その分、今回は多めに投稿させていただきます。
邂逅
ただっ広い平原。風が吹き抜ける音だけが響くこの場所には、自分たち以外に動くものは見受けられない。強いて言うなら、風に揺れる草木くらいのものだ。
しっかりとした地盤。熱くも寒くもない気温。周囲に危険を被る危険性を持つものは無し。そこまで確認し終えたマスターは、そっと呟く様にしてカルデアとの通信を試みる。
「カルデア、応答を。こちらは無事にレイシフトを完了させた。この特異点の時代と位置を教えて欲しい」
『――ぱい、……らも、……です。ま――が、あん……ない……』
返答として帰ってきたノイズ混じりの通信を耳にした彼は、眉をひそめた後ではぁと溜息をつく。そんなマスターの背後からは、周囲の警戒を怠らないまま彼に声をかけるサーヴァントたちの姿があった。
「カルデアとの通信が上手くいかない様ですね。やはり、この特異点が異質なのでしょうか?」
「ま、それ以外考えらんねえだろ。レイシフトの時もそうだが、なんか妙だな……」
「情報もなく、戦力も心許ない険しい状況! これこそが反逆の戦い!」
それぞれジャンヌ、モードレッド、スパルタクスの言葉。レイシフトを終えた三人は自らの感想を口にしつつ、マスターへと視線を注ぐ。
ここからどう動くのか? その指示を求めるサーヴァントたちの眼差しを受け、暫し考えを巡らせた後……彼は、取り敢えずといった形で周囲の探索を行うことを告げ、行動を開始した。
この特異点が発見されたのは、つい数時間前のことだった。
カルデアの監視に引っかかった特異点の存在を受け、ダヴィンチちゃんはマスターをはじめとした戦力を招集、迅速にこの特異点を修復することを話し合いの中で決定し、早速その準備に入った。
ただ、この特異点はかつて巡ったことのあるどの位置にも該当しない特殊な物であることが計測データから知られていた。カルデアのマスターの言葉を借りるなら、季節ごとに出現する
無論、この状況ならば十二分に戦力を整え、万全を持して特異点に臨むつもりであった。何が起きるかわからない場所に向かうなら、これは当然のことであろう。
しかし、ここで一つの問題が浮上する。なんと、レイシフトを行おうとすると多くのサーヴァントがその特異点に拒まれているかの様に世界から弾かれてしまうのだ。
幸か不幸か、エラーを吐くのはサーヴァントのみであり、カルデアのマスター単独ならば問題無くレイシフトを行えることは予想出来たのだが、流石に何が待ち受けているかわからない特異点に彼を一人で送り出すことは良い策とは思えない。出来る限りの戦力を彼と共に送り込むためにダヴィンチちゃんたちサポート班たちによって解析が進められた結果、この特異点に弾かれないサーヴァントたちとして名前が挙がったのが先ほど述べた三人である。
戦力が十分に整ってきたカルデアが、この特異点に極少ない戦力でレイシフトを行ったのは、この様な背景があった。
そして今、レイシフトを無事に終えた一行は、何処かもわからないこの特異点を情報を求めて彷徨っている。しかして、歩いても歩いても平原が続くばかりで、人どころか動物の姿すらも見つけ出すことは出来なかった。
「ほんと、ここは何処なんだ? せめて街を見つけられれば、住民から話を聞くことが出来るのに……」
行軍によって汗ばんだ顔を手で拭い、ぼやきを口にするマスター。何とも不可解な状況に一抹の不安を抱くも、それをサーヴァントたちに気取られぬ様に心の中で押し留める。
不安定な状況でこそ、自分が堂々としていないといけない。リーダーとして、仲間たちを指揮しなければと強く自分に言い聞かせた彼は、その仲間たちへと声をかけた。
「どう? みんなは何か気が付くことはある? 細かいことでも良いから、話してくれると助かるな」
勘の良いモードレッドや天啓を得られるジャンヌなら、何かこの特異点で気が付いたことがあるかもしれない。そう考えたマスターが彼女たちに尋ねてみると、二人は顔を見合わせた後で気難しい表情を浮かべて押し黙ってしまう。
それは、話すことは何もない……という表情ではなかった。むしろ、何か気が付いているからこそ、彼女たちはそれを言葉にしようとするのだろう。しかし、それをどう形容すればいいのかがわからない、そう表情で告げている彼女たちの顔をマスターが交互に見比べていると――
「見覚えが、ある。この地には、見覚えがある」
予想外の所から声があがり、マスターはそちらへと顔を向ける。声を発したのは、堂々と平原に仁王立ちしているスパルタクスだ。
その言葉の意味を彼に尋ねようとしたマスターであったが、それよりも早くに先ほどまで口を噤んでいた二人が堰を切った様に喋り出したことで、再び顔を彼女たちの方へと向ける。
「オレもだ。この場所には見覚えがある。でも、ここが何処なのかはわからねえんだよな……」
「実は私もです。この地に降り立った時から、妙な既視感を覚えていました」
「……三人は、ここに来たことがあるってこと? もしかして、それが他のみんなと違って、レイシフトに対応出来た理由なのか……?」
サーヴァントたちが揃って口にしているこの場所への既視感。多くのサーヴァントたちの中からこの地へのレイシフトを行えた三人が同じことを述べるのなら、これはただの偶然ではないのだろう。
しかし、この三人は生きた時代も国も違う。ということは、生前にこの地を訪れたということは考えにくい。
であるならば……三人がこの地を訪れたのは、死んだ後。つまり、サーヴァントとなってからだ。英霊となった三人は、何らかの理由でこの地に呼び出された。そう考えるのが自然だ。
そして、サーヴァントが呼び出される時点で、この地で何が行われたのかも予想がつく。聖杯を巡り、幾人もの魔術師と英霊が戦いを繰り広げたのであろう。
(ここは、聖杯戦争が行われた土地……でも、なんでだ? ただそれだけの理由で特異点が生まれるのか? 聖杯戦争が行われた場所なら、他にも当てはまる土地があるはずだ。なのに、何故この場所だけ……?)
朧げだが、この特異点のことがわかってきた。しかし、それと同時に別の疑問も生まれてしまう。特異点について、新たに生み出された疑問について、もう少し考えを巡らせたいマスターがより深い思考へと意識を潜らせようとした、その時だった。
「――っっ!?」
びゅごう、と風の吹く音が、耳元で鳴った。この平原に吹く風が、耳鳴りを鳴らしたのであろうとそこまで深く考えることのなかったマスターであったが、同時に違和感にも気が付く。
それは、風の強さだった。今の風は、これまでにこの平原で聞いていた平原と比べ、明らかに激しく、疾い風だ。下手をすれば、マスターの体が浮き上がってしまうほどの突風が、突如として吹いた。一体、何故?
マスターがその違和感に危機を感じ取って思考を中断したのと、彼のすぐ近くで金属同士がぶつかり合う音が響いたのは、ほぼ同時であった。
「……俺の攻撃に反応するとは、お前、どんな反射神経してるんだ?」
「なんだっ、テメェはっ!?」
驚きと感心の感情を滲ませた軽い声。襲撃者の槍をクラレントで受け止めるモードレッドは、彼のその一言に怒りを露にする。
暫し鍔迫り合いを続けた両者であったが、襲撃者の男は強く力むとモードレッドを押し飛ばし、自分は逆に後ろに飛び退いて距離を取る。マスターを守る陣形を取ったサーヴァントたちは、油断なく槍を構える襲撃者に対して冷や汗を滲ませながら対面した。
「モードレッド、無事!?」
「ああ、問題ねえよ。だが……アイツ、滅茶苦茶強いぜ。今のやり取りだけでわかるくらいにな」
一瞬のやり取りで敵の力量を計ったモードレッドは、そう告げながら剣を握る手に力を込める。マスターもまた、睨み合いの続く戦場の中で襲撃者に視線を向け、彼を観察した。
長身かつ鍛え上げられた体躯を持つ美丈夫。それが、襲撃者を見たマスターの第一の感想だ。どこか爽やかさを感じさせる振舞いとその容姿からは、彼が持っているであろう陽気さが感じられる。
恐らくはマスターが感じた突風は彼が疾走した際に生じたものなのであろう。その敏捷性と弱体化しているとは言え、サーヴァントであるモードレッドを押しのけるだけの力を考えれば、彼もまたこの地に召喚された英霊であることは間違いない。
問題は、彼のクラスだ。武器と俊敏性から考えるに
突然の襲撃に動揺していたマスターであったが、思考を巡らせているうちに幾分か冷静さを取り戻すことが出来た。冷えてきた頭で襲撃者への対応を考えたマスターは、まずは会話による解決を目論む。
攻撃は受けたものの、こちらには彼と敵対する理由は無い。向こうの事情を聞くことによって、情報を掴むことも出来る。こちらとしても消耗を避けたいという考えの下に口を開こうとしたマスターであったが、それよりも早くに襲撃者の方から彼に向けての質問が飛んできた。
「おい、お前……そう、白い服のお前だよ。お前、人間だな? サーヴァントを連れてるってことは魔術師なんだろうが……どういう目的があってここに来た? 俺たちを呼んだのは、お前なのか?」
「え……? い、いや、確かに俺は魔術師でマスターだけど、君を呼んだ人間じゃあない。俺たちもここに来たばかりで、右も左もわからない状況なんだ」
「ほう……? にしちゃあ、おかしな話だな。俺は今まで、お前以外の人間に会うことはなかった。その若さで三人ものサーヴァントを連れているんだ、相当に名うての魔術師なんだろうよ。そんなお前が俺たちを呼んだんじゃないってんなら、他の誰が仕掛け人なんだ?」
「待ってくれ! 俺も状況を理解出来てなくて、本当に何も知らないんだよ! ……って、ちょっと待って、今、
「……目聡く、賢いのは良い。だが、勘違いするなよ? 今、質問をしてるのは俺だ。お前が納得のいく答えを言えないってんなら、ここで剣を交えても構わないんだぜ?」
「うっっ!?」
目の前の、謎のサーヴァントが放つ威圧感が膨れ上がった。重く、冷たく、鋭い殺気を放ち、槍の穂先をマスターの眉間に突き付ける様に構える彼の姿は、見ているだけで呼吸が苦しくなるほどの重圧感を感じさせる。
ぴりりとした緊張感が戦場に漂う。マスターからしてみればお互いに戦う理由などないのだが、彼がこちらの話を静かに聞いてくれるとは到底思えない状況になってしまった。
もはや、戦いも止む無し……そう覚悟を決め、出来る限り消耗を抑えて襲撃者の説得を試みようとするマスター。
彼が右手を構え、令呪を掲げながらサーヴァントたちに指示を出そうとしたその時、彼の身に異変が起きる。
「ぐっっ!? うあぁぁぁぁぁっっ!!」
「マスター!? どうしたんだ!?」
突如として苦悶の声を上げ、その場に蹲るカルデアのマスターに彼のサーヴァントたちは動揺しながらも彼に近づき、その安否を問う。
自らの右手を抑え、痛みに呻く彼の姿を見て取ったジャンヌは、そこに刻まれつつある痛みの元凶と思わしき存在を見て取り、目を丸くした。
「これは、令呪!? しかも、画数が三つ以上ある……!?」
マスターの右手の甲から手首、果ては腕まで侵食しているのは、サーヴァントに抗えぬ命令を行使するために使う魔術、令呪であった。今、彼の右手では、カルデアとの繋がりを経て刻まれていた三画の令呪に上書きされ、更に複数画の令呪が出現している。
「なん、なんだ……? どうして、令呪が増えて……!?」
「その理由を知りたいかい、元マスター」
困惑し、令呪の増えた自らの手を見つめていたマスターの耳に聞き覚えのある声が届く。
闊達であり、無邪気であり、少年のようにも少女のそれにも聞こえるその声の主の姿を思い浮かべると共に、マスターは声のした方向へと視線を向け、彼の姿を見止め、大きくその目を見開いた。
「アストルフォ……? どうして、お前が――っっ!?」
「どうしてって、ソロモン様と一緒に元マスターを始末するために決まってるじゃん! ボクたちは、そのためにこの特異点にやって来たんだからさ!」
からからと陽気に笑いながら、残虐な台詞を口にするアストルフォの瞳には狂気に満ちた光が灯っている。彼もまた、ソロモンに操られていることを悟る一行であったが、それ以上に衝撃的なものを目の当たりにしたマスターたちは、ただ声も出せぬまま
そうやって、言葉を失ったカルデアの面々に代わり口を開いたのは、つい先ほどまで彼らと相対していた謎のサーヴァントだった。
「何故……!? どうしてだ!? 何で、あんたがそんな姿に……っ!?」
苦し気に、これ以上無く辛そうに、声を絞り出すという表現がしっくりくる様子で、彼はアストルフォと共に現れたもう一人のサーヴァントに問いかける。だが、彼のその声に反応する者はなく。ただ吹き抜ける風と共に声は消え去るだけだ。
マスターたちもまた、謎のサーヴァントとほぼ同じ思いを抱き、信じられないとばかりに彼女へと視線を注ぐ。
全身に黒い毛皮を纏った獣。今の彼女は、以前の面影を残しながらも全く別の存在へと変化していた。その瞳には光はなく、彼女は虚ろな表情のまま空を見つめている。
彼女の身に何が起きたのか、その詳細を知る手立てはない。されど、ソロモンを裏切り、カルデアに協力した彼女がどれほど苛烈な責めを受けたのかはその姿から察することが出来た。
あの海の上で、救えなかった。手を掴めなかった。彼女が消え失せる瞬間がマスターの脳内でフラッシュバックする。
オケアノスでの失敗の代償がこの再会だとするのなら、彼はどれほどあの時のことを後悔してもし切れないだろう。子供を愛し、仲間を救うために命を懸けた彼女の変わり果てた姿に慟哭しながら、マスターは小さく彼女の名を呼んだ。
「アタランテ……っ!!」
「ふふ……! 感動の再会だね、元マスター。でも、彼女の方はキミのことを覚えてはいないと思うけどね! ふふふ、はははははははは……!!」
言葉を無くしたマスターたちは、ただ黒き獣と化したアタランテの姿に絶句するしかない。
広く、何処までも続いていそうなこの草原の中では、絶望的な表情を浮かべるカルデアのマスターの様子を見て嗤うアストルフォの声だけが響き続けていた。