ローマの中にある日本の町。その中で続く俺たちと沖田さんたち淫乱組の戦いは、激しさを増していた。
新選組一番隊隊長の沖田総司と新選組副長土方歳三の戦いは、刀のぶつかり合う音と火花が舞い散る激戦となっている。俺は、4つの戦い全てに注意を払いつつ未知のサーヴァントである土方歳三の戦いに注目した。
流石は天下に名高い新選組の天才剣士たちと言うべきか、二人の振るう刀は俺では目で追う事がやっとのスピードで振るわれている。相手の繰り出す攻撃を防ぎ、瞬時に攻撃に転じる高度な剣劇を展開しつつも、二人はお互いへの叫びを上げている。
死した後の再会、久方振りに出会ったかつての仲間に対して何を思うのか? 特に土方歳三にとって、今の沖田さんは見ていられないもののはずだ。
俺の予想に違わず、土方歳三は怒り狂った表情を浮かべて沖田さんへと雄叫びを上げた。
「沖田ぁっ! てめえ、何を考えてそんなふざけた格好してやがる!?」
「何って、私はソロモン様に仕える雌豚として相応しい格好をしているだけですよ。あと、何回も言ってますけど私は沖田では無く雌豚です」
「雌豚だぁ……!? てめえ、ふざけてんのか!?」
「嫌だなあ、ふざけてなんかいませんって! その証拠に、ほら……!」
「っっ……!?」
ケタケタと笑いながら後ろへと跳躍した沖田さんは、反転して自分の背中を俺たちへと見せつけた。彼女の後姿を見た俺や土方さんは思わず顔をしかめる。
大きく背中に描かれた誠の文字。それを掻き消す様に上から塗られた×印が、今の彼女がかつて新選組で背負っていた物を完全に投げ捨てたことを示していた。
細く、華奢な体を隠すものは殆ど何もない。尻の谷間と秘所を隠す紐の様なふんどしもどきと乳首を隠すニップレスだけだ。
そして、その格好は沖田さんだけでなく他の皆の体に刻まれた嘲りの文字を周囲にはっきりと見せつけていた。
「……ね? もう私にとって、新選組やカルデアのことなんてどうだって良いんです。ソロモン様に喜んでいただいて、豚の様にぶぅぶぅ鳴いて獣と交わっていればそれで良いんですよ。だって、私は雌豚ですからね♡」
狂った笑みと蕩けた瞳、彼女には到底似つかわしくない表情を浮かべながら沖田さんが言う。
自分の過去と誇り、そして人としての尊厳を喜んで投げ打っている彼女の姿を見た俺は、胸がぐっと苦しくなる感覚を覚えていた。
「……そうか、そこまで堕ちたか……。この、大馬鹿野郎が……っ!」
生前の沖田さんを知る土方歳三の慟哭とも取れる叫びが戦場に響く。刀を抜き、彼女目掛けて疾駆した土方歳三は、上段からの切り下ろしを繰り出した。
「……ふふっ、忘れてませんか土方さん? あなたは私に勝てたことが無いんですよ!」
小柄な沖田さんを脳天から叩き斬るかと思われたその一撃は何も無い空を切り、地面へと振り下ろされた。
僅かに横に移動した沖田さんは、居合切りの構えを取って土方さんへと攻撃を繰り出そうとしている。
「くっ!?」
「お命、頂戴っ!!!」
光速の居合、まさに光の速度で抜き放たれた刀が土方さんへと迫る。この一撃で勝負は着くかと思われたが、二人の間に乱入者が入った。
「ぬぅんっ!!」
「「なっ!?」」
沖田さんの居合を防ぐ巨大な腕。筋肉を収縮させ、深く食い込んだ刃を食い止めたスパルタクスは、腕から血を垂らしながらも心地良さそうな笑みを見せた。
「おお、この痛みこそ反逆の悦び……! さあ、我が反逆を受けるが良い!」
「ちっ!」
腕に刀を食い込ませたまま放たれるスパルタクスの一撃。文字通り空気を震わせる勢いで繰り出された剛腕が沖田さんへと迫る。
刀での防御が不可能と悟った沖田さんは、咄嗟に体を捻ってその一撃を回避した。だが、周囲に起きた衝撃までは殺すことが出来ず、スパルタクスの腕から抜けた刀と共に砂埃を上げて地面を二転三転して行く。
「おい! 何割り込んで来てやがんだ!?」
「ははっ! この戦いは我が反逆なり! 反逆に割り込みも何も無し! ただ圧制者を砕くまで!」
助けられたと言うのにも関わらず、土方歳三はスパルタクスに対して不満をぶつけている。1対1の決闘を邪魔されたことが腹に据えかねているのだろう。
が、しかし、スパルタクスにそんな理論は通じない。そもそも話が通じない。バーサーカーに道理を説くことは無意味である良い証拠だ。
「……ちっ、まあ良い。あの馬鹿をぶちのめすことが最優先だ。この際、多少の助力は受けてやらあ」
「ふはははは! 共に圧制者を打ち倒そうぞ!」
土方さんも話を諦めたのか、スパルタクスとの共同戦線を了承した様だ。素早く強烈な剣舞と強靭さを活かした剛腕が見事な連携を見せ、沖田さんを追い詰めて行く。
2対1であるこの戦いは圧倒的有利だ。そう判断した俺が他の戦いに注視すると、他の皆も自分の相手に有利な展開を繰り広げていた。
「っっ!!! これはっ……!?」
「まさか、ここまでの力を持っているとは……?」
「予想外、ではありますね……」
ロビンとエリちゃんの連携に押され、ジャンヌオルタの炎に焼かれ、アルトリアの槍に圧され……他の三人は、肩で息をしながら現状を確認している。
その様子を見る限り、この戦いには十分に勝機がありそうだ。このまま油断しなければ、皆を捕らえることが出来るかもしれない。
「……ふむ。では、こう言う時の定石と行きましょうか!」
体を血と砂で汚した牛若丸が息を整えると俺の方向を見る。腰に差した愛刀を掴み、跳躍の構えを取る彼女が次に何をするかなど、俺にだって理解できた。
「こう言う時は当然……大将の首、一つを狙うのみ!」
「やっぱりそうかっ!!」
予想は出来た。対策も出来ている。マシュの盾で進路を防ぎ、牛若丸の突貫を防ぐだけだ。
それでも油断はしない。牛若丸は天下に名だたる天才武将だ、どんな方法で俺の首を落とそうとして来るかわからない。
だから俺は彼女がどんな行動をしても動じないつもりでいた。完璧な対応をする心構えがあった。
だが……そんな俺の予想を超える出来事が、俺の目の前で起きた。
「あ……れ……?」
突然、牛若丸が動きを止めたのだ。顔に張り付いていた狂気の笑みは消え、茫然とした表情になる。
蕩け、濁っていた彼女の瞳には光が戻った。俺の知る普段の彼女へと戻った牛若丸は、その茫然とした表情のまま周囲を見渡し、最後にマシュとジャンヌに挟まれている俺の姿を見る。
「牛若、丸……?」
「主、どの……? あ、あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」
思わず俺が彼女へとかけた声を聴いた瞬間、牛若丸は顔を蒼白にして叫び始めた。
苦しみの表情を浮かべて涙を流し、頭を抱えてその場に蹲る。そんな彼女の姿を見れば、ただならぬことが起きていることはすぐに分かった。
「牛若丸っ!? もしかして、お前っ!?」
「あ、主殿……! わ、私、私は……!? ぐぅっ!!?」
状況に混乱しながらも俺の声に応えようとしてくれた牛若丸は、俺に対して何かを言おうとした。だが、彼女の言葉が紡がれるより早く、彼女の胸の中心から刃が顔を出す。
「……あ、るじ、どのぉ……もうし、わけ、あ……」
「牛若丸っっ!!!」
目から涙を、口の端から血を流す牛若丸は、俺に対して懺悔の言葉を口にしようとしていた。
余りにも悲しい彼女の姿に居てもたってもいられなかった俺の目の前で、牛若丸の体が炎に包まれる。轟々と燃え盛る炎が消え去った時、その場には何も残っていなかった。
「牛若丸……!? なんで、どうして……?」
俺には理解が出来なかった。何故、牛若丸は本来の意識を取り戻したのだろうか? しかも、こんな戦いの中でだ。
彼女の身に何が起き、どうなってしまったのか? 当然そのことも気になってはいたが……俺には、それ以上に強く思うことがあった。
「……なんで、殺した? 牛若丸は仲間のはずだろ?」
「あらあら、敵の心配ですか? 随分と余裕がおありですね」
「そちらにとっては得なのですから、良いではありませんか」
「ふざけるな……! なんでこんな真似をしたんだよ!? 清姫! 頼光さんっ!」
今しがた、仲間であるはずの牛若丸を屠った二人に対して俺は叫んだ。俺の目の前で、かつての仲間を殺した二人のことが信じられず、とても苦しかった。
何でこんなことをしたのか? その理由を問いかける俺に対して不敵な笑みを見せた二人は、ソロモンが牛若丸に施したとある仕掛けについて説明を始めた。
「簡単なことですわ……雌犬には、ソロモン様からある暗示がかけられておりますの」
「暗示、だって……?」
「ええ。時間、場所、状況は完全にランダム……本当になんの前触れも無く、愚かなあなたに従っていた時の記憶を思い出すと言う暗示ですわ」
「しかも、ソロモン様と過ごした蜜月の日々をすべて覚えた状態で、ですね」
「なっ!?」
「雌犬は愚かにも元マスターであるあなたに対して忠義を尽くすなどと言っておりました。ですので、心優しいソロモン様はその思いに応えて差し上げたのです」
「あなたへの思いを思い出させ、雌犬にかつての主への忠義を思い出させると言う暗示……畜生にも劣る雌犬に対し、なんと寛大な処置をくださるのでしょう! ソロモン様は、慈愛に満ちたお方ですわ!」
「……まあ、記憶を取り戻した雌犬は泣いて騒いで大変なのですがね。その度に私たちが処分し、再召喚されると言う訳です」
「戻って来た雌犬はかつての自分の愚かさを認識し、改めてソロモン様へと忠誠を誓う……どうです? 素晴らしい施しでしょう?」
こともなげに、二人は牛若丸へ施された鬼畜の所業を告白した。それを聞いた俺の体が、芯から冷えて行く。
牛若丸は一体、何度ああやって殺されたのだろう? ソロモンに心を弄ばれ、思いを踏みにじられ、そして殺され……何度傀儡へと堕とされたのだろうか?
悔しかっただろう、辛かっただろう、悲しかっただろう……あんな悲しい表情を何度も浮かべて、その度に殺されて来た牛若丸の心の痛みは、計り知れないものだ。
「ふざ……けるな……!」
冷えていた体の中が急激に熱くなる。熱い、なんてものじゃない。まるで炎が燃え盛っているかの様だ。
目の前の二人は何も悪くない。清姫は本当は仲間思いの良い子だ。頼光さんは牛若丸のことを我が子の様に可愛がっていた。もしも二人が本来の意識を取り戻したならば、この所業を思い出して苦しむことなんて分かり切っている。
そうだ、二人は何も悪くない。悪いのは全て、彼女たちを変えたソロモンなのだ。
「ふざけるな……! ふざけるなよ、ソロモン!」
この場に居ないソロモンに対し、俺は声の限りに叫んだ。悔しさと怒りが止め様も無く体の中に溢れていた。
大切な仲間の心を踏み躙る奴への怒りを再認識する。牛若丸は……いや、サーヴァントたち全員は、決して奴の玩具では無い。その心を好きにして良いはずが無いのだ。
皆を犯したことも、洗脳したことも、心を傷つけたことも、何一つ許すつもりはない。だが、今回のこの所業は余りにもひどすぎる。
「……なんと言うことでしょう。ソロモン様に対する不敬な物言い……これを許すことは出来ませんわね」
「その罪を贖わせることは絶対。ならば、こちらも奥の手を出しましょうか」
牛若丸を手にかけた二人にはそのことを悔やむ様子は全く見られない。それどころか、戦いに向けて意思を漲らせるばかりだ。
そんな彼女たちが腕を振ると……何処からか、うねうねとした謎の物体が戦場に姿を現したではないか。
それはかつてサーヴァントたちの霊基を育てる為に倒していた神腕によく似ていた。と言うより、それが何体か集合した物の様に思える。だが、神腕とそれとの大きな違いも確かに存在した。
両者の違い、それは中心から生える二本の旗だった。それぞれ淫と乱の文字が描かれた巨大な旗がそれの中心から伸びているのだ。
「何だ、あれは……!?」
「あの旗に何の意味が……!?」
突然現れた意味不明の物体に対して警戒を強めた俺たちは、それを見ながら戦いの相手でもある3人にも注意を払う。
奥の手と言うからには何か秘密があるのだろう。緊張感を持って戦いに臨む俺たちの前で、清姫と頼光さんが動く。
「はぁぁぁぁっっ!!!」
「なっ!?」
清姫と頼光さんが放つ炎と雷、それは先ほどよりも格段に威力が上昇していた。
マシュが盾を構えてなんとかそれを防ぎきるも、いきなり能力が上がった二人の攻撃に驚きは隠せない。そんな俺たちに対して二人は黒い笑みを浮かべると、更に攻撃を仕掛けようとする。
「まだまだ、ですわよ……!」
「ソロモン様に対する非礼の数々、その命で償いなさい!」
「っっ……!」
殺気を漲らせて戦いの構えを取る二人。今の二人を見るに、手加減なんか出来ないことは間違いないだろう。
こうなればもう全面戦争しかない。全力で戦い、倒すことを目標とするしかないだろう。
かつての仲間と本気で殺し合うことに躊躇を覚える俺だったが、ここで負けるわけにはいかないと弱る心を必死になって奮い立たせる。そして、大声でマシュたちに指示を出そうとした時だった。
「……な~に、やってるんですか? それは、本当にとっておきの手段でしょう?」
「……あら? 雌豚は私たちに手柄を取られそうになって焦っているのですか?」
「だとしても、私たちの邪魔をするのは止めて頂きたいのですが……」
誰よりも早く、暴走する二人を止めに入ったのは先ほどまで土方歳三とスパルタクスの両名と戦っていた沖田さんだった。愛刀・菊一文字を二人に向け、苛立った表情を見せながら二人を威圧している。
それを飄々と笑顔で流しながらも、清姫と頼光さんもやや苛立った表情を見せていた。どうやら彼女たちは仲が良くない様だ。共に戦う仲間と言うよりも功を競う相手としてお互いを見ているのだろう。
「あ~あ、これは本当に最後まで取っておきたかったんですけどねぇ……考え無しの蛇と牛のせいで台無しですよ」
「あらあら、先ほどまで苦戦していた愚鈍な豚が何か言ってますわねぇ?」
「どうだって良いのでそこをどいて下さいな。私は、早く帰ってソロモン様に褒めて頂きたいのですから……!」
もはや三人の目に俺たちは映っていない。取りあえず邪魔な女たちを排除する勢いで同士討ちを始めそうな雰囲気だ。
だが、この状況は俺たちにとってチャンスかもしれない……不意を突いて攻撃出来れば、生け捕りにすることも可能になるかもしれないのだ。
そんな考えを浮かべた俺はそれを行動に移そうとしたが、それよりも早く大きく伸びをした沖田さんが呆れた様な口調で口を開くとこの場に居る全員に向けて声をかけて来た。
「ふぅ……もうしょうがありませんね、ここは仕切り直しましょう。雌犬もまた復活させないといけませんしね」
沖田さんはそう言うが早いがその場から跳躍して近くの家の屋根へと着地した。やや不満げな表情を見せながらも清姫と頼光さんがそれに続く。
旗を持つ神腕たちもいつの間にか消え去っていた。高い場所から俺たちを見下ろしながら、三人は別れの言葉を口にする。
「では、元ますたぁ……近いうちにまたお会いしましょう。その時こそ、あなたのお命を頂戴いたしますわね……!」
「反省してももう遅いですよ。母は怒りましたからね」
「ふふっ……! 土方さん、元マスター、次はこうは行きませんから、せいぜい遺言状でもしたためておいた方が良いですよ。では、さよなら~!」
「ま、まっ……!?」
瞬き一つ、その間に三人の姿は消え去っていた。あっという間の邂逅と戦闘、そして別れに衝撃を受けた心が休める暇も取らず、俺は今の戦闘から得た情報を整理しようとする。
「……おい、小僧。お前も沖田の知り合いってことで良いんだな?」
「あっ……!」
回らない頭で思考を纏めようとした俺は、自分にかけられた土方歳三の声で我に返った。
険しい表情を浮かべて俺に話しかける彼に小さく頷くと、軽い舌打ちが返って来る。
「ちっ……! あの馬鹿、なんつー格好をしてやがんだ……! おい、お前の知っていることを全部教えろ! 代わりにしばらくの寝場所を用意してやる!」
「えっ!? ちょ、ちょっと……!?」
「つべこべ言わずについて来い! 今は時間が惜しいんだよ!」
「は、はいっ!!」
またしても有無を言わさぬ迫力の前に頷いた俺を引きずる様にして土方歳三はずんずんと道を進んで行く。
俺は自分について来るサーヴァントたちの姿を見ながら、また戦いが始まったのだと思った。
そう、始まったのだ。長く苦しい戦いが、仲間を取り戻すために敵の本拠地に乗り込むこの戦いが、始まったのだ。
牛若丸、清姫、頼光さん、そして沖田さん……まずはこの四人を取り戻さなくてはならない。そのための策を練ることが今の課題だ。
ローマの中に存在する日本。ありえない歪みのせいで生まれた二つの国が融合したこの特異点での激戦を予感しながら、俺はただ土方歳三の手で引き摺られ続けたのであった。