「ふふ、ふふふふふふ……♡」
闇の中に響く女性の声を耳にして意識を覚醒させたソロモンは、今自分が居る場所が何処であるかを探るべく周囲を見渡した。
辺り一面、闇。建造物も目印になる様な物も何も無い空間が広がる中、ソロモンはとある思い出を頭の中に浮かべる。
忌々しく、苦々しい記憶。出来ることならば二度と思い出したくないその記憶を脳裏に思い浮かべた瞬間、彼の悪夢は再び幕を開けた。
「お久しぶりですね、ソロモン……相変わらず無様なことで」
「きっ、貴様は……っっ!?」
突如姿を現した少女の姿を見たソロモンは目を見開いた。嘲笑を浮かべ、自分のことを見下すデミ・サーヴァントの姿を見つめたまま固まるソロモンに対し、彼女は平然とした様子で話を続ける。
「今日、あなたにこうやって会いに来たのには理由があるんです……ちょっと、話がありましてね……」
嘲笑から一変、悲しそうな表情を浮かべたマシュが指を鳴らすと、彼女の背後の空間に光が差した。
スポットライトのように伸びる光の下には、総勢4人の女性たちがいる。その誰もが苦しく、辛そうな姿をしていた。
「ああ……死にたい、死にたい……」
「こんな私になど、生きている意味が無い……」
「力も技も、何もかもを失った……こんなオレに、存在価値なんて……」
「怖い……全てが怖い……」
ある者は蹲り、ある者は血溜りの中に身を伏せている。絶望を絵に描いた様なその光景を見ながら、ソロモンは満足げに笑った。
「……あなたの捨てた英霊たちが、こうやって苦しんでいる。これが、あなたの望んだ未来……あなたが思い描く、皆さんの末路……」
「ああ、そうだ……! その通りだ!」
顔を伏せ、悔しそうに呟くマシュに対してソロモンは勝ち誇った表情で叫びを上げた。自分が切り捨て、見放した英霊たちは、もう満足に動くことすらままならないのだ。
沖田総司は病に臥せり、牛若丸は不忠の限りを尽くした自分に絶望した。モードレッドは全ての力を失い、ジャンヌリリィは何もかもを恐れて近づく者を拒んでいる。
こんな状態の彼女たちを奪い返したところで、カルデアのマスターに何が出来るだろう? 傷つき、苦しむ彼女たちを前に何も出来ず、歯軋りして悔しがる彼の姿を思い浮かべたソロモンは、清々しい気分で笑い続ける。
「あっはっは! あははははははははははっっ!!!」
「く、くく……くくく……」
悔しさで肩を震わせるマシュを見下しながらソロモンは嗤う。今度こそ自分は彼に勝利したのだと確信して嗤い続ける。
そうとも、前回のあれは何かの間違いだったのだ。ほんの少しだけ何かが狂った故の出来事、本来ならこうやって自分が勝つべきなのだ。
敗北感を笑い飛ばし、勝利の喜びに浸るソロモン。この時、彼は幸福の絶頂に居た。
そう、つまり……ここからは、悪夢の中でただ絶望の果てに転がり落ちるだけだと言うことだ。
「く、くくく……あはははははは! あはははははははは!!!」
「!?!?」
突然、目の前に居るマシュが声を上げて笑い始めたことを見たソロモンは、驚きのあまり笑う事を止めてしまった。
自分に対して気が狂ったのかとでも言う様な視線を送るソロモンに対し、マシュは大笑いしながら話しかける。
「本当に……本当に、あなたは愚かですね! あなたの望んだ結末など、来るはずが無いのに!」
「なん……だと……!?」
「はーっ! はーっ! ……良いですか? これがあなたの望んだ光景。あなたがこうしてやる、と思って姦計を用いて迎えさせようとした彼女たちの結末です。しかし……そんなの、無意味なんですよ」
必死に笑いを堪えるマシュが腹を抱えながら話し続ける。最初の時のように彼女が指を鳴らすと、彼女の背後の光が消え失せ、それに照らされていた牛若丸たちの姿も見えなくなってしまった。
「……さっきまでのがあなたの描いた馬鹿な未来。そしてこれが……今、現実に起きている光景ですよ……!」
三度マシュが指を鳴らせば、もう一度彼女の背後には光が灯る。先ほど同様に苦しんでいる英霊たちの姿を見ようとしたソロモンは、光の中の光景を見て表情を凍り付かせた。
「な……な……!?」
驚きで体が震える。指先の感覚が無くなり、体の芯が冷えていく。
光の中に居る人影は、先ほどより一人多くなっていた。増えた人物の正体が憎きカルデアのマスターであることに気がついたソロモンは、それ以上の衝撃に打ちのめされる。
「ふ、ふふふ……♡」
「主殿……♡ 主殿ぉ……♡」
「ほら、もっとオレに構えよ……♡ 寂しいだろ……♡」
「トナカイさん、大好きです……♡」
苦しんでいるはずの英霊が、自分の策で生きる希望を失い、絶望したはずの雌奴隷たちが、幸せそうな表情でカルデアのマスターに擦り寄っている。
甘い声を口から漏らし、前後左右から彼を囲んで裸体を寄せる彼女たちは、自分が与えた苦しみなど欠片も感じていない様子だった。
「マスターさん♡ 沖田さんのこと、優しく抱いて下さいね……♡ でも、激しいのが嫌ってわけじゃあ無いんですよ……♡」
霊薬と令呪の命令でのた打ち回っているはずの沖田が、頬を染めながらマスターの耳元で囁く。豊かな乳房で彼の腕を挟み、その柔らかさを堪能させながら彼の手で愛撫され続けている。
「早くオレを抱けよっ♡ そうすりゃあ、すんげー気持ち良くしてやるし、オレも強くなって良いことづくめだろ? ほら、早くしろって……♡」
苗床として最適化し、奴隷以下の力しか持たないはずのモードレッドがマスターに後ろから抱きつく。女性として見られることに不満を抱いていたはずの彼女は、しなやかな肢体を存分に使って彼に性交を強請っていた。
「トナカイさん、大好きです……♡ ぎゅっ、ってされるとぽかぽかして、幸せな気分になるんです……♡」
全てに恐怖し、彼を拒絶するはずのジャンヌリリィが彼の腕の中で幸せそうな表情を浮かべる。主が与えてくれる温もりに感謝しながら、リリィは彼の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「主殿……♡ 私は最後でも、何時でも構いません♡ この不忠の犬を愛でて下さると言うだけで、私は天にも昇る位の喜びを得られるのですから……♡」
主を裏切り、傷つけたことに絶望しているはずの牛若丸が隠しきれない喜びを表情に浮かべる。まるで犬の様にマスターの指を丹念に舐め、じっくりと彼への忠誠を示す彼女の性器は、すでにじっとりと濡れそぼっていた。
それはあり得ない光景だった。数週間、彼女たちが奪われてからそれだけしか経っていないはずだった。なのに、自分の施した策は既に意味を成さない状況になっている。
おかしい、これは幻覚か何かだ……そう、自分に思い込ませようとしたソロモンに対し、マシュは嘲りの言葉を投げかけた。
「残念ですが、これは現実ですよ? 本当に起こっていることで、事実なんです。皆さんは、あなたのことなんか忘れて先輩と一緒に幸せに過ごしてますよ」
「ば、馬鹿なっ!? そんなこと、あり得るはずが無い!」
焦りの感情で声を荒げながら、ソロモンはマシュの言ったことを否定する。あって良い筈が無い、彼女たちの心を蝕み、粉々に砕くはずの自分の目論見が、こんなにあっさりと打ち破られることなど。
だが、マシュはそんなソロモンに対して本当に不思議そうな顔をすると彼に質問を投げかけた。
「……どうしてあり得ないんですか? 相手はあの先輩ですよ? あなたよりもずっと格上で、素晴らしいマスターである先輩なんですよ? 何で、
「っっ……!?」
マシュの体から謎の威圧感が発せられる。カルデアのマスターよりも自分の方が優れていると言うソロモンの言葉に対し、静かな怒りを露にして詰め寄る。
「あなたの何処が先輩に勝っているんですか? 英霊を奴隷扱いするような腐った性根ですか? 魔術王なのに先輩に簡単に打ち破られてしまう魔術ですか? 考え足らずの浅い策を生み出す頭脳ですか? それとも……魔術で強化しないと女も抱けないその惨めな
淡々と、ただ淡々とソロモンに問いかけるマシュ。彼女の中ではマスターがソロモンの上位に存在するべき人物であることは明々白々だ。
だからこそ、彼女はソロモンの傲慢な台詞に怒りを露にし、彼に詰め寄っている。加えて、マシュはソロモンに現実を突きつけるべく一つの提案をした。
「ああ、そうですね……そうです。最初からこうすれば良かった。最初から、皆さんに話をしてもらえば良かったんです」
一人納得した様に頷くマシュは、ひとしきり頷いた後でソロモンに視線を戻す。そして、再び淡々とした口調で彼にこう言った。
「では、今から皆さんに話をして貰いましょう。あなたと先輩のどちらが素晴らしい男性なのかを評価して貰うんです。……もし、あなたの方が自分の主に相応しいと言う人が居たら、どうぞご自分の元に連れ帰ってください。居れば、の話ですけどね……」
「このっ……! このソロモン王をコケにして……っ!」
屈辱の臨界点を超えたソロモンがマシュに掴みかかろうと怒りの表情を浮かべて一歩踏み出す。手を伸ばし、無礼な元奴隷を組み伏せようとしたソロモンだったが、その眼前に鋭い光が走った。
「っっ……!?」
目の前を掠めたのは赤の光、それに続いて今現在も鋭く輝く銀の光。最初の光はカルデアのマスターが放ったガントであり、次の銀の光が何であるかは、目の前の彼女が教えてくれていた。
「……何を、してるんですかね?」
ぎらりと光る刀の切っ先をソロモンに突きつけながら、新撰組として活動していた頃の眼光の鋭さを取り戻した沖田が唸る。
壬生狼、と呼ばれていたかつての自身の荒々しさを宿したまま、沖田はソロモンを問い詰めた。
「私の仲間に、マスターさんの大切な
「ぬ、ぐ……!」
自分の元で雌豚と名付けられ、魔猪に覆い被さられていた時とは大違いの姿を見せる沖田に恫喝されたソロモンは、背筋に冷たい汗が流れることを感じた。
自分が沖田に恐怖を感じていることを悟られぬ様にすることで精一杯のソロモンに対し、沖田は意外なことに笑顔を見せる。
「ああ、あなたにはお礼を言おうと思ってたんですよ! あなたが私を見捨ててくれたおかげで、私は自分自身を取り戻すことが出来ましたからね! それもこれも、あなたが愚かで、マスターさんが優しかったお陰ですよ!」
向けていた刀を消滅させた沖田はマシュに寄り添いながら語り続ける。歌うような口振りでソロモンとマスターの違うを解説する彼女の瞳は、僅かに熱を帯びていた。
「……マスターさんは凄いですよ。今、あなたに囚われた英霊を救う為に必死になって自分を磨いています。土方さんのしごきに耐え、必死に高みを目指しているんです。その姿を見ていると、私も頑張らなきゃって思えるんです……対して、あなたはどうですか?」
穏やかな表情でマスターを褒め称えた沖田は、ソロモンに対して視線を向けるとその表情を一変させた。汚らわしく、醜い物を見る様な目でソロモンを睨み、侮蔑混じりの言葉を投げかける。
「魔術王だから、一度勝ったから、相手はただの人間とその使い魔だから……そんな理由で胡坐をかいて、何にもせずにふんぞり返ってるだけ……努力も統率も何もない、ただ私たち堕ちた英霊で遊び、淫蕩にふけるばかり……見ていて、何の尊敬の思いも浮かびません。あなたのような主、こっちから願い下げです」
「き、貴様ぁっ!!」
ソロモンはマシュに向けた怒りの表情をそのままに、今度は沖田に手を伸ばす。しかし、その手は後ろに少し飛び退いた沖田にはまるで届かず、何も無い空を切った。
「……あなたは私のことを雌豚と罵りましたが、私からしてみればあなたの方が豚です。怠惰で、肉欲に耽り、悦楽のため以外には動きもしない……そんなあなたこそ、豚の名に相応しいんじゃ無いですか?」
「豚だと……? この私を、豚と呼ぶかっっ!?」
「はいはい、そうですよ~。そんで、沖田さんは豚に仕える趣味はありませんので、あなたとはおさらばです! ……もう一度言いますね。私を裏切って、見捨ててくれてありがとうございます! あなたよりも何倍も素晴らしい
桜色の髪を揺らし、丸い臀部をソロモンに見せつけながら沖田がマスターの元へ近づいて行く。マスターは、彼女のことを待っていたように腕を広げて沖田を迎え入れると、太い陰茎を彼女の膣に挿入した。
「んはぁぁぁぁぁぁっ……♡ これぇ、好きです……♡ 優しく抱かれてるのに、奥の弱い所を突かれると凄く気持ち良くて……♡ すぐに、イっちゃいますっっ♡♡♡」
ソロモンの目の前でゆっくりとしたスローペースのセックスを繰り広げるマスターと沖田。腰の動きはとても緩慢だと言うのにも関わらず、沖田の膣から溢れる愛液の量は尋常では無かった。
「ひぃぃぃっ♡ はっひぃぃぃぃっ♡ 凄いっ♡ 凄いぃぃぃっっ♡♡♡」
体を痙攣させて喘ぐ沖田の声をどこか遠くに聞きながら呆然としていたソロモンの前に、今度はモードレッドがやって来た。恨みを込めた視線でソロモンを睨んだモードレッドは、敵意を剥き出しにしながら口を開く。
「よくもオレを苗床になんかしやがったな……! おかげでオレは、騎士としての力を失っちまった……今のオレには、便器として生きるしか道がねえ……」
「そ、そうだ! 貴様には、何の価値も……!」
「……そう、思ってた。でも、違った……!」
何の価値も無い、モードレッドにそう言おうとしたソロモンだったが、それよりも早く自分の言葉を否定したモードレッドのせいでその言葉が完全に口から出切ることは無かった。
便器や奴隷としてではなく、誇り高さを秘めた瞳でソロモンを見つめながら、モードレッドは言う。
「こんなオレでも、あいつは必要としてくれた! オレの力が戻るまで支えてくれるって言ってくれた! なあ、信じられるか? 何の力も無い、反逆の騎士として悪名高いオレに向かって、絶対の信頼を置いてくれてるんだぜ? ……価値が無くなったら、即ポイ捨てするどこかの阿呆とは大違いだな」
鋭い視線でソロモンを睨みながら、モードレッドは人差し指を突き立てる。それをソロモン目掛けて向けながら、モードレッドは力強く宣誓をした。
「……待ってろよ。オレはいつか力を取り戻して、お前のことを倒しに行く! あいつから受けた恩を! お前から受けた借りを、返しに行ってやる! ……ツケは、てめぇの命で払って貰うから覚悟しておけよ?」
ソロモンへの宣戦布告を口にしながら、モードレッドは不敵に笑った。何の力も無い彼女のどこからその自信が湧いて来るのかも理解出来ないソロモンの前で、今度はモードレッドの顔が快楽に歪む。
「あっっ♡♡♡ おまっ、今オレがカッコよく決めたって言うのに、そんなことしたら……んんっっ♡♡♡」
いつの間にかモードレッドの後ろに立っていたマスターが、彼女の胸と秘所を愛撫し始めたのだ。彼の手から与えられる快感に身を捩りながら抗議するモードレッドであったが、段々と素直に彼の手を受け入れていく。
「おまっ♡ そんな風に触ったら……♡ んあぁぁっ♡ もっ、メスになるっ♡ お前の手で、女にされちまうよぉっ♡」
膝を震わせ、立っていることすら困難になって来たモードレッドの体を抱えあげたマスターは、彼女の膣に肉棒を挿入して腰を跳ね上げ始めた。
一突きごとに大きく仰け反るモードレッドは、膣から愛液を雨の様に噴き出しながら喘ぎ続ける。
「んあぁぁぁっ♡ やべぇっ♡ オレっ、まだこのちんぽにはかてにゃ……んひぃぃぃぃぃっっ♡♡♡」
あっという間に絶頂。弛緩したモードレッドの体を優しく撫でながら、マスターはモードレッドの唇を奪って舌を絡ます。モードレッドもまた、マスターのその行為に従順に従い、共に快楽を貪っていた。
「はむっ♡ ふ~っ♡ んうぅっ♡」
「わー! モードレッドさんってば凄い積極的です! 一度デレるとすぐこうなる所、成長した私にそっくりですね!」
グズグズに蕩けたモードレッドの痴態を眺めて感想を口にしたジャンヌリリィは、ちらりとソロモンを見ると舌を出して彼をからかった。そして、憤慨した様子でソロモンを詰り始める。
「あなたなんてだいっきらいです! 人を物みたいに扱って、酷い事して……お陰で、大好きなトナカイさんのこと、とっても怖く感じちゃったじゃないですか! それが……そのせいで、私がどれだけ辛かったか……っ!」
ぽたぽたと涙を流して泣きじゃくるジャンヌリリィ。だが、そんな彼女を悲しませたままにはしないとばかりにマスターがそっとその小さな体を抱きしめる。
頭を撫で、背中を摩り、頬にキスを落としてやれば……落ち着いたリリィの表情には、年相応の明るい笑みが戻った。
「……私はトナカイさんが大好きです。温かくて、優しくて、私を包み込んでくれるマスターが大好きです! あなたとトナカイさんを同じ括りとして考えたことが間違いでした。あなたは最低最悪の男……そんなゴミとトナカイさんを同じだと思ったことが恥ずかしくて堪りません!」
リリィから成長した彼女を思わせる辛辣なバッシングを受けたソロモンは少なからずショックを受けた。まさかここまで言われるとは思っていなかった彼の目の前に、最後の女英霊がやって来る。
「………」
「牛若丸……!」
少し虚ろな瞳をした雌犬。自分に尻尾を振って従っていた牛若丸の姿を見た時、ソロモンはチャンスだと思った。
まだ、彼女なら奪い返せる。彼女の心の隙間を突けば、再び彼女を従順な雌犬に堕とすことが出来る、と……。
「牛若丸、可愛い雌犬よ……私の下に戻って来い。そうすれば、お前の望みを叶えてやろう!」
「私の、望み……?」
「ああ、そうだ! お前は何も考えなくて良い。ただ私の期待に応え、その才を活かしていればそれで良いのだ! 従順に私に仕えれば、お前のことを存分に愛でてやろう……! ただ犬として私の為に働けば、お前の望む人生は手に入る……どうだ? この人生が欲しくは無いか?」
「………」
勝った、そうソロモンは確信した。牛若丸が、この提案を飲まない訳が無いと思っていた。
どんなに気丈に振舞っても、主を裏切ってしまったと言う思いは彼女の心の中に巣食っているだろう。その思いを突き、楽な生き方を指し示してやればそれに縋りたくなるというものだ。
「さあ、私の下に戻って来い……! そして、再び我が配下としてその力を振るうのだ……!」
牛若丸に近づいたソロモンが彼女の体を撫でる。頭を、肩を、ねっとりと撫でながらその心を掌握しようとする。
牛若丸が何の抵抗も見せないことに微笑み、彼女を再び堕としたと満足げな思いを心に浮かべたソロモンがどうだと言わんばかりにカルデアのマスターを見つめた時であった。
「……断る。私は、そんな生を望んではいない……!」
「は……!?」
短い、されどはっきりとした拒絶の言葉を口にした牛若丸が、ソロモンの手を弾いた。再びモノにしたと思った奴隷の反抗に苛立つソロモンだったが、その感情を隠して優しげな声で牛若丸に語りかける。
「どうした? 私の下に戻るのが怖いのか? ……案ずるな、お前は何も考えなくて良い。お前はただ、私の命に従っていれば、それで……」
「……その人生を望んでいなかったかと問われれば、それは否だ。私は、ただ自分の才能を活かして主の命を遂行し、主に褒められることだけが望みだった……生前の私はそう生きていたし、今だってそうだ。だから、それを望んでいないわけでは無い……」
「そうだろう? なら……!」
「だが……もう、そんな生き方は出来ない! 何も考えずただ命に従う生き方など、選べようはずも無い……!」
ぎりりと歯軋りをした牛若丸が後ろを振り向く。視線の先にいる主を見つめながら、牛若丸はまるで自分に言い聞かせる様に独白を続けた。
「私は罪人だ……! あれだけ慕っていた主殿を傷つけた。刃を向け、敵として立ちはだかり、殺そうとした……その罪は、永劫消えるものでは無い……!」
「だが私の下に降ればその苦しみからも解放される! 何も考えぬ奴隷には、苦しみなどあろうはずもない!」
「そうだ、その通りだ……だが、私はこの苦しみから逃げるつもりはない!」
きっぱりとした口調で言い切った牛若丸がソロモンへと視線を戻す。先ほどとは違う、はっきりとした光が灯る瞳を見せながら、彼女は叫んだ。
「主殿はこんな私を受け入れてくれた! 慰め、包み込み、愛してくれた! 必要だと、傍に居て欲しいと言ってくれた! こんな私に、前を向く勇気を与えてくれたのだ! その行いに、言葉に、私がどれだけ救われたのかがお前にわかるか!? ただ苦しみから逃げろと言うお前に、主殿のお心が分かって堪るものか!」
瞳に涙を浮かべ、息を切らして叫び、牛若丸はソロモンに拒絶の意思を伝える。彼の下に居た頃の雌犬ではなく、英霊 牛若丸としての誇りを胸に、彼女は自分の思いを叫んだ。
「私はもう何も考えぬ機械の様には生きたくない……! たとえどんなに苦しくとも、この罪をどうやって購うかを考えて生き続ける! そして……いつか、本当の意味で主殿のお傍に居られる様、いつか自分に胸を張って生きられる様に生きて行く! それが私の選ぶ生だ! 苦しみを乗り越える勇気を、私は主殿からもらった! お前の甘言などには耳を貸さん! 私のことをまっすぐに見て、主殿がかけてくださった言葉に比べれば……お前の声など、何にも響きはしない!」
「あ……ぐ……っ!?」
勝ったと思った。墜としたと思った。だが、そうはならなかった。予想以上の意思の強さを見せ、成長を見せた牛若丸に拒絶されたソロモンはただ愕然して彼女を見るばかりだ。
そんな風に呆然と立ち尽くすソロモンに対して無表情で近寄って来たマシュは、分かりきっていたことを確認するようにまた淡々と話を始めた。
「はい……もうこれで分かったでしょう? あなたには何の価値も無い、何の魅力も無い……皆さんを切り捨てたとあなたは思っているのでしょうが、本当に見放されたのはあなたの方なんですよ」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れぇっ!!! ……お前たち、これが最後の機会だ……私の下に戻って来い! そうすれば、この非礼は無かったことに……」
「しなくて結構です。私たちはこのままで居ます。あなたの奴隷には、二度と戻りはしない!」
「そもそも、てめえが俺たちを見捨てたんだろうが! 切り捨て、道具にして、人でなしの扱いをしやがった奴の所に誰が好き好んで戻るかよ!」
「私たちのことを大切にしない人の為に頑張りたくなんかありません! 私たちは今、トナカイさんのことを心から愛しています! この思いを掻き消されるなんて、絶対に我慢出来ません!」
「黙れぇぇっ! お前たち、何か勘違いをしていないか? お前たちがどう思おうと勝手だが、客観的に見て、お前たちがそいつの傍に居る資格があると思うのか!?」
ソロモンは声を荒げて大声で叫んだ。そして、彼女たちが突かれたく無い点を指摘する。
「裏切り者! 戦う力の無い者! 足手纏い! そんな存在であるお前たちが、そいつの傍に居て良い筈が無い! お前たちはただその現実から逃げてるだけだ! 見つめたくない現実から、快楽で自分をごまかしているに過ぎん!」
「っっ……!!!」
ソロモンの言葉に四人の表情が曇る。演技では無い彼女たちの苦しみの表情を見たソロモンは、最後に一矢報いたと心の中で安堵した。
この傷が、亀裂が、彼女たちに再び付け入る隙を作るはずだ。この屈辱も、その隙を突いてから晴らしてやる。
そう考えてようやく自分の優位を確信したソロモンだったが……そんな思いも、簡単に打ち砕かれてしまうことになる。
「……資格なんか、必要ない。俺が、皆に傍に居て欲しいって思ってるんだ……!」
「え……?」
闇の中に、彼の声が響く。カルデアのマスターが立ち上がり、自分の大切な仲間たちに向けて思いを吐露し始める。
「俺が皆と居たいから……一緒に歩いて行きたいから、そう望んでいるから! その我侭で皆を苦しめていることも分かってるけど……それでも、皆と明日を生きたいから! 過去なんかじゃなくて、未来を望むから! だから……皆に傍に居て欲しいんだ……!」
「主、殿……」
「……俺、頑張るから……! 情けない俺だけど、一生懸命頑張るから! 皆のこと、大切にするから! だから……傍に居て下さい。俺と一緒に、生きて下さい……!」
深々と頭を下げ、仲間たちに懇願するマスターの姿を見た英霊たちは首を振りながら彼に近づいて行った。そして、目に涙を浮かべて彼に言葉をかける。
「それは、私たちの台詞です……こんな、こんな私たちで良ければ、お傍に、置いて……っっ!」
「オレ、強くなるから……! お前に負けないくらい頑張って、強くなって見せるから……! お前のこと、苦しませたりしないように強くなるから! 絶対に、強くなるから……!」
「泣かないで、トナカイさん……! 貴方が泣くと、私も悲しくなってしまうから……笑ってください、私の大好きな笑顔、見せてください……私も、トナカイさんを笑顔に出来るように頑張ります!」
一人、また一人とマスターへの思いを口にしながら沖田たちが彼を抱きしめる。最後に牛若丸がその場に跪くと、万感の思いを言葉に紡いだ。
「主殿……今の私たちには、あの男が言う様にあなたの傍に居る資格など無いのかもしれません……しかし、いつかはあなたの傍に胸を張って居られる様になってみせます! あなたと共に生き続ける未来で……必ず、私たちは本当の意味であなたのサーヴァントとして存在を証明して見せます!」
「ありがとう……みんな、ありがとう……!」
お互いを必要とし合うマスターとサーヴァント達による感動的な光景。涙を流して抱きしめ合う彼らのことを、ソロモンは立ち尽くして眺める他無かった。
「……ね? あなたなんて、何の価値も無いでしょう? こうやって皆さんから無視されちゃう位の価値しかあなたには無いんですよ」
マシュの言葉が頭の中で反響する。自分の目の前で、説得を振り切られて奴隷を奪われたと言う事実に隠し切れない動揺を見せる。
そんなソロモンに追い討ちをかける様に、マシュは彼の耳元で残酷な言葉を囁いた。
「よ~く見て下さいね? あなたが要らないと切り捨てた女性たちが、先輩の手で眩い位に輝く姿を……! 宝石よりも美しい彼女たちのことを捨てたのは、他ならぬあなた自身なんですよ? あなたがしっかりと愛情を込めてあげれば、彼女たちに抱きしめられるのはあなただったかもしれないのに……」
「だ、まれ……っ!」
「人の心も掴めない、未熟な策しか思い浮かばない、簡単に解除されちゃう魔術しか使えない……おまけに、おちんぽまで小さいと来たら、あなたの先輩に勝ってる部分って何なんですか? どうか私に教えて下さいよ……!」
「ぐ、うぅ……!?」
初めて……ソロモンは、圧倒的な敗北感をカルデアのマスターに抱いていた。
今までは確かに自分の方が格上だと信じていた。魔術王である自分とただの人間である彼、どちらが優れた存在であるかなど一目瞭然だと思っていた。
しかし……マシュに諭され、目の前で牛若丸を奪われた今、もしかしたら自分は彼に負けているのでは無いかと心の片隅で思ってしまったのだ。そんな弱気な考えを浮かべたソロモンの体に、異変が起きる。
「なっ、なんだっ!?」
するすると、自分の体が小さくなっていくのだ。周囲の人々の姿が大きくなった様に見える世界の中、ソロモンはただ慌てることしか出来ない。
自分よりはるか巨大になったカルデアのマスターを見上げるソロモンの頭上に彼の足が構えられる。天変地異でも起こったかの様にソロモンの世界に闇が訪れ、その光景を見ていたマシュが楽しげに呟いた。
「では、今回のおしおきです! 先輩、ぷちっと……お願いします♡」
マシュの合図を皮切りに空気が唸りをあげる。頭上にあるマスターの足が自分目掛けて落ちて来ていることを悟った次の瞬間には、ソロモンはマスターに踏み潰されていた。
「ぐ、あぁぁぁっ!!! こ、このっ! 無礼者めがぁぁぁぁっっ!!!」
身動きひとつ出来ないまま、ソロモンはマスターに踏み潰されていた。何の抵抗も出来ないことに絶望するソロモンは必死になって叫び声を上げる。
「やめろぉぉっ!!! 私は偉大なるソロモン王だぞっ! その私に、このような真似をするなどっ……!」
「だ、誰かっ! この不届き者を始末しろっ! 私を助けないかっ!!!」
「ぐあぁぁぁぁっ! ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
半狂乱になって叫ぶ自分の姿を見たマシュたちが笑い声を上げる。多大なる屈辱に顔を真っ赤にするソロモンであったが、無慈悲なカルデアのマスターに体を踏み躙られる痛みに呻く事しか出来ない。
「……お前はこうやって皆の心を踏み躙ったんだ……! この痛みを受けて、皆の苦しみを少しでも理解しろっ!」
「あぁぁぁぁぁっ! やめろぉっ! やめろぉぉぉぉっっ!!!」
この光景を傍から見れば、悪役に完全勝利した主人公とでも言うべき光景だろう。マスターの足の下で苦しみ、懇願するソロモンの姿は、非常に滑稽で無様に見えた。
「あ、あぁっ! ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ついにはマスターに体を踏み潰され、ソロモンは完全に息絶えてしまった。意識が途切れる寸前に彼が耳にしたのは、マシュの簡潔な嘲りの言葉だった。
「……やっぱり、あなたには何の魅力もありません。そうやって先輩の足元で這い蹲っているのがお似合いですよ」
「ソロモン様! ソロモン様っ!!」
「あぁぁぁっ! うあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
寝台の上で飛び起きたソロモンは、意識を覚醒させ次第自分を起こした頼光のことを二度叩いた。頬を押さえて蹲る彼女の体を踏みつけながら、ソロモンは狂ったように叫ぶ。
「誰がっ! 誰があの男より下なものかっ! お前たちがっ! もっと有能であればっ! こんな屈辱を味わうことは無かったと言うのにっ!!!」
「申し訳っ、申し訳ありませんっ! ソロモン様っ!!!」
何度も頼光を蹴り飛ばし、その体を傷つける。その光景を呆然と見ていた清姫をも引き寄せると、ソロモンは無防備な彼女の腹に拳を叩きこんだ。
「あがっ!!!」
「奴隷めがっ! せいぜいこの気分を晴らす為にその身を差し出せっ!!!」
「あぐっ! うぐぅっ!!!」
「ぎぃっ! んぎぃぃぃっ!!!」
髪を掴まれて無理やり立たされた二人は、ぶちぶちと言う髪が千切れる音と痛みと共に傷だらけの体をソロモンに差し出す。ソロモンは、溜まった苛立ちをぶつけるかの様に二人の体に容赦の無い暴行を加えていった。
「このっ! このっ! お前たちはこうやって私に体を差し出せば良いのだっ! 反逆などせず、こうして私の言いなりになっていろっ!!!」
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!」」
最後に魔力を爆発させたソロモンの衝撃波を受けた二人は、部屋の壁まで吹き飛ばされてそこに叩きつけられた。
ぐったりと床に崩れ落ちた二人を横目で見ながら、ストレスをある程度解消出来たソロモンは大股で部屋の外へ出て行く。
(奴隷どもめ……! このソロモン王に逆らうなどと言う考えを思い浮かばせぬ程に痛めつけてくれよう!)
自身の苛立ちを発散する方法を幾つも考えながら部屋を後にするソロモン。彼が去った部屋の中には、虚ろな目をした頼光と清姫が残った。
「あ……あ……」
「う、うぅ……」
痛みに、主から受けた暴行に涙を流す二人。普段の二人ならばソロモンに殴られたことすら感謝するはずが、今回はそうならなかった。
(あの、夢は……もしかして、現実の……?)
(ソロモン様があんな無様に……それに、雌豚と雌犬があんなに幸せそうにしているなんて……)
つい先ほどまで自分たちが見ていた光景を思い出した二人は、その夢の中で見た無様なソロモンの姿も思い出す。ああやってカルデアのマスターにやり込められたのだとしたら、先ほどのソロモンの不機嫌の理由も納得がいった。
(なんて矮小で……惨めなことか……あれが、ソロモン様であるはずがない! ない、はず……)
(み、見せ掛けの幸せなどに私は騙されません! 雌犬も雌豚も、苗床だってただ快楽に流されているだけ! そうに決まっています!)
二人は心の中の懸念を無理に払い飛ばそうとした。先ほどのあれは夢、現実にあんなことがあるはずが無いと。
無様な主の姿も、頼り甲斐のある男性に見えたカルデアのマスターの姿も、彼に抱かれて幸せそうにする元奴隷たちの姿も、全部夢なのだ。あんなものに心を乱されてはいけない。
(あれが現実であるはずが無い! あれはただの夢で、ソロモン様があんな無様な姿を晒すはずが無い!)
(ああ、ソロモン様のことを疑ってしまうとは……こんな雌奴隷など、罰を受けて当然です!)
殴られた理由を、先ほどの光景を、一応はそう無理に納得する。しかし、二人の心の中には狂気や淫紋令呪の呪縛でさえも打ち消せないソロモンへの不信感が植え付けられてしまった。
花の魔術師の目論見通りに植えつけられたその種が、後々見事な花を咲かせることになるのだが……それは、まだ先の話である。
一応、これで前半戦は終了しました。書きたい部分まで書き終わったので、ここから感想の返信も再開しようと思います。
長々とご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。