ウル達がこの海岸に着いてから1週間後、ついに人族領と森族領を繋ぐ橋ができる。
その道は幅1km程で海抜-50mくらいの場所に位置していて、途中までは岩と砂の道だが、そこから先は森族領だと言うように木々が生い茂っている。
「ここまで水が引くんだね」
「今は世界樹が一番多く海水を吸い上げる時期じゃからな」
リューはそう言いながら水や藻で滑りやすくなっている坂を軽い足取りで下りていく。
そして、一番下まで行くと何かを確認するように地面に耳を付ける。
「ふむ、どうやら少し急いだ方が良さそうじゃな。世界樹がストレスを感じているのか水を吐き出すスピードが早い」
「どれくらいだ?」
「そうじゃの……4日……いや3日じゃの」
世界樹が取り込んだ水を全て吐き出すまでの時間はその時の世界樹の状態によって変わる。
ウル達は休息も程々にペースを早めて森族領を目指す。
途中で世界樹の恩恵を受けた貴重な動植物に遭遇したりもしたが、観察などはせずに無視して進む。
そうやって急いだため、海水が膝より少し上なったくらいで森族領にたどり着けた。
「ここが森族領ですか……世界樹があるためか神聖な空気ですね」
「そうですね。しかし、マスターの体に障りませんでしょうか?」
ジブルは吹き抜けるそよ風を感じながらそう言うとイーが賛同しつつも、ウルのことを気にかける。
世界樹は魔を祓い、清めをもたらす。つまり、魔族の血が流れているウルには悪影響になる可能性があるのだ。
しかしウルとしては普段感じている負の気配が薄まって、むしろ楽なくらいだ。
「マスターに害がなければ問題ないでしょう」
ここの神聖な空気は魔族の力が強ければ強いほど影響が大きくなる。
ウィズやウィラも魔族の血を引いているが、ウルに比べたら弱小魔族なので二人に影響はないと言っていい。
「さてと、いつまでも浜辺にいるわけにもいかぬ。そろそろ森に入るとするかの」
軽くウル達の状態を調べて、問題ないと判断したリューは浜辺のすぐ先にある森に足を踏み入れる。
「ここも光を通すんだね」
シャルロットは頭上に生える葉を見上げながらそう言う。
世界樹は遠くから見ても葉が透けていて、日光を遮らないことは分かっていたが、辺りの木々は普通の木と変わらなかった。
しかし、実際に森のなかに入ってみると、こちらも光を通していた。
「この大陸の植物は奪い合いをせぬからの。太陽の光や世界樹から漏れ出る栄養なども全て均等に分かち合う」
その為に他の植物の成長を妨げない進化をしているのだとリューは言う。
「この大陸におる生物はみな共存を掲げておるからの」
「リーネの話を聞いてる限りそんな風には思えないんだがな」
リーネのいた里はリーネを迫害し続けた。共存を掲げているならリーネに手を差しのべる者がいてもおかしくないはずだ。
「まぁ、時が経てば志など忘れるものじゃからの。今の森族は共存を掲げている気になっているだけじゃ。このままではやがて自然との共存さえも出来なくなるじゃろう」
実は真の意味での共存を掲げている森族などもう皆無なのだ。
「これお前様、殺気が漏れておるぞ」
ウルはリューに言われてハッとする。
リューが肯定したことによってウルは少し苛立ちを覚えていた。
森族達がどのような思考を持っていてもウルには関係ないのだが、なぜか気に障ったのだ。
ひとまずウルは殺気を抑え、心を落ち着かせる。
「落ち着いたか?」
「ああ、問題ない」
「では進むとするかの」
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「罠じゃな」
リューは足を止めて足下に張られたワイヤーを発見する。
ウル達が森族領に入ってから既に1週間が過ぎたが、森族の痕跡が見つかるのはこれが初めてだ。
「近くに森族の集落があるんでしょうか?」
「ふむ、見た感じだと無いんじゃがな……見落としでもあるのかの?」
この罠はワイヤーを引っ張ると音が鳴り獲物の位置を知らせるためのものだ。里から離れすぎた位置に設置する罠ではない。
「念のため道を変えるとするか」
リーネは闇森族だ見つかればその存在があっという間に広がるだろう。
もちろんリーネの存在を知られればリーネの生まれた村を探すのは容易になるが、他の森族達がリーネを殺そうと襲ってくるだろう。
無駄な戦闘を避けるためにウル達は進路を変える。
「これは……上手く気配を隠しておったな。ここまで近付かねば分からんかったわい」
その後も何度か罠を見つけては道を変え進んでいたが、不意にリューが立ち止まりしてやられたとばかりに肩を竦める。
「お前様、客人じゃよ」
リューはそう言うと茂みの奥から体が痩せ細り、腰が曲がって杖をついている一人の老婆が出てくる。
一見するとひ弱そうな老婆だが、能力値は3万ほど。
高位森族だ。
「そう警戒しなさるな救世主様よ。ワシは貴方の敵ではありませんぞ」
ウルの警戒を解こうと話しかけてくる老婆だが、その言葉は逆にウルの警戒心を高める結果になった。
今この老婆はウルのことを救世主と呼んだ。ウルは確かに救世主としての使命を受けているが、そんな事を知っている者は滅多に存在しないはずだ。
「どうかワシ等の村に来てはくれませぬか?歓迎の用意は出来ておりますので」
「まるで俺達がここに来ることを知っていたみたいに聞こえるが?」
「それについてもゆっくりとお話いたします」
否定はしない。この老婆はウル達がここに来ることを知っていた可能性がある。
もしそうならウル達にとっては不味いことだ。
騒ぎになっていないので正体まではバレていないか、あるいは一部の者にまでしか知られていないのか。
どちらにしろどこまで知られているのかを知る必用はある。
「分かった」
「では案内いたします」
老婆はそう言うとウルに背を向け歩き出す。
杖を突いている割には足取りはしっかりしていて隙がない。
かといってウル達を警戒しているわけでもなく、あくまで普段通りなのだろう。
「着きましたぞ」
「何もないぞ」
老婆は立ち止まったのは村どころか建物ひとつないただの道端だった。
「お前様よ、よく目を凝らせば見えるぞ」
やはり何か企んでいるのかと周囲に目を光らせていると、リューが老婆の立っている辺りを見つめながらそう言ってくる。
リューの見ている場所を注視するとうっすらと空間が歪んでいるのが見える。
「エルフが自分の里を護るために結界を張ることはままあることじゃ。しかし……儂でも注意しなければ見逃すほどのとはの」
リューは先ほど老婆の気配を察知できなかったため、本腰を入れて辺りを警戒していたから見つけれたが、気を抜いていた状態ならば見落としていた。
「ここは最も古き森族の里。結界も最も強い物ですので」
特に自慢するわけでもなく老婆は結界の中に入っていく。
「攻撃型の結界ではないようじゃな。入っても問題なかろう」
森族の結界には2種類あって、1つは里を隠すためだけの結界。もう1つは決壊に触れた者を排除する結界。
リューは軽く結界に触れて前者の結界だと判断してから結界を通り抜ける。
それに続いてウルも結界を越えるが、そこで見た光景に目を丸くして立ち尽くす。
そこには黒髪赤目の子供達や頭から角を生やしている亜人、ハーフエルフ達がエルフと共に生活していた。
「これは……」
「ここがワシ等の村、ドローグです」
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「森族の人ってお肉も食べるんですね。なんだかお野菜とかしか食べないイメージだったんですけど」
「たしかにワシ等は好んで肉を食べることはありませんが、全く食べないというわけでもありませんので」
リリスが目の前に出された料理を見て呟くと老婆は孫と接している時のような穏やかさで説明する。
先ほど呆気にとられて固まってしまったウル達だったが、老婆が話をすると言うので気持ちを元に戻している。
「お前は俺達がここに来ることを知っていたのか?」
ウルが急かすように問い詰めると老婆はにっこりと微笑み話始める。
「知っていたか知らなかったで言えば知っていました」
「どうやって知ったんだ?」
「ワシには少し特別なスキルがあります。"神託"と言って未来や過去の事を知ることができるのです」
「私のいた次元から稀に知識を引き出せる能力ですね」
老婆の説明にアルリアがこっそりと耳打ちしてくる。
アルリアは世界の始まりから終わりまでの筋書きを知ることができる。
そんなありとあらゆる情報が漂っている次元にアクセスできる能力なのだそうだ。
「それで二月前に近々ここに救世主様が来られると知り、お待ちしていた次第です」
「救世主とはどういう事だ?」
ウルは少し探りを入れてみる。
「はい。その時受けた神託はこの村に破滅か救済をもたらす方が来るとされてましたので救世主様とお呼びさせてもらっております」
「仮に俺達が救世主だったとして、何から救済するんだ?」
「それはワシにも分かりません」
ウルはどうしたものかと考え込む。
この様子だとウル・ラグナルだとはバレていないようだが……
「この村はどういった村なんだ?」
ウルは最悪の場合はこの村ごと消す必要もあると考え、情報を集める。
老婆の話を聞いている間にもこの村の住人の数、森族や亜人、人族の数などを数えていく。
驚くべき事に、この村は400人ほどしか住んでおらず、半分以上は純血の森族ではない。
「ここにおる者の大半は何らかの事情でアインワイドに逃げてきたもの達です」
「魔族の血を引いた者もかなりいるみたいだが?」
「ワシ等の森族の信念は共存ですぞ。他の種族を受け入れなくて何が共存でしょうか」
老婆ははっきりと共存と言う。
これは森族が忘れているモノのはず……
ウルは少し深呼吸して顔つきを変える。
「分かったこっちも真剣に話し合おう」
だからその芝居を止めてお前も真剣に話せと。
「気付いておったか、抜け目ない小僧じゃ」
すると老婆は穏やかな表情から一転、鋭い目でウルを見つめ、常に策を練っている賢者の顔になる。
この老婆は最初からウル達に気を許してはいなかった。ここまで丁重に接していたのはウルを真剣な話し合いの場に連れ出すために情報を与えていたにすぎない。
「さて、おんし等は何が目的でアインワイドに来た?」
「言う必要があるのか?」
「別に言わんでも構わんが、いいのか?目的を隠すと言うことは目的を知られたくないのだろう。ワシ等がおんし等の情報を流せばどうなるかの?」
「それは宣戦布告ってことでいいのか?」
ウルと老婆は牽制しあい、相手の腹の内を探ろうとする。
「おんし等はこの村の救世主かもしれんが、破壊者かもしれん。この村に火の粉が降りかかるのなら、その前に火種を消さなければならん」
老婆は僅かに体を浮かせ、いつでも戦闘に突入できる体勢をとる。
ウルも殺気を放ち臨戦態勢に入る。
「もう一度聞くぞ、おんし等は何者だ?何が目的でアインワイドに来た?」
「答える気はない。それよりもなんでお前は俺達がここに来ることを知っていた?お前に"神託"何て力はないようだが?」
張り詰めた空気が広がり、どちらかが動きを見せれば直ぐに戦闘になるだろう。
「まっ、待ってお母さん!!」
一触即発の戦場に幼い制止の声が割り込んでくる。
見ればリーネよりも年下の女の子が泣き出しそうな表情でこちらを見ている。
「ごめんなさい!あなたを騙すつもりはなかったんです、ただ私があなたと直接お話しすると怒らせてしまうかもしれなかったから」
そしてウルの方に駆け寄ってくると頭を下げて謝ってくる。
その姿に毒気を抜かれたウルは腰を下ろし、もう一度話し合う姿勢を見せる。
それに倣って全員が戦闘体勢を解除する。
「その子が俺達がここに来るって知っていたのか」
「出来れば隠しておきたかったんだがの……そうじゃ」
老婆は幼いエルフの少女を抱き締めながら話を続ける。
「この子はシュビィー、おんし等がここに来ると神託を受けた子じゃ」
「高位森族じゃないのか」
ウルは"神眼"でシュビィーのステータスを盗み見ると能力値は800程しかなかった。
「この子は稀有なスキルを持っておるだけで、普通の森族だよ」
「だからお前が神託を受けているってことにしているのか」
「そうじゃよ。この子は非力だからの……この子の力を利用しようとするものも多いしの」
ウルはなるほどと納得する。
こんな子が未来を見通せる力を持っていれば悪用しようとする輩も当然いる。
そこで高位森族であるこの老婆が神託を受けているということにして、この子を護っているのだろう。
「その子は元々ここの村の子供じゃないのか?」
「左様、この子は2年前くらいにここに逃げてきた子じゃよ」
「じゃあこの村にいる亜人達も」
「人族領から逃げてきてここにたどり着いた者やその子孫じゃよ」
森族だけではなく、魔族の血を引く者さえ受け入れる。この村は本当に共存を目指しているようだ。
そしてそんな村であることをこの老婆は誇りに思っている。だからこそこの村を破滅させる可能性のあるウル達を真剣に見極めようとしているのだ。
「ひとつ質問なんだが、もしここに闇森族の子供が来たとしたらどうする?」
ウルはちらっとリーネの方を見てから老婆に尋ねる。もしここでリーネの子とを知ったとしたらこの村はどう動くのかそれを知るためだ。
「悪いがこの村に入れるわけにはいかんな」
「そうか」
老婆の回答にウルは興味をなくした様子で適当に流す。
共存を掲げていながらそんな事さえもできないのかと失望さえ抱く。
「じゃが、できることなら迎え入れてやりたい。闇森族などまともな扱いを受けておらんだろう、そんな子ほど手を差しのべたいのじゃが……ワシの力ではこの村を護りきれんほどの敵を作ることになってしまう」
心では助けたいと思っていても、この村を護るためには切り捨てなくてはならない。
それが一個人にできる限界だと割りきるしかない。
しかし、そう言う老婆の顔は悔しそうに歪んでいた。
「そんな経験があるのか?」
「数年ほど前に1人だけの。その子の顔を見てワシは手を差しのべたいと思ったのじゃが、村の者と秤にかけて無視した」
その子の辛そうな顔が今でも頭に浮かぶと懺悔するように言う老婆の言葉に偽りはなかった。
「俺達にこの村を破滅させる気はない」
「では」
「かといって救うつもりもない」
ウルは今までの話を聞いてこの村には関わらない事に決めた。
救済も破壊ももたらさない。
「ふむ、それが一番この村のためかの」
老婆もウルの答えに納得する。
関われば半分の確率で破滅がやって来る。ならば関係を持たなければよい。
「引き留めてすまんかったの」
「気にしてないさ」
そのやり取りを最後にウルは立ち上がり、老婆の家から出て村の出口に向かう。
「嬉しそうじゃのお前様」
「そうか?」
「そうじゃよ」
その途中でリューに無自覚で笑みを浮かべていたことを指摘される。
確かに今は気分が良い。
恐らく老婆が言っていた闇森族がリーネの事だからだろう。
リーネの事を少しでも思ってくれる者がいる、それだけでもアインワイドに来た甲斐があったかもしれない。
「あ、あの!」
珍しく物思いに耽っていると、背後から追いかけてきていたのか、シュビィーが呼び止めてくる。
「少しお話してもらえますか?」
シュビィーは必死そうにこちらを見ている。
かなり緊張しているのか足が少し震えている。その様子を見てウルはこの子は自分に殺される可能性がある事を分かった上で話しかけてきているのだと見抜く。
「私しか知らない秘密の場所があります」
シュビィーはそう言うと村から出て小川を越え、洞窟を抜けた先にある花畑にウル達を案内する。
世界樹の恩恵を強く受けているのか、様々な季節の花が枯れることなく咲き誇り、体が一番リラックスできる温度を保っている。
「私、このお花畑が好きなんです」
草花を踏まないように歩きながら歌うように言うシュビィー。
それはまるで死に逝くものが最後に目に焼き付けようとしているようにも見えた。
「どこまで知っている?」
「あなたがウル・ラグナルさんって事とあなたの仲間に闇森族の女の子がいるって所までです」
ここに来た影響で恐怖心が和らいだのか、シュビィーはウルの目を見て知っている内容を話す。
「その事は他の誰かに?」
「言ってません!」
さっきの老婆や村の住人達の様子からシュビィーがこの事を口外していないことは分かっていたが、一応確認のために訊くとシュビィーは慌てて否定する。
その様子がおかしくて軽く微笑みながらシュビィーの頭を撫でてやる。
「それで、何で俺たちを招いたんだ?」
あの老婆は出来ればウル達に関わりたくなかったはずだ。それなのにウル達が来るのを待っていた。
多分この子がそうしてくれと説得したんだろう。
「私が神託を授かった時にあなたの過去も知ったんです。私もその……他の人たちに襲われ続けてましたから。それで私はいつも怖くて逃げてばっかりで……でもあなたは私より苦しい目に遭っても逃げないで戦ってた。だからあなたは私の憧れの人だったんです」
ウルが自分の境遇に近い者に自分を重ねたように、シュビィーもウルに自分を重ねたのだ。
どんなに苦しくとも抗い続けるウルに憧憬を抱いた。
だからどうしても会って話がしたかったのだ。
「あなたは世間で言われているほど悪い人じゃない、もしそうなら私はもう殺されてます。だからお願いがあります」
シュビィーは姿勢を正してウルの正面に立つ。
「私とお友達になってくれませんか!?」
想定外の提案にウルは少し戸惑う。自分の正体を知った上で友達になってくれなど言われるとは思っていなかったのだ。
シュビィーはシュビィーで告白でもしたかのように真っ赤になって固まっている。
「あっ、あの!別に今すぐに返事してもらわなくて良いので!その代わりまたここに来てください私は待ってますから!!」
しばらく変な空気が続いた後、シュビィーはウルの小指と自分の小指を絡め、指切りをするとそのまま村に帰っていく。
ウルは小指だけ立てた状態でどうしたものかとため息をつく