読み取れない声で誰に聞いてるのかも分からない質問をする。
「あり得ませんね。親が高位化していて、なおかつ相当の実力を持っているのならばあり得なくはないですが、天族でさえそんな例は皆無です」
「ならなんでこの子は高位化していて生まれてきたんだ?」
「……高位化に耐えうる存在ならば、胎児の時点で儀式を施せばあるいは可能かもしれません。ですが、そんなことができるのは高位化をしている者だけです。さらに言えば成功する可能性は低いと思います」
高位化とは己の器を昇格させることだ。まだ器が出来ていない胎児ならばまともに高位化できるとは思えない、そう言うジブル。
ウルの中ではもう答えは出ていた。
「アルリア、この子は本来ならダークエルフとして生まれる存在だったのか?」
「いえ、普通のエルフとして生まれる存在でした」
アルリアの言葉を聞いたウルは恐ろしいほどの怒気を放つ。仲間達はウルの怒気に呑まれて震えが止まらない。例えウルが自分達に危害を加えられることはないと理解していても体が震えてしまう。それほどまでに今のウルは恐ろしいのだ。
「リーネ、もしも自分をそんな目に遭わせたヤツがいるとしたらどうしたい?」
ウルはそれだけの圧を撒き散らしながらも、リーネに優しく問いかける。
森族は天族を神として崇めている者もいる。もし仮にリーネの生まれた部族が天族を崇めていたとしたら、その天族が高位化をしていたら、全ての辻褄があう。
「リーネをこんな目に遭わせたヤツ?」
リーネは初めはキョトンとしていたが、次第に俯き、嗚咽を漏らす。そこには悔しさや憎しみ、怒りなど様々な感情が入り雑じっている。
「自分をそんな目に遭わせたやつらを許せるか?」
「……許せないよ……なんでリーネがこんな目に遭わなきゃならないの!!?なんで誰もリーネを受け入れてくれないの!?なんで……なんでなの?」
抑え付けていた感情が止めどなく溢れて、リーネは泣きじゃくりながら怨嗟の声を漏らす。それを見たシャルロットやリリス、ジブルは声を失う。リーネの姿は少し前のウルを連想させるからだ。
「リーネ、俺はお前を放っておかない。お前の怨みを晴らしてやりたい」
「そうやってリーネのこと利用するきなんでしょ!!リーネに構わないで!!」
ウルを拒絶するように手を振り回して近付けないようにする。
弱っているとはいえ、能力値が二万近くあるリーネの攻撃だ。ウルといえども強化魔法なしではそれなりにダメージを食らう。だが、ウルは気にせずリーネを抱き締める。
「俺はお前を受け入れる。俺はウル・ラグナルだ、リーネの事を理解してやれる」
ウルの正体にリーネは驚く。それは世界の敵とされている魔王の子孫、死んだはずの存在。
ウルはリーネに自分達の秘密を全て教える。リーネが逃げようと思えば逃げられないこともない、そんな相手に秘密を教えることはウル達にとっては枷になる。
「本当に、リーネの事を受け入れてくれるの?」
「受け入れる」
リーネの不安そうな問いかけにしっかりと頷き、手を差しのべる。それを少し躊躇った後、リーネはウルの手を掴み返してくる。
「シャル、ここから森族領に行くにはどうしたらいい?」
「え?……あ、うん、ここからだともう一つの霊峰ラマーナを越えないと行けないけど……良いの?」
ウルの質問に慌てて答えてから、ウルの考えに気付いて驚いたように聞き返してくる。ついさっき仇が人族領にいるかもしれないと分かったばかりだ。それを差し置いてでもウルはリーネの生まれ故郷に行くつもりでいる。
「ああ、構わない」
ウルは重圧をさらに強くしながら、憤怒の形相を作る。リーネが受けた仕打ちはウルにとって許容できるものではない。今のままでは敵を殺して、母を取り戻しても世界を救う気はない、ならば自然と世界は滅び、リーネの無念は晴らされるないことになる。それが認められなかった。
ウルはリーネを抱き締めながら自分の中でこの世に舞い戻ったときのように冷たい、ドス黒い感情を荒ぶらせる。
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リーネの事でゴタゴタしたため、すでに日が傾きかけている頃に禁域の近くの街に辿り着く。
「止まれ、ここを通りたいなら身元を証明できるものか、一人あたり2700L払ってもらう」
街の入り口で門番に止められる。ここでシャルロットのギルドカードを提示するわけにはいかないので、素直に通行料を支払う。
人族でもダークエルフは軽蔑されたりするので、リーネには余りのローブを着せている。
「ウル、情報収集はどうする?」
「しなくていい、必要なものだけ買ったらすぐに森族領に向かう」
「分かった」
思うところはあるが、ウルがそう判断するなら従うつもりのといった様子の仲間達。
ウル達はシャルロットとの指示で何人かに別れて買い物をする。
ウルはシャルロット、ジブル、リーネと共に衣類を買うことになった。イー達の服のこともあるが、リーネも薄汚れた服を着ているだけなので、出来ればちゃんとした衣装を着せてやりたい。
「ウルは身嗜みは気にしないの?」
シャルロットはウルの服も選びながらそんなとこを言ってくる。ウル自身は身嗜みなど考えた事もなかった。
「シャルロットはどうなんだ?」
「ボクかい?ボクはそれなりには気にしてるかな」
「そうか」
「うん、これでも女の子だからね」
「私はあまり気にしませんね」
ジブルの場合、身嗜みを気にしていないと言うより、見られても特になにも感じないといった方が正しいのだろう。ジブルにとってはほとんど視界にすら入っていないのだろう。
そんな軽口を叩き合いながらウル達は着々と必要なものを買っていく。買い物を済ました後は集合場所に向かう。
その途中でリーネの足が止まる。見れば店に飾ってある紫色の三日月の髪飾りを見ているようだ。
「それが欲しいのか?」
「…………」
リーネは答えないが、その髪飾りから目を離さない。よほど気に入ったのだろうが、それを言うほど信用はしていないのだろう。
「これもらえるかな?」
「はい、600Lになるよ」
ウルはシャルロットとに目配せをするとシャルロットは店の店主に声をかける。そしてリーネが欲しがっていた髪飾りを購入する。
「はい、これが欲しかったんだよね」
「…………ありがとう」
リーネはしばらく黙っていたが、シャルロットが差し出す髪飾りを受け取る。
「行こうか」
それ以上リーネと話すことはなく、リリスたちと合流する。そして必要なものが全部揃っているか確認した後、すぐに街を出る。
「ウル、本当に森族領に行くんね」
「ああ」
シャルロットは最後にウルに確認をとってくる。ウルはそれに迷いのない声で応える。シャルロットは頷きブロウ達を部屋から召喚する。
そしてウルがブロウに乗ろうとした瞬間、ゾワリと肌が粟立つ。何者かに見られている。そこには悪意などは感じないが、体の芯に氷を突っ込まれたような感覚に陥る。それはまるで値踏みするような、全身を舐め回すようなねっとりとした視線だ。
ウルはすぐに辺りに誰かいないか探るが、ウルが関知できる範囲には誰もいない。
「ウルさん?」
「……なにもない」
リリスが声をかけてきたタイミングで視線が切られる。ウルは嫌な汗をかきながら、視線のもとと思われる方角を睨み付ける。
ウルの睨み付けた方角の先、そこに位置する霊峰の奥でなにかがニヤリと笑みを浮かべていることをウルはまだ知らない。