※この作品はR-18です。

カルデア女英霊奪還作戦   作:野比のび太

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大逆転

「……一体何時からアタシがアンタを完璧に信用していると思ってたんだい?」

 

「………」

 

 船長室で通信を受けた黒髭は、ただ黙ってドレイクの言葉を聞いていた。得意気な、それでいて少し悲しそうな声色のドレイクは、無線機越しに語り続ける。

 

「アンタのその反骨精神、隙を見逃さない戦略眼、どちらも素晴らしい物さ! アタシも素直に認めるよ。だがねぇ……それでも好き勝手されちゃあ、アタシだって困る訳さ」

 

「……だから、女神の片割れを俺に黙って連れ出したって訳かい?」

 

「加えて、アタランテを拘束して替え玉を用意した事もだ。お陰でアンタらの裏を掻けた。カルデアのマスターも大ピンチって訳さ」

 

 無線機を握り締めた黒髭は、目を細めて口を閉じる。彼からの返答が無い事に口元をゆがめたドレイクは、なおも話を続けた。

 

「今頃、カルデアのマスターはアタシらの仕掛けた罠に引っかかってる所さ……アンタがどう動いても、既に手遅れさね」

 

「………」

 

「おっと……そういやぁ言って無かったね。アンタはもう敵なんだ、その敵に情けをかける程、アタシは甘くはない……アンタの船ごと、アルゴー船を沈めさせて貰うよ」

 

 ドレイクの言葉を聞いた黒髭は窓から見える景色へと視線を移す。広い海に展開する艦隊は、砲撃の対象として『女王アンの復讐号』とアルゴー船に狙いを定めていた。

 完全に包囲された状況での詰めの一手。ドレイクはカルデアに与する者共を全員葬るべく、無慈悲な命令を口にした。

 

「……砲撃、開始だ。あばよティーチ、アンタの事は認めてたんだけどねぇ……」

 

 雷鳴の様な轟音が連続して響く。艦隊から発射された砲弾が、二隻の船に向けて雨の様に飛び交う。

 黒髭は、黙ったまま無線機を握り締め、その時を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、あ……っ!」

 

「マスター、無事か!?」

 

「ああ……ありがとう、モードレッド……」

 

 斬られた胸部を摩り、手に己の血をべったりと付けたマスターは自分を引っ張ってくれたモードレッドに感謝の言葉を述べた。

 彼女の咄嗟の行動で重傷を負う事は避けられた。負傷こそしたものの、決して深くはない怪我で危機を切り抜けられた事にマスターは一応の安心感を得る。

 しかし、状況は何も好転していない。むしろ、悪くなるばかりだ。

 

「……あ~あ、避けられちゃったかぁ……! 絶対にやれると思ったんだけどなぁ……」

 

 自分を切りつけたアタランテの偽物は、先ほどまでの彼女の様子とは全く違う子供の様な口調で不意打ちを失敗したことを残念がっている。その口振りを耳にしたマスターは、彼女の正体に気が付いた。

 

「クロ、なのか……?」

 

「ふふっ……大正解!」

 

 どす黒い笑みを浮かべたアタランテの姿が歪む。その次の瞬間には、彼女の姿は褐色の肌をした幼子の物になっていた。

 マスターの血で汚れた己の武器を舌で舐め、楽しそうに笑うクロエは、再びその切っ先を彼に向ける。戦闘態勢に入ったクロエは、いきなり戦いを始める様な事はせずに楽し気な口調で語り始めた。

 

「驚いた? これもメディア・リリィの魔術なの。ドレイク船長に言われて、こうして裏切り者に化けてたって訳! 悟られない様にする演技の練習とか、一生懸命頑張ったのよ?」

 

「ああ、まんまと一杯食わされたぜ……! クソッ、オレもまだ腑抜けてやがんのかよ……!?」

 

「仕方が無いでしょ、苗床さん。あなたの力はまだ戻って無いんだからさ! ……ま、せっかく戻りつつある力も、この戦いが終わったらまた無くしちゃうんだけどね!」

 

 ギロリと自分を睨みつけるモードレッドを嘲笑うクロエは、暗に彼女を再び苗床に戻すという言葉を口にしつつ構えを取る。

 モードレッドが剣を構え、お互いに油断無く相手の出方を伺っていると――

 

「ぐおっ!?」

 

「ろ、ロビンっ!?」

 

 緊迫した空気の部屋の中に、ロビンフッドが文字通り転がりこんで来たではないか。

 アイリスフィールを抱え、彼女を庇う様にして部屋の内部に突入したロビンは、顔を上げるとマスターに向けて焦りを感じさせる口調で叫ぶ。

 

「マスター、不味いぜ! 見事に罠に引っかかっちまった!」

 

「んふふ……♡ そう言う事だよ、元マスターさん」

 

 ロビンの言葉を継ぎ、部屋に入って来たイリヤは、およそ幼い彼女が浮かべるには相応しくない妖艶な表情を見せつつ手を上げる。

 すると、彼女の背後から幾名もの荒くれ者たちが姿を現し、部屋の入り口を完全に封鎖してしまったでは無いか。

 

 これでもう逃げ道は無い……撤退の進路を無くしたマスターたちは、袋の鼠となってしまったこの状況に冷や汗を流した。

 

「あなたたちが裏切り者たちと協力して事を起こそうとしているのは知ってたんだよ。だから、ドレイク船長はあえてその策に乗った。その上であなたたちを仕留める為にね」

 

「これでチェックメイト……あなたたちも、アルゴー船に残ってるメンバーも、もう助からない……この戦いは、私たちの勝ちね」

 

「くっ……!」

 

 マスター、モードレッド、ロビン、そしてアイリスフィールはこの絶望的な状況に歯を食いしばる。脱出も退却も困難なこの状況では、人質を奪還する事など夢のまた夢だ。

 それでも、諦める訳にはいかない。外で時間を稼いでくれている皆の為にも、どうにかしてこの状況を切り抜けなければならないとマスターは強く覚悟を決める。

 

 しかし――

 

「……ああ、でもその前に……裏切り者の始末をつけないとね」

 

「!?!?!?」

 

 クロエのその呟きを耳にしたマスターは、まだ牢獄の中で捕らえられているアタランテへと視線を移す。

 身動きも出来ず、抵抗の手段も無い彼女を助け出そうとするも、そこまでの距離にはクロエたちが居る為に到達する事は出来ない。

 

「裏切り者はしっかりと調教し直して貰わないとね……! ソロモン様に可愛がってもらって、己の罪を噛み締めなさい!」

 

「また向こうで一緒に遊びましょうね! ……ああ、でも今度はあなたは便所行きかもしれませんね?」

 

 アタランテへと無情な言葉を投げかけたイリヤとクロエは、同時に腕を上げて何らかの構えを取る。

 嫌な予感に襲われたマスターは、彼女たちのその行動を止めようと大声で叫んだ。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 狭い船室内に響くマスターの怒声。しかし、それは何の意味も為さなかった。

 程なくしてイリヤとクロエは腕を振り下ろすと、それが合図であったかの様にアタランテを包む肉塊が収縮を始める。同時に、彼女の膣には太い触手が遠慮なしに叩き込まれた。

 

「はぐっっっ!!」

 

「アタランテっっ!!」

 

 アタランテの性器から純潔の証たる血が垂れる。蠢く肉の壁から、肉と骨の潰れる音が断続的に聞こえる。

 マスターは、処刑されようとしているアタランテに叫びかけ、何とかして彼女を救おうとした。しかし、無慈悲にもアタランテは肉の中に包まれ、その命を終えようとしている。

 

「マス、ター……気にするな……私は、大丈夫だ……」

 

「アタランテっ! 諦めちゃ駄目だっ!!」

 

「良いんだ……私は、お前を信じている……いつか必ず、私を助け出してくれるとな……だから、頼む……あの娘たちを、救って――」

 

 微笑みを見せ、自分たちを処刑したイリヤとクロエの二人を助ける様嘆願したアタランテの言葉は、最後まで紡がれることは無かった。

 マスターの目に映ったのは、全身を肉の壁に包まれるアタランテの姿……そして、蠢くその肉の中から漏れる、大量の赤い血だった。

 

「アタランテーーーっっ!!」

 

 肉が、骨が、砕ける音がする。アタランテを飲み込んだ肉壁は、彼女を消化するかの様にして咀嚼を続けた。

 やがて人型になっていた壁の膨らみは完全に消え失せ、アタランテが消滅したことを意味する。アタランテの無残な最期を目の当たりにしたマスターは、その場にがっくりと崩れ落ちると悔しさに拳を握り締めた。

 

「ごめん、アタランテ……! 俺が、もっと上手くやれてれば……っ!」

 

 自分の警戒心の薄さが招いた悲劇、マスターは悔しさと後悔に震え、握り締めた拳を船の床に叩き付けた。

 そんな、仲間を救えなかったことを悔やむカルデアのマスターの姿を嘲笑うイリヤとクロエは、彼に向けて挑発の言葉を口にする。

 

「大丈夫よ、元マスター……すぐに向こうで会えるわ。ソロモン様に調教される彼女の姿を存分に見てあげなさいな」

 

「自分を信じてるアタランテさんが、自分を裏切るまでの一部始終を見せてあげるね……それで、自分はソロモン様には敵わない哀れな虫けらだってこと、しっかりと自覚してね」

 

 うぞうぞと動く荒くれ者たちが、マスターに攻撃を仕掛ける準備を整える。銃や剣、拳を構え、彼の身を拘束しようとする。

 圧倒的有利な状況において、油断は厳禁だ。しかし、この状況でどう逆転が起きる? どうしたら自分たちが負けると言うのだ?

 もはや彼らの頭の中には勝利した後の宴の事しか無かった。戦利品である女たちを犯し、楽しむ事しか考えていなかった。

 

「それじゃ、やっちゃって」

 

 そして、その妄想を現実とすべく、彼らはイリヤの号令に合わせてカルデアのマスターたちへと襲い掛かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、BBA。アンタ何か勘違いしてないか?」

 

「あぁん? どう言う事だい?」

 

 砲撃の合図を出したドレイクは、無線機越しに聞こえて来た黒髭の言葉に眉をしかめた。意味深なその言葉の意味を探る彼女は、不機嫌そうな表情を浮かべて無口になる。

 まさか、自分は裏切り者では無いと言いたいのだろうか? だとしたら期待外れだ。大海賊エドワード・ティーチは、自分の見込むに相応しくない男だったと言う事になる。

 

 だとしたら自分の見る目の無さを嘆こうとしたドレイクであったが……どうやら、その必要は無さそうであった。

 

「……確かにアンタにゃあ一杯食わされたよ。まさか、俺たちの裏切りを見越して策を講じてるなんてな……だが、アンタにゃあ致命的なミスが一つだけあるぜ」

 

「ほぅ……? それは何なんだい?」

 

 ハッタリか、それとも事実か……不謹慎ながら、ドレイクはこの状況に堪らない興奮を感じていた。

 一体黒髭は何を言おうとしているのか? それがこの状況をひっくり返す程の物なのか? ドレイクは、それを期待せざるを得なかったのだ。

 

 黒髭はそんな彼女の表情を見ている様な、その性格を見切っている様な、そんな気持ちで、このやり取りを楽しんでいた。

 

「エウリュアレたんをそちらの船に乗せ、罠を仕掛けたってのがアンタの切り札だ。俺はそれを読み切れなかった……しかしなぁ、フランシス・ドレイク、アンタも俺の切り札を読み切れてはいなかったんだよ」

 

「……何?」

 

「ジョーカーを持ってたのはアンタだけじゃなかったってことさ。そしてなぁ……漫画でもラノベでもアニメでも、()()()()()()()()()()()()()()ってのはお約束なんだぜ?」

 

 意味深で、得意げな黒髭の言葉。それを耳にしたドレイクは、自分の心が湧きたっていることを感じていた。

 どうにも、これが自分の性分の様だ。危険だと、不利だと分かっていても、その状況に身を焦がす程の幸福を感じてしまう。このスリルが堪らないと、そう感じてしまう。

 

「……それじゃあ、見せておくれよ。アンタの切り札ってのをさ……!」

 

「慌てるなよ、BBA。焦んなくてもすぐにわかるさ」

 

 焦らす様な黒髭の言葉は、決して嘘では無かった。ドレイクは、すぐにその答えを知る事になる。

 

 次の瞬間に彼女が耳にしたのは、オケアノスの空気全てを震わす程の咆哮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 悲鳴が響く船室の内部で、カルデアのマスターたちは自分たちの目の前で何が起こっているのかを理解出来ていなかった。

 海賊たちが攻撃を仕掛けて来たまでは分かった。その行動に対し、ロビンとモードレッドは対抗しようとし、マスターはアイリスフィールを庇う様にして壁になった。

 だが、カルデアのマスターたちが次の瞬間に眼にしたのは、腕や脚が吹き飛び、悲鳴を上げながら崩れ落ちる海賊たちの姿だった。

 

「なんだよこれはぁぁっっ!?」

 

「何で!? どうして!?」

 

 悲鳴を上げる海賊たちの中に無事な人間は一人もいなかった。全員が負傷し、戦う事は不可能になっていた。

 この異常な事態に表情を変えたイリヤとクロエであったが、後続部隊も部屋の中に踏み込んで来ない状況に焦りを募らせる。

 これ以上の異変が起きる前に決着を付けねばならない……そう、二人が思った時だった。

 

「えっ……?」

 

 すぱり、と自分の肩に痛みが走った事を二人は感じた。何かに斬られたのだと、二人は思った。

 ほんのわずかな筈のその痛み……しかし、その痛みは段々と強くなり、熱を帯びて彼女たちの全身を激しく責め立て始める。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「痛いっ! 痛い痛い痛いっっ!!」

 

 ほんの少し斬られただけなのに、何故か体の内側が裂かれる様な痛みに襲われる。毒の耐性もメディア・リリィに付けて貰ったはずの霊基が、絶叫にも等しい悲鳴をあげていた。

 

「い、一体、何が……?」

 

 カルデアのマスターとサーヴァントたちは、一瞬にして制圧されてしまったクロエたちの姿を目の当たりにして茫然とする他無かった。

 自分たちは何もしていないのに敵が勝手に倒れたのだ、困惑するのも無理は無いだろう。

 

 兎にも角にも、これはチャンスだ。ロビンとモードレッドは苦しみのたうち回るイリヤとクロエを拘束し始め、周囲に敵の影が無いか確認をする。

 扉の向こう側へと視線を送り、廊下を確認した二人は、そこにも大量の敵が倒れている事に驚愕した。一体、どこの誰がこんな真似をしたのだろうか?

 

「……これを」

 

 その時だった。カルデアのマスターの背後から声が響いたのは。

 自分では無く、その後ろにいるアイリにかけられたその声に振り向けば、そこには先ほどまでには居なかった一人の男性が立っていた。

 深くフードを被った彼は、マスターと視線を合わせると申し訳なさそうに詫びる。

 

「……すまない、外の敵を排除するのに手間取った。そのせいで救援が遅れ……アタランテを救う事が出来なかった」

 

「あなたは……!!」

 

 血の様に赤いフードと灰色のアーマーに身を包んだその人物。彼は、マスターに詫びの言葉を口にした後でアイリへと無線機を差し出す。

 

「……この船の甲板にスピーカーを取り付けた。この無線機に向かって叫べば、君の声が聞こえる筈だ……教えてやると良い、君も彼女たちも、もう安全だとな」

 

 魔術回路を持つ者に致命的なダメージを与えるナイフをしまった彼は、自分を見上げるアイリに向けて淡々とそう述べた。

 アイリは、そんな彼に向けて涙を浮かべつつ笑顔を見せる。

 

「来て……くれたのね……!」

 

「いいや、最初から居たんだ。君たちが苦しむ姿を目の当たりにしながら、僕は何も動かなかった。ただ一回のチャンスを求め、エドワード・ティーチの策に乗って君たちを見捨て続けていた。僕は……ただの卑怯者さ」

 

「それでも助けてくれた! 私や、あの娘たちを助けてくれたわ! ありがとう、切嗣……!」

 

 アイリのその言葉に無銘の暗殺者は何も言わない。ただ、深くかぶったフードの下で、ほんの少しだけ救われた様な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、聞いて! 私の声が聞こえているのなら、戦いの手を止めて!』

 

 ヘラクレスが耳にしたのは、彼女の必死な声だった。その声に動きを止めたヘラクレスは、エミヤ・オルタに振り下ろそうとしていた武器を止めると聞き入る様にしてアイリの言葉に耳を傾ける。

 

『私はもう大丈夫よ! あの子たちの身柄も拘束したわ! もう、貴方を縛る鎖は無いの! もう……アイツらに従う理由は無いのよ!』

 

 ピクリ、と体が震える。その言葉が意味する事は、狂戦士たる彼でも理解出来た。

 イリヤとクロエ、そしてアイリスフィールは無事にカルデアのマスターの手で奪還された。彼女たちはもう、苦しまずに済む。

 あとは……彼女たちを嬲り続けた者たちに、その罪を清算させるだけだ。

 

『だから、だから……やっちゃいなさい、バーサーカー!!』

 

 そんなヘラクレスの思いに応える様に海上に響いたアイリの声にヘラクレスは笑い、そして――

 

「■■■■■■■ーーーッッ!!」

 

 空気を震わせる雄叫びで、船に向かって飛来していた砲弾全てを炸裂させてみせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、作戦は上手く行ったみたいだな」

 

 オケアノスの海に響いた大英雄の咆哮を耳にしたクー・フーリンは、作戦の成功を確信して笑みを浮かべた。

 あのヘラクレスが味方に付いたと言う事は、マスターたちが無事にアイリたちを確保したと言う事を意味する。人質の奪還は、無事に成功したのだ。

 

 だがしかし、まだ戦いを止められない者も存在した。エウリュアレを人質に取られているアステリオスがそれだ。

 ステンノの身柄は拘束したが、エウリュアレはドレイクの船の中に囚われている。まだ彼女は、敵の手の中に居るのだ。

 そしてもう一人、メドゥーサもまた戦いを止められはしなかった。彼女もまた、エウリュアレが居る以上は従うしかないのだから。

 

 しかし……彼女たちもまた、自分たちの敗北が決定的になりつつあることを悟っていたのだ。

 

「う、うぅぅ……うぅぅぅぅぅ……」

 

 救えない、守れない、助けられない……そんな絶望的な思いに駆られたアステリオスは、膝を付いて泣き始めた。

 戦いに敗れたとあれば、ソロモンは間違いなく自分たちを罰するだろう。そうなれば、残り一人となった女神であるエウリュアレがどれほどまでに酷い目に遭う事になるのだろうか。

 

「ごめん、えうりゅあれ……ごめん……!」

 

 大好きなエウリュアレが傷つき、苦しむ姿を想像したアステリオスは、自分の不甲斐なさを呪う。彼女を救う事も、敵を屠る事も出来ない無力な自分を呪った。

 涙で甲板を濡らし、蹲り続けるアステリオス……そんなアステリオスの肩に、暖かな手が触れた。

 

「男の子がそんな風に泣いてちゃあいけないよ。君のそんな姿を見たら、大好きな娘だって悲しむだろうしね」

 

「あ……」

 

 優し気な笑みを浮かべ、自分を励ましているのはダビデ……自分たちが追い続け、その身柄を捕らえようとしている男だった。

 アステリオスはダビデの姿を涙で濡れたじっと見つめ続ける。そんな彼に向け、ダビデはある一点を指差して見せた。

 

「え……?」

 

 ダビデが指差したのは大海原の一点、一見すると何もない様な場所だ。しかし、良く目を凝らせばそこに動く何かが見える。

 それは小舟であった。海戦を繰り広げるこの海域に迷い込んだ一隻の小舟……その乗組員の姿を見たアステリオスは、驚きに眼を見開く。

 

「あ、あ……!?」

 

 見間違うはずも無かった。ずっと大切に思っていた存在が、そこには居た。

 その事に気が付くが早いが、アステリオスは甲板をかけてその小舟へと跳躍する。ぐんぐん近づく船の上に居る人物の姿をはっきりと目視した時、彼は大声でその名を呼んだ。

 

「えうりゅあれーーっっ!!」

 

 無事に船に着地したアステリオスであったが、巨大な彼の体重を支えられる程、船は丈夫ではなかった様だ。無残にも真っ二つに折れた船に驚きつつ、アステリオスは急いでエウリュアレを抱えて海に飛び込む。

 

「えうりゅあれ……ほんとうにえうりゅあれなの?」

 

「あら? あなたは私の事を見間違うの? 随分と薄情者になったじゃない」

 

「う、あ……!!」

 

 からかう様な、それでいてとても優しいその声を聴いたアステリオスは、彼女が本物のエウリュアレである事を確信する。そして、海の塩水に紛れて嬉し涙を零した。

 

 彼女は無事に帰って来た。もうこれで、自分がカルデアと敵対する理由は無い。もう、安心して良いのだ。

 エウリュアレと共に再びアルゴー船に乗り込んだアステリオスは、安全地帯にエウリュアレを送ると今まで自分を化物呼ばわりして来た海賊たちに怒りの形相を向けた。そして、その巨体に相応しい雄叫びを上げる。

 

「オオォォォォォォォォォォッッ!!」

 

 アステリオスの咆哮を耳にして委縮する海賊たち。彼らの姿を見たアステリオスは思う。

 自分を化物呼ばわりした事も、嗤った事も、嬲った事も、全て許そう。確かに自分はその通りで、醜い化け物なのだから。

 しかし、エウリュアレを傷つけた事だけは容赦しない。彼女に涙を流させたことだけは、絶対に許せない。

 

「おまえたち、ぜったいに……ゆるさない!!」

 

 爆発した怒りの感情のまま、アステリオスは愚かな男たちに向けて牙を剥き、その剛腕で一人、また一人と敵を仕留めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で、どうして……? 何故、下姉様が……?」

 

 メドゥーサは突如として現れたエウリュアレの姿に困惑を隠せなかった。勿論、彼女の無事を喜ぶ気持ちはあるのだが、それ以上に理解が追いつかないのである。

 一体どうして、ドレイクの旗艦に囚われていたはずの彼女が脱出出来たのか? 一人では絶対にそんな事は不可能であるはずだ。

 であるならば、何故彼女はこうしてここに辿り着いたのか? その理由を探り続けたメドゥーサは、唐突にある事実に気が付いた。

 

「あ……!?」

 

 思えば、自分たちの行動は既にカルデア側に漏れていた。最初の包囲網も然り、艦船の位置も然りだ。

 作戦を決行する前に奪還された幼いメドゥーサやメアリーにはその情報を知る方法は無い。つまり、裏切り者は戦いが始まるまで自分たちの側に居た事になる。

 では、それは誰なのか……? ドレイクは黒髭やアタランテたちだと睨んでいたが、本当にそれだけだったのだろうか?

 

 もし、その予想が正しかったならば、エウリュアレがこうして脱出している事はおかしい。彼らはエウリュアレが秘密裏に護送されていた事は知らないのだから。

 エウリュアレがドレイクの旗艦に移されている事を知っている人物はごく僅かだ。作戦の立案者であるドレイクとメディア・リリィ、彼女を人質に取られているアステリオスと自分、そして――

 

「……これで人質は全員奪還されましたわね」

 

 メドゥーサの隣に立つその人物が口を開く。どこかさっぱりとした口調で微笑む彼女は、この状況を喜んでいる様に見えた。

 いや、実際に喜んでいるのだろう……何故なら、こうなる様に手引きしたのは他ならぬ彼女だからだ。 

 

 考えてみればそうだった。作戦の決行前、自分は裏切り者の候補であるアタランテを厳重に警戒していた。そして、その最中に彼女が怪しい行動を取る事は無かった。つまり、アタランテはカルデア側に作戦の情報を漏らせてはいなかったのだ。

 なら、誰が情報を漏らしたのか? 黒髭とヘクトールはドレイクとメディア・リリィが監視していた、彼らも違うのだろう。

 

 裏切り者と思わしき人物たちは全て監視されていた。監視していたはずだった。しかし、それら全てを隠れ蓑にしている者が居たとしたらどうなるだろうか?

 敢えて、疑わしさを前面に出したアタランテとそれをフォローする形で動く黒髭。そんな面々に疑いの目を向けさせる事で、見事に裏切り者である事を隠しきった人物が居たのだ。

 考えてみれば、彼女ならば連絡も簡単だ。既にアルゴー船の内部に送り込まれた相棒と淫紋令呪を介して会話することが出来る。誰の目にも怪しまれぬまま、情報を送る事が出来たのだ。

 

 その事実に気が付いたメドゥーサに対し、彼女はふわりと微笑んで見せた。そして、着ている服の腹部分をめくり、下腹部に刻まれている()()の淫紋令呪を見せつける。

 

「あなた、もうカルデア側に協力して……!?」

 

「ええ、大正解ですわ。いかがでした? 私の演技……アカデミー賞、取れると思いますか?」

 

 いつもと同じ、どこか惚けた様な雰囲気で笑いながら、四人目の裏切り者アン・ボニーはメドゥーサの肩を叩く。

 気が付けば、自分の周囲には彼女の相棒であるメアリーやもう一人のメドゥーサが近寄り、同じ様な笑みを見せていた。

 

「……もう、お芝居の必要はありません。ここからは、やられた分をやり返すだけです!」

 

「ええ、そうさせて頂きましょう! ……メアリー、準備は良い?」

 

「何時でも良いよ、アン!」

 

 自分だけが知らなかった筋書きが今、形を成そうとしている。圧倒的な戦力差も、人質の存在による不利も、巧妙に仕掛けられた罠も、全てを乗り越え、カルデアのマスターたちは大逆転を掴んだのだ。

 

「……ああ、そう言うことですか。ああ……本当に……」

 

 自分は馬鹿だ、とメドゥーサは苦笑した。そして、今はそんな状況では無いと思いなおす。

 自分の馬鹿さ加減も、弱さも、何もかも……今はどうだって良い。そう、今の自分がすべきなのは――

 

「……始めましょうか、私」

 

「ええ、そうですね。迷惑をかけた分、活躍しなくてはいけませんね」

 

 幼い自分の声に頷いたメドゥーサは、錨を手にして獰猛な視線を男たちに向ける。

 哀れな事に、ソロモン海賊団の男たちは、神話に名高い怪物と両翼が揃った女海賊たちの狙いに定められてしまった様だ。

 

「では、お覚悟を……」

 

「良い思いは出来たでしょう? 姉様たちの分まで、借りを返させて頂きます」

 

 4人の女性たちから発せられる圧に男たちは後退った。もはや勝敗は決した様なもの……男たちのその思いに拍車をかける様に、メアリーとアンは同時に叫ぶ。

 

「「さぁ……海賊様のお通りだ!」」

 

 その言葉を皮切りに襲い来る女性英霊たちの姿に、男たちは狂乱の叫びを上げて逃げ回る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

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