リーネを正式に眷族に迎え入れてから数日、ウル達は順調に旅路を進み、もう1つの禁域まで来ていた。ただし、禁域内での歩みは順調とは言えなかった。
「マスター、また来ます!」
イーが魔方陣を展開しながら素早く報告して空を翔ていく。
禁域に入ってからと言うもの魔獣達がブロウ達を恐れて道を開けるどころか、むしろ襲い掛かって来るのだ。
もちろん、今のウル達にとっては大した敵ではないのだが、禁域内の魔獣達が我先とばかりに襲いかかってくるので、数が膨大だ。
「GRRRRRAAAAA」
「Gyaaaaaaassssssa」
ブロウ達が魔獣達を無力化しようと咆哮をあげてもいっこうに怯まず、負けじと咆哮を返してくる。
明らかに異常な光景だ。
禁域内の魔獣は知性が高い、自分より強い魔獣に襲い掛かる種など限られている。それなのに禁域内の魔獣全員がウル達を害そうとしている。
「ウルさん、左から来ます」
魔力が少ないリリスは索敵に回り、ウル達に魔獣達の位置を報告する。
その報告を受けてウルは火焔を操り、魔獣を消し炭にしていく。
イー達やジブルはブロウの周辺を飛び回り、ウルが打ち漏らした魔獣達を殲滅していく。
「ウルさん、どういうことてしょう?」
「わからない、ただ明らかに1つの意思の元で行動してるのはたしかだ」
魔獣達の襲撃が一先ず治まり、リリスが疲れたようにこの状況に疑問を投げかける。
魔獣達は一度に襲ってくるのではなく、段階的に、まるでウル達に勝てないことを分かっているかのように襲ってくるのだ。
今のウル達ならばこの程度の魔獣達のが襲ってきてもダメージを受けることはないだろう。
しかし、こうも量が多いとまともに進むことさえできない。
「私は彼らが何かに操られてるような感じがします」
魔獣達の行動を分析していたシーがそう言う。
シーは人造天族のなかでも知恵や戦略に富んでいる。そのシーが言うのだから大方は間違っていないのだろう。
「しかし、操られているとしても……マスターやこの竜の大群を前に怯まないのはなぜでしょう?」
イーが不審そうに呟く。
例え何者かに操られていたとしても、自分達より遥かに強いウル達を前にすれば、本能的に逃げ出すはずだ。
なのに襲ってくる魔獣達は一切恐れを感じている様子はない。
その答えを見出だせずに、ウル達はただ困惑するしかない。
もっとも、ウルにだけは1つの可能性が頭に浮かんでいた。しかし、ウルはその可能性を切り捨てる。もし仮にその可能性が真実であったとしても、もうウルには避けることはできないのだから。
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「どういうことでしょうか?ここに入ってからと言うもの、魔獣達が姿を見せなくなりました」
あの後も何度か魔獣の襲撃を切り抜けて、霊峰ラマナにたどり着くと、魔獣達は一切襲ってこなくなった。
それどころか霊峰にいるはずの魔獣達さえ姿を見せない。
とりあえず、ウル達は消耗した体を休める事が出来たので悪いことではないのだが、この静けさはまるで嵐の前の静寂のように感じられて、全員が神経を研ぎ澄ませていた。
だが、霊峰の中盤まで差し掛かっても何もないので、少し気を抜いていた時、ウルは一瞬だけ敵意を感じる。
「!?」
そして、頭で考えるより先に、ウルは大剣を盾のように自分の前に出し、全身を防御魔法で加護する。
次の瞬間、強烈な衝撃を全身に浴びて、ウルは大きく吹っ飛ばされる。
まるで戦車の砲弾を打ち込まれたようなダメージ。
大剣越しに伝わる衝撃を受けた両腕はヤやたらと熱く、他にはなにも感じない。
とにかく全身が痛み、頭から爪先まで、両手両足、胸も腹も背中も、体の全ての部分を激痛が襲う。
血が口のなかに込み上げ、五臓六腑にもたっぷりとダメージを受けている。
この攻撃を受けたのがウルでなかったならば、全身が砕け散り、体の芯まで根こそぎ破壊されていただろう。
そんな思考が脳内を駆け巡る。
ドゥゥンッッッッッツ!!
辺りを揺るがす大轟音と共にウルは新雪の積もった霊峰に背中から叩きつけられる。
「……ッ……!」
あまりの勢いに受け身すらとれずに後頭部を打ち付ける。頚部に激しいダメージを負い、意識は保てているが、目の前が真っ暗になる。
呼吸も詰まっている。
「GARRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOAAaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
なんとか歯を食いしばって立ち上がると、禁域全体を震わす大轟音が叩きつけられる。
振動が嵐のようにビリビリと周囲を吹き荒れる。
以前体験したブロウ達の咆哮と似ているが、それが生ぬるく感じられる本能的な恐怖を呼ぶ猛獣の咆哮。
「ぐっ…………がっ」
大気を揺らす衝撃波が傷んだ全身に追い討ちをかけ、ウルは堪らず膝をつく。
「はぁはぁはぁはぁ…………」
ようやく視力も回復したところで、目の前にいる怪物の姿を捉える。
その怪物は体長35メートルはあるだろうか、ブロウ達よりも遥かに巨大で禍々しいオーラを発している。体の色は全てを呑み込むような漆黒。竜の中でも特に危険とされる黒竜だ。
(不味いな……)
ウルはこの黒竜と対峙した瞬間に力の差を理解する。
能力値など見るまでもない。この竜は自分よりも強い。
理屈ではなく、厳然たる事実としてウルは胸に受け止める。
この竜の視線を見れば、今までウルの行動を覗き見ていた存在だと直ぐに分かる。
そしてこの竜こそウルが切り捨てた可能性。自分よりも強い存在だ。
「………………」
「?」
黒竜は達観にもにた感情を抱いているウルから目を逸らして明後日の方角を見ている。
ウルが不信に思ってその視線の先を見ると…………
「っ!?」
ウルは素早く大剣を構えて臨戦態勢をとる。
竜の視線の先にはウルの大切な仲間達がこちらを目指して飛んできていた。
この竜の攻撃をウル以外が受ければ、命はないだろう。
それだけはなんとしても阻止しなければならない。
傷む体に鞭を打ち、ウルは勝機のない闘争に身を任せようとする。
しかし、竜は攻撃の素振りを見せない。それどころかウルの方に向き直り、「邪魔だろ」という意図が読み取れる目を向けてくる。
仲間を邪魔者扱いされたことに激怒するとともに、ウルは仲間達を部屋に戻るように命じる。仲間達はウルの事を心配そうにしながらも、素直に従ってくれる。
「これで満足か?」
ウルは憮然とした態度で竜を睨み付ける。
対して竜は合格だ。と言うように口角を歪ませた。
この竜と戦って勝てる可能性はほぼゼロと言って良いだろう。しかし、ウルはただ嬲られるほど出来た人間ではない。
竜はウルと戦うためか二足歩行になり、体を3メートルほどまで縮める。
見つめ合う竜と人間の瞳。そのまま十数秒ほどの時が過ぎる。
先に動いたのはウルだ。この難敵と戦うにはなりふりなど構ってられない。例えこの先、ウルの存在が世間に知られることになっても、ここで生き抜かなければ意味がない。
ウルは全力で強化魔法を使う。そして、音を置き去りにして、周囲に目視可能な衝撃波を生じさせながら、一直線に駆ける。
大地はウルの踏み込みに耐えられず沈下する。
この竜との戦いは時間をかければかけるほどウルの不利になるだけだ。ならば小細工などなしにただ突っ込む。
天を割るウルの一撃は大重量の銀塊が砕け散る音と共に打ち砕かれる。
アルリアが手ずから造った最高級の大剣は、先程の一撃で限界を迎えていたようで、根本の辺りを粉々に破砕され、その上からの剣身が明後日の方向に飛ぶ。
巨竜の肌には傷ひとつついていない。
細かい銀の雨がウルの視界を飛散していく。
降り下ろされた刃のない大剣は虚しく空を切る。
「グッ…………!!」
次の瞬間、ウルは大気が爆ぜる音。ぐちゅ、と内臓が潰される音を聞く。
腹の辺りが焼けるような熱を持ち、感覚が追い付いてきたのか、激痛に苦悶の表情を浮かべる。
知覚外からの攻撃。ウルが久しく体験していなかったことだ。
「この、糞が……」
ウルは血流が逆流するほどの嘔吐感に苛まれながらも、そのすべてを噛み殺し、脇腹で爪を抱き留めたまま、体を捻りカウンターの拳て巨竜の心窩をかち上げる。
山をも砕く拳は、確かに巨竜を捉えた。
しかし…………
(硬すぎる……しかも、この質量……35メートルなんかの質量じゃないぞ)
どういう理屈かは分からないが、この竜はウルの一撃を凌ぐ質量さえも保持しているようだ。
竜は巨腕を振ってウルを爪からふるい落す。その際に大量の血が傷から噴出し、白い雪山に鮮やかな華を咲かせる。
意識が朦朧として体に力が入らず、カタカタと筋肉が悲鳴を上げる。
それでも投資だけは失わずし不遜な眼差しで巨竜を見つめる。
「GYEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAaaaaaa!!!」
巨竜はその視線を嬉しそうに受け止め、攻撃の狼煙を上げる。
刹那、巨竜の姿が掻き消る。そしてウルの肩口から腰までを刃物で斬りつけられたかのような鋭い斬撃が襲った。
「ガッ……!?」
何が起きたかを認知する間もない一撃。振り返れば巨竜が腕を振り切ったら体制で立っている。
決して浅くはない傷を受け、ウルは方膝をつき、冷や汗を流す。
巨竜はその程度かと言うようにどこか愛嬌のある仕草で首をかしげる。
それはウルの闘志に火をつけるには十分だった。
ウルは闘志だけで立ち上がり、不屈を訴える。
右手はもう使い物にならない。それでもウルは巨竜の向かって駆ける。
「あああああああああああああああああああああああッッ!!」
ウルは不可視の攻撃を今まで培ってきた闘争の勘だけですべて躱し、隙あらば無詠唱魔法をぶつけ、小太刀で斬り込む。
確かにこいつの攻撃を2、3発受けたらもう立てないだろう。しかし食らわなければどうといことはない。
ウルは小太刀で竜の爪をいなし、わずかに出来た安全圏に身を捩じ込む。
「u──OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
攻めきれないことにイラついたのか、巨竜は咆哮をあげ、衝撃波でウルを攻撃する。
衝撃波を食らい、バランスを崩したウルの頭を喰らおうと、巨竜は巨大な顎を大きく開けて噛みついてくる。
(躱せない!)
ウルは瞬時に回避が不可能だと悟り、巨竜の上顎と下顎の間に右腕を挟む。
短刀のような鋭い牙が肉を貫き、骨を断ち切る。だが、それでも一瞬は時間を稼げた。
その隙にウルは巨竜の顎から身を躱す。その代償に右腕の肘から下をすべて失いながらもなんとか死は免れた。
(どうする……このままじゃじり貧だ……)
相手は間違いなく遊んでいる。一方こちらは全力だ。それなのに防戦一方を強いられている。
なんとかこの状況を打開しなくては。
知恵を振り絞り、どうこの化け物を攻略するかと思考を巡らせた時、ウルは1つの血の後を見つける。
その傷は巨竜が口元に出来ていた。いや、傷ともいえない、アザなのだが、確かに巨竜はウルの攻撃でダメージを受けている。
何で負った傷かと記憶をたどり、答えに辿り着く。
ウルは不適に笑い、巨竜の元へゆっくりと歩み寄る。巨竜はウルの覚悟を悟ったのか、あえてウルの攻撃を受ける気のようだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ウルは拳が砕けることなど厭わず、諸刃の剣にひとしい、自壊の一撃は漆黒の巨体に深々と突き刺さっていた。
左腕だけではなく、失った右腕までも使って繰り出される乱打。
1秒間に数千発にも及ぶ拳打の嵐は、巨竜の鱗を削り、地肌を露にしていく。
そして、ウルは壊れた拳に小太刀を突き立て、そのまま渾身の一撃として巨竜の肌を切り裂く。
薄皮一枚の小さな傷だが、間違いなく巨竜の体内に刃が届いている。
(左腕もくれてやる)
ウルは持てる魔力をすべて注ぎ込み、小太刀を通して巨竜の体内に直接魔法を叩き込む。
強大な威力を持つウルの渾身の魔法は光球となり、巨峰を瓦解させ、周囲の光さえもねじ曲げる。
当然、全魔力を攻撃に使っているので、ダメージ事態は巨竜よりも、ウルの方が大きくなる。だが、この攻撃を食らって巨竜も無事なはずがない。
(ここで死ぬのか?)
ウルはそんなことを考える。
一瞬、それも悪くないかもと思うが、直ぐに心のなかに押し止めているどす黒い感情が沸き上がる。
この程度で死んでたまるか。と自分に言い聞かせる。
その思いを胸に、自ら作り出した光球に飲まれていく。