「さて、どうするかねぇ……?」
「おんやぁ? BBAは今後の作戦を悩んでる感じでごじゃるか~? すぱーっ! っと何でも決めちゃうBBAにしては、珍しい事で」
「五月蠅いねぇ……打てる手が無数にあるからこそ悩むんじゃあないか。どれが最善手なのか吟味しつつ動かないと長引いちまうからねえ」
トン、トンと自分のこめかみを叩くドレイクは、茶化したように声をかけて来る黒髭にしかめっ面を見せながらそう答えた。自分たちが有利な時であるほど、その有利を活かした戦いをする事は常識である。
数も情報も戦術もこちらが上、適当に戦っても普通ならば勝てるだろう。しかし、ドレイクはそう言った有利な状況での戦いが苦手だ。格上が相手なら燃えるが、格下が相手だといまいち調子が出ない。
「まあ、BBAのスキルの事もあるし? こう言う戦いって実は向いてないって事は吾輩知っちゃってるのよね~」
「適当にやっても勝てる戦いっては向かないんだよ……こっちはひりつく様なスリルがあってこそ、燃え上がるってもんなんだからさ」
愚痴をこぼすドレイクに小馬鹿にした様な笑いを見せた黒髭は、このオケアノスの海図を見ながら腕を組む。一応、副官としての仕事をこなそうとしているのだろうか?
蹂躙と言う面ならば彼の方が何枚も上手だ。悪名高い黒髭の戦略眼に期待するドレイクであったが、それよりも早く暗い廊下の先から可憐な声が響いて来た。
「なら、私の策は如何でしょう? 上手く決まればカルデアの面々を一発で処刑出来ますよ」
「ほぉ? そこまで言うのならば聞かせて貰おうか、メディア」
自信有り気なメディア・リリィの様子に興味を持ったドレイクが彼女の考えを聞くべく耳を傾ける。リリィは、ニコリと微笑んでから自分の策を説明し始めた。
「数や戦力はこちらが圧倒的に有利、適当にやっても勝てる戦いでしょうが……ここは、基本戦術の一つである奇襲を仕掛けるのは如何でしょうか?」
「奇襲だって? だが、この数で動いたらどうしたってバレるだろう?」
「ええ、ですから動かすのは黒髭さんの旗艦だけです。女王アンの復讐号ならば、空中を飛ぶ事が可能ですからね」
ニヤリと黒い笑みを浮かべるメディア・リリィ。彼女の考えた作戦の内容はこうだ。
まず、上空飛行が可能な『女王アンの復讐号』を単体で動かす。カルデアのメンバーは敵が大艦隊で攻めて来ると考えているから、船一隻だけならば気が付かない可能性も高い。その隙を突くのだ。
アルゴー船の上空を取った後は戦力を文字通り投下し、船の内部に速攻を仕掛ける。至ってシンプルだが、非常に強力な作戦と言えるだろう。
この作戦で大事なのはアルゴー船に投下する戦力だ。多くのサーヴァントを連れて行けば異変に勘付かれる可能性がある為、出来る限り少数のサーヴァントで作戦を決行したい。ならば、投下するのは最大戦力と決まっていた。
「ヘラクレスさんをアルゴー船に突入させ、敵を混乱に陥れる。後は、脚の止まったアルゴー船に追いつき、数で蹂躙してやればお終いです」
「なるほど……悪くない策なんじゃないかねぇ」
中々に良い作戦であるメディア・リリィの考えにドレイクは乗り気な反応を見せた。司令官のお墨付きをもらえたメディア・リリィは、嬉しそうに微笑みを見せるが……
「……悪くは無いけど良い策でもないでごじゃるなぁ。拙者は反対でごじゃるよ」
「……なんですって?」
黒髭の呟きを耳にした瞬間、その微笑みは冷たく恐ろしい物へと変わった。氷の様な視線で黒髭を睨むメディア・リリィをドレイクが窘め、落ち着かせようとする。
「まあまあ、落ち着きなって。大海賊黒髭と呼ばれたエドワード・ティーチがそう言うんだ。なら、この作戦の粗を教えて貰おうじゃないか」
「ん~、まあ司令官様が言うなら教えちゃおうかな~! ……リリィ殿、その作戦は上手く行けば敵を殲滅出来るけど、下手をするとヘラクレス殿や人質も奪われちゃうでごじゃるよ」
「え……?」
メリットでは無くデメリットの方を指摘した黒髭は、メディア・リリィの周りをぐるぐると歩き回りながら彼女の作戦が上手く行かなかった時の説明を開始した。
「まず第一に、敵の上空を取るって言うのが難しいと拙者は思う訳。魔力を発する訳だし、大多数で敵が攻めて来るってカルデアの奴らが思っているならば、当然常に警戒は怠らないはずでしょ? 油断してるならともかく、それは無理って話だと思わない?」
「うっ……」
「……まあ、仮にそこの問題点を解決したとしましょう。で、ヘラクレス殿を降下させたとして……そこで、アルゴー船が足を止めるって確実に言えるでごじゃるか?」
「て、敵がヘラクレスさんを捌き切れるとでも言うのですか!? 彼は間違いなく、最強のサーヴァントの一人で……」
「いやいや、そうじゃなくて……敵の本拠地に単独で突入させるって事は、言い換えれば敵の領域で孤立してるって事なんですぞ? って事は、こちらはヘラクレス殿の動きを把握しきれない……彼が我々を裏切ろうとしても、それを知る由は無いって事!」
「ヘラクレスさんが裏切る!? そんなのありえま――」
「……言い切れるのかな~? 彼は洗脳されている訳では無く、人質を取られているが故にこちらに協力しているに過ぎないんですぞ? そして、人質の中で救出困難なアイリ殿を乗せた船が、今から突入して来るってことは……彼女を救い出す絶好のチャンスとも言い切れませんか?」
「っっ……!?」
「向こうには元マスターや生前からの知り合いであるイアソンやメディア殿が居る。うっかりヘラクレス殿が説得されて、一芝居打たれた所で手痛いカウンターを喰らったら……こっちは戦況を立て直せると言い切れんのかい?」
「………」
最後の言葉を口にすると同時にギロリと鋭い視線をメディア・リリィに向けた黒髭は、次いでドレイクへと視線を向ける。これだけの不確定要素を抱えるこの策を実行に移すのかと、その目は言っていた。
言われてみれば確かにその通りだ。この作戦には、見えていないだけで多くの問題がある。上手く行けばいいが、上手く行かなかった時の損害が大き過ぎるのだ。
「ヘ、ヘラクレスさんに何名かの同行者を付ければ……!」
「無駄無駄! こっちの誰がヘラクレス殿を止められる訳? 結局、ヘラクレス殿が説得されたら作戦は失敗でしょ?」
「なら、ヘラクレスさんを突入メンバーから外せば……」
「それで? 誰を送る訳でごじゃるか? 単独突入なんて誰がやってもデメリットは有るでごじゃるよ? それでアナたんを奪われてるって事をお忘れなく!」
「くっ……!?」
自分の失敗を突かれたメディア・リリィは悔しそうな表情を見せるも、黒髭に対して何も言い返す事が出来なかった。それは、彼が正しいと言う事を頭の中で理解していたからだ。
突入メンバーを選定したとして、誰がやっても問題点がある。ざっと上げて見てもデメリットの方が大きく思えるのだ。
アステリオスは駄目だ、ヘラクレス同様に裏切られたならばエウリュアレを奪還される可能性がある。ヘクトールも守戦の方が得意と考えれば、攻めに出すのは間違っている。
女英霊を突入させるのも危険だろう。もしもカルデアが逃げの一手を打った場合、アルゴー船から脱出の手段を無くした女英霊は捕縛されてしまうからだ。
自分やドレイク、黒髭を突入させるのはもってのほか。指揮官を突入させたら、誰がこの艦隊の指揮を執ると言うのだ。
総じて単独での突入はデメリットが大きい、しかし戦力を増やせばカルデアの警戒網に引っかかる可能性が高い……この作戦は、いまいち成功のビジョンが見えにくいのだ。
「……流石は黒髭だね。この短い間でそこまで考えを巡らせるなんて……」
「BBAに褒められても嬉しく無いんだからねっ! でも、その褒め言葉は受け取っておいてあげるからっ!」
ツンデレな台詞を口にする黒髭。この光景を見ている者は失笑ものだが、これが彼の平常運転なので気にしない様にしよう。
ドレイクは信頼を込めた視線で彼を見ているし、せっかく立てた作戦をけちょんけちょんに貶されたメディア・リリィは悔しさに拳を震わせている為それどころでは無い。黒髭は、悔しがるメディア・リリィに対して非常に気味の悪い笑みを浮かべながら優しく囁きかけた。
「リリィ殿、若い君が失敗するのは当然の事、あまり悔しがる必要は無いんでごじゃるよ? もしも策を学びたいのであれば、これから拙者の部屋で二人きりになってゆっくりと……」
「失礼しますっ!」
「あら~っ!?」
自分のお誘いを無視して部屋から出て行ったメディア・リリィの姿にずっこける黒髭。どうやら彼女のプライドを予想以上に傷つけてしまった様だ。
せっかく若くて可愛い女の子と二人きりで過ごせるチャンスだったのに……立ち上がり、泣きべそをかく黒髭の表情がそう語っている事に気が付いたドレイクは、大声で笑いながら彼に声をかけた。
「振られちまったねえ! 何とも可哀想なことだ! でもま、今の誘い方は0点ってとこだわなぁ!」
「うるさい! BBAは黙ってろ! うぅ、グスン……」
まるで母親に反抗するニートの息子の様な台詞を口にした黒髭は、がっくりと肩を落としてすすり泣き始めた。そんな彼の背中を見たドレイクは、椅子から立ち上がるとそっとその背中に体を寄せて黒髭に抱き着く。
「……なら、アタシが慰めてやろうか? アンタも随分溜まってるだろう?」
鍛え上げられ、見事に割れた黒髭の腹筋に指を這わせつつ、ドレイクは彼の耳元で囁く。たわわに実った胸の果実を彼の背中に押し付ける事も忘れはしない。
「知ってるんだよ。アンタ、メアリーやイリヤたちに夜伽の相手を拒否されてるんだってねぇ……まあ、普段の態度を考えれば無理も無いが、それじゃああんまりにも可哀想だ」
片方の手を腰へ、もう片方の手で腹をなぞる。娼婦が男を誘う時の様な淫らな手つきで、ドレイクは黒髭の興奮を煽った。
「……小娘たちも見る目が無い。アンタ、見た目はアレだが中身はかなりイイ男だ。このアタシが本気になる位にね……♡」
後ろから抱きしめる腕に力を込める。布面積の少ない服は、ドレイクの艶やかな肢体の感触を黒髭の背中にはっきりと伝えていた。
ドレイクは甘い吐息を黒髭の耳に吐きかけた後、最後の殺し文句を口にする。その瞳には、情欲の炎が燃えていた。
「一晩相手しなよ、エドワード・ティーチ。大海賊と言われたアンタの男らしさ、アタシに見せておくれ……♡♡♡」
黒髭の首筋に歯を立て、噛み跡を残す。これは自分の物だと、そう主張する痕跡を残したドレイクは満足気にその歯型の部分を舌で舐めた。
僅かな痛みと艶めかしい舌の動き。その二つの感触を感じる黒髭は、軽く溜息をつくとドレイクの抱擁から抜け出して振り返った。
「バ~カ! 誰がBBAみたいな年増を抱くか! 拙者にも選ぶ権利があるってものでしょうが!」
「アハハハハ! そうだねぇ! 絶対にそう言うと思ってたよ! ……でもま、アタシは本気だよ? アンタが望むなら、すぐにでもここにアンタのちんぽをぶち込んで貰っても構わないさ」
性器に挿っていたバイブを抜き、くぱぁと自分の雌穴を広げたドレイクが舌なめずりをしながら言う。普通の男ならすぐにでも彼女の躰にむしゃぶりつきたくなるその誘いにも、黒髭は乗る気配を見せなかった。
「あ~あ! リリィたんにも振られちゃったし拙者は不貞寝するでござる! BBAはせいぜい一人で寂しく自分を慰めてろ! このBBA!」
「あっはっは! 言ってくれるじゃあないか!」
捨て台詞を残してドレイクの船室を後にした黒髭は、ぷんすかと怒りながら廊下を歩いて行く。その後ろ姿には、お目当ての女の子に振られた怒りの感情がありありと現れていた。
だが、その怒りが一瞬だけ別の物に変わる。その瞬間、黒髭は誰にも聞こえない小さな声で呟いていた。
「イイ男ね……今のアンタに言われても、何も響かないっつの……!」
「………」
黒髭よりも一足早くドレイクの部屋を後にしたメディア・リリィは、船の甲板の上で潮風に吹かれていた。
完璧な作戦だと思った自分の考えをコテンパンに否定された事でプライドを大きく傷つけた彼女は、気を落ち着かせる為に夜風に当たりに来たのだ。
「……こんな屈辱を感じる羽目になるなんて……!」
先日のアナを奪われた一件から、自分はその失敗を埋め合わせるだけの成果を上げられていない。このままでは、ソロモンの期待に応えるよりも早く見限られてしまうかもしれない。
そんな恐れを胸にしたメディア・リリィの心の中では焦りの感情が芽生え始めていた。早く手柄を立てなければ……そんな焦りを抱く彼女の背後から、一つの声が響く。
「ああ、メディア。大丈夫か?」
「あ……! アタランテ、さん……」
「……盗み聞きは良くないと思ったのだが、先ほどのドレイク船長の部屋での話を聞いてしまってな。私は悪くない策だと思ったぞ」
「……でも、お二人はそうは思ってない様です。却下されてしまいました」
生前からの知り合いであるアタランテの優しい言葉にポツリと弱音を吐いたメディア・リリィは、悲しそうに顔を伏せた。アタランテはそんな彼女の肩を叩くと慰めの言葉を口にする。
「メディア、お前の作戦自体は悪くなかった。だが、メリットとデメリットのバランスが取れていなかったんだ。逆に言えば、敵の殲滅を狙わずとも成果を上げられれば良いのだろう?」
「え……? それは、どう言う……?」
疑問を投げかけて来たメディア・リリィに対し、アタランテは自分の背後を指さす。そこには、二人の女性が立っていた。
「敵を全滅させるのではなく、サーヴァントの一人や二人でも倒してしまえば良い。例え作戦が失敗しても、痛み分けならばこちらの勝ちと言えるだろう。なにせ、こちらのサーヴァント一人と向こうのサーヴァント一人では、価値が大きく違うのだからな」
「そして……敵に奪われたとしても完全に心を掌握出来ないサーヴァントならば、こちらの損害は大きく減らせる。そうでしょう、メディアさん?」
アタランテの言葉を継ぎながら歩いて来たアンは、そう言って自分の傍らに居る相棒を前へと押し出した。彼女の相棒、瞳に光の灯っていないメアリー・リードは無言でメディア・リリィの事を見つめている。
「メディア、お前の魔術で不可視化した小舟でアルゴー船に接近し、メアリーの奇襲を食らわせる。私たち四人で行う電撃作戦だ」
「メアリーは船の上での戦いに慣れています。すばしっこいから単独行動にも向いていますし、潜入役にはぴったりかと」
「敵のサーヴァントの一人でも討ち果たしたら即刻撤退だ。その間、私とアンが援護射撃をして、メアリーの撤退を援護する」
「もし作戦が失敗しても大丈夫! 今のメアリーは男の人に抱かれるか戦う事しか出来ないお人形さん……奪われたとしても、あまり損害はありません」
作戦の全容とメリットを説明したアタランテとアンは、メディア・リリィの瞳を見つめながら彼女の胸中を予想した。今、彼女の中では抜け駆けをする罪悪感と自分の汚名を晴らしたいと言う欲望がせめぎ合っているのだろう。
そのせめぎ合いに欲望が勝る様、アタランテとアンは新たな情報を与える。
「……抜け駆けをしたとして、手柄を立てれば誰も文句を言うまい。何を気にする必要がある」
「メアリーが捕縛されても、彼女は私と二人で一人のサーヴァント……片方だけでは何の意味もありませんのよ?」
「……つまり、デメリットは実質無いと言うことですね?」
「ええ! そうですとも!」
メディア・リリィの心が作戦の決行に傾いたことを感じ取ったアンが笑う。彼女の笑みを見た時、メディア・リリィの心は決まっていた。
「……やりましょう、その作戦。敵の戦力を少しでも削るんです」
「よく言った! 私たちも全力でサポートさせて貰うぞ!」
「この作戦で手柄を立てて、帰還した際にソロモン様にたっぷりとご褒美を頂きましょうね!」
「ああ、そうだな……帰った時には、我らが
浮かれた声を出すアンとアタランテ。メディア・リリィは自分がダシに使われている事を察したが、それでも自分の名誉を挽回出来るのならばと彼女たちの目論見に乗ることを決めた。
「では、早速行くとするか。気取られぬ様、こっそりとな……」
静かな夜。月と星が煌く夜空。小さな船に乗り込んだ四人は、意気揚々とアルゴー船に向けて出港する。
作戦を成功させると固く決意し、手柄を立てることを望むメディア・リリィであったが、彼女はある事に気が付いていなかった。
この作戦の立案者は、もう自分たちの味方では無いと言う事を。そして、彼女の言う作戦とは、自分たちの考えとはまるで違うものである事を。
そして、彼女の言う主とは、今から向かう場所に居る青年であると言う事を、この時の彼女は知る由も無かった。