フランス、オルレアン近郊にて二つの軍が睨み合っている。片方は統一された鎧を身に纏い、母国の旗を掲げたフランス軍。もう片方はばらばらな鎧と武器を手に取るレジスタンスこと反乱軍だ。
両軍の数の差は歴然、フランス軍が10とするならば反乱軍は1か2ほどの兵数しか揃っていない。だが、それでも彼らの目には熱い炎が燃えていた。
「総員、奮起せよ! この一戦に我らがフランスの未来がかかっている! 必ず勝利を掴むぞ!」
反乱軍の司令官であるジル・ド・レェの叫びに対し、彼の元に集った兵士たちは大きな声を上げた。
軍の士気は上々、後は開戦を待つばかりである。
反乱軍の勝利条件はただ一つ、カルデアのマスターたちが聖女たちを倒し、聖杯を奪還することだ。それさえ果たせば狂った歴史は元に戻り、全てがなかったこととなる。
だが、それが相当困難なことであることも彼らは理解していた。それでもなお戦おうとするのは、彼らの胸に灯る愛国心が成せる業なのだろう。
自分たちの生まれ育った国が歪んで行く姿を見たくない……ただそれだけの思いで武器を取り、困難な戦いに身を投じる彼らは、その名が後世に伝えられることは無くとも間違い無く一人一人が英雄と呼ぶに相応しい存在だった。
「全軍、構えっ!」
睨み合いが続く戦場にジルの声が響く。その声を聞いた反乱軍の兵士たちが戦いの構えを取るとフランス軍も応戦の構えを見せた。
両軍の間に走る緊張感。大勢の人間がいると言うのにも関わらずこの場には人の声はまるで響かないでいる。ただ風の吹き抜ける音が兵士たちの心をざわめかせた。
ジルが馬上で腕を頭上へと振り上げる。この場に集った人々にはその動きがまるでスローモーションやコマ送りの様に見えた。
頭上に掲げた腕をそのままにしながら、ジルは瞳を閉じる。母国の為に反乱軍の誹りを受けながらも必死に戦う彼は、敬愛した聖女たちの歪んだ姿を見て何を思うのだろうか? もしかしたらこの一瞬、彼の心の中には在りし日々の思い出と共に聖女への思いが過ったのかもしれない。
「……行くぞ!」
迷いを、恐怖を、不安を……心の中に存在する負の感情全てを振り払い、彼は瞳を開けた。小さく呟いたその声には、確かな覚悟が籠もっている。
眼前に広がる膨大な数の敵軍をその目に映し、そして共に戦う心の通じ合った仲間たちへと視線を移した後で、彼は腕を振り下ろしながら、あらん限りの声で叫んだ。
「全軍っ、突撃ぃぃっ!!!」
「おぉぉぉぉっっ!!!」
鬨の声を上げて反乱軍が前へと突き進む。フランス軍がそれを迎え撃つ。
今ここに、歴史に刻まれる事の無い戦いが始まったのであった。
戦いの序盤は、意外な事に数で劣る反乱軍の優勢で幕を開けた。勇猛果敢に突撃してくる反乱軍の兵士たちの勢いに押され、フランス軍の兵士たちは劣勢へと追い込まれていく。
本来ならば数で勝るフランス軍が有利であるはずのこの戦いがこの様な事の運びを見せているのは、いくつかの理由があった。
まず一つ目が兵士たちの質の差だ。フランス軍は確かに数は多い。だが、それを指揮する将校の実力が彼らの思う以上に低かったのだ。
勇猛な兵や将は早くに死ぬもの……百年戦争の最中、優秀な将軍を多く失ったことの影響がこの戦いの中で顕著に現れていた。
では、そんな戦争の中で鍛え上げられた兵たちがどうしているのかと聞かれると……それらの殆どは、反乱軍に所属していた。
心ある高潔な武人は今のフランスの姿を見て危機感を抱いた。そう言った人々は自分の手勢を集めて早くにフランス軍から脱出し、反乱軍へと合流したのだ。優秀な将の下には優秀な兵が集う。その為、反乱軍は兵の数こそ少ないものの優秀な兵士と指揮官が揃っていたのだ。
加えて、フランス軍に残った兵士たちは戦争後の堕落に身を蕩け切らせていた。淫蕩と怠惰に身を任せ、聖女たちとの乱交に興じていた事へのツケが回ってきてしまったのである。
この兵と将の錬度の差が反乱軍の優位の差の一つ。そしてもう一つは、戦っている者たちの中に類稀なる武力を持った存在がいることであった。
当然、その存在とはカルデアのマスターが率いるサーヴァントたちである。彼らは一人一人が万夫不動の英雄であり、魔力の籠もっていない通常の攻撃手段が一切通じない存在でもある。つまり、ただの兵士たちには彼らを倒す手段が存在しないのだ。
先陣を切るスパルタクスが圧倒的な力で敵の防衛網を抉じ開ける。出来上がった隙を見逃さずにタマモキャットが単騎で内部に突入しフランス軍をかく乱すれば、反乱軍の兵士たちの進軍を止める者は存在しなくなってしまう。
さらに狂戦士二人を補佐する様に動くクー・フーリンとロビンフッドの動きも素晴らしかった。自軍の一部が窮地に陥ると見るやそこに急行し、敵の動きを崩して回る。その動きに救われた兵士たちが何人居たことだろう? 彼ら遊撃のおかげで反乱軍の兵力が守られている事は確かだ。
そのさらに後ろに控えるマシュとアーラシュの活躍も忘れてはいけない。軍の要である指揮官やカルデアのマスターを守護するマシュ。そして遠距離から的確に弓矢を射るアーラシュの存在が兵士たちに後ろを気にせずに戦わせると言う事を可能にしているのだ。
徐々に劣勢へと追い込まれていくフランス軍。数を頼みにし、圧倒的な戦果を上げて勝つはずだった彼らの心中には焦りの感情が浮かび上がっていた。
しかし、そんな光景を見せられてなお聖女たちは動じないでいる。余裕の表情を浮かべて戦いを見守っていた彼女たちは互いに頷き合うと、口元に黒い笑みを見せたのであった。
「……行ける、行けるぞ!」
「はいっ! 戦いはこちらの優勢です!」
反乱軍の本陣にて興奮気味にそう語りながら、カルデアのマスターは気を引き締めて戦局を見守っていた。今までの経験上、こう言う上手く行っている時には間違いなく何かが起きる……優勢の時こそ気を引き締めなければならないという事は、繰り返してきた戦いの中で十分に理解していた。
『行ける! 士気の差が段違いだ! このまま行けばジャンヌたちに手が届くかもしれない!』
通信越しに聞こえるDrロマンの声を聞いても彼は安心しなかった。何か……そう、何か悪い予感が胸によぎっていたからだ。
こう言う時の自分の予感は当たる。これもまた、今までの戦いの中で学んだ一つの事であった。
『……待って、何かがおかしい。何だこの魔力反応は!?』
その予感を肯定する様にロマンが叫び声をあげる。自分の隣に控えるマシュもその声に表情を一変させ、通信を待った。
『サーヴァント反応とも違う。でも、それと同じ位強力だ!』
『待てよ……この反応、前にも計測した覚えがあるぞ……! これは、確か……!』
ダヴィンチちゃんの呟きを耳にしたその瞬間、彼らの居る場所に影が差した。突如として暗雲が立ち込めた様に日差しが遮られ、太陽が姿を隠す。
一体何が起こったのか? ……カルデアのマスターも、サーヴァントたちも、反乱軍やフランス軍の兵士たちすらも空を見上げてその答えを探る。
そして彼らは見た。天空に翼をはためかせて君臨する黒き龍の姿を……!
「ギャオォォォォォォォッッッ!!!」
空気が震える、と言うのはこう言う事を指すのだろう。その場に居る者全てを威嚇する黒龍の咆哮を前にして、兵士たちは恐れおののき立ち尽くす。
その龍の姿に見覚えのあるカルデアのマスターたちは信じられないと言った表情を浮かべると、呆然とした様子で呟きを口にした。
「あれ、は……!?」
『嘘だろう……!? まさか、奴までこのフランスに差し向けられていたなんて……!』
それはかつて特異点となったフランスの戦いでも存在した化け物。数多の飛竜を超えた存在、竜の中の竜。
こいつを倒す為に幾人もの龍殺しの英雄の力が必要となった。それほどまでに強力で、邪悪な存在。
己の中にあった嫌な予感が的中した事を悟りながら、カルデアのマスターは目の前に現れた邪竜の名を口にした。
「邪竜、ファヴニール……!」
かつて自分を打ち倒した彼の姿を認めた竜は、憎しみと怒りに燃える瞳を煌かせて笑った。
「どうするマスター!? 奴にどう対処する!?」
そこからの彼の行動は素早かった。すぐさまマシュを連れて本陣を出た彼は、反乱軍の援護を一手に引き受けたアーラシュ以外のサーヴァントと合流し、ファヴニールに対する策を考え始めたのである。
「竜種は戦場に出張って来ないんじゃ無かったのか!?」
『その予定だったよ! でも、向こうも奥の手として奴を残していたんだ! きっと一体だけだったら何とかフランス市民を丸め込めるとでも思ったんだろうね』
「ソロモン様から頂いた治世の力とでも言うつもりかね、まったく馬鹿馬鹿しい!」
クー・フーリンの叫びはもっともだ。類稀なる悪の竜にして邪竜の名を冠するファヴニールを治世の道具と言うなど笑い話にもならないだろう。しかし、それ故にフランス市民たちを納得させられる可能性があることも確かなのだ。
かつてこの国を襲った飛竜とファヴニールとでは同じ竜の名が付いているとは言え、圧倒的な違いが存在している。ファヴニールと比較してしまえば、ほとんどの竜たちは「翼の付いたトカゲ」程度の存在になってしまうだろう。
故に、まったく違う存在としてフランス市民たちを納得させられるかもしれないのだ。そもそも、ここで圧倒的な力を見せ付けてしまえば、おかしいと思った者も口を噤むに違いないのだろうが。
「……今はそんなことよりもあの化け物をどうするか話し合った方が良いんじゃないのかねぇ? 俺たちにもあんまし余裕は無いでしょう?」
冷静なロビンフッドの一言で考えを切り替えた一行は、突如として登場した邪竜によって狂乱の最中へと叩き落された戦場の中で知恵を絞る。しかし、まったくもって良い案が浮かぶことは無かった。
『そもそもあいつは前回の戦いでもジークフリートやゲオルギウスなどの高名な龍殺しの英雄の力を借りてやっと倒した正真正銘の化け物だ。今の僕たちに打てる手なんて存在しない!』
「それでも放置は出来ません! ファヴニールは無差別に攻撃を仕掛けています。例え敵軍の兵士であろうと、この状況を見過ごすことは出来ませんよ!」
マシュの言うとおり邪竜は敵味方の区別なく攻撃を仕掛けて来ていた。口から吐く炎は人々を焼き焦がし、巨大な翼の羽ばたきで生まれる突風は兵士たちを吹き飛ばす。マシュの宝具である程度の被害は防げるもののその被害は決して軽微では無い。
特に人数が多いフランス軍の兵士たちの被害は甚大であった。味方諸共反乱軍を滅ぼさんとする邪竜の暴走を止めなくては聖杯の回収前にフランスが滅んでしまうかもしれない。どうにかして奴を倒さねばならない。
だが、ここでサーヴァントたちを消耗させることも避けたい。なぜなら、この後にはジャンヌたちとの決戦が待っているのだ。
彼女たちとの戦いは激しいものになるだろう。であるならば、万全の状態で望むのが好ましい。
(……考えろ、この状況を打破する方法を……! どうすればファヴニールを倒せる!?)
カルデアのマスターは必死になって考える。邪竜を倒すその方法を……しかし、数少ない戦力しか持たぬ彼らにとって、邪竜と言う敵の存在はあまりにも強大すぎた。
諦めるつもりは無い。だが、勝つ為の方策が思い浮かばない……反乱軍の兵士たちもいよいよここまでかと覚悟を決め、せめて一太刀でもこの巨大な竜に浴びせようと挑みかかろうとした。
その時だった。
「っっ……!!」
何かに気がついたカルデアのマスターが空を見上げ、そして俯く。それに続き、彼の周りに控える英霊たちも空を見上げた。
天空に伸びる赤い狼煙、自分たちの本陣の後方から上がるその煙の意味を知るのは、この場ではマスターただ一人だった。
それは昨日、作戦会議の後に行われた短い話し合いの中で決められた合図。彼が提案した、出来ることならば使いたくない最後の手段。
確かに今こそその時なのだろう。しかし、マスターは彼にそれを使うことをして欲しくなかった。せっかく合流出来た仲間を再び失いたくなかった。
だが……そんな個人的な感情を彼に伝えてもその意思が変わることは無いだろう。
それが何を意味するか、どんな結果をもたらすか、それは他ならぬ彼が一番良く分かっている。それを踏まえても彼はその道を選択したのだ。
ならばもうその覚悟を認める他無い。頭ではそう分かっていながらも、胸を締め付ける痛みにマスターは顔をしかめる。
そして、彼の気さくな笑顔を思い浮かべながら、その名を小さく呟いた。
「アーラシュ……!」
赤い狼煙の意味、それは、東方の大英雄が宝具を開放する合図だった。
「本気か? 本気で宝具を使うつもりなのか?」
「ああ、そいつが一番の方法だ」
マスターたちが居る戦場の後方、本陣より背後に位置するその場所で東方の大英雄と騎士王が言葉を交わしていた。
「あの馬鹿でかい竜を落とすには俺の宝具が一番だ。前線に居る奴らを消耗させるわけにはいかないからな」
「だが、しかしっ……!」
アルトリアは彼の宝具を思い出しながら彼に詰め寄る。東方の大英雄、アーラシュの宝具「流星一条」……破格の威力と射程距離を誇るその一撃は、かつて女神ロンゴミニアドとして彼らの前に立ちはだかった自分の宝具を相殺せしめて見せた事からも凄まじい力を秘めていることが分かる。
だが、その代償として宝具を放った後、アーラシュの四肢は弾け飛び、彼は命を落とす……文字通り、命懸けの一矢を放つ事になるのだ。
「考え直せ! 確かにお前の宝具を使えばこの状況を打破できるだろう。しかし、せっかく巡り合えた僥倖を無にすると言うつもりか!?」
「……確かにな。今回俺がお前やマスターたちと出会えたのは、単に幸運に他ならない。もしかしたら次はこんな幸運は無いかもしれない」
「それが分かっているのなら……」
「だが、それでもだ。俺がやらなきゃ未来が消える。そうしたら、いくら幸運が有っても次の機会がねえ。次を作る為にも、ここで命を燃やさなきゃならねえんだ」
「っっ……」
力強く、覚悟を決めたアーラシュの声。それを耳にしたアルトリアは言葉を失ってただ俯く。
それは今の彼の表情を見たことも起因していた。アーラシュは今、悲壮な覚悟を決めた表情も、やるせない思いを抱えた表情も浮かべてはいなかった。
「……大丈夫さ、きっとまた会える。この星は、きっとお前やあいつらの未来を照らしてくれる。俺はそう信じてるぜ」
彼はただ笑っていた。あの気さくな笑顔を浮かべ、アルトリアを見ていた。
そして、彼の口にした言葉に嘘は無かった。彼は心の底から、この絶望的な状況をマスターたちが乗り越えてくれると信じているのだ。
「……死が恐くないのか? お前は……」
「恐いさ、でもな……もう俺は一人じゃない。共に戦う仲間を得た。信じられる友を得た。そいつらが勇気をくれるから、俺はこの矢を放とうと思えるんだ」
「………」
アルトリアはもう何も言うことが出来なかった。ただひたすらに肩を震わせ、俯いている。
アーラシュはそんな彼女に微笑を見せた後で振り向き、背中越しに語りかけた。
「信じてるぜ、騎士王。お前の力と思いと信念を……お前たちがマスターを支えてくれるなら安心だ」
「……ああ、その言葉、確かに聞き届けた」
自分へと向けられた言葉に振り向かぬまま頷いたアーラシュは弓を構える。そして、遥か前方に見える黒き竜に狙いをつけると、静かな声で呟いた。
「さあ、邪竜……お前に流星を見せてやるぜ」
光が、伸びる。それは正に流星だった。
放たれた矢は星となって天を駆け、ただまっすぐにファヴニールの元へと向かう。東方の大英雄が放ったその一撃は、彼が思い描いた通りの軌跡を辿って飛んで行った。
邪竜はただ、目の前に迫ったそれを見ることしか出来なかった。あまりにも美しく、あまりにも強大なそれを瞳に映した時、彼は何を思ったであろうか?
兵士が、将校が、オルレアンの市民が……誰もが星の輝きに目を奪われ、その軌跡を目で辿っていく。
やがて目標である邪竜の元へと飛来した流星は轟音を立ててそれにぶち当たり、その体を貫き、そして……
光が、弾けた。
『……アーラシュの霊基の消滅を確認、同時にファヴニールの反応も消失……』
「アーラシュ、さん……!」
ダヴィンチちゃんからの報告を受けたマシュが今見た光景を思い返しながら呆然と呟く。
敵の切り札を討ち果たすことに成功したが、その代償として仲間を一人失ってしまった。その事実に胸を痛め、マシュは瞳に涙を浮かべる。
だが、そんな彼女の肩を強く抱くと、カルデアのマスターは前を見ながら仲間たちへと語りかけた。
「……悲しむのは後にしよう。アーラシュが作ってくれた好機だ。これを無駄にしないためにも、俺たちは俺たちのやるべき事をするんだ!」
力強く、覚悟を秘めた声……仲間を失った悲しみを感じながらもそれを乗り越える意思の強さを見せた彼の姿に仲間たちも励まされる。
マシュもまた瞳に浮かんだ涙を拭うと彼同様に前を向き、そして強い意志を胸に秘めながら応えた。
「はい! 必ずアーラシュさんの思いに応えましょう! 私たちは、私たちのすべき事を……」
「あなたたちのすべき事? それは一体なんでしょうか?」
「まさか……私たちを倒す、とかじゃあないでしょうね?」
「!?」
マシュの言葉に重なる様にして響いて来たその声を耳にしたマスターたちの間に緊張が走る。それは、とても聞き覚えのある声だった。
かつての仲間の声、少し前に聞いたような、もうずっと聞いていないようなその声……マスターは一つ深呼吸をするとその声のした方向を見る。仲間たちもそれに従い、彼女たちの姿を見た。
「……やあ、ジャンヌ。久しぶり……だね」
「ええ、お久しぶりですね、愚かなるカルデアのマスターとそれに従う反逆者ども」
「ソロモン様に抗うその罪、私たちが裁いてあげましょう」
兵士たちを掻き分けて声の主が徐々に近づいてくる。金と銀の髪の色以外は瓜二つの容姿をした彼女たちに向けてマシュは大声で叫んだ。
「ジャンヌさん! オルタさん! 目を覚まして下さい! お二人はソロモンに利用されているんです!」
「目を覚ますのはあなたの方ですよ、マシュ。まさかあなたが元マスターに篭絡されてしまうなんてね……」
「せっかく刻んで頂いた淫紋令呪もそんな趣味の悪い形に変えて……ソロモン様に申し訳なく思わないの?」
マシュの説得の言葉も今の彼女たちには届かない。それどころか怒りを露にした様子で言葉を返してくる始末だ。
身に纏うのは竜を模したであろう淫らな鎧。下乳と乳首を申し訳程度に隠し、尻の谷間と前張りよろしく陰部を覆う部分以外は全て丸見えになっている。
下腹部に刻まれた淫紋令呪も形を変えており、それもまた竜が翼を広げた様な形をしていた。
「ああ……。ソロモン様からの愛を感じる……! この鎧と令呪を伝って、素晴らしい力と快楽が注ぎ込まれて来る……!」
「ソロモン様、どうぞご覧になってください! 私たちがあなたの敵を完膚なきまでに叩き潰す姿を!」
うっとりとした表情を浮かべ、淫らな鎧と淫紋令呪を至極大事そうに摩りながら二人は呟く。この場にはいないソロモンに対する忠誠の言葉を口にする彼女たちの今の姿は到底見ていられないものであった。
高潔な精神と信仰心を書き換えられ、色欲と淫欲に身を任せる淫らな雌に成り下がった彼女たちは熱を帯びた視線のままに武器を構える。そして、マシュとタマモキャットに対して最後の警告を行った。
「これが最後の警告です。もしもあなたたちがソロモン様に再び忠誠を誓いたいと言うのならば、私たちが口利きをしてあげましょう」
「その悪趣味な令呪を消し、匿われているアルトリア・ペンドラゴンを差し出して私たちに降るのならば、命は助けてあげましょう」
激しい威圧感と魔力を放ちながら二人に問いかける聖女たち。マシュとタマモキャットはその警告に対する回答を口にした。
「……お断りします。私は、先輩の傍に居続けると決めたんです! その決意を裏切ることは二度としません!」
「同じくだぞ! あんなフニャチン野郎に降るなど言語道断! キャットのご主人はご主人だけだ!」
「そう……ですか、ならばっ!」
二人の回答を聞いたジャンヌたちの視線が変わった。憎き敵を睨む鋭い視線をマスターたちに向け、魔力を爆発させる。
戦いの準備は済んだと言わんばかりの獰猛な笑みを浮かべた二人は、同時に手にした旗を自らの敵であるマスターたちに突きつけて叫んだ。
「ここで死になさい! 偉大なるソロモン王に逆らった愚か者として、無様に朽ち果てなさい!」
「その手助けをこのジャンヌ・ダルクがして差し上げましょう! 煉獄に焼かれ、魂ごと燃え尽きてしまえ!」
白と黒、守りと攻め……正反対の力を持つ彼女たちの魔力が迸り、戦場に緊張感が漂う。
戦闘態勢を整えたジャンヌたちを見たマスターはもう一度深呼吸をすると……仲間たちに向かって叫んだ。
「全員、戦闘準備! これがフランスでの最終決戦だっ!」
「おうよ! いっちょ聖女様たちの目を覚まさせてやるとしますかね!」
「アーラシュの分までやってやるさ!」
「抱擁の時間だ……! 参るっ!」
「猫にマタタビ、キャットに小判! 今宵のキャットは荒れているぞ!」
仲間たちの頼もしい声が響く。武器を構え、聖女たちを見据える英霊たちは彼女たちから放たれる威圧感にも怯む様子は見受けられない。それどころか更に激しく闘争心を滾らせている様に見える。
ぴりぴりとした緊張感が走る戦場、両軍の兵士たちが固唾を呑んでことの成り行きを見守る中、マスターの隣に控えていたマシュが一歩前へと歩みを進める。
「行きましょう……! 必ず勝って、先に進むんですっ!」
その言葉が合図になったかの様に英霊たちが動く。跳び、走り、武器を手に思い思いに動く。ただの人間ならば目で追うことすらも困難な戦いを兵士たちはただ見守るばかりだ。
マスターもまた仲間を信じてそれを見守る。いつでも彼らを援護できる様に神経を研ぎ澄ませながら、彼は心の中で強く決意を固めた。
(待ってろよ、ジャンヌ、オルタ……! 必ず助けてみせるから!)
敵に回った二人の聖女のことを思い、必ず奪還してみせると強く心に決めた彼は前を見る。自分に出来ることをするために、この道を切り開いてくれた仲間たちの思いに応えるために……
今、フランスでの決戦は、最終局面を迎えようとしていた。
次回もエロは無いんだ、本当にすまない……