ベジャミン・ギルフォードは有能な男だと自負している。
今回も国王の望みを叶えるべく、脳内お花畑の国に使者として出向くくらいなのだから。
「あの女、条件を呑むと思うか?」
背後に控えていた兵が、敬意も何も籠っていない口調で話しかけてくる。
「呑むだろうな。仮に呑まなかったとしても、あの女のたどる道は1つだ」
ギルフォードはお付きの兵の言葉遣いに苛つきながらも事務的に答える。
コイツらには何を言っても無駄なのだ。
「それにしても、貴様らの仲間は無能ばかりだな。あの女を取り逃がすなど」
ギルフォードは唾でも吐きたそうな顔で連れの兵士を罵る。
ギルフォードがここに来たのは同盟の通達をするため。
しかし、それはエレニーがいないことが前提だった。
彼女を魔族から救い出すことを条件にラピックスの国民にエリュシア国を傀儡に仕立て上げる予定だった。
それなのに、無能どもは娘を取り逃がしてした。
仕方がないので、婚姻を結ぶことで援軍を出すと言う条件を出したが、これでは大した利は得られない。
「やはり、この国は消えてもらう方がいいか」
ギルフォードとそのお付きの兵達は薄く冷酷な笑みを浮かべる。
「やっぱり、エリュシア国が魔族と繋がっているって情報は真実だったんだね」
エリュシア国民が怪しくほくそ笑んでいると、背後から冷たい声がかけられる。
バカな!?
ギルフォードは焦った。
この辺り一帯は人払いの魔法をかけている。
自分達以外にこの場に来れる者などいないはずだ。
「なんのことでしょう?」
ギルフォードはとりあえず、正体不明の客人に対して平静を装う。
まだ、エリュシア国と魔族が繋がっているってという決定的な発言はしていない。
「無駄だよ。君の配下……魔族だよね」
「……」
その発言にギルフォードと配下は戦闘体勢に入る。
どうやって知ったかは分からないが、配下が魔族だと見抜かれた。
「知らなければ長生きできたものを」
ギルフォードは寧ろ哀れむような目を向ける。
きっとこの少女はエレニーを救った旅人の一人だろう。
義侠心かは分からないが、この国を救うため怪しい噂のある自分達をつけてきたのだろう。
「出来るだけ素早く殺しなさい」
ギルフォードはお付きの魔族に命令して、違和感を感じる。
いつまでたっても後ろの魔族達が動き出さないのだ。
「何をしているのですか」
苛立ち混じりに後ろを振り向く。
すると、そこには首から上が切り離された魔族達が、みるみる広がり行く血の海に沈んでいた。
「へ……?」
何が起こっているのか分からなくて、間抜けな声を出した直後、ギルフォードの世界がぐるりと回転した。
な、に……?
何が起こったのか分からない。
そのまま、ギルフォードは首を切断されたことに気付かないで生涯を終えた。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
エレニーは倒壊していなかった宿屋で最高級の場所に案内されていた。
王宮の自室に比べたら手狭な印象を受けるが、こんな状況下で一人用の部屋を用意してもらえること自体、民から慕われている証拠だ。
「わたくしがフィリップス王の元へ嫁げば、この国の皆さんの安全は保証される……」
そんな民達の事を思って、エレニーは迷っていた。
王族に生まれた以上、いつかは殿方と結婚し、子を成したりもすると思ってはいた。
しかし、よりにもよってフィリップス王の元に嫁がなくてはならないとは……
かつてフィリップス王と同席したときの事を思い出して、エレニーはゾクリと体を震わせる。
あの、女性を欲望の捌け口としか思っていないような色欲にまみれた目で値踏みされた感覚は今でも忘れられない。
おそらく、フィリップス王に嫁いでも、女としては扱われないだろう。
「わたくしが……我慢すれば……」
自分に言い聞かせるように、何度も繰り返し、決心を固めていく。
「そうやって貴女は自分を殺して生きていくんですか?」
「きゃっ!?」
突然、部屋の入り口の方から声をかけられて、エレニーは慌てて
「隠さんでよい。お主が魔族の血を引いていることくらい、既に知っておる」
その言葉にエレニーはビクッと肩を震わす。
そして、恐る恐る
「どうして……わたくしが魔族の血を引いていることを」
魔族と人族の混血が必ずしも黒髪赤目になるとは限らない。
その結果、魔族の血を引く者が平穏に暮らすこともなくはない。
おそらく、先祖の誰かにその類いの亜人がいたのだろう。
それだけなら問題はなかった。
しかし、エレニーが14の時に異変は起こった。
突如として能力値が跳ね上がり、両目が赤色に変色したのだ。
ウルの先祖のグローダが高位天族としての力を取り戻したように、非情な先祖返りが起きたのだ。
以来、エレニーは魔術で目の色を変え、周囲にこの事がバレないように必死で隠してきた。
それなのに、出会って数時間の人達に簡単に見抜かれた。
「ボクたちは特殊なスキルを持っていて、相手を見るだけで種族や能力値、スキルなんかを知ることができるんです」
秘密を知られたことに怯えるエレニーに対して、シャルロットは優しく説明をする。
「あ、貴方達は一体……何者なんですか?」
一度は止められた質問。
それを再びせずにはいられなかった。
いまエレニーの目の前には、魔族の血を引く子供や森族の少女、4枚の機械の翼を持つ天族らしき存在や、本物の翼を持つ天族、そして闇森族や竜の亜人までいる。
「俺は、ウル・ラグナルだ」
その集団の中心にいる人物に目を向けると、耳を疑う名乗りが返ってくる。
「ウル……ラグナル……」
その名前を人族で知らない者はいない。
かつては人族を率いて魔族と戦った勇者の末裔で、忌むべき魔王の子孫だ。
「でも……ラグナルの一族は潰えたって……」
少し前にウル・ラグナルが死んだというニュースが人族領中に広まった。
混乱と怯えが入り交じった表情でエレニーはウルを見る。
「俺の名前を明かしたのは、取引を持ちかけるためだ」
ウルはそう言って、ゴロンとギルフォードとその部下の魔族の生首を床に転がす。
「ギ、ギルフォード卿!?」
「コイツらは魔族と共謀して国を襲い、女を集めていた」
慌てるエレニーに対してウルは淡々と説明を続ける。
「俺はコイツらの後ろに付いている魔族に用がある。そいつを誘き出すためには手っ取り早く戦場を作った方がいい」
「わたくし達にそれを手伝えと」
「そうだ。ついでに邪魔な国を滅ぼしてやってもいい」
エレニーはウルの言わんとすることが分かった。
ウルはエレニーにエリュシア国と戦争をしろといっているのだ。
魔族を誘き出す餌になる代わりに、無理をしてフィリップス王に嫁ぐ必要はなくしてやると。
「出来ません!仮にエリュシア国に勝てたとしても、周辺国が黙っていません」
弱小国のラピックスが大国のエリュシアに勝つ。
それは不可能であり、周囲が納得するとは思えない。
エリュシア国が魔族と共謀していたと主張しても、そんな化け物にどうやって勝ったのか問い詰められる。
最悪の場合、ラピックスこそが魔族と組んでいるのではないかと疑われかねない。
「もしお前達が望むのなら、その後も守ってやってもいい」
「出来るわけがありません」
ウルが言っていることは、全人族を敵に回すと言うことだ。
いくら魔王の血を引いているとはいえ、一介の人間に出来ることではない。
だが、ここで竜の亜人から水晶が手渡される。
何て事はない能力値鑑定用の水晶だ。
「これは?」
どういう意味で手渡されたのかと思い、竜の亜人を見ると、ウル・ラグナルの方を顎で指す。
ウルの能力値を測れということらしい。
「16万5000!!?」
エレニーは驚きのあまり、水晶を落としてしまう。
能力値が16万を越えるなど聞いたこともない。
ウルがその気になれば、人族を―――いや、世界を滅ぼすことすら容易だ。
「これで分かったじゃろ?我が主様の庇護を受ければ、この国は助かる」
「で、ですが……無条件と言うわけではありませんよね」
この短い間で、エレニーはウルがそんな甘い人間ではないと理解していた。
それ相応の条件が出されるはすだ。
「お前と、お前の民すべてが俺と奴隷契約を結べ」
ウルの口から告げられた代償は、エレニーの予想の遥か上をいくものだった。
「これは破格の取引じゃぞ。主様の奴隷となるだけで、この世界の破滅から救ってもらえるのじゃから」
そう言って竜の亜人はウル・ラグナルの状況を詳しく説明する。
ウル・ラグナルがこの世界の破滅を回避する救世主の役割を持っていたこと、今はこの世界を救うか救わないかを見極める為に旅をしていること。
全てが壮大すぎて、普通なら信じられない内容だった。
しかし、エレニーは驚くほどすんなりと説明を受け入れれた。
「明日の朝まで時間をやる。それまでに答えを出すんだな」
「待ってください!どうしてわたくしの国を救ってくれるんですか?」
「お前が……お前達が全ての種の平和を望んでいたからだ」
ウルはそれだけ言うと、部屋を去っていく。
残されたエレニーは寝ることもできず、約束の時間になるまで一人で悩み、考えていた。