マスターたちが黒髭の『女王アンの復讐号』に乗り込んでいる間も、当然の如くアルゴー船では激しい戦闘が行われていた。
艦船での砲撃戦から接近しての白兵戦に戦いを切り替えたソロモン艦隊の兵たちは、武器を片手にアルゴー船に乗り込もうとしていた。
そんな兵たちをジルが召喚した海魔が屠る。敵の数にも負けぬ程の海魔たちは、触手や牙でソロモン側の兵たちを殺め、その血で海を赤く染めていく。
その攻撃をすり抜けてアルゴー船に乗り込む者も居たが、船上での戦いに長けている牛若丸と沖田の手によってあっという間に海へと叩き落されている。戦況は、カルデア側が上手く敵を捌いて時間稼ぎに成功していると言う印象であった。
だが、勿論そのまま一方的な戦いを続けるドレイクでは無い。反攻の手段として送り込まれたのは、彼女の手駒の中でも選りすぐりの強者たちだった。
アルゴー船の甲板に一つの影が舞う。天を駆ける天馬から舞い降りた二人の女性は、着地と共に自分の周囲を見回し、自分たちの相手となる少女たちをその目に見止めた。
「来たね、アン……!」
「あなたたちの相手は、私たちが務めます」
銃撃もこなせるカトラスと紫色の大鎌。二つの武器を構えた少女たちは、もう一人の自分たちと言うべき存在に対して険しい視線を向けた。
その視線に対し、片方の女性は歪んだ笑みを、もう一人の女性は憎々しさと悲壮さが混じった様な表情を向ける。
「あらあら、いけませんわね、メアリー。ソロモン様を裏切って、カルデアに付いてしまうなんて……これは徹底的なおしおきが必要ですわね」
手にしたマスケット銃を構え、銃口を相棒であるメアリーに向けたアンは、冷たい声で呟きながら妖しく目を光らせた。
一切の迷いも無く狙いをメアリーの額に合わせる彼女であったが、メアリーはそんなアンに対して首を振って挑発の言葉を口にする。
「……無駄だよ、アン。君はボクには勝てない」
「あら、言いますわね? それじゃあ、試してみます?」
メアリーの挑戦的な言葉を耳にしたアンは、間髪入れずに引き金を引いた。狙いすまされた弾丸は真っすぐにメアリーに向かい、直撃のコースを取る。
傍から見れば間違いなくこの一撃で決着がついたと思われるだろう。しかし、アンの放った弾丸はメアリーに当たる事無く、彼女の顔を僅かに逸れてアルゴー船の甲板に穴を空けただけにとどまった。
「……まあ、そうですわよね。そうなりますわよね」
冷たい笑みから一変、諦めと納得の表情を浮かべたアンは、大きなため息をついてこの結果を受け止めた。
メアリーは、分っているであろう彼女に対し、改めてこの事象の原因を説明する。
「……ボクと君は二人で一人のサーヴァント、どちらかが消滅すればもう片方も消える……それを理解していれば、君はボクを殺す事は出来ない。だって、そうなれば自分も死んでしまうから! それは禁じられている自害に相当する事だから!」
「ええ、そうですわね……ですが、それはメアリーも同じことでしょう? それに、殺さなければ良いだけであって、傷つける事までは禁じられていませんわ!」
瞬間、三度の銃声が響く。目にも止まらぬ早業でマスケット銃から弾丸を放ったアンは、今度は致命傷にならぬ様に狙いを絞ってメアリーへと攻撃を仕掛けた。
メアリーもまたその攻撃を予想していたかの様に跳躍すると、放たれた弾丸全てをカトラスで弾きつつアンへと接近する。
「はぁぁぁぁっっ!!」
瞬発力に優れたメアリーはアンとの距離を一瞬にして詰め、手にした武器での攻撃を放った。
白兵戦では自分に分があると判断したメアリーの行動であったが、自分の周囲に蠢く黒い物体を見て彼女は目を大きく見開く。
「……何か、忘れていませんかね?」
じゃらり、と音を鳴らして鎖付きの錨を操るメドゥーサは、自分たちに突貫を仕掛けて来たメアリーの体を完全にその鎖で包囲しながら呟いた。
冷酷な瞳でメアリーを見つめ、哀れな獲物を刈り取るべく錨を動かす。それで、鎖に巻き取られたメアリーの体は、ズタズタに斬り裂かれるはずだった。
「その言葉、そっくりそのままあなたにお返しいたします」
「っっ!?」
その行動を止めたのはすぐ近くから聞こえた幼い少女の声だった。自分の目の前で聞こえたその声にメドゥーサが反応すれば、下から掻い潜る様にして大鎌を振るう幼い自分の姿があるでは無いか。
咄嗟に攻撃を中断して後方に飛び退いたメドゥーサは、ギリギリの所でもう一人の自分の攻撃を躱す事に成功する。
長く美しい紫色の髪が数本切られ、視界を舞う事を目にしながら、メドゥーサは苛立ち紛れに過去の自分に向かって叫んだ。
「何を、しているんですか……!? あなたが裏切れば、姉様たちがどうなるか分かっての行動ですか!?」
「………」
自分がソロモンに従うのは偏に姉たちの為だった。自分が功を上げ、従順にしていれば、姉たちの安全は確保される。だからこそ、この屈辱にも耐えようと決めたのだ。
しかし、幼い自分はその努力を無に帰そうとしている……自分一人だけ安全地帯に逃げ、大切な姉たちを切り捨てたのだ。
「そんなに自分の身が可愛いですか? 姉様たちのことなど、どうでも良いと? 自分さえ良ければ良いと言う事ですか!?」
自分たちを見捨て、カルデアに逃げ延びた幼い自分に対し、メドゥーサは吐き捨てる様な叫びを上げる。その声には、ありありと怒りの感情が籠っていた。
神話に謳われた怪物『メドゥーサ』としての威圧感を全開にし、憤怒の形相を見せるメドゥーサ。しかし、幼いもう一人の彼女は、彼女のその叫びをばっさりと斬り捨てる。
「……本当に姉様たちの事を見捨てているのは、どちらの方ですか?」
「何……?」
幼いメドゥーサが口にしたのは、自分にも負けず劣らずの怒りが籠った呟きだった。
生意気にも反抗する幼い自分に対し、メドゥーサはギロリと鋭い視線を向ける。
だが、もう一人のメドゥーサはその視線に怯む事無く、可憐ながらも芯の通った声で大人の自分に向けて叫びを上げた。
「このままソロモンの下に居て、本当に姉様たちが救われると思っているのですか!? いつかソロモンが姉様たちを解放し、平穏に過ごせる日が訪れるとでも?」
「っっ……!!」
「……わかっているでしょう? 彼がそんな事をするはずが無い。ソロモンは、最後の最後まで姉様たちを利用するに決まっています! そうで無かったとしても、今でも姉様たちは苦しんでいる! その苦しみを目の当たりにしているはずでしょう!?」
もう一人の自分の言葉に対し、メドゥーサは目を見開いて口をぱくぱくと開け閉めすることしか出来なかった。それは、自分自身でも理解していた、不変の事実だったからだ。
このままソロモンに従い続けたとして、姉たちが無事で済む保証などどこにもない。むしろ、このままソロモンに利用され、辱められる日々が続くのは火を見るよりも明らかだった。
そんな日々を送っていれば、何時か姉たちの心は壊れる……それはある意味では救いではあったが、これ以上無く残酷な結末でもあった。
「本当に姉様たちを救いたいのなら、行動するしか無いんです! 今! ここで! 戦うしか無いんです! この僅かなチャンスに賭けるしか無いんですよ!」
「……子供が、好き勝手な事をっ!!」
「何とでも言って下さい、私は私の方法で姉様たちを助けて見せます! あなたの気持ちが分からないわけではありません。でも、あなたの方法じゃあ姉様たちを救う事は出来ない……あなたが本当に守っているのは、自分自身なんですよ!」
「っっ……!!」
もう一度、メドゥーサはもう一人の自分の言葉に対して言葉を失った。同時に頭をハンマーで殴られた様な強い衝撃を感じる。
それは、彼女の言葉が正しかったから……図星を突かれ、隠していた本心を暴かれたことが、彼女の心から平常心を奪ったのだ。
決して姉が大事ではない訳では無かった。大切に思い、愛している存在だった。
しかし、度重なる凌辱はその愛すらも無価値な物に変えてしまった。いつしかメドゥーサは、自分の苦しみを取り除く事だけを考える様になってしまったのだ。
自分がソロモンの言う事に従えば姉は助かる、だから自分は従うしかない……そう、自分に言い訳をしてはいたが、本心は違った。メドゥーサは、ソロモンに従順な態度を取る事で必要以上の苦しみを味合わぬ様にしていただけであった。
姉たちの為ともっともらしい理由を付けながら、本当に守っているのは自分自身だけだった。苦しみ続ける姉たちを目にしても、大した行動を起こせなかったことがその証明……メドゥーサは、自分を守る為に姉たちを見捨てていたのだ。
「こ、の……っ! 何も、知らない、子供が……っっ!!」
だが、それでもメドゥーサは自分の過ちを認めることが出来なかった。愛する姉たちを切り捨てた自分を認める事は恐ろしく、とても難しいことであったから。そして、その事実を指摘した人物が他ならぬ自分自身であったから……
反省や後悔の代わりに憤怒を、目の前の正しい道を歩もうとしている自分を否定して、自分こそが正しいのだと思い込まなければ、そうしなければ、メドゥーサは壊れてしまいそうになっていた。
だから彼女は吼える、もう一人の自分への憎悪を隠す事無く。
「あなたを殺し、ダビデ王と柩を確保する! それこそが、姉様たちを救う本当の手段! 裏切り者のあなたに何を言われ様とも、私は自分の役目を果たすのみ!」
「なら、本気で戦いましょう! 私はマスターさんを信じます! 彼が姉様たちを救って、このアルゴー船に戻って来るまでの時間を稼ぐ! これが、私の戦いですっ!」
譲れぬ思いを胸に、4人の女性が相対する。幼い者たちと大人たち、見た目からでも分かる対極的な二つの陣営は、アルゴー船の甲板で激しい戦いを繰り広げ始める。
そして、もう一人……望まないながらも、大切な存在の為にこの場で戦う者がいた。
「ぐぅぅぅぅ……っっ!!」
巨大な武器を振り回し、自分に群がう海魔を薙ぎ払ったアステリオスは、苦悶の表情を浮かべながら次の敵へと攻撃を仕掛ける。今の彼の姿は、途轍もなく痛々しかった。
その表情が、行動が、涙が……戦いたく無いと訴えている。こんな戦いはしたくない。これが、世界を滅ぼす未来を引き寄せる戦いだと言う事を分かっているからだ。
だが、彼には逆らうと言う選択肢は無かった。自分が戦い、功を上げれば、エウリュアレは解放されると言う言葉を信じ、かつての仲間たちに刃を向けるしか無かった。
「がぁぁぁぁっっ!!」
血に塗れ、幾つもの傷を受けようとも、アステリオスは戦いを止めない。体に感じる痛みは、今、心に感じている痛みに比べれば遥かに軽い。
戦える、戦えてしまう……世界を滅ぼす怪物として、今の自分は戦えてしまう。その事が、無性に悲しく、苦しかった。
「どこだ、いあそん……っっ!?」
早く戦いを終わりにしたい、そんな願いを胸にするアステリオスは、只一人の英雄を狙っていた。
アルゴー船の船長であるイアソンを殺せば、この船は消滅する。彼を討ち取ることが出来れば、もうこれ以上の戦いをする必要も無くなる。
加えて、大切なマスターや仲間たちを傷つける事はアステリオスには出来なかった。かつて自分たちと相対したイアソンを屠る事くらいが、彼に出来る最大限の悪行であった。
腕の一振りで海魔を殺し、道を切り開いてアステリオスは吼える。イアソンを探し、その命を奪い、戦いを終える事……そして、大切なエウリュアレを救う事だけを考える彼の耳に、一つの言葉が響いた。
「本当にそれで良いのか?」
「!?!?」
聞こえた声にアステリオスが振り向けば、そこには探していたイアソンの姿があった。
脚は震え、表情は強張り、恐怖している事を隠しきれてはいないが、それでも彼は自分を見下ろし、指をびしっと突き付けながら説教を始める。
「今のお前の姿を見て、あの女神が喜ぶと思うのか!? 今のお前は、誰が見ても英雄とは言えない姿だぞ!」
「うっ……」
「大切な人を助けたい、その思いは立派だ! だがなあ、その為に自分が怪物に堕ちたら何の意味も無いだろう!? お前の名は何だ?
「ぐっ、うぅ……」
イアソンの言葉がアステリオスの心を抉る。痛い、触れられたくない本心を傷つけられたアステリオスの目には、涙が浮かんでいた。
だがしかし、彼はメドゥーサよりもずっと純粋な存在であった。自分が間違っている事を素直に認める彼の手からは力が抜け、手にした武器が地面へと落ちていく。
アステリオスの心が弱っている。その事を見て取ったイアソンは計画通りとばかりに心の中で笑い、今度は優しい口調で彼に語り掛けた。
子供の躾の基本はアメとムチ、厳しい言葉の跡には、優しい言葉でほだやすのが一番なのだ。
「……良いか? ここにはお前を監視する奴は居ないし、居たとしても指揮官に報告する所じゃない。つまり、お前が何をしても咎める奴はいないって事だ」
「………」
「今、お前の大好きなマスター様が人質を奪還しに動いてる。奴の事を信じているんだろう? なら、お前のやる事は決まっているじゃあ無いか。ソロモンを裏切り、俺たちに与すれば良い! 世界の為、愛する者の為、怪物では無く英雄として戦える場がここにはあるんだぞ? んん?」
「………」
完璧だ、とイアソンは思った。この演説でアステリオスの心は揺れ動いているだろう、後はもう一押しすれば彼だってこちらに寝返るはずだ。
「こちらに来い、アステリオス……カルデアの為、世界の為に戦うんだ。そうすればお前を怪物と呼ぶ奴は居なくなる。お前は未来を守った英雄になれるんだぞ!」
自尊心をくすぐり、罪悪感を責め、言葉巧みに意思を操る……こう言っては何だが、イアソンはそう言う技術に長けた英雄だった。戦いは出来ない分、インテリに能力を振っていると言った方が良いだろう(それが非常に優秀とは言えないだろうが)。
この説得でアステリオスの心はこちらに傾いた、そう確信したイアソンは爽やかな笑みを浮かべて彼を見つめる。こう言った演技も、彼は非常に得意だった。
……しかし――
「……むり、だ」
「えっ? どわぁっ!?」
アステリオスの小さな呟きを耳にしたイアソンは、自分目掛けて飛んできた海魔の破片を叫びながら回避した。
予想外の攻撃を仕掛けて来たアステリオスに対し、イアソンは先ほどまでの爽やかさをかなぐり捨てて罵声を浴びせようと口を開く。しかし、そんな彼の目に飛び込んで来たのはこれまた予想外の光景だった。
「……むりなんだ。ますたーでも、えうりゅあれはたすけられないんだ……むりなんだよ……」
それは悲壮で、苦悶に満ちた表情だった。苦渋の決断を下したと言うに相応しい表情を浮かべたアステリオスは、とても苦し気な声でイアソンに言う。
その言葉を聞いた時、イアソンの背筋に嫌な汗が流れた。何か、この状況には自分たちの知らない何かが存在している予感に襲われた。
しかし、もうそれを仲間に伝える手段は無い。女王アンの復讐号に乗り込んだマスターに対し、警告をする事も今の彼は出来ない。
今のイアソンに出来る事は、説得に失敗し、自分に襲い掛かるアステリオスの手から必死に逃げ延びる様努力することだけだった。
作戦は予想以上に順調だ、あまり人気のない船の内部を歩きながら、カルデアのマスターは思った。
扉を一つ開け、新たな部屋へと出る。事前に入手した情報によれば、ここで
「……来たな」
その予定通り、扉を開けたマスターの視界に緑色の服を纏ったスレンダーな弓兵が映る。嬉しそうな、それでいて少し申し訳無さそうな顔をした彼女は、マスターに向けて鍵束を投げて寄越しながら言った。
「それが人質たちが捕らえられている牢の鍵だ。一つはアイリスフィールの、もう一つは女神たちの捕らえられている牢の鍵を外せる」
「ありがとう、アタランテ。これで皆を助け出せる」
「……礼を言うなら黒髭の奴にしてくれ。それに……私は、お前を裏切った。こうして協力したとして、その罪を贖える程では無いだろう」
「大丈夫だよ! ……アタランテは何も悪くない。俺は、また一緒に戦えて嬉しいって思ってるから!」
「マスター……ありがとう」
不器用な笑顔を見せたアタランテは、マスターに対して感謝の言葉を述べた。
彼女と再会できたことを喜ぶマスターであったが、背後のロビンが冷静に意見を口にする。
「マスター、気持ちは分かるが今はそれどころじゃねえ。少しでも急いで、人質を助け出しましょうぜ」
「ああ、そうだな……ついて来てくれ、牢獄までは私が案内する」
ロビンの言葉に頷いたアタランテは、近くにあった扉を開くとその先を指差した。そこには、船底に続く薄暗い階段があり、何やらおどろおどろしい雰囲気を放っている。
「この階段を下りれば牢獄まではすぐだ。手早く仕事を終え、脱出するとしよう」
「アイリさん! しっかりして!」
「え……? ま、マスター!? どうしてここに……?」
「アイリさんたちを助けに来たんだ! さあ、早く逃げよう!」
それからものの数十秒後、カルデアのマスターたちはアイリスフィールが閉じ込められている牢獄へと辿り着いた。
アタランテから受け取った鍵で扉を開け、アイリスフィールを助け出したマスターは彼女の無事を喜ぶ。
だが、まだこれで終わりでは無い。まだエウリュアレとステンノが居る。その事を忘れもしないマスターは、ロビンフッドにアイリスフィールを任せると一度部屋から出た。
「マスター、この部屋だ。ここに女神たちが囚われている」
「うん、わかった!」
見張りを担当していたアタランテが油断無く周囲を警戒しながら一つの扉を指さす。マスターはその扉に近づくと、鍵を使って栓を外した。
内部に何が待っているか分からない為、先頭は白兵戦に長けたモードレッドに任せる。自分はその次で、その後ろにアタランテが続き、ロビンフッドが廊下の警戒を代わりに担当した。
「うっ……!?」
内部に入った瞬間、マスターは鼻を衝く腐臭に顔をしかめた。アイリスフィールの牢獄とは違い、女神たちの牢獄は何か生物的な匂いに満ちていたのだ。
部屋に入ったマスターは、その臭いの正体が牢獄全体を覆う肉である事に気が付いた。ぶよぶよとした肉の塊が、二人の女性の四肢を拘束しているのだ。
身動きが出来ず、ただ呻くだけの女性たち。彼女たちの無残な姿が、牢獄内の篝火に照らされて露になる。
囚われている女性の内の一人は、ゴルゴン三姉妹の長女、ステンノ。美しく白い肌にはありありと凌辱の跡が残り、彼女が嬲られ続けていた事を示していた。
そして、もう一人……彼女の横に囚われている女性へと視線を向けたマスターは、衝撃と共に声を漏らす。
「え……?」
そこに居たのはゴルゴン三姉妹の次女、エウリュアレ……では無かった。
そこにはエウリュアレよりも大きく、成長した細身の女性が、ステンノ同様に四肢を肉の壁の中に絡め捕られ、身動きを封じられていた。
彼女の姿を見た時、マスターは驚愕した。そして、ありえないと言う思いと共に思考が停止する。
そう、ありえない。あり得る筈が無い……彼女がこの場に居る事は、絶対にあり得る筈が無いのだ。何故なら、彼女は――
「マス、ター……」
マスターの呟きを耳にし、意識を覚醒させた彼女が声を漏らす。顔を上げ、カルデアのマスターの顔を見る。
そして……捕らえられている『アタランテ』は、喉が裂けんばかりの勢いで叫んだ。
「逃げろっ! そいつは私では無いっ!!」
その叫びを耳にしたマスターが振り返る。そこに居る、アタランテの姿をしたアタランテでは無い存在へと視線を移す。
彼の目に映ったのは狂気に染まった偽アタランテの笑顔だった。手には短剣を握り、それを自分目掛けて振りかぶっている。
直後、マスターの体に短剣が切りつけられ、裂けた服の合間から血が飛沫を上げて噴き出した。