「瘴気が濃くなってきたが、調子はどうじゃ?」
人族領の遥か上空を飛びながらリューがこちらの体調を気遣ってくる。
少し前から魔族の影響下にある領域に入ったのだが、その影響で周りの空気に瘴気が含まれてきた。
瘴気―――魔族の力の源で、人々の不安や恐怖、絶望など感情が凝り固まったもの。
負の感情に敏感なウルにとっては天敵ともいえる代物だ。
「世界樹のお陰で今は変なことにはなっていない」
普段のウルならば負の感情を体に溜め込み、危険な状況になっていたかもしれない。
だが、事前に邪を払う力のある世界樹と交わった事で"瘴気耐性"を得ていた。
そのお陰でウルに然したる変化はない。
もっとも、多少の感情は溜め込んでしまっているが……
「ウル!」
自分の調子を確認するように右手を開いたり閉じたりしていると、突然シャルロットが叫ぶ。
ウルはサッと起き上がり、彼女の指差す方を見る。
そこには火山が噴火したのかと思うほどの黒煙が立ち込めていた。
この煙が自然の物でないことは、一緒に漂ってくる火薬や
「ウル、少し下の様子を見て良いかい?」
只事ではないと判断したシャルロットはウルに許可を求める。
シャルロットはウルの側にいながら人族の事を想っている。
それを知っているウルはあっさりと頷いた。
何かあっても手を出す気はないが、好きにしたら良いと。
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煙の出所はかなり大きな街だった。
城らしきものが見えるので、もしかしたら大国の首都だったのかもしれない。
「これは……酷いね……」
シャルロットは目の前の惨状に目を逸らしたくなった。
あちこちに体が引き裂かれた死体が転がり、無理やり犯されたであろう女は虚ろな目をしてブツブツとおかしな言葉を口走っている。
人族には戦争に関する決まりが存在している。
全ての国がこれに遵守しているわけではないが、ここまで敵国を踏みにじる国は聞いたことがない。
戦争とは土地や富を奪うためにするものだ。
戦利品を壊してしまっては意味がない。
ガシッ
生存者を探して歩き回っていたシャルロットの足を誰かが力無く掴む。
慌てて下を見ると、下半身が潰れ、夥しい量の血を流している兵士が最後の力を振り絞ってシャルロットに何かを訴えようとしていた。
「やつ……らを……とめて……くれ……あの国は……あいつらと繋がっている……」
「あいつら?それよりも何が有ったんだ!?」
少しずつ目から光が失われている名も無き兵士と、状況が飲み込めずに混乱するシャルロット。
「黒龍に……乗った魔族だ……あの国……エリュシアは……魔族と共謀している……」
「おい!?君!!」
兵士はそこまで言うと、遂に事切れ動かなくなる。
シャルロットは痛ましげな表情をして頭を振る。
もう手遅れだ。
「ッ!?」
ゾクッ!!
そこでシャルロットは背筋が凍るような悪寒を味わった。
全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出る。
この感覚は何度か体験したことがある。
ウルが本気で殺気立った時だ。
「ウ、ウル?」
恐る恐るウルの方を見ると、ウルは全ての感情が削ぎ落とされたような表情をしていた。
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「は~」
ウルの殺気に呑まれること数分。
ウルがようやく殺気を抑えた事でシャルロット達は大きく息を吐く。
「急にどうしたんだい?」
なんとか落ち着きを取り戻したシャルロットはウルに豹変の理由を訊ねる。
「…………」
しかし、ウルは答えない。
シャルロット達を気遣って殺気を外に出さなくしただけで、内心は落ち着いていないのだ。
「主様の母親を殺した者は黒龍を使役する高位魔族だったのじゃ」
質問に答えないウルの代わりにリューが説明する。
「儂等はその高位魔族を目指して移動しておった。そこにさっきの兵の話……主様が殺気立つのも無理はない」
仇の魔族らしき影を掴んだ。
それだけでウルは戦闘体勢に入ったのだ。
「……ウル。暫くは歩いて情報を集めないか?」
シャルロットはウルに提案する。
さっきの兵士の言葉が正しければ、エリュシアは魔族と取引をしているらしい。
エリュシア国―――魔族の進行を食い止めているはずの人族領でも屈指の大国だ。
直ぐに真偽を確かめなければならないが、果たしてウルの反応は?
「どんな些細な情報でも俺に届けろ」
冷たい、底冷えするような声音でウルは許しを与える。
これに頷いたシャルロットは地図を取りだし、何かの魔術を使って現在地を特定する。
「近くにギルドの支部があるのはこの国だな」
しばらく地図とにらめっこしていたシャルロットだが、おもむろに立ち上がり次に行くべき目的地を定める。
まずは情報の確認が重要だ。
ここいらの様子や魔族の進行状況などを詳しく知る必要がある。
一番手っ取り早いのは、やはりギルドの情報網を頼ることだろう。
ギルドは国という枠組みを越えて人族のために機能する組織だ。
ギルドには人族領で起こった大小様々な情報が届けられる。
もっとも、意図的にギルドに知らされないこともあるが、大体の情勢は把握できる。
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「エリュシアは人族領でも最大クラスの国力を持つ国だ。あらゆる周辺国と政略婚を繰り返して力を蓄え、軍の練度も他の国と比較になら無い」
シャルロットは道中、エリュシア国の説明を挟む。
「只でさえ強大だった国なんだけど、現国王が即位した辺りから急速に勢力が拡大したんだ」
具体的には領土は3倍以上になり、兵の平均能力値も700以上と中小国では太刀打ちできないほどだ。
「しかも、この国王はひどい女好きで、国力の差を良いことに周辺国の姫や貴族の娘を強引に自分の後宮に入れてるそうだ」
シャルロットは少しだけ嫌悪感を露にしながら説明を続ける。
一代でここまで国が発展することは歴史上、例がなかった訳ではない。
しかし、伝え聞いたエリュシア国王の器量ではまず不可能だろうというのがシャルロットの見解だ。
「だからエリュシアには黒い噂が付きまとっているんだけど……それを周りが口にすることはできない」
そんなことをすれば、それを口実に攻め困れるかもしれないからだ。
「それに、エリュシアは魔族の進行を食い止めているっていう実績があるから、そこまで深刻な問題にはなってなかったんだけど……」
もしも、それが誤りで、エリュシア国自体が魔族と手を組んで国力を増しているとしたら、それは人族が一丸となって対処しなければならない大問題だ。
義憤に燃えるシャルロットだが、これが無駄な事かもしれないことも理解していた。
これだけ大きな問題を解決するなら、かなり動かなければならない。
ウルが動かずとも、シャルロットが動けば痕跡が残ってしまう。
自分に出来ることは少ないと理解しながらも、出来る限りの事はしようとシャルロットは決心する。
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「あれは?」
ギルドのある国へ向かう道中、シャルロットは不審な人影を発見した。
すぐさま視力強化の魔術を使い様子を窺う。
強化された視界は人影が明らかに異形な体型をしており、人族ではなく魔族だと分からせてくれる。
そして、その手に抱えられる人族の少女の姿も。
「あの人を助けても良いかい?」
シャルロットは反射的に行動しようとする体を意思の力で抑える。
助けたい気持ちはあるが、ウルの許しがなければならないと分かっているのだ。
ウルは暫くその少女を眺めていたが、やがて目を閉じてシャルロットの行動を黙認する。
「フッ!」
ウルの許しがもらえた瞬間にシャルロットは弾丸かのような早さで飛び出す。
「ぎっ?!」
20人程いた魔族達はシャルロットの接近すら気付かず、首を跳ねられ、体を細切れにされた。
残ったのは魔族の残骸と、地面に投げ出された人族の少女だけだ。
「この人……王族なのかな」
シャルロットは人族の少女の安否を確認しながらそんなことを言う。
たしかに、少女の身なりは豪華とは言えないがしっかりとしており、どこかの姫だと言われても納得できる。
この少女の名前はエレニー。
この出会いがウルに大きな影響をもたらすのだが、それを感じているものは少ない。