永い眠りから覚めた時の様に、彼は何度か瞬きをした。そして、今の自分の状況を確認する。
雑多に多くの機械が置かれた部屋の光景を見て取った彼は、自分が無事にカルデアに帰還出来たことに安堵の息を吐いた。
「お疲れ様、大体の事情はモニター越しに把握しているよ。取り合えず、小休止といこう」
「うん……ありがとう、ドクター」
暖かなココアを差し出してくれたDr,ロマンに感謝したカルデアのマスターは、共に帰還した仲間たちの顔を見ながらここに戻って来るまでの出来事を回想し始めた。
「……アルテラの動きが停止したことを確認! 身柄を確保します!」
「おっしゃぁぁぁっっ!!! どうだ!? 見やがったか! オレを舐めるんじゃねーっ!」
「モードレッド、床に倒れながら言っても無様なだけだ。せめて立ってから言え」
モードレッドの宝具を受け、戦闘不能な状況にまで追い込まれたアルテラの身柄を拘束してたマスターは、今度こそこのローマでの戦いに終止符が打たれたことを感じていた。
傷つき、ボロボロの体であったが、命があれば問題なしだ。
幸運にも、アルテラも霊基に致命的な損傷を受けること無く消滅しないでいてくれた。彼女の事も確保出来たのは予想外の戦果であったが、その分支払った代償もある。
「……勝ったか、我が子よ」
「うん……勝てたよ、ロムルス」
「見事だ、不屈の精神でよくぞ粘った。諦めぬ心が生んだ勝利だな」
少しずつ崩れて行く体を見せながらロムルスが笑う。痛々しく、惨い惨状であったが、それを感じさせない力強い笑みを浮かべる彼は惜しみない勝算をマスターへと送ってくれていた。
マスターは自分を庇ってくれたロムルスのことを思い、必死に涙を堪えて勝利の報告をする。あの一撃で致命傷を負いながらも自分の戦いを見守ってくれたロムルスに対して出来ることは、それしか思い浮かばなかった。
「聞け、ローマの皇帝たちよ……どうやら、
「真祖ロムルス……っ!」
「お前たちと共に汚名を注ぎ、愛する
深く溜息をつき、ロムルスは顔を上げた。彼の周りに集うローマ皇帝たちの顔を一人一人見つめながら、堂々とした声で彼は言う。
「……必ず、
「……はっ! 必ずや、この世界の為に力を注ぎます! そして、貴方が戻って来る日を待ち続けましょう!」
「……それで、良い」
ネロの返答を聞いたロムルスは嬉しそうに笑った。そして、最後にマスターの顔を見つめる。
言葉は無かった。だが、その視線だけで十分だった。ロムルスは、信頼と謝罪の思いを込めた眼差しでマスターを見つめると、そのまま光の粒へと還っていった。
「ロムルス、さん……」
「せっかく、また一緒に戦えると思ったのに……」
フランスで出会ったアーラシュに続き、またしても仲間との別れを経験したサーヴァントたちは沈鬱な顔で天へと昇って行く光を見つめながら呟いた。しかし、その悲しみに浸っている暇はない。
一早く立ち上がり、聖杯を求めて歩き出したカエサルとクレオパトラは、一度だけ振り返って仲間たちの顔を見た。そして、視線でここは自分たちに任せろと告げると再び歩き出す。
彼らの背後では、マスターたちがもう一つの別れの儀式を済ませようとしているところだった。
「……おう、勝ったか。それでこそ、俺が色々叩き込んだだけのことはある」
「はい……これも全て、土方さんのお陰です」
「馬鹿言うな、この勝利は俺たち全員の力によるものだ。誰か一人の力で勝てる戦いなんか、大したもんじゃねえ」
ボロボロの体を引きずりながらマスターと会話する土方の体もまた、徐々に光の粒へと変化している。傷だらけの状態でアルテラと同じくモードレッドの宝具を受けた彼もまた、消滅の時を迎えようとしているのだ。
「……そんな顔をするんじゃねえよ。俺は元々お前たちとは一緒に行けねえ存在だ……最初から別れの時が来るってのは分かってたろうが」
「でも、土方さん……!」
あまり長い時間では無かった。しかし、それでもマスターにとっては彼と共に過ごした時間はかけがえの無いものだ。
剣、軍略、長としての心構え……その全てを彼から教わった。マスターにとって、土方は大恩ある師となっていたのだ。
その師との別れを悲しむマスターは、涙を浮かべて土方を見送っている。そんな彼の様子を見た土方は、口元を歪ませて微笑むと彼の頭を強く撫でた。
「……羽織、大事にしろよ。あれは、俺たちの魂の結晶だ」
「……はい」
「俺が教えた事、決して忘れるなよ? ま、忘れたくても忘れらんねえだろうがな」
「ははっ! そう、ですね……」
思い返すのは彼と過ごした日々。厳しく、辛い修行の日々でも、マスターは弱音一つ吐かなかった。
土方もそんな彼を導き、より逞しい漢になれるよう教えを叩き込んだ。師弟の絆で結ばれた二人は、最後に笑みを浮かべて見つめ合う。
「……忘れんな。姿は見えない、傍には居られない……だが、お前が忘れない限り、俺はここに居るってことをな」
「……はいっ!」
大きな土方の拳がマスターの心臓へと突き付けられる。力強く、熱い鼓動を分かち合いながら、二人は笑った。
「あと、沖田ぁっ! お前の士道不覚悟、忘れたわけじゃねえぞ! ……今回は見逃してやるが、次に会う時にまたふざけた格好をしてやがったら今度こそ切腹だっ!」
「わ、わかってますよ! 沖田さんもそこまで馬鹿じゃないですって!」
「馬鹿野郎、お前はそこまでの馬鹿だから言ってるんじゃねえか」
「酷い! この悪魔! 鬼っ!」
沖田の叫びを聞いたカルデアの仲間たちは、戦いが終わって初めて笑みを浮かべた。ほんの少しだけ明るい気分が戻ったこの場では、土方もまた珍しく楽し気な笑みを浮かべている。
最後に……もう一度マスターの顔を見つめた土方は、消え行く中で彼へとこう言った。
「……勝てよ、馬鹿弟子。諦め無ければ、負けじゃねえ……心を強く、気高く持て。それがお前の刀だ」
「……はい、師匠」
初めて師と呼ばれたことに満足げな表情を浮かべながら……新選組副長、土方歳三は二度目の生を全うして消えて行ったのであった。
二人との別れを済ませたカルデアのメンバーたちは、その後聖杯を確保してレイシフトを終了した。狂ったローマと日本の町の歴史は、これで修正されることだろう。
今回も無事に戦いに勝利出来たことを喜ばしく思いながら、マスターはまだすべてが終わっていない事にも気が付いていた。
ココアを啜り、気を落ち着かせながらこの後の行動を考え始める彼の後ろから、明るい声が響く。
「やあ、お帰り! これで聖杯は3つ目だ、戦力も着々と整い始めたね!」
「ダヴィンチちゃん! ……その体、もしかして……!?」
「ん……再召喚したよ。そろそろ、私も本気で働かなきゃならない頃合いだからね」
ここ最近見ていた青い立体映像ではなく、魅力的な女性の肉体を取り戻したダヴィンチちゃんはそう言って笑った。
頭脳だけでなく肉体労働もこなせる様になった彼女の力は、今後の戦いでも大いに役立つだろう。本格的な彼女の帰還を喜ぶマスターに対し、ダヴィンチちゃんは真剣な表情になってから質問を投げかけた。
「……さて、もう分かっているつもりだが……この後、君はどうする? 少し休みを取るかい?」
「いや、最初にやるべきことは決まってるよ。アルテラを開放する」
「結構! 実はそう言うと思って既に準備をしてる所さ。それが終わるまでは体を休めておくれよ」
「うん……そうさせて貰うよ」
一時の休息を取るマスターは、もう一口ココアを啜ると近くの椅子に腰かけた。その表情に焦りや苛立ちの感情が無い事を見て取ったダヴィンチちゃんは誰にも知られぬ様にそっと微笑む。
どうやら、ローマでの日々は彼の心にも変化をもたらしたらしい。鬼気迫る緊迫した感情を持ち続けていた彼の喜ばしい変化に微笑むダヴィンチちゃんは、ついでと言わんばかりにあることを彼に報告する。
「ああ、それとね……ちょっとだけだけど、良いニュースがあるんだ。2つか、3つほどね」
「え、何? どうしたの?」
「ああ、うん。私の召喚の時に、ちょっと面白いことがあってさ……」
愉快そうに笑うダヴィンチちゃんの表情を見つめるマスターがポカンとした顔のまま彼女の話を聞いていた時だった。
「ジャンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」
管制室の扉が勢い良く開く。と言うより、壊れる。煙を上げる扉の先に居る人物を見た時、マスターは驚きの叫びを上げていた。
「じ、ジルぅっ!?」
「はい! キャスター【ジル・ド・レェ】……召喚に応じ、再度カルデアに馳せ参じましたとも!」
「えっ!? ええっ!? な、なんでさ!?」
「何でも何も、当然のことでしょう! 我が居場所はジャンヌの存在する場所! ジャンヌの気配があれば、私は何処にでも馳せ参じますとも!」
「あ、あは、あははははは……」
ぎょろぎょろと飛び出した目玉を動かしてマスターを見つめるジルの堂々とした宣言に呆気に取られたマスターは、力なく笑う事しか出来なかった。
なんにせよ、仲間が増えたことは喜ばしいことなので細かい事は追及しない事にした彼に対し、更に喜ばしい報告が告げられる。
「勿論、私もマスターの戦いやらなにやらに力を貸しましょう! 汚く醜い男どもや魔獣などにジャンヌを抱かせるよりかは万倍良い!」
「あ、ありがとう、ジル……」
「お任せください! 具体的に言えば、海魔を使ったヌルヌル触手プレイとか如何です?」
「待って、その話詳しく聞かせて!」
「あはは! 良い食い付きだねぇ! ……ついでに、カルデアのVRシステムにも新機能を追加したよ! シチュエーションプレイに対応した仮想空間を作り出す驚きの機能さ! これで毎日のプレイがはかどるね!」
「うわー、この大人たち本当に駄目人間だね! 俺たちが命を懸けて戦っている時にそんな馬鹿みたいなことをしてるなんて……」
「馬鹿とはなんだい! 使ってみればその凄さに驚くぞ~! 腰を抜かすぞ~!」
大袈裟な口調で新機能をアピールしたダヴィンチちゃんを見たマスターは腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑った後、中身が空になったマグカップを置いた彼は立ち上がると伸びをしてから歩き出す。
「良し! それじゃあ、その機能を体感する前にやるべきことをやらないとね! バックアップよろしく!」
「はいはい、任せておくれよ!」
軽い口調で会話を交わし、部屋から出て行ったマスターの背中を見送ったダヴィンチちゃんたちは一変して真剣な表情を顔に浮かべた。
緊張の色がありありと現れているその表情からは、アルテラへの警戒心がはっきりと見て取れる。
「……どうなるだろうねぇ? 予想が出来ない相手なのは確かだもんね」
「僕たちは出来ることをやるだけさ。……情けないけど、それしか出来ないからね」
自嘲気味に呟くロマンの背中を叩き、ダヴィンチちゃんは彼を励ます。それから、自分の席に座ると機材のセットアップを始めた。
ロマンの言う通り、自分に出来ることはバックアップだけだ。悔しいが、信じて待つことしか出来ない事に変わりはない。
少し大きく見える様になったマスターの後を姿を思い出しながら、ダヴィンチちゃんはてきぱきと機械を操作して準備を整えて行った。