「……ああ、これは負け戦だね。どうしようもない」
「船長……!」
『黄金の鹿号』の船長室で戦いを見守っていたメディア・リリィは、ドレイクの呟きに悲痛な声を漏らす。だが、彼女もこの戦が敗色濃厚である事を十分に理解していた。
万全の状態である筈だった。戦力は遥かにこちらが上で、人質も用意していた。彼らが来るまでの行動も完璧で、裏切り者の存在も把握していたはずだった。
しかし、そうでは無かった。最後の最後で自分たちはアン・ボニーと言う裏切り者に気が付けなかった。黒髭が隠していた
その結果が人質の奪還とそれによる仲間たちの離反。戦力も逆転された今、ドレイクたちに勝ち目は残ってはいなかった。
「あ~あ、やっちまったねぇ……きちんとクルーの状態を確認出来て無かったアタシの落ち度かな、これは」
「くっ、ううっ……!!」
自嘲的なドレイクの呟きに目を伏せたメディア・リリィは、苦し気な嗚咽を漏らす。敗北は確定的であり、ソロモンから託された使命を果たすことはもはや叶わない。自分たちの残された道は、二つに一つだ。
一つは自害し、ソロモンの下に戻る事。敗戦の責任は取らされるだろうが、汚名を雪ぐチャンスは生まれる。
もう一つはここで捕縛されることを覚悟して戦う事だ。最後まで意地を見せる事でカルデアに対する反抗の意思を表明することも出来る。
ドレイクがどちらを選ぼうとも、メディア・リリィはそれに従うつもりだった。彼女は非常に有能な指揮官であり、自分の事をしっかりと気にかけてくれていた女性でもある。
尊敬する船長の指示ならばどうあっても喜んで従おう、そう考えているメディア・リリィに向け、ドレイクが下したのは戦いの指示だった。
「……アレ、使おうか。準備は出来てるだろう?」
「っっ!? は、はいっ!」
ドレイクの指令を聞いたメディア・リリィは緊張感を抱きながら大きな声で返事をした。ソロモンから渡された最終兵器、それを彼女は使おうとしているのだ。否が応でも緊張感が高まる。
だが、メディア・リリィはそれを無理矢理封じ込めて術式を解放した。ドレイクと共に最後の戦いに挑む為、彼女は残る魔力を全てそれに注ぎ込む。
「……解放の準備は整いました。後は……」
「そうかい、ご苦労さんだね。なあ、メディア……」
「はい?」
最終兵器を使う為の準備を整えたメディア・リリィをドレイクが労う。そのまま彼女へと何かを口にしかけた彼女に対し、メディア・リリィが視線を向けると――
「……お前とはここでお別れさね」
「え……?」
ドレイクの言葉を耳にしたメディア・リリィは、その言葉の意味を理解出来なかった。それがどう言う意味かを問いかけようとする前に、メディア・リリィは自分の胸に衝撃を感じて後ろに後退る。
「あ、え……?」
衝撃を感じた胸に手を当てたメディア・リリィは、その手が真っ赤に染まっている事に困惑しつつ声を漏らした。どうやら、自分はドレイクに撃たれたらしい。
何故、彼女はこんなことをしたのか? その答えは、他ならぬドレイクが語ってくれた。
「ここから先はアタシの意地の問題さ。お前が付き合う必要は無い……だから、お前は先にソロモン様の元に帰るんだ。大丈夫、アタシもカルデアのマスターの首を取ったらそっちに戻るからさ」
「そん、な……!? ドレイク、さ――」
「……悪いね、メディア。でも、これがアタシの性なんだよ。負けっぱなしは趣味じゃない、例え勝ち目が無かろうとも、最後まで足掻いてみたいのさ!」
船長室に出現した舵をドレイクが握る。全身から魔力を放つ彼女は、目の前の海を見つつ不敵に笑う。
メディア・リリィが消滅する前に見たのは、逆境に最後まで抗おうとする一人の女海賊の背中だった。
「あれは、何だ……?」
突入メンバー、奪還した人質、そして途中で合流したヘクトールと行動していたカルデアのマスターは、ドレイクの旗艦である『黄金の鹿号』が黒く染まり始めた事を見て訝し気な視線を向けていた。
明らかに何かをしようとしている艦船に警戒を払う一行であったが、その目の前であまりにも予想外の出来事が起こり始める。
「な、なんだありゃぁっ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっっ!?」
マスターとサーヴァント、そしてソロモン海賊団のメンバーたちの前で変貌し始めた『黄金の鹿号』のマストから無数の触手が生えて来たのだ。その触手は四方に伸び、各船の乗組員たちを掴んでマストの中へと急襲し始めたでは無いか。
「マスター、あぶねぇっ!!」
「うわぁっ!?」
マスターもその触手に体を絡め取られそうになるも、間一髪のところでヘクトールが振るった槍に触手が斬り裂かれた事で事なきを得た。代わりに、触手は近くにいた一人の男を掴むと船へと戻って行く。
「た、助け――っ!?」
カルデアのマスターたちに助けを求めて手を伸ばした男の姿が一瞬で見えなくなる。ずぶり、ずぶりと音を立てるかの様にマストに植え込まれた男たちは、その内部であまりにも苦し気な悲鳴を上げていた。
「だずげでぇぇぇぇぇっっ!! いだいっ! ぐるじぃぃぃぃぃっっ!!」
「なんで俺たちがこんな目に遭うんだよぉぉぉっっ!? ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
体と魂を生きたまま貪り食われる様な激痛に叫びを上げ、断末魔を迎える男たちの生命力が『黄金の鹿号』へと急襲されて行く。あまりにもおぞましいその光景に僅かな生き残りたちが茫然とした視線を向ける中、イアソンはある予感に襲われて背筋を震わせた。
「ま、まさか、あれは……!?」
自分には覚えがある、あの光景、あの痛みに……あれは、そう言う事なのでは無いだろうか?
『……いい思いは出来ただろう? 好きに喰らい、飲み、貪った……お前たちは一生分の幸福を味わった筈さ。なら、ここで死ぬことだって拒みはしないだろう?』
イアソンの思いを肯定する様にオケアノスの海に響いたドレイクの声にソロモン海賊団の男たちは縮み上がる。そして、ある事実に気が付いた。
自分たちは、最初から生贄にされる為にここに連れて来られたのだと……あのなんだか分からない物体を呼び起こす為の燃料としてカウントされていたのだと気が付いた男たちは、必死になって触手から逃げ回り始めた。
「嫌だぁッッ! 死にたくないっ! 死にたくないぃぃぃっ!!」
「こんな死に方あんまりだっ! 誰か助けてくれぇぇっっ!!」
惨く、無残な死に方、それを恐れる男たちは触手から逃げ惑う。だが、その目論見が成功することは無く、一人、また一人とマストの中へと吸収されて行った。
触手が男たちを飲み込む度、マストの表面には丸い模様が浮かび上がっていた。徐々に数を増すその丸を見続けるマスターは、驚愕と共に呟きを漏らす。
「あれは……まさか……!?」
湧き上がる黒い予感、浮かび上がるのはかつての戦い……その中で激闘の果てに倒したある強敵。
『黄金の鹿号』に生えるマストは、その強敵にそっくりだった。あり得ない事と思いたがるマスターの目の前で、それがかつての力を取り戻す。
『顕現せよ、魔神柱フォルネウス! その力を今、我らの敵に見せつけるのだ!』
ドレイクの叫びを耳にしたマスターは、『黄金の鹿号』から生える物体が魔神柱・フォルネウスであると確信して歯噛みをする。あの強敵が再び自分たちの前に立ち塞がるとは、思いもしなかった。
しかも、今回の魔神柱はただ復活しただけでは無い。どうやら……彼は、『黄金の鹿号』と融合している様だ。
ドレイクの宝具と融合して見せたフォルネウスは、その力を更に倍増させてカルデアのマスターたちの前に立ち塞がる。魔神柱としての能力、宝具としての特性、ドレイクのスキル……その全てを融合させ、更なる強敵として顕現したフォルネウスを前にしたカルデアのマスターたちは、ドレイクの低い声を耳にした。
『これぞソロモン様から与えられし最強の兵器《