わたくしの国が魔族の進行に晒されたのは一ヶ月前。
もともと、わたくしの国は必要以上に兵を持たないのが信条の国だったため、魔族に対抗できるわけもなく、呆気なく首都まで攻め込まれてしまった。
わたくしの愛してやまない民と街は焼かれ、お父様とお母様は、わたくしの目の前で殺されてしまった。
あの時の恐怖と絶望は消えること無く、私の中に渦巻いている。
わたくしは思わずにはいられない。
どうして魔族と人族だからと争わなくてはならないのだろうかと。
全ての種族が手を取り合うことはできなくても、お互いを尊重し、干渉しないことは出来ないのかと。
そしたら、こんな悲劇も生まれないのに……
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目を開けると、そこは見慣れた自室の天井ではなく、生い茂った木々がカサカサと優しい音色を奏でる屋外だった。
「あ!気が付いた?」
視界がハッキリと定まらない中で、わたくしの事を気遣うような優しい声がかけられる。
「ここは……うっ!」
辺りを確認しようと頭を上げると、ひどい頭痛がする。
吐き気もして体がだるい。
「まだ起きない方がいいよ。魔法で無理やり意識を奪われてたみたいだから」
側で看病してくれる金髪の女性は、わたくしより1、2歳年上に見えた。
そして、何より特徴的なのはピンと尖った耳。
森族の血を引いている証拠だ。
「あなたは……」
「ボクはシャルロット。シャルロット・ルーシア」
シャルロット・ルーシア。
名前だけなら聞いたことがある。
人族トップクラスの戦士でオリブントのギルド長をしていたが、急にその座を辞して一人で旅に出た人物のはずだ。
こんな短期間でオリブントからここまで来れるということは、本人で間違いないだろう。
「飲める?」
シャルロットさんは暖かそうなスープを振る舞ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
お皿を受け取り、スープを口にする。
温かい。
冷えきっていた心を癒してくれるような感覚に陥る。
「何があったのか教えてくれるかな?」
シャルロットさんはわたくしがスープを飲み終えるのを待ってから訊ねてくる。
「何が……」
わたくしに、わたくし達に起こったことがフラッシュバックのように蘇り、わたくしは頂いたスープを吐き出してしまう。
「落ち着いて!」
動悸が治まらず、どれだけ息を吸っても肺が酸素を取り入れないみたいだ。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「ゆっくりと息を吸って。大丈夫だから」
シャルロットさんがわたくしの背中をさすり、気を紛らわそうとしてくれる。
それでも治まらず、再び意識を手放しそうになったところで、緑色の光がわたくしを包む。
「全く、手間のかかる小娘じゃの」
見れば一人の少女が何やら魔法を行使していた。
「さっさと何があったか話さんか」
少女などと言う儚い言葉では表せないほど強大な力を感じさせられ、わたくしは素直に今までに起こったことを話す。
わたくしの祖国が魔族に攻められたこと、わたくしの両親が魔族に殺され、無理やり拐われたこと。
「魔族が一国の姫を拐う?」
シャルロットさんは訝しげな表情をする。
「どうして貴女のご両親は殺され、貴女だけが拐われたか分かりますか?」
「いえ……申し訳ありません」
わたくしの回答にシャルロットさんはさらに複雑そうな表情を浮かべた。
「ウル、少しだけ急いで良いかな」
シャルロットさんはわたくしから一番離れたところにいる人に声をかける。
わたくしは今までその人に気付かなかったが、認知した瞬間、心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥る。
ただ怖いだけでなく、畏敬の念を送ってしまうような超常的な存在。
その人は軽く頷いた。
それだけで、わたくしは地上数千mを飛んでいた。
「シャ、シャルロットさん」
「ごめんね、質問は無しにしてくれるかな」
わたくしが乗っているのは竜の背中だ。
そんな埒外の化物を手懐けられる存在とはいったい!?
しかし、シャルロットさんはわたくしの疑問には答えてくれなかった。
それどころか、質問はしない方が身のためだと視線で訴えてくる。
わたくしはただ頷く事しかできませんでした。
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先程助けた少女は、これから向かおうとしていた国の近くにある小国の姫だと教わった。
たしか国の名前はラピックス。
平和を意味する国で、その名の通り、平和を望む国だ。
必要以上に軍力を持つことを良しとせず、基本的には外交で問題を解決しようとする。
普通ならそんな国は直ぐに潰れてしまうのだが、ラピックスは周辺国の危機に積極的に援助をしているため、支持が厚く、周辺国と持ちつ持たれつの関係を続けているらしい。
「だけど、やっぱり交渉が通じない魔族だと対抗できなかったみたいだね」
一ヶ月と言う短期間で首都まで攻め込まれたため、周辺国からの義勇軍も間に合わなかったようだ。
「何で軍を持たないんですか?」
周囲との関係を維持しつつも、軍を持っていた方が安心できるのにとリリスが口を挟む。
「わたくしの祖国は戦争の無い世界を望んでいます。そんな国が兵を持っていては平和など実現しませんから」
リリスの疑問に答えたのはエレニーだ。
彼女の先祖は人族だけでなく魔族や天族、森族とも手を取ろうとした。
おめでたい考えだが、それを実現するために出来ることをすべてやって現在に至る。
民もそんな祖国の考えに賛同してくれている。
ここで危険だからと軍を持っては今までの努力が無駄になってしまう。
ラピックスは自国を危険に晒しても、平和を望もうとする国なのだ。
それを聞いてウルは少し引っ掛かりを覚える。
興味と言うほどではないが、ラピックスやエレニーに僅かに関心を抱いたのだ。
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リューがかなり飛ばしたことで、ラピックスの首都には一時間ほどで着いた。
美しかったであろう街は殆ど壊滅していたが、生き残ったものもいるようで、仮設の医療所などが見える。
「皆さん!」
エレニーが感極まったように涙ぐみながら民の元へ走り出す。
「姫!」
「姫様!?」
「よくぞご無事で」
エレニーの姿を確認した兵士や民はエレニーにかけより、涙を流しながら無事を喜ぶ。
そして、一斉に跪き唇を血が出るほど強く噛み締める。
「申し訳ありません!我らが力不足のために……国王様とお妃様を御守りできず……この地もこのような有り様で……」
「いえ……皆様が祖国のために戦ってくれたことを……我が父も喜んでいることでしょう。それよりも……皆様が生きていてくれてよかったです」
悔しさに肩を震わせる兵士達に、エレニーは涙を飲み込んで労いの言葉をかける。
「エレニー王女。ご無事でしたか」
その場所に少し場違いな男が割り込んでくる。
その男とお付きの兵だけは綺麗な成りをしていて、明らかにこの国の者ではない。
「ギルフォード卿!どうして貴方がこちらに?」
「いえ、ラピックス国が魔族の進行を受けたと聞いて援軍の申し出に参ったのですが……」
ギルフォードと呼ばれた男は辺りを見回し、悼ましそうに顔を曇らせる。
「ギルフォード卿……たぶんエリュシア国の使いだね」
そのやり取りを遠くで聞いていたシャルロットがこっそり耳打ちしてくる。
「我が国王はラピックス国とより友好を深め、貴国の危機に全力で支援したいと申しております」
ギルフォードの口調にエレニーは顔を曇らせる。
エリュシア国王はひどい女好きで有名だ。
無条件で手を差し伸べることなど無い。
「つきましては、エレニー王女と婚姻を結び、同盟の礎にしたいと考えております」
「それは……」
「我が国の援助無くして復興は難しいかと。エレニー王女には聡明なご判断を期待したく」
言葉に詰まるエレニーに追い討ちをかけるようにギルフォードが捲し立てる。
「一日だけ時間をください。父や母を失ったばかりでわたくしも混乱しております」
「これは、失礼いたしました。では明日の朝にまた御伺いさせていただきます」
ギルフォードは深々と頭を下げてその場を立ち去る。
残されたのは悲しげな表情をするエレニーとその民達だけだ。