『次の停車駅は風見野。風見野』
車内アナウンスが目的地を告げたかと思うと、間もなく停止し、ほむらはバスを降りる。
下車と同時に冷たい風が吹き抜け、ほむらの髪がなびく。
(少し、肌寒いわ……)
普段来ることがあまりない、見慣れない景色を眺めつつほむらは目指す場所へと歩き出した。
既に日も沈み、辺りは完全に夜闇に包まれ、孤独の足音が暗闇に反響している様に感じる。
―杏子は何をしているだろうか。
―そもそもまだこの街にいるのだろうか。
疑問や不安が浮かんでは消え、また浮かぶ。
頭で考えるのは無駄だと分かっていてもつい考えてしまう。
それは人間としての性なのか、それとも長いループ生活の中で育まれた癖なのか。
いつしかほむらは無意識のうちに歩を早め、気が付けば既に目的地の前へと達していた。
「……ここね」
ほむらが向かった場所。それは古く寂れ、今は廃墟と化した教会だった。
「すぅ―……はぁ」
扉を開く前に一度深呼吸をし、緊張を解き気持ちを落ち着かせる。
(―よしっ)
意を決して、ほむらは教会への扉へ手を伸ばし、ゆっくりとノブを引いた。
ギィィィィィィ。
老朽化が進み、まるで悲鳴のような音を立てながら、ほむらは教会内へと誘われる。
内部の様子は薄暗く見渡すことが出来ないが、ただ眼前に広がる壮大なステンドグラスからは月明かりが差し込み、そこが教会であるという事をこれでもかと思い知らせていた。
教壇には大きな十字架が飾られており、彼女の宗派はキリスト系だという事が窺い知れる。
―宗教というのは人々の心の支えにもなれば、人々に巣食う悪魔にもなる。
そんな言葉を聞いたことがあるが、ほむらもその通りだと感じていた。
事実、杏子の家庭はその宗派に無いはずの事まで説きだし、周りから悪魔だの似非だのささやかれていたと聞いた。
そもそもこんなご時世に全うな宗教を信じている方がやっかまれるだけなのだ。
そんな家庭に生まれたこと、そしてこんなご時世に生まれたこと。
それは杏子にとって不遇というのではないだろうか。
(なんて、杏子の前で言ったら殴り飛ばされるだけじゃ済まなさそうね)
彼女の境遇を哀れむような、そしてその運命を皮肉るような。
そんな思いを巡らせながら、ほむらは教会内で杏子の手がかりを捜し歩いた。
ソウルジェムを使った魔力の反応、人がいた痕跡、その他もろもろをとにかく隈なく探す。
が、いくら捜し歩いても、どこをどんなに探しても、そこに彼女の存在を決定づけるような証拠は見当たらない。
用心深く気配を消しているのか、それとも本当にこの街から去り、もう二度とその姿を見ることは出来ないのか。
―それとも、魔女との戦いに敗れ、もう存在自体がこの世から消え去ってしまったのか……
「……ッ!!」
ふと頭に浮かんだ最悪の結末を急いで掻き消し、ほむらは躍起になってもう一度探し始める。
そんなはずはない。あの杏子がたかが魔女ごときにやられてしまうわけがない。
必死に言い訳を探し、その可能性を否定しようともがく。
この時のほむらには、既にクールで清楚な転校生の面影はなく、むしろ必死さと動揺により突き動かされた人間本来、暁美ほむらとしての性質が出ていたのかもしれない。
だからこそ、周りの見えなくなったほむらに、背後から迫りくる影があったことを、彼女に気が付けるはずが無かったのだ。
「……おい」
「……!!」
―カチャリ
そんな鈍い音が似合うように、背後から声が聞こえたと同時に、ほむらの首元には鋭利な刃物が付きつけられる。
「てめぇ、人様の家を勝手に荒らしておいて、覚悟できてんの?」
「あっ……ああああ」
ドスのきいた声と共に、さらに強く刃物がほむらの首元に接近する。
それと共にほむらの身体は震えだし、居ても立ってもいられない衝動に駆られた。
だって……
だってその声は……
だってその声はほむらが探していた確かな証拠で……
「……きょう、こ?」
「なっ……!?」
ほむらの声で一瞬ひるんだのか、突きつけられていた刃物は首筋から離れ、それを機にほむらは声の主の方へと向き直り、そして月明かりに照らされたその姿を目にした。
赤く燃えるような髪色。長い髪をまとめるための黒い髪留め、そして彼女のトレードマークともいえるそのラフな服装。
ほむらが探し求めていたヒトは、間違いなく彼女だった。
「佐倉……杏子……」
「お前っ!その声まさかっ!」
向こうからは月明かりが届かない影響で見えないのか、ほむらから見える杏子の姿は困惑と警戒が入り混じった様だった。
が、今のほむらはそんな事を気にする余裕などなかった。
今こうして、探していた本人が目の前にいる。
それは頭に浮かんだ最悪のケースを打ち消し、これ以上ない安堵と喜びをほむらに与えた。
「っ……きょうこっ!」
気が付けばほむらは走り出し、そして彼女を抱きしめていた。
「なっ!?おっ、おいっ!!?」
突然目の前に出て来たかと思うと、いきなり抱き着かれ困惑する杏子。
しかし、そんな事お構いなしに、ほむらは強くそしてしっかりと彼女を抱きしめる。
その存在を感じるように、その存在が離れていってしまわない様に。
とにかく強く杏子を抱きしめた。
「……きょうこっ!」
満点の月灯りが差し込む教会。
そこで彼女たちは再会を果たした……