戦場に響く鉄の音、魔力で編まれた武器同士がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
長柄の得物を持つ者同士、ジャンヌと激戦を繰り広げていたクー・フーリンは、大きく朱槍を薙いで彼女を側面から打ち払おうとした。
「ふっ!!!」
だが、その動きを読んでいたジャンヌによって槍は止められ、お互いに一瞬の膠着状態が訪れる。そこから先に動いたのはジャンヌだった。
「はぁぁぁっ!」
武器ではなく己が身を使った攻撃、その長い脚での蹴りを繰り出す。今度は防ぐ側に回ったクー・フーリンはバックステップでそれを回避するも、崩れた体勢に追い討ちをかける様にしてジャンヌも前に跳んだ。
「もらったっ!」
旗を突き出してクー・フーリンの胴を狙う。防御をすり抜けて繰り出されたその攻撃が確実に彼の体を穿つと思っていたジャンヌは、体勢を前に突き進む。
だが、この危機的状況を前にしてもクー・フーリンの表情には焦りの色はなく。それどころか口元には笑みが浮かんでいた。
「っっ!?」
突如、ジャンヌの視界に無数の矢が映る。クー・フーリンの背後から射られたそれは、見事に彼の動きに合わせられていた。
クー・フーリンの脇を、頭上を、そして顔の横を、ぎりぎりで避けながらジャンヌ目掛けて飛来するその矢をあわやと言う所で打ち払う。
しかし、攻撃を仕掛けていた体勢はそのままに、繰り出していた武器を引っ込めた彼女に出来た隙を見逃すクー・フーリンでは無い。槍の先端ではなく、石突を使った一撃がジャンヌの鳩尾を捉え、その痛みにジャンヌは短く呻いた。
「ぐぅっ……!!?」
「ナイスアシスト、ロビン」
「前衛を任せてるんだ、援護くらいはきっちりやらせていただきますよ」
手痛い一撃を食らったジャンヌの耳に二人の声が届く。見事に彼らの連携にやられたと言う屈辱と怒りで今の攻撃による痛みを掻き消した彼女は、再び攻撃を仕掛けるべく前へと飛び出して行った。
一方、ジャンヌオルタも戦闘を繰り広げていた。
憎しみと悪意の込められた黒き炎を燃やし、眼前の敵へと向けるジャンヌオルタ。一度火を着けられたら最期、標的を焼き尽くすまで決して消えないその炎による攻撃は、普通は回避すべきものなのだろう。
しかし、彼は違った。燃え広がる炎にあえて突っ込み、体を焼かれながらも前進を続ける。全身を焦がされる痛みなどまるで感じていない様に笑いながら、スパルタクスはただ黒の聖女へと突き進んで行った。
「おぉぉぉぉぉっっ!!!」
「ちっ!」
ジャンヌオルタはスパルタクスによる重戦車の様な突撃を宙に跳ぶことによってかわす。だが、それを追う様にしてタマモキャットも大きくジャンプして来た。
「泣く子も黙る、ネコチョ~~ップ!!!」
飛翔と前方回転の勢いを加えられた鋭い手刀を見舞うタマモキャット。ジャンヌオルタはその一撃をなんとか旗で防ぎ、攻撃を防いだ反動でタマモキャットよりも早く地面に着地しようとした。
地に脚を着けた後の動きをシュミレートするオルタ。着地と同時に駆け出し、落下中のタマモキャットを狙った攻撃を繰り出す。防御を許さぬ黒炎で彼女を焼き尽くしてやろうと考えた彼女が、あと数瞬で地面に辿り着こうとした時だった。
「はぁぁぁぁっっ!!!」
「なっ!?」
目の前を覆う巨大な盾の姿に文字通り面食らうオルタ。盾を構えたマシュが彼女目掛けて突貫してきたのだ。
点では無く面での攻撃であるそれを防ぐ手段は彼女には無く、全身を襲う衝撃を受けて吹き飛ばされたオルタは、地面を二度三度と転がりながら衝撃に荒い息を吐いた。
「こっ、のぉっ……!」
「小癪な奴らめ……っ!」
劣勢に追い込まれていることを感じた二人が苛立ちを露わにしながら怒りの言葉を吐き捨てる。体の痛みや怪我は淫紋令呪による魔力供給ですぐに回復するのでそこまで問題にはならないが、それもいつまで続くかはわからない。
彼女たちに刻まれた淫紋令呪がどれほど強化されていようと5対2と言う数の差を埋めるほどの力は無かった。しかも、今回の相手にも同じ物が刻まれているのだ。条件は互角と言って良いだろう。
であるならば、このまま長期戦に持ち込むことは自分の首を絞めることになるだろう。どれほど傷が癒えようとも、消費した体力は戻らない。戦いを長く続けることは数の多い相手に有利に働いてしまう。
そう判断した二人は一瞬のアイコンタクトの後に陣形を整える。ジャンヌが後ろ、オルタが前……瞬時にお互いの考えを理解した彼女たちは、薄ら寒い笑みを浮かべながら敵の姿を睨んでいた。
『ジャンヌ及びジャンヌオルタの魔力が爆発的に上昇! 宝具を開放するつもりだ!』
「来るぞ、マスター!」
Drロマンの叫びを聞いたクー・フーリンがマスターへと注意を促す。マスターは、わかっていると目で彼に返答をするとサーヴァントたちに素早く指示を飛ばした。
「マシュ! 宝具展開準備! 他の皆もマシュの後ろに隠れて宝具の準備を!」
「了解しましたっ!」
お互いに叫ぶようにして応答を返すと、マスターの指示に従ったサーヴァントたちは宝具の展開に魔力を集中させる。彼らには、この後何が起きるのかがわかっていた。
聖女たちが狙うもの、それは短期決戦だ。全力を出せる内に最大威力の宝具を開放して一気に決着をつける、それが彼女たちの出した結論なのだろう。
最強の盾であるジャンヌの宝具で攻撃を防ぎ、最強の矛であるジャンヌオルタの宝具で敵を打ち倒す。非常にシンプルで強力なその策を破る方法は一つしかない。
そう、宝具の打ち合いだ。
「マシュ……わかっているとは思うが、お前さんがどれだけ粘れるかが勝負の鍵だ。頼んだぞ」
「はいっ!」
ロビンフッドの言葉に力強く返事を返したマシュは、盾を構えてジャンヌたちを見つめた。
救国の聖女の宝具にも負けない最強の盾ならばこちらにもある。シールダー、マシュ・キリエライトの宝具もまた防御に特化したものだ。
ジャンヌオルタの宝具をマシュが防ぎ、その間に他の4人で敵の防御を打ち崩す……これは、どちらの攻撃が先に相手の防御を突破するかの勝負だ。同時に、どちらが長く相手の攻撃を受け止められるかの勝負でもある。
「……覚悟は決まりましたか? カルデアのマスター……さぁ、最後の勝負と参りましょう!」
「……ああ!」
マスターが両腕を構え、手の甲に刻まれた令呪を掲げる。そこに魔力が宿ることを意識しながら、彼は自分の出来る最大の援護をサーヴァントたちに施す。
「令呪を以って命ずる! クー・フーリン、ロビンフッド、スパルタクス! 全霊で宝具を開放せよ!」
「応ッッ!」
「泣いても笑ってもこれが最後、ってね!」
「あーははははははっ!!!」
「淫紋令呪を以って命ずる! マシュ、タマモキャット! 全力で宝具を繰り出せっ!」
「了解しました、マスター!」
「おうさ! ぶっちぎるっ!」
令呪を使った命令を下した彼の右腕からは、通常の令呪が三画姿を消した。どうせ時間が経てば回復するもの、惜しむ必要は無いとマスターは頭を振る。
彼の目の前ではサーヴァントたちが魔力と威圧感を迸らせながら睨み合っている。一触即発の空気の中で動いたのは、互いの防御役となる者だった。
「主の御業をここに!」
「真名、開帳……私は災厄の席に立つ……!」
ジャンヌが旗を握り、己の神へと祈りを捧げる。
マシュが盾を構え、全身に力を漲らせる。
一拍の間を空け、二人は同時に己の盾となる宝具を展開した。
「『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)!」
「『いまは遥か理想の城』(ロード・キャメロット)!」
ジャンヌを中心に展開される守護結界。呪い、痛み、攻撃……全ての災厄を一手に引き受ける旗が煌き、その身を守る。
マシュの構えた盾が作り出す騎士たちの城塞。彼女の心が折れぬ限り、その守りが砕けることの無い鉄壁が姿を現す。
お互いに盾は作り上げられた。後はそれを打ち崩す矛を繰り出すだけだ。
マスターがその思いを心の中に浮かべた瞬間、残った英霊たちが飛び出して行く。相手の形成した守りを崩す一撃を繰り出すべく、彼らは宝具を開放した。
「『吼え立てよ、我が憤怒』(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!!」
ジャンヌオルタが繰り出すのは憤怒に彩られた黒炎と影の杭。悪しき力と彼女の怒りが形となったそれがマシュの作り出した盾へと向かい、突き刺さる。
「『刺し穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク)っっ!!!」
「『祈りの弓』(イー・バウ)!」
「見よ! 我が愛は爆発するっ!」
「『燦々日光昼午睡酒池肉林』!!」
対して繰り出されるは音速を超える速度で撃ち出される呪いの朱槍、猛毒を孕んだイチイの木、溜めに溜められた痛みの結晶と巨大な猫の幻影。それらが真っ直ぐに結界に向かい、それにぶち当たる。
それぞれの矛が相手の盾を破壊せんと猛進する。戦場には激しい音が響き、衝撃波が飛ぶ。戦いを見守る兵士たちはその衝撃に吹き飛ばされ、気を失う者も居た。
「ぐっ、おぉぉぉっ!!!」
「こなくそがぁっ!」
「あーはははは! はははははは!」
「圧政! あっせぇぇいぃぃぃっっ!!!」
カルデア側のサーヴァントたちは気合の雄たけびを上げて攻撃を繰り出す。数の上では彼らが有利だ、しかし……
「押し切れないのか……っっ!?」
彼らの全力の攻撃を前にしても聖女の作り出した結界は健在のままであった。徐々に押し込んでいる雰囲気はある、しかし、それ以上に敵の攻撃が激しい。
必死になって盾を構えるマシュも膝をつきかけるほどの勢い。淫紋令呪によって強化された聖女たちの宝具は、その強力さを更に強めていた。
「どう? ソロモン様のお力を得た私たちの宝具は強力でしょう? 早く膝をついて楽になりなさいよ!」
「う、うぅっ……!」
炎がマシュの体を焼き、杭による衝撃が盾を構える手を痺れさせる。少しでも気を抜けばその時点で倒れてしまいそうだ。
必死になって心を奮い立たせるマシュだったが、一際大きな攻撃を受けて盾を掴む手の力が抜けてしまった。そのまま激しい攻撃を前に倒れそうになる彼女だったが、誰かが自分の手を握り、体を支えてくれる感覚に気がつく。
急ぎ体勢を立て直して盾を構えた彼女が視線を横に向けると、そこには自分と共に盾を支えてくれているマスターの姿があった。
「せ、先輩っ!?」
「頑張るんだマシュ! 俺も一緒に支えるから踏ん張れっ!」
ただの人間である彼が、激しい攻撃に身を晒しながらも自分と共に立ってくれている………驚きで見開かれたマシュの瞳には、次第に涙が浮かんで来ていた。
「負け、られない……! 私たちは、まだっ!」
「そうだ! 諦めるわけにはいかない! 俺たちは諦めないっ!」
マシュの心に強い覚悟が灯る。同時に彼女の作り出す城塞はその堅牢さをさらに増し、無類の鉄壁を誇るようになる。
一時は追い詰めた彼女が自分の攻撃をなおも受け続ける構えを取ったことに舌打ちをしたジャンヌオルタだったが、そんな彼女の目に更に彼女を苛立たせる光景が映った。
「矢を射ろっ! ある限り撃ち尽くせっ!」
ジルの号令と共に雨の様に射られる矢の数々……それは、ジャンヌの作り出した結界を前にすれば、なんの意味も無いに等しいものであった。
だが、それでも反乱軍の兵士たちは矢を射ることを止めなかった。その無駄な行為に対して激しい苛立ちを覚えながら聖女たちは叫ぶ。
「何で諦めない!? 何で絶望しないっ!? あなたたちは何故、そんなにも醜い姿を晒してまで戦おうとするのです!?」
「所詮無駄な行為だと言うのに! 滅びの時がほんの少し遅れるだけなのに……何でそうまでして戦おうとする!?」
今の彼女たちには理解が出来なかった。自分の身を危険に晒してまでマシュの元に駆けつけたカルデアのマスターのことも、彼に従う英霊たちのことも、無意味な攻撃を続けるフランスの兵のことも、何一つとして理解出来なかった。
どうせ自分たちが勝つのに、どうせ負ける戦いなのに、何故そこまでして抗おうとするのか? この状況を打破するには、奇跡でも起きない限り無理だと言うのに……
「……哀れだな、聖女たちよ。かつてのお前たちならばすぐにわかったその答えをソロモンに心を縛られて見失ったか」
戦場に声が響く。凛とした、美しく力強い声だった。
自分たちに投げかけられたその言葉を耳にしたジャンヌたちは、わずかな動揺を抱えながらも戦いを続ける。そんな彼女たちに対して、声の主は話を続けた。
「確かに人は時に愚かとしか思えない抗いを見せる。無意味で愚かな抵抗、何の意味も無い行いをする馬鹿な存在だと笑われることもあるだろう。しかし……」
マスターはその声のする方向を見た。自分の耳と記憶が確かならば、この声は彼女のものだ。
徐々に近づいてくるその声が何を語るのかをマスターたちは聞き続けた。
「しかし、人が戦う姿を見せる時、その胸には熱い炎が燃えている……愛する人や国を守り、自分たちの未来を取り戻す為に、人は最後まで諦めずに戦い続ける……その行いに、無駄なものなど一つも無い!」
蹄の音が聞こえる。周囲に立つ兵士たちが左右に分かれ、彼女の進む道を作り出す。
ただひたすらにこの戦場へと駆け付けた彼女は、戦いを続ける仲間たちと敵となった聖女たちを見据え、大きな声で叫んだ。
「たとえ愚かでも、醜くとも……それこそが人の真の強さだ! 未来を諦めず、手を取り合って立ち上がるその強さを私は愛している! 今もそうだ、この場で戦いを続けている者の中で諦めている者など一人もいない! 誰もが皆、愛する国を守り、未来を掴み取るべく戦い続けているのだ! 私はそんな人間たちのことを愛している! 誇らしく思う! お前たちが人間が未来を得るために奇跡が必要だと言うのならば……奇跡を起こしてやろうではないか!」
白銀の鎧を纏い、光が渦巻く聖槍を手にした彼女が愛馬と共に天へと駆け上がる。神々しく、凛々しいその姿を見た誰もが彼女に目を奪われていた。
「聖槍、抜錨……っ!」
この場に駆け付けるための勇気を与えてくれたアーチャーの笑顔を思い返し、彼女は槍を強く握り締めた。
今の今まで諦めずに戦いを続けていたフランスの人々と仲間たちの姿を見て、彼女は魔力を解き放った。
そして、自分の事をまっすぐに見つめている彼の瞳の中に変わらぬ信頼を読み取った彼女は……ほんの少しだけ笑顔を浮かべた。
「最果てより光を放て。其は空を裂き地を繋ぐ、嵐の錨!」
口上と共に聖槍が輝きを増す。それは未来を照らす光、彼女の、彼らの、世界の希望を象徴するもの。
聖女たちは驚きと怒りに身を焦がしながら、突如として姿を現した彼女の名を叫んだ。
「アルトリア……ペンドラゴンっっ!!!」
「終わりにしよう、堕ちた聖女たちよ! この一撃を以って、このフランスでの戦いに幕を引かせてもらう!」
天空に舞ったアルトリアの体が輝きを放ちながら静止する。それは、彼女の全力の一撃が放たれる準備が出来たことを意味していた。
王として、英霊として、人を愛する者として……そして、未来を掴むべく戦う者として、彼女は聖槍を構え、その名を叫んだ。
「『最果てに輝ける槍』(ロンゴミニアド)ッッ!!!」
まっすぐ、ただまっすぐに天から降り注ぐ一筋の光。それは美しく、そして力強い輝きを放ちながら聖女たちの元へと向かう。
最後の一押しとして放たれたその一撃はジャンヌの作り出した結界を貫き、その先に居る二人へと突き進んでいく。仲間たちの放った宝具と共に聖女たちを貫いたその一撃は、大いなる輝きを放ちながら広がり、そして収束した。
「げほっ! ごほっ! ど、どうなったの!?」
目の前の光が消え、支えていた盾から伝わる衝撃が消え去った事を感じた俺は咽込みながら状況を知るべく周囲を見回す。
土煙と爆煙に包まれた視界の先で動く物を認めた俺は、そこに視線を集中させてその動きを見守り続ける。
「ぐっ、うぅ……!」
「うっ、はぁっ……!」
やがて晴れた煙の中から姿を現したのはジャンヌとオルタだった。手にしている旗を地面に突き刺して体を支えて何とか立ち続けているが、彼女たちに戦う力が残っていないことは明白だった。
呻き、表情を歪ませるジャンヌたちだったが、ついに限界を迎えた旗の柄が中ほどからぽきりと折れた。支える物が無くなってしまった二人の体は地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「勝っ、た……のか?」
目まぐるしく移り行く状況に頭がついて行かなかったが、何とか理解出来たであろうその事実を口にする。俺のその呟きを肯定する様に周囲の兵士たちが騒ぎ始めた。
「じゃ、ジャンヌ様が、負けた……? き、奇跡は起きないのか!?」
「何がどうなっているんだ!?」
混乱と悲鳴が戦場に広がって行く。だが、俺たちにはそんな事はどうでも良かった。
『……ジャンヌ・ダルク及びジャンヌオルタの沈黙を確認。霊基を消滅させずに抵抗を封じられるるなんて最高のパターンさ!』
「いや、偶然だよ。たまたまそうなっただけさね」
ダヴィンチちゃんの喜びの声に兄貴が返事をする。全力で宝具を放ったせいで疲れが体全体に出ているが、命に別状は無いみたいだ。
ロビンもスパルタクスもキャットもそう。皆が無事に戦いを終わらせることが出来た。その喜びがじわじわと体を満たして行く。
『マシュ、周囲に強力な魔力反応がある。きっと聖杯だ。探してみてくれ』
「は、はいっ!」
ドクターの言葉に反応したマシュだったが、彼女も疲れが出ている様だ。すぐには動けない彼女に変わって動こうとした俺は、目の前に光り輝く何かが飛んできたことに気がついた。
「これって……!?」
「聖杯でしょうね。おそらく聖女たちが所持していたのでしょう」
驚く俺の横に並んだアルトリアがそう答えると聖杯を掴んだ。それを俺へと差し出しながら頭を下げる。
「……遅れて申し訳ありません、マスター。間に合って良かった」
「来てくれてありがとう、アルトリア。信じてたよ」
差し出された聖杯を掴んだ俺はそう言って彼女に微笑みを向けた。アルトリアは頬を染めた後ではにかんでみせる。
戦いに勝利した。聖杯も回収出来た。終わったのだ、このフランスでの戦いが……!
俺がそう思った時だった。
「く、くくく……あははははははは!」
「あーあ、負けちゃった……悔しいけど、認めるほかないわね」
戦場に響いた声に驚いた俺たちは彼女たちの居る方向を見た。俺たちだけでは無い、フランス軍と反乱軍の兵士たちもさきほどまでの騒ぎが嘘であるかのように黙りこくってその方向を見ている。
この場に居る全ての人間の視線を浴びながら、ジャンヌたちはよろめきながらも立ち上がり、笑った。
「戦いに敗れ、聖杯も奪われ、ソロモン様の計画も阻止された……どうお詫びして良いかわからないわね」
「でもまあ、仕方が無いと諦めましょう……次の機会に賭ければ良いのですから」
折れた旗を持って立ち上がったジャンヌたちはなおも笑い続けながら会話を繰り広げる。そんな二人に向かって、俺の隣にいるアルトシアが口を開いた。
「諦めろ、もうお前たちに戦う力は無いはずだ。我々に従い、捕縛されろ! 自害を許されていないことはわかっているのだぞ!」
「……ああ、まったく……そんな簡単にあなたたちの思い通りにさせるとお思いかしら?」
「確かにアンタの言うとおり、私たちは自害は許されて無いわ。でもね……私たちは二人組なのよ、この意味がわかる?」
より一層深く、黒い笑みを浮かべた二人が強く旗を握る。その瞬間、俺は彼女たちが何をしようとしているか理解した。
「しまっ……!?」
「二人居るってことはね……お互いを殺しあえる、ってことよ!」
旗の穂先をもう一人の自分へと向けてそのまま突き出す。後は、お互いの得物を胸に受けて二人で死ぬだけだ。
死んで消滅してしまえばソロモンの元に戻れる。彼女たちの最後の抵抗は、俺たちに自分たちの身柄を拘束されないことであった。
俺がどんなに急いでも間に合うはずが無かった。二人の突き出した旗は勢い良くお互いの胸へと向かって行く。
そして、鈍い音を立てて肉に突き刺さると、血飛沫を巻き上げた。
「……え?」
誰もがその光景を呆気に取られて見ていた。それは、お互いに殺しあおうとしていたジャンヌたちも例外では無かった。
時が止まった様な静けさの中、ゆっくりと血が滴り落ちて行く。俺は、その光景を見ながら駆け出すと大声で叫んだ。
「ジルーーっ!!!」
「……がふっ」
俺の叫びを受けたジルが口から血を噴き出しながら後ろに倒れた。胸と背中に鋭い一撃を受けた彼が致命傷を負ったことなど俺にだってわかった。
そう、あの一瞬、駆け出して来たジルが二人の間に割り込むとお互いの一撃から二人を庇ったのだ。自分たちを殺そうとしたジャンヌたちの目論見は、彼のその行動で失敗に終わった。
「くっ……!」
邪魔者の乱入で自殺が失敗した事を悟ったジャンヌたちがもう一度旗を繰り出そうとする。しかし、もうそれをするのには遅すぎた。
「がはっ!?」
俺と併走していたアルトリアの一撃を受けてオルタが昏倒する。同時にジャンヌも打ち倒され、今度こそ完全に二人は動かなくなった。
「ジルっ! しっかりして!」
「あ、あ……カルデアのマスター、どの……この戦い、勝てたのはあなたたちのおかげ、です……」
「そんなことどうだって良いよ! なんでこんな事を……!?」
ジルに寄り添いながら叫ぶ。そんな俺の姿を見たジルは微笑みを浮かべると自分の心の中の思いを吐露し始めた。
「これで、良かったのです……。私は、ようやく悲願を果たせた……!」
「え……?」
「……かつて、私はジャンヌたちの事を心から信奉しながら、彼女たちの死に際して何も出来なかった……彼女を救うことも守ることも出来なかった。ずっと、それを後悔していました」
「………」
「ですが今……私は、ジャンヌを守れた。救い出すことは叶わずとも、その命を守ることは出来たのです……」
「ジ、ル……!」
視界が涙で滲む。同時に世界が渦巻き、歪んで行く。時代が修正されようとしていることに気がついたダヴィンチちゃんたちが俺たちに向かって通信越しに叫んだ。
『皆、カルデアに帰還するんだ! 時代の修正が始まったぞ!』
『強くカルデアをイメージして! あと、近い人はジャンヌたちとキャット、アルトリアを連れ帰れる様にしてくれ! こっちも調整してみるから!』
慌しく終わりを迎えようとしている旅のことよりも、今は目の前のジルの言葉を聞くことに専念したい。そう思っていた俺の頬に彼の手が触れた。
「……私はここまでです。後は、あなたにお任せします……どうか、ジャンヌを、救い出して……」
その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。世界が回る感覚と共に全てが遠ざかって行く。だが、それでも……俺は叫ばざるを得なかった。
「約束するよ……! 必ず二人を救い出すから! だから、だから……!」
フランスの旅で俺が最後に見たのは、満足げに微笑むジルの姿だった。
段々と意識が覚醒していく。明るくなった視界に映った仲間たちの姿を見た俺は、自分が無事にカルデアに帰還できたことを理解した。
「おかえり、ご苦労だったね。作戦は大成功と言える成果をあげたよ」
「ん……」
まだ覚醒し切っていない意識のままにダヴィンチちゃんへぼんやりと返事をした俺は、フランスでの出来事を思い返す。長い様で短かった特異点での記憶は、鮮烈に俺の脳裏に焼き付いていた。
タマモキャットとアルトリアを奪い返し、聖杯も入手することが出来た。加えてジャンヌたちの身柄も拘束できたのだから、ダヴィンチちゃんの言うとおりこの戦いは大勝利と言っても過言では無いのだろう。
だが、こちらに損害がないわけでは無い。せっかく再会できたアーラシュは再び消滅してしまった。これからも彼と一緒に戦えると思っていた俺にとって、その事実は結構ショックであった。
「……大丈夫だよ、彼はソロモンに捕まったわけじゃあ無い。またどこかの特異点で会えるかも知れないし、カルデアに召還される可能性も十分にあるさ」
そんな俺の心の中の思いを悟ったのか、万能の天才は慰めの言葉をかけてくれた。お礼代わりに軽く会釈をした俺は、そのまま彼女に問いかける。
「ジャンヌたちはどうしてるの?」
「ああ……二人なら拘束した状態で同じ場所に放置してあるよ。無論、監視はばっちりさ」
そう言ったダヴィンチちゃんが手で指し示した先を見てみれば、そこにはしっかりと縛られた状態でベッドの上に寝転がされているジャンヌとオルタの姿がモニタリングされていた。まだ気を失っているのか、二人は目を瞑ったまま微動だにしないでいる。
そんな彼女たちの様子を観察している仲間たちは、口々に自分の意見を口にして話し合いをしていた。
「今回の相手は二人組みだ。ってことは、こっちも二人でかかった方が良いのか?」
「それが無難だろうね。一対一に持ち込んだ方がリスクは低いだろうし……」
「それなら、別々の場所で一人ずつ相手をするのか、それとも同じ場所で二人同時に相手するのかを考えなきゃなんねえな」
「そもそも、相手は誰にするんですか? 誰がどちらを相手にするかを考えることの方が優先だと思うのですが」
ロマンやマシュが話し合う様子を見ながら、俺は自分の拳を握り締めた。同時に一つの決意を固める。
「先輩。先輩はどうしたら良いと思いますか?」
結論の出ない話し合いに変化を求めるべく話を振ってきたマシュの声に顔を上げた俺は、そのまま仲間たちに向けて一つの頼みを口にした。
「皆……二人の相手は、俺に任せて欲しいんだ」
「えっ!?」
俺のその言葉にこの場にいる全員が驚きの表情を見せる。
サーヴァント二人を一人で相手すると口にした俺の真意を探りたいのか、ダヴィンチちゃんは俺に質問をして来た。
「確認するけど、何か考えがあるのかい? ジル君との会話で義憤を感じて、考え無しに自分だけで事を解決しようとしているだけだとしたら私は賛成出来ないよ」
「大丈夫、ちゃんと考えはあるよ。ジルとの約束を果たしたいって気持ちもあるけど、考え無しに行動するほど俺も馬鹿じゃあないよ」
「ん……それを聞いて安心したよ」
俺の返答を聞いたダヴィンチちゃんは満足げに頷くと笑顔を見せた。同じ様に他の仲間たちも俺に信頼を込めた視線を向けてくれる。
「お前さんに考えがあるってんならここは任せるとしますかね。頼んだぜ、マスター!」
「大丈夫だゾ、ご主人! キャットをメロメロにしたその逸物が有れば聖女などただのチョロインに他ならないはずだ!」
「私たちも出来る限りのサポートをさせて頂きます。先輩は、自分の作戦を自信を持って遂行してください!」
「聖女丼、美味そうだな……」
若干一名(一匹)を除いて励ましの言葉をかけてくれる。その言葉と行動には、俺に対する深い信頼が見て取れた。
深く息を吸い込んだ俺は、顔を上げてジャンヌたちが映るモニターへと視線を向ける。そこに映る二人の顔を見た俺は、心の中で小さく呟いた。
(必ず救い出してみせる……! 待ってろよ、ジャンヌ! オルタ!)
ジルとの約束と覚悟を胸に部屋から出て二人の元へと向かう。フランスでの戦いは終わった。だが、俺たちには最後の仕上げが残っている。
時代は修正した。聖杯も手に入れた。後は、ソロモンに奪われたものを奪い返すだけだ。
俺たちの新たなる戦い、その第一歩であるフランスでの旅の果てに迎えた最終決戦。そして、俺たちにとって最も重要な意味を持つその戦いを前に、俺は心を震わせたのであった。