6つ目の要がある場所は城塞ではなく、開けた荒野だ。
遠くからでもはっきりと目視できる巨大な石が、大地に深々と撃ち込まれていた。
地上に出ている部分だけでも優に10mはあり、今までの要石と比べてもかなり大きい。
「この大陸の大きさからして、ここが龍脈の中間じゃろうな。他より念入りに封をしておる」
リューは少し目を細めながら続けた。
「少し警戒したほうがいいかもしれんの……前回の奴は高位化している者の中では上位の方じゃった。龍脈が強くなる真ん中以降より先に手駒を使い切るとは思えん」
相手が多少強かろうが弱かろうが関係ない。
ウルの脅威足りえるのは魔王ソフィアだけ。
それはそうとしても、何か仕掛けてくるならここからだ。
警戒するに越したことはない、と言う。
そうやって気を引き締めて要石に向かうと、当たり前だが、番人の魔族がウルを待ち構えていた。
それを見てウルは意外に思う。
「思ってたのと違うな」
裾が地面に付くほど長い黒のローブを羽織って、フードを目深に被っており、肌を殆ど露出させていない。
まるで見られたくないと姿を隠しているように感じる。
そしてウルに気付くなり挙動がおかしくなり、おどおどとしだす。
どう考えても、これからウルと戦おうとしてるようには見えなかった。
「どっちでも関係ないか」
相手の反応が演技だろうが本心だろうが、邪魔をするなら倒すだけだ。
ウルが戦う意思を見せた瞬間、相手の魔族はローブの中の顔を悲痛そうに歪めた気がした。
まるでこれから起こる最悪の事態を受け入れたくないように……。
「くっ……あああああああっ!」
ウルが攻撃の動作に入るより一瞬早く、相手の魔族が胸を押さえて倒れ込み、悲鳴とともに踠き苦しみだし、地面をのたうち回る。
だが、そんな事はどうでもいい。
相手の魔族の能力値は高位化している者では最高クラスで、キアラと殆ど同格だった。
しかし、それがいきなり跳ね上がったのだ。
ウル以外にも能力値を一時的に上げることができる者は極々僅かだが居ないわけではない。
身近な所でいえば、スーのスキルの”限界点突破”がいい例だろう。
だが、あれは一度発動すると必ず死ぬ上に、上昇する能力値も微々たるものだ。
命を捧げてさえその程度しか力を得られないはずなのに、目の前の魔族の能力値は3倍以上に膨れ上がっている。
(これは本人の力じゃないな)
ウルはこの現象が他者――――魔王ソフィアの仕業だと目星を付ける。
何か仕掛けてくるだろうとは予想していたが、まさかこんな方法で来るとは。
バアルの時のように魔王に操られて、不自然な動きで起き上がった魔族は血で真っ赤に染まった目を向けてくる。
――――不味い!
ウルは理由もなく直感した。
この魔族が次の行動を起こすより早く始末しなくては。
相手の能力値は20万を超えているだろう。
ウルがこいつを倒すためには強化魔法を使わなくてはならない。
本来なら絶対に魔王ソフィアに知られるわけにはいかない切り札。
しかし、対処できるリュー本体を呼び寄せてるのでは間に合わない。
そう判断して、ウルは躊躇うことなく強化魔法を行使した。
そして出せる最大の速さで相手の懐に潜り込み、斬り上げる。
この一撃で相手の魔族は体を両断され、絶命するはずだったが、魔王ソフィアが操ったのか寸断されるギリギリで後ろに飛びのいた。
「くそ」
ウルは舌打ちをしながら次の攻撃を繰り出そうとした。
いくら魔王ソフィアが操っているとはいえ、能力値ではるかに凌駕しているうえ、瀕死の重体だ。
次の攻撃で確実に仕留められる。
だが、相手の魔族は糸の切れた人形のように突然倒れ、初めと同じ急さで能力値が下がっていく。
(魔王が去ったのか?)
ウルが超弩級の切り札を持ってることが分かったのだ、他にも切り札を隠していないか探りを入れてくると思ったのだが……。
少し警戒を続けたが、それ以降は何もなかったので要石を破壊しようと石に近付く。
「たす、けて……」
俯せで倒れていた魔族の横を通過しようとしたとき、弱々しい力で左足を掴まれる。
「死、に……たくない……」
自分の手を持ち上げることすら困難なほどのダメージの中、敵であるウルに必死に縋り付く。
「いや、だよ……」
着ていたローブは赤黒く染まっているのに肌は恐ろしいくらいに青白い。
肌には脂汗が吹き出し、大きく浮き上がった血管が破れて至る所から出血している。
眼球は赤く染まり、血涙や鼻血が止めどなく溢れ顔を血塗れにしていた。
一番酷いのはウルが作った裂傷だろう。
俯せの状態でも肩から見える傷痕は、体の半ば以上を断っていた。
骨どころか心臓も確実に裂かれている。
それで死んでないのは、魔王ソフィアが介入したせいだろう。
「お、ねがい……しま、す……」
声も掠れ、両目の焦点は合っていない。
本当に死ぬまでそんなにかからないだろう。
敵としてかけてやれる情は苦しみを早く終わらせてやることくらいだ。
しかし、そんな気にもなれず、軽く足を払うだけで振りほどけるその手をどうするか悩んでいると、不意に異変を感じる。
この魔族の力が出会ったときよりも弱くなっている気がしたのだ。
だからと言ってどうと言うことはない。
だが、目の前の魔族を見棄てるという選択肢が自然と消えた。
ウルは魔族の方に向き直り、腰を落として淡々と言う。
「もしお前が俺に全てを捧げるのなら、助けてやってもいいぞ」
「すべ……て……?」
魔族はウルが取り合ったことで気力を取り戻したのか、僅かに顔を上げてウルの目を見る。
「ああ、文字通り全てだ。お前の意思も心も生死すらも」
その言葉に魔族の表情が強張る。
だが、ウルは構わず続けた。
「俺が親しい者を殺せと言えば躊躇わず殺し、死ねと言えば直ぐさま自害する。全てにおいて俺を第一とする。そう誓うなら助けてやる」
このまま何もしなければ確実に死ぬ。
後はそこまでして生き永らえたいと思うかだが、はたして死にかけの魔族はどちらを選ぶか……。
「ち……かい、ま……す……」
迷い、恐怖、さまざまな表情を浮かべ、最後に決意した顔になり。絞り出すような声で誓いを立てる。
本心か、とは訊かなかった。
どうせこの後分かるのだから。
ウルは誓いを立てた魔族を仰向けの体勢にする。
初めて見る魔族の顔つきはかなり幼い。
身長もリーネやシュヴィと同じくらいなので、もしかしたらまだ子供なのかもしれない。
「抵抗せず、俺を受け入れろ」
ウルは横たわる魔族に覆いかぶさり、貪るように荒々しく唇を塞ぐ。
「――――――!?」
魔族は目を大きく見開き、苦悶の呻きを漏らす。
ジタバタと手足を暴れさせ、体を弓なりに仰け反らせる。
この魔族が感じている苦痛はまさしく地獄の苦しみだろう。
本来なら自分だけの魂を作り替え、他人の魂に取り込まれるのだから。
「あ、あああああああッ!!」
魔族は目から血が混じった涙を流し、泣き叫ぶ。
それでもウルは止めない。
以前、リューは高位化している者で上位の実力を持つ者は魂を扱える事が多いと言っていた。
ならば、超高位化をしている魔王ソフィアも魂を扱うことができると考えていい。
そして、この魔族の能力値が下がっていっていることから、魔王ソフィアに魂を奪われかけているのだろう。
「俺の存在だけを意識しろ」
やはり、魔族の魂に魔王ソフィアの魂が付いていた。
ウルは魔族を強く抱きかかえる。
「俺のモノになることを怖がるな」
確かに宣言通り、ウルに全てを捧げる覚悟はあるが、まだ弱い。
心の底では恐怖し、怯えている。
だから、ウルは強引に魂を取り込みにかかる。
「――――――!!」
魔族の叫びが掠れ、声にならなくなる。
ウルの背中を爪が剥がれるくらい強く引っ掻き、苦痛に悶える。
しかし、ウルを受け入れる覚悟が定まってきたのか、暴れはしても唇を離そうとはしない。
「お前は俺のモノだ。他の奴に奪われることは許さない」
勝手に魔王に魂を奪われるなと命令し、抗わせる。
「魔王との繋がりなど切り離せ」
魂の綱引き。
だが、しょせん魔王のは魂をくっつけているだけだ。
魂を混ざり合わせ、一つにしているウルは違う。
やがて魔族の魂はウルに取り込まれ、魔王との繋がりは完全に断ち切られる。
ウルはようやく唇を離す。
魔族は全身にびっしょりと汗をかき、憔悴しているが、だいぶ楽そうな表情をしている。
「よくやった」
ウルはそれだけ言うと、魔族はいつの間にか掴んでいた手を名残惜しそうに離す。
あくまで魔王との繋がりを切り離しただけなのだ。
ウルが与えた裂傷も塞がっておらず、出血死寸前なのは変わらない。
ウルはアルリアに指示して魔族の治療をさせる。
「あ……り、が……とう……ご、ざい、ま、す……」
魔族は薄れ行く意識の中、ウルに幸せそうな笑みを向けながら感謝の言葉を述べる。