「なるほどね。大体の事は理解したわ」
マミは紅茶を一口すすると、ほむらの方へと向き直る。
休憩をとって数分後、幻術の効果も消え、完全に意識が覚醒したほむらは、改めてマミへ先ほどの事、杏子の事を詳細に話した。
杏子をよく知るマミの事だ、彼女をこの街へ連れ戻すのに協力してくれるかもしれない。
そんな思いを胸にほむらはマミの返答を待つ。
・・・・・・が、口に出された言葉は期待した言葉とは真逆のものだった。
「ねえ、暁美さん。それって私達がどうこうするべき問題じゃないと思うわ」
「えっ……?」
予想に反した返答に、ほむらは素っ頓狂な声を漏らす。
巴マミなら、彼女の悲劇を知るからこそ、今の杏子を一人にしておくことは出来ない。
そんな返事を期待していた。
けれど思いとは裏腹に、マミは極めて真剣にそう言い放った。
「っ、巴さんあなたっ……!」
巴マミは佐倉杏子を見捨てるのか。
瞬時にそんな感情が沸き上がり、ほむらは声を荒げる。
「落ち着いて。別に彼女を見捨てようとか、そんな思いで言ったんじゃないのよ?」
「だったらなぜ!?」
「暁美さん、言ってたわよね。佐倉さんが“前を向けてる”って」
「……ええ。でもそれは彼女自身が言ったことよ」
その言葉と共に、あの時の情景が頭に浮かぶ。
あの笑顔と、あの声色。
どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく不安になるようなあの時。
それでも、あの時の彼女を知らないから、巴マミはこんなことが言えるのだろうか。
「だったらそれを信じてみるべきなんじゃないの?」
「それ、本気で言っているんですか?」
「本気も本気。ティロ本気よ」
「巴さん、いくら私でも限度があるのだけれど……」
こんな時におふざけに付き合えるほど、今のほむらに余裕は無かった。
しかし、明らかな怒気を含むほむらを前にしても、マミはその柔らかな笑顔を崩すことはしない。
「ねえ、暁美さん。こう見えてもあなたの気持ちはよくわかるし、私自身佐倉さんの事は理解しているつもりよ」
まるで駄々をこねる子供を諭すような、そんな物腰柔らかい口調でマミはほむらに語り掛ける。
「勿論私だって佐倉さんの事が心配だし、できることなら仲間でいてほしいとは思う。でもね、彼女自身がそれを良しとしない限りそれって実現不可能なのよ」
「それは……」
「佐倉さんが自身の罪と吐き捨てるほど愚かな希望。それを償うことが出来ない限り、それを自身が赦すことが出来るまで、彼女はどうやっても仲間にはなってくれないだろうし、仮に無理やり連れ帰っても、それは彼女を追い詰め、苦しめるだけなんじゃないかしら」
「だからね、暁美さん。正直今の私達にできることって、佐倉さんの無事を祈りながら、今を生きていくことなんじゃないかなって思うの」
「でもっ!それじゃ……それじゃ杏子は……」
目の前でもがいている大切な人を、見て見ぬふりして過ごせと言うのか。
そんな事、できるわけがない。
―じゃあ、今の私にできることは何がある?
(それは……)
その答えを直ぐに出すことが出来なかった時点で、マミの言うことは正しいのだと証明されたような気がした。
ほむら自身、それは答えを聞くまでもなく分かっていたのかもしれない。
つまるところ、この悩みはほむらの単なるわがままに過ぎないのだと。
が、感情を理屈で抑え込めるほど割り切れる性格をしていない彼女が、その現実を受け入れるにはあまりにも酷だった。
「……くっ……うぅ……」
目の前の友達に手を差し伸べてあげることが出来ない自分の無力さが、
彼女が信じた希望が、彼女を縛り付ける罪となった過酷な現実が、
それら全てが許せなくて、悲しくて、辛くて。
感情はあふれ出し、涙となった。
「どうして……どうしてなの……?」
一体杏子が何をしたというのか。
皆の幸せを願った代わりに与えられた試練がこんなにも悲惨なものなのか。
暗く、深い絶望という名の暗闇。
その海に沈みゆく感覚で、ほむらは笑い声を聞いた。
「……ふふっ」
「ともえ……さん?」
見れば、泣きじゃくるほむらとは対照的に、向かいのマミはクスクスと微笑みとても幸せそうな顔をしていた。
「……佐倉さんは、これ以上ないほど幸せものね」
涙で目をはらし、暁美ほむらとはかけ離れた姿を見ながら、マミは唐突にそんな言葉を口にする。
「杏子が幸せな訳なんて……!!」
「いいえ。あの子はとても幸せな人だわ」
「……そんな、わけ……」
「だって、貴女みたいに彼女の為に涙を流してくれる人がいるんだもの」
「―――ッ!!」
その言葉を聞いた途端、ほむらの胸は大きく脈打つ。
ドキン。そんな擬音が似合うくらい熱く大きな鼓動。
そこで初めて、彼女は気付いたのかもしれない。
(わ、私が……まどか以外の人の為に涙を流していたの……!?)
それを確認するように慌てて瞳を擦ると、そこにはまぎれもない彼女の流す涙が付着していた。
「暁美さんは、佐倉さんが本当に大切なのね」
さらにそこに追い打ちをかけるようにマミの言葉がこだますると、ほむらは瞬時に体中が熱を持ったように感じた。
高鳴った鼓動は止まるところを知らず、全身が熱を持ち、顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
(い、いったいどうしたの!?)
自身の身体の変化に、ほむらは戸惑いうろたえる。
相変わらずマミはそんなほむらをニコニコしながら見ており、どこか楽しそうにしている。
「暁美さん。気持ちを割り切る事って直ぐには出来ないことよ。だから時間があるの。今日はもう遅いし、帰った方がいいわ」
「……で、でもっ!」
「大丈夫よ。とりあえず今日はかえってゆっくりと気を落ち着かせてみるといいわ。それにどのみち、今の状態じゃまともな話し合いにはならないでしょう?」
「ぐっ……」
痛いところを突かれ、ほむらは言いよどむ。
その姿をまたおかしく思い、マミは柔らかく微笑むと、腰を上げ、ほむらの傍によると軽く背中を叩いく。
「ほらっ、もたもたしてると追い出しちゃうわよ!!」
「……分かったわよ」
マミの言う通り、どのみちこのままでは話し合いどころか、感情を整理することすらままならないだろう。
それを理解したほむらはマミに促されるように腰を上げると、鞄を手に玄関口へと向かった。
「この家からお邪魔するのは今日で二度目ね」
「もう玄関の前で寝ちゃだめよ?」
「あなた、分かって言ってるならなおさらタチが悪いわ」
「暁美さん、なんかキャラが安定してない気がするわ……」
「あ~~~~……」
動揺のせいか、口調が“いつもの”に戻ってしまっていたことに指摘され気付く。
そんな程にまで今の心情が安定してい無いのかと思うと、なんだかおかしく思え、ついほむらは苦笑した。
「今日はありがとうございました。また来ます」
「ええ、気を付けてね!」
マミに一礼すると、幾分気温が下がった夜の街へとほむらは歩み始めた。
けれど、不思議と寒さは感じない。
それは気恥ずかしさのせいか、それとも単なる気のせいか。
「いいえ、これはきっと・・・・・・」
その正体は分からない。
けれど、あの時目覚めた、胸にくすぶっていた想いの正体は、きっと温かく何よりも熱いものだと確信していた。