「……あら? ここは何処かしら……?」
一面真っ白な世界にやって来たアンは、見覚えのないこの場所を見回して首を傾げた。
記憶上、自分はオケアノスの海に浮かぶ『黄金の鹿号』に乗り込んでいたはずだ。しかし、この空間では海の臭いも船の揺れも感じられない。間違いなく、ここは海の上では無いだろう。
であるならばここは何処なのか……? 再度周囲を確認しつつ、警戒を怠らなかったアンの耳が物音を捉える。
その音に反応して振り返った彼女が見たのは、これまた見覚えのない一人の優男だった。
「やあ、初めまして、かな?」
「……どちら様ですの? あなたが私をここに呼び寄せたと判断してよろしいのでしょうか?」
突如として現れた謎の男に対し、アンは丁寧ながらも敵意を醸し出す口調で話しかける。その手には愛用の武器であるマスケット銃も握られており、彼女の強い警戒心が表れていた。
しかしながら、男は柔らかな微笑を浮かべたまま微動だにしない。自分に対して敵意を向けるアンと向かい合いながらも、その表情には余裕が見て取れる。
どうやらこの男には、アンが何をしても対応出来る確信があるのだろう。自分をここに呼び寄せた以上、抵抗を受ける可能性を考えないと言うのは愚かな事だ。無論、その対策をしないのは輪を掛けて愚かであろう。
(どうやら話を聞く必要がありそうですわね……)
覚悟を決めたアンはマスケット銃を下ろし、謎の男に油断無く視線を向けながらも彼の行動を待つことに決めた。男はそんなアンの対応に頷きながら口を開く。
「結構、君が聡明な人間で助かったよ……なに、身構える必要は無い。僕は君の味方さ」
「……この状況ではいそうですかと納得出来るとお思いですか?」
「まあ、そうだろうね。しょうがない、しがない魔術師の僕だが、少しは信用に足ると言う所を見せなければならないだろう。では、お近づきの印に君の望む物を見せてあげるとしようか……」
そう口にした男が手にしている杖の石突を地面にぶつけると、アンの周囲の世界が歪んで行った。
一体何が起きようとしているのかわからないアンが周囲への警戒を強めていると――
「アン……ねえ、アン……」
自分を呼ぶその声に再び振り返ったアンは、声の主の姿を見て目を見開いた。
そこに居たのは彼女の相棒であり、今はあまり役に立たない存在であるメアリー・リード……彼女は、全身を白濁液で汚しながら、アンに向けて良い笑顔を向けていた。
「アン……ボク、頑張ったよ……! 男の人たちの為に頑張って、一生懸命ご奉仕したんだ……! これで良いんだよね、アン?」
精液と雌汁の混じり合った酷い臭い、それを体からまき散らすメアリーは、光の灯っていない目でアンを見つめながらそう尋ねる。
アンは、そんな彼女の姿に口元を覆い、驚きの視線を向けた後で――
「ええ! その通りですわ! やれば出来るじゃないですか、メアリー!」
平然と、そう言って見せた。
「そう、その調子ですわ! あなたは望まれるならばどんなことでもしなくてはなりません。私や他の雌奴隷たちの様な魅力が何もないあなたには、そうするしかないのですから!」
「そっか……そうだよね、アン!」
アンの言葉に疑いを持つことも無く大きな頷きを返すメアリー。まるで彼女の言う事が全てであるかの様なその態度にアンは気分を良くしつつ笑う。
「ええ、頑張ってくださいね……! 少しでもソロモン様のお役に立てる様、努力し続けるんですよ?」
「うんっ!」
子供の様な無邪気な表情で笑うメアリーは、その言葉がいかに残酷なものであるかに気が付いていない様子だった。
自分は役立たずであるとはっきり言われていると言うのにも関わらず、彼女はアンの言葉を全て肯定して更に惨めな存在に堕ちようとしているのだ。
そして、アンもまたそんなメアリーの事を正しいと思っていた。堕ちる事、奴隷として相応しい振る舞いを身に着ける事、それが重要な事だと、アンは思い込んでいた。
「それじゃあ、ボクもっと頑張るよ。もっともっと無様で立派な雌奴隷になる!」
そう宣言したメアリーの笑顔を最後に、再び景色が歪む。軽い眩暈を感じて瞳を閉じたアンが次に目を開くと、そこには様相の変わったメアリーの姿があった。
「アン……アン……これで、良いんだよね……? ボクは、これで良いんだよね……?」
そう問いかけるメアリーの体は、酷い有様になっていた。先ほどよりも大量の精液を浴び、鼻が曲がる程の悪臭を放っている。
酷いのは臭いだけでは無かった。メアリーの小さな体には新たな傷が幾つもつけられており、更には彼女を抱いたであろう男たちが刻んだふざけた紋様のタトゥーも刻まれていたのだ。
裂傷、火傷、人としての尊厳を投げ打つ様な無様な刺青……それらを刻まれたメアリーは、まさに雌奴隷と呼ぶに相応しい存在になっている。ようやく彼女がソロモンの望む存在になれた事を心の中で喜ぶアンであったが……
「……?」
何故か、自分の胸がチクリと痛んだ事に気が付いたアンは、その理解出来ない現象に対して顔をしかめる。
これほどまで喜ばしい事が目の前で起きているのに、何故自分は心を痛めているのだろうか? 何がそんなに悲しいと思ってしまうのであろうか?
僅かに生まれた違和感に動揺するアンであったが、しかしてその感情を無視してメアリーへと視線を向ける。
相棒からの視線を受けたメアリーは、先ほどよりも濁った瞳のままアンへと呟いた。
「アン、まだ足りないんだよね? 皆が言うんだ、お前は駄目な屑サーヴァントだって……だから、ボクはもっと頑張らなきゃいけないんだよね? うん、そうなんだよね……」
自分の言葉に自分で頷いたメアリーは、瞳をより混沌とした色に染める。そして、一層感情を失った表情のままもう一言呟いた。
「もっと……ボクは、もっと……」
ぐにゃり、と視界が歪む。またこれかとアンは思った。
世界が捻じれ、再構築される感覚……次にアンが見たのは、またしてもメアリーの姿だった。
「アン……ねえ、アン……ごめんね、アン……」
メアリーは微笑んでいた。そして涙していた。そんな彼女の体からは、右脚が消えていた。
体の傷は先ほどと同じで、ただ下半身の一部分が無くなっているメアリーの姿を見たアンの胸の痛みが倍増する。彼女の身に一体何が起きているのか? それが理解出来ないでいるアンに向け、メアリーは相反した感情を浮かべる狂った表情のまま口を開いた。
「ごめんね、アン。ボク、戦いに負けてこんな体になっちゃったんだ……ソロモン様も呆れ果てて、ボクを治療しない事に決めたんだって……でも、しょうがないよね。ボクはゴミみたいなサーヴァントで、使えない事がこれで証明されちゃったんだもんね……」
「え……?」
「だからね、アン……ボクはもう、君と一緒に戦えないんだ。こんな体のボクが居ても邪魔でしょう? ソロモン様もそう思って、ボクとアンの繋がりを断ち切ったんだ。だからもう、ボクと言う重荷を背負わなくて良いんだよ、アン……」
地べたに座り、悲しそうで嬉しそうな表情をしたメアリーが言う。その言葉を耳にした時、アンの背筋には何とも言えない悪寒が走っていた。
「これからボクは、性処理用の便所サーヴァントとして生き続けるよ……アンはソロモン様の為にもっともっと頑張ってね。ボクと言う重荷が無くなった今、アンはもっと高い所に飛べるはずなんだからさ……!」
アンの胸に広がる痛みは、メアリーの言葉を聞く度に強くなっていた。何かが、何処かがおかしいと叫ぶ心とこれで良いと訴える心がせめぎ合い、その痛みを生み出しているのだとアンは思った。
そしてまた世界が歪む。次は何が起きるのか? 膨れつつある恐怖を感じるアンが変化の収まった世界で目にしたのは、メアリーと彼女を抱く一人の男だった。
「あっ♡ あっ♡ んあっ♡ あぁぁっっ♡」
「メア、リー……?」
男に抱かれる相棒の姿を目にしたアンの口から茫然とした声が漏れる。目は見開かれ、目の前の光景を認められないと言う思いが表情に浮かび上がっていた。
アンが目にしたメアリーには、腕が無かった。脚も無かった。四肢がなくなり、達磨状態で男に抱かれて……いや、
それは奴隷としては正しい姿なのだろう。しかし、女性として、人間としてはあまりにも惨めで哀れな姿だった。そんな状況であるにも関わらず、幸福そうな顔をしているメアリーに対し、彼女を抱く男がその耳元で囁く。
「ほれ、かつての相棒とのご対面だぞ? 最後なんだから、挨拶をしないか」
「はい、ソロモン様……♡」
メアリーの首を絞め、顔を殴り、体中を傷だらけにしながら腰を振るソロモンは、完全に性処理の道具としてしかメアリーを見ていない。もしくは、自分を楽しませる玩具か何かだろう。
メアリーもまたそんな扱いを受け入れ、悦びを見出している……今のアンにとってそれは喜ぶべき事なのに、何故か心の中がざわめいている。
そんなアンの胸中を知らぬまま、メアリーは狂いに狂った笑顔を彼女に向ける。そして、その口から驚くべき言葉を言った。
「あのねっ、アンっ♡ ボク、完全に便所堕ちするんだっ♡ 全サーヴァントで初めての、完全便所サーヴァントになるんだよっ♡ すっごく名誉で、無様な事だよねっ♡ だってもう、ボクには性処理以外の事は何も出来ないって言われてるんだからさっ♡」
「は? え……?」
「あともう一回イったらね、ボクの意思は欠片も残らず消えてなくなるんだっ♡ 思考も意思も完全に消え去って、男の人たちに体中の穴と言う穴を使って頂く為の達磨サーヴァントになるんだよっ♡ 使いたい時に引っ張り出されて、好き勝手に使って貰って……壊して、潰して、嬲って、飽きたらお終い、そんな糞みたいな存在になれるんだ♡」
「え? え?」
「もう少しでイク所だったからさ、最後にアンに会えて嬉しかったよ♡ ソロモン様は本当に慈悲深いんだね……♡」
うっとりとした声を漏らしながら視線をソロモンに向けたメアリーは、ただ嬲られるだけの存在としての幸福を全身で享受していた。と言っても、彼女の全身はもはや嬲られる為の物として改造されており、そう感じる様に意思を調整されただけなのだが。
その調整を行った張本人は、意思のあるメアリーとの最後のセックスを続けながらも彼女に一切の容赦をする事は無かった。美しい銀色の髪を掴み、それを思い切り引っ張りながら、性交に集中出来ていないメアリーに叱責の言葉を飛ばす。
「無駄口を叩いている暇があったら膣を締めろ。性奴隷としての心構えが足りないのではないのか?」
「ああ、申し訳ありません……! もう何も喋りません、一生懸命おまんこ締めますからっ! だから……ボクを壊して下さいっ!!」
破滅的な願望を口にするメアリー。彼女の言葉を聞いたソロモンが怪しく笑うのをアンは見逃さなかった。
「あぎぃぃぃぃぃぃっっ!!」
一際大きく腰を突き出したソロモンの動きにメアリーが甲高い悲鳴を上げる。メアリーの小さな体が激しく震え、乳首と陰核に嵌められた趣味の悪いピアスがチリチリと音を鳴らす。
「あぐっ! ぐぅぅっ! おっ、おぉぉっっ!!」
「泣け、喚け! 無様に喘ぎ、己が意思を投げ捨てるのだ!」
愛も思いやりも何も無い、ただの激しいピストン。小さなメアリーの体を乱暴に扱い、腹を突き破らん勢いでソロモンは腰を振っている。 そんな乱暴なセックスに悦びを見出し、快楽を得るメアリーは、自らに破滅をもたらす絶頂に向けてひた走っていた。相棒に言われ続けた完璧な性奴となれることを、彼女は喜んでいたのだ。
「あ、へぇ……へぁぁ……!!」
「あ、あ……!?」
肉棒の一突き毎に狂い、壊れて行くメアリー。彼女の心にひびが入る度、彼女の下腹部に刻まれている淫紋令呪がどす黒く輝く。やがて、その輝きが絶頂に達した時、淫紋令呪はメアリーの全身へと広がって彼女の体を完璧にソロモンの物とした。
下腹部から始まって胸、首、そして顔に至るまでのメアリーの体に黒化粧を施した淫紋令呪は数度輝きを放って完璧に定着する。その光景を見たアンは、これでもうメアリーが絶対に助からないと言う事を理解してしまった。
「ふはははは! 堕ちたか、他愛もない……! これで、この雌奴隷の全てはこのソロモン王の物! 未来永劫、魂の一欠片に至るまで、このソロモンの自由となった! はははははははは!」
「あ、あは、あははははは……」
ソロモンの笑い声を耳にするメアリーの瞳からは光が完全に消え失せようとしていた。口から洩れる笑い声も、永遠の主となった男の笑い声を反芻しているだけなのだろう。
メアリーの命、そして未来はここで潰えようとしていた。彼女の全てを手に入れたソロモンは、トドメとばかりに腰を振って彼女の子宮を叩き潰す。
「そら、これで完全なる奴隷の完成だ! 偉大なるソロモン王の役に立てる事、光栄に思うが良い!」
「あっっ! ぐっぅ! んあぁぁぁぁぁぁッッ!!」
ピストンを受けるメアリーの体が魚の様に跳ねる。全身に刻まれた淫紋令呪からは黒い電撃が弾け、彼女の体により深い快感を与えている。
終わる、全てが……メアリーの今までも、これからも、ソロモンの手によって全てが塗り潰される……そんな予感を感じながらも、アンは何も出来ないでいた。まるで金縛りにあったかの様に指一本動かせないまま、目の前の光景を見続けるしか無かった。
そして――その時がやって来る。様々な意味での終わりを孕んだその時が、ついに訪れる。
「あ、あっっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
甲高い、掠れる様な悲鳴。それは意思のない機械が壊れる寸前の断末魔の叫びに似ていた。
それと同じ様な音を上げ、ソロモンの精を女性の最奥に受け、メアリーは全身を硬直させて絶頂を迎える。全身の淫紋令呪が眩いばかりに光り、彼女を戻れない深淵へと導いていく。
「……ア、ン……サヨ、ナ、ラ……」
最後に相棒の名を口にしたメアリーの瞳から光が完全に消え去る。心も、魂も、全てが消え去った。
彼女はもうただの性奴隷で、男たちの欲求を満たす為の便所になったのだ。再度召喚されたとしても、もうメアリーに意思が戻ることは無い。淫紋令呪は、ソロモンの施した魔術を完璧にメアリーの霊基に定着させた。この淫紋令呪が解呪されない以上、メアリーの意思が戻ることは無い。
そして、ここまで成長した淫紋令呪が解呪されることは無い。例えソロモンが死んだとしても、その術式は文字通り呪いとなってメアリーの魂を縛り続ける。
つまり――メアリー・リードの魂は、永遠の闇の囚われ、終わりのない凌辱を永劫受け続ける。その苦しみを苦しみとすら感じられないまま、彼女は意思のない人形として在り続けるのだ。
完全に自分の物となったメアリーの膣内に精液を放ち終えたソロモンは、口元を釣り上げて笑みを浮かべる。そして、玩具を放り投げるかの様にメアリーの体を地面へと叩き落した。
「………」
「まあ、堕ちるまでは十分に楽しめたが、こうなってしまっては面白みも無いな……何より、貧相過ぎて性処理に使うには物足りん。お前もそう思うだろう? あぁ?」
「え、えぇ……そう、です、わね……」
主が口にした言葉、それは自分が常にメアリーに言い続けていた物と殆ど同意義だった。メアリーは役立たずで、男を満足させられない屑だと、そう言って自分は彼女を追い込み続けていた。
自分が口にしていた言葉だから、アンはソロモンの言葉を否定出来ない。頷いて、震える声で肯定するしかない。
だがそれでも、胸の中のざわめきは収まってはくれないのだ。むしろもっと酷く、大きなざわめきとなってアンの胸を内側から突き刺す様な痛みを与えて来る。
「……さて、それは何処ぞにでも放って置け。私は他の雌共を嬲って来よう。壊れた道具に興味はない、後は男どもが飽きるまでそれを使ってくれるだろうさ」
メアリーを終わらせたソロモンは、慈悲も何も無い言葉を口にして姿を消した。この場に残るのは、何もかもを失い地面に横たわるメアリーと、それを見つめるアンだけだ。
アンは、全身に淫紋令呪が広がり、変わり果てたかつての相棒へと近づいてその額を撫でる。そして、震える声のまま彼女を賞賛し始めた。
「メアリー……何て、立派な姿でしょう……あなたはソロモン様の完全なる下僕となり、その魂を捧げたのですね。私は、今のあなたを見て、とても誇らしく……誇、らしく……」
賞賛をすべきだった。何もかもを打ち捨て、自分の言う通り男の為の玩具となったメアリーをアンは賞賛するべきだと思っていた。だが、それをもう一つの感情が許してはくれない。
声が詰まる、視界が涙で滲む、これは、本当に自分が望んだ結末だったのかと疑問が湧き上がって来る。
それは徐々に慣らされて行けば生まれる筈の無い疑問だった。じわじわと、長期にわたって壊れるメアリーや他のサーヴァントを見ていれば、アンはそうは思わなかったのだろう。しかし、この短期間で壊れ行くかつての相棒の姿を見続けた彼女は、こう思わざるを得なかった。
これが、自分とメアリーが望んだ幸福なのだろうか、と……
「……がう、ちがう……こんな、こんなこと……」
真下のメアリーの頬に涙が落ちる。いつの間にか涙していたアンの頬を伝い、零れ落ちる温かい雫がメアリーの蒼白な頬を濡らす。
だが、メアリーはアンを慰める言葉を口にする事は出来ない。涙を拭う手も、抱き締める腕も、共に歩む脚も……魂も何もかもを彼女は失ってしまったから。
そう、彼女の相棒であった、他ならぬ自分のせいで。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
もうメアリーは笑ってはくれない。自分を叱る事も共に騒ぐ事も出来ない。自分の導きのまま、彼女は性処理の道具として完成してしまったから。何もかもを捨て去ってしまったから。
その事に気が付いたアンの胸の中のざわめきは膨れ上がり、罪悪感となって爆発した。ようやく自分がしでかしてしまった事の重大さに気が付いたアンは、何の反応も示さないメアリーの体を揺さぶって狂った様に叫ぶ。
「お願い! 私を見て、メアリー! 私が……私が間違っていたから……! あなたのこと、大切に思っていたのに、あんなことを言い続けて、苦しめて……! 本当は違うの、こんな事望んではいなかったの! ごめんなさい! ごめんなさい……!」
泣いて、叫んで、喚いて……アンは、思いの丈を全てメアリーへとぶちまけた。謝罪の言葉を口にして、自分の非を全て認めて、彼女に許しを請う。しかし、メアリーはそんなアンに対して何も言ってはくれない。視線を向ける事すら、今の彼女には出来ないのだ。
「メアリー、メアリー……! 私は、取り返しのつかない事を……!」
もう何も出来ない。こうなってしまった以上、メアリーを救う手立ては何も無い。自分は、大切な相棒を自らの手で壊してしまった。
後悔と絶望に打ちひしがれすすり泣くアン。彼女が自分の過ちを十分に理解したその瞬間だった。
「……これは君の望んだ結末じゃあ無かったみたいだね? でも、この終わりはじきに現実になるよ? このままだと、彼女は本当にこうなってしまう」
「!?」
突如自分に囁かれた言葉に顔を上げたアンは、壊れたメアリーやソロモンの城の内装が周囲から消え去っている事に気が付いた。再び最初の真っ白な空間で、謎の優男に優し気に微笑まれているだけだ。自分が今見た物は夢だったのだろうか?
いや、そうではないだろう。アンは、確信に近い思いを抱いていた。この男の言う通り、このままでは先ほどの光景は現実になってしまうのだと、そう理解していた。
「それで、どうする? 君が行動しなければ、彼女は間違いなくソロモンの手で壊されてしまうだろうね。このまま黙って、あの結末を迎えるかい?」
「メアリー……」
ぞっとする光景、悪夢などと言う言葉では生温いあの絶望感……それを目にしたアンは、在りし日のメアリーの様子を思い出す。
最高にして唯一の相棒、励まし合い、助け合いながらここまで共に歩んで、羽ばたいて来た最大の友。彼女は今、自分のせいで壊れつつある。それを見捨てる事など出来る筈も無い。
「……やります、それがどんな茨の道であろうとも……メアリーを救う事が、私の出来る罪滅ぼしなのですから……!」
感情と光を失ってしまったメアリー。彼女に再び笑顔を取り戻させる事こそが、彼女を傷つけ続けた自分に出来る唯一の贖罪だ。
アンは硬く決意する。必ず、もう一度メアリーの心を蘇らせると……その為ならば、何でもしてやると心に決めた。
そして、そんな彼女の事を謎の優男は頼もし気に見つめていたのであった。
「……ねえ、アタランテさん。私、夢を見ましたの……良い夢とは言い難かったですが、お陰で目が覚める思いになりましたわ」
「ああ、そうか……お前も、か……」
翌日、船内の人気の無い場所で出会った二人は、お互いの顔を見ないまま横並びになって話し始めた。どうやら、お互いの目的はほぼ同じである様子だった。
「……まずはメアリー、だな」
「ええ、そうですわね」
幸いにも次の一手に関する意見にも合致が出た。最初にカルデアのマスターに届けるのは、精神が壊れつつあるメアリーであると言う事にアタランテも異論は無い。その為の機会も、彼女は見つけ出してくれていた。
「先ほどドレイクたちの会議を盗み聞きした。却下されていたメディア・リリィの案を後押しし、私たちが独断専行してアルゴー船に向かう、そして――」
「作戦の失敗を装い、メアリーをマスターの下に送り込む……上手く行きますかね?」
「信じるしか無いだろう。そこまで表立って動けはしないんだ。ある程度はマスターたちの実力を信じるしかない」
「……そうですわね、信じましょう。彼らの事を……!」
屈託のない笑顔を浮かべ、自分たちを大切に扱ってくれたカルデアのマスターの事を思い浮かべたアンは、彼を信じる事に決めた。数々の修羅場を潜って来た彼ならば、この急襲も凌いでくれるだろうと信じて作戦の内容を決めにかかる。
「……アン、この作戦が上手く行ったら、お前は徹底的に裏切りを悟られぬ様に動け。お前は淫紋令呪を通じてメアリーと交信できるはずだ。その特性を活かし、ドレイクたちに悟られぬ様にこっちの情報をマスターたちに伝え続けるんだ」
「わかりましたわ。しかし、あのドレイク船長の目を盗み続けられるでしょうか……?」
「大丈夫だ。……疑いの目は私が引き付ける。黒髭も何やら動いている様だ、彼とも連携しつつ、私は裏切り者としての疑いを一身に引き付けよう。お前が普段通りでいれば、ドレイク船長も私と黒髭は疑ってもお前までもを疑いはしないだろう」
「そう、ですわね……」
完全に堕ち切り、男たちに股を開いていたアン。そんな彼女が裏切り、カルデアの為に暗躍しているとは、誰も信じないだろう。策士である黒髭や抵抗を見せていたアタランテには出来ないその役目を引き受けながら、アンはアタランテの身に降りかかるであろう不幸に心配を抱く。
しかし、それを案じても意味は無い……であるならば、彼女の事を信じる他無いのだろう。全てが上手く行き、全員でカルデアに戻れると信じて行動することが、自分にとっての最善策であるはずだ。
「……やるぞ、アン。裏切り者である私たちがマスターに報いるには、こうする他無いのだからな」
「ええ……必ず、メアリーを助け出してみせますわ……!」
人知れず反旗の狼煙を上げた二人の女英霊は、強い覚悟を胸に頷き合う。大切な物を取り戻して見せると、そう決意した二人は早速行動を開始したのであった。