「まったく、何でこうなったんだ!? あの魔女め、こんな厄介な事に俺を巻き込んでくれるとは……!」
アルゴー船船長室、忌々し気に愚痴を零す部屋の主イアソンは、敵にヘラクレスが居ると言うこの危機的状況に参ってしまっていた。数々の伝説を打ち立て、その強さを身に染みて理解している彼だからこそ、今の状況が非常にまずいと言う事が良く分かっているのだ。
召喚されるのは構わないが、何故こんなにも危機的状況に呼ばれてしまったのか? そもそも、あの魔女に良い様に使われている現状は自分にとって好ましい物では無い。だが、だからと言って一度自分を利用したソロモンに下るつもりにもなれないでいる。
「……私は勇気と知恵で戦うタイプの英霊なんだ。こんな圧倒的不利な状況で何をしろと言うんだ……!?」
自慢では無いが自分は戦いなどするつもりは無い。と言うより、出来る気がしない。恥ずべきことだが、他のサーヴァントに一発ぶん殴られればそれで気を失う確信がある。
自分はあくまで指揮官であり、前線に立って戦うタイプのサーヴァントでは無いのだ。そして、有利な時に敵を圧倒して勝つのが自分の能力を一番発揮出来る時だと自負している。だからこそ、こんな危機的状況で何かをしろと言われても困る訳であり、こうやってアルゴー船をカルデア一行にタクシー代わりに借す事くらいしか出来ないのだ。
「はぁ……せめてもっと戦力があれば……! 後、強力な英霊とあの魔女以外のマスターも欲しいな……!」
無い物ねだりだとは分かっているが、イアソンはそう願わずにはいられなかった。ヘラクレス並の英霊か、それとも自分に因縁の無い(出来れば美しくて心清らかな女性の)マスターのどちらかでも良いから与えて欲しいと切に願った。
そして……それが絶対に叶うはずが無いと自分で結論を出し、それでも現状を受け止めきれずにがっくりと机の上に突っ伏す事で現実逃避の極みへと近づこうとしていた。
「……早く楽になりたぁい……早く戦いを終わらせてくれぇ……」
もはや何かを考えることすら億劫になった彼は、まるで他人事の様に弱音を零しつつこの苦しい戦いの終焉を願う。今の自分が置かれている状況は一言で言えば悪夢だ。同じ場所で行われたあの戦いの方がまだましだっただろう。
駄目男兼駄目英霊イアソンはそうしてこの世の全てを諦めた様な表情を浮かべて大きな溜息をついた訳だが……今宵彼を襲うのは、そんな暗い気分を吹っ飛ばすほどのデンジャラスな出来事である。
「へぇ……楽になりたいんだ? なら、ボクが手伝ってあげようか?」
「はぁ?」
部屋に響く聞き覚えの無い声。幼い少女の様な、それでいて十分な修羅場を潜った猛者の様な、そんな相反した二つの印象を覚える声を耳にしたイアソンは非常に間抜けな声を出しつつ顔を上げる。
視線を上げた彼が見たのは、部屋の中心に立つ一人の少女だった。銀色の髪とアイスブルーの瞳、その容姿と小さい体も相まって、イアソンにはその少女はまるで船に迷い込んで来た子猫の様に思えた。
だが、イアソンはすぐに自分の危機察知能力が警報を鳴らしている事を感じ取る。この見覚えのない少女は、間違いなく自分に危害を加えようとしているのだと己の心は叫んでいた。
「うぉっ……!?」
考えるよりも先に体が動いた。座った椅子の背もたれに重心を預け、そのまま後ろへと倒れ込む。ぱっちりと開いていた自分の瞳が見たのは、眼前ギリギリを通った銀色の閃光だった。
「……避けないでよ。綺麗に首をすっ飛ばすつもりだったのにさ」
いつの間にか、少女は机の上に移動していた。後頭部を強かに打ち付けた痛みもそこそこに、イアソンは速攻で体勢を立て直すと部屋の入口まで四つん這いで駆けて寄る。ゴキブリの様な俊敏さとしぶとさを持つ彼の姿に襲撃者である少女は辟易とした声を漏らした。
「き、き、き、貴様っ!? 俺を殺しに来たのか!?」
「うん、そうだよ。キミを殺せばこの船は消える。暗殺するなら、キミが一番成果をあげられるからね。あと、キミは弱いし……って、アンが言ってた」
「お、おおぉぉぉ……!」
何と見事な戦術眼。このアルゴー船の持ち主であり、偉大なる船長であるイアソンを狙うとは非常に優れた指揮官が敵には居るのだろう。最後の方に彼女が言った呟きを聞こえないふりをしながら、イアソンはそう思った。
目の前に居るのはカトラスを手にした謎の暗殺者、対するのは戦いはてんで駄目のイアソン様……分かり切った事だが、大ピンチだ。
「……どうしたの? 逃げないの? 部屋から出て、助けを呼べば良いじゃん」
手にしたカトラスを揺らし、襲撃者ことメアリー・リードがイアソンへと近づいて来る。彼女の行動に対し、イアソンもまた慎重に自分の対応を決しながら行動を起こしていた。
何も考えず、恐怖に任せて逃げるのではなく、メアリーの行動を逐一観察する。じりじりと距離を詰める彼女に対して、自分もまたじりじりと距離を取って行く。
彼のその行動は正しかった。メアリーに背を向けて駆け出そうとすれば、即座に彼女はイアソンの背中に飛びついて彼を殺すだろう。大声を出そうとしても同じ、息を吸うその一拍の間に距離を詰め、カトラスが無慈悲に振るわれるだけだ。
総じて、イアソンの取れる行動は『時間を稼ぐ』と言うたった一つだけだった。そして、それこそが彼が生き延びられる最善の策だったのだ。
「ふ~ん……馬鹿だけど、愚かでは無いって所かな? でもま、意味ないよね? 圧倒的な力量差があるのなら、いつかは殺されちゃうもんね?」
「っっ……!?」
カトラスを手にするメアリーが笑う。その笑みは、狂気と殺意を漲らせた恐ろしいものだった。絶対に味わいたくないであろうこの恐怖を前に、イアソンが歯をかちかちと鳴らしながら全身を震わせる。
メアリーがその気になれば自分は即殺されるだろう。そうなっていないのは、彼女が人知れずに自分を殺そうとしているからに過ぎない。
出来る限り静かに、誰にも気が付かれない様にイアソンを殺害し、アルゴー船が消滅する時の混乱に紛れて脱出する。それがメアリーの目的なのだ。万が一の失敗で自分の潜入がバレ、増援が駆けつけてしまうのが彼女にとっては一番まずい展開だ。
(こ、声を出したら殺られる! 逃げようとしても同じ! お、終わった!)
逃げ場無し。打つ手無し。結論、イアソン終了。
案外聡明なイアソンは、自分の辿る末路を悟ると顔を真っ青にしてその場に硬直した。まさかこんな唐突に死がやって来るとは思わなかった訳である。
恨むのは自分と言うVIPに護衛一人付けなかったあの魔女だ。英霊の座に帰ったら徹底的に罵倒してやろうとイアソンは既に死んだ後の事を考え始めている。
「んじゃ……ばいば~い」
(あ、終わった)
メアリーが床を蹴り、自分目掛けて跳躍して来る。その光景がスローモーションに見えているイアソンは、素直な感想としてそう心の中で思った。
断末魔の光景とはこんな風に見えるのだなと妙に納得しつつ、彼は段々と迫って来るメアリーの姿をそのまま見つめている。あのカトラスで体を斬られたら痛いのだろうなと、イアソンはどこか他人事の様な感想を胸に抱いた。
もう数メートルほどまでメアリーは迫っていた。避けることも防ぐことも出来ない彼女の一撃を受け、自分は英霊としての命を終えるのだろう。
メアリーがカトラスを振り上げるのが見える。ああ、さらばオケアノスの海、久方ぶりのアルゴー船もあまり活躍させられずにすまなかった……
あの魔女は一生恨んでやる。あと、この女も絶対に許さないからな。このイアソン様を手にかけたことを一生悔やみ続けろ! などと言う馬鹿みたいな辞世の句を心の中で彼が読んでいた時のことだった。
「ぐっ……!?」
突如として、イアソンの耳に痛みが走った。耳、と言うよりは鼓膜に衝撃と痛みが走ったと言う方が正しいのだが。
それと同時に目の前のメアリーの体が大きく横に吹き飛ぶ。吹き飛んだのは彼女の小さな体だけではなく、船長室の一部の壁も同じだった。
「ぐへぇっ!?」
そして、当然彼女と至近距離にいたイアソン自身も大きく吹き飛んで壁に叩き付けられた。潰れたカエルの様な鳴き声を出して呻くイアソンは、メアリーよりも乱暴に自分の部屋に踏み込んで来た人物へと視線を向ける。
「ふむ……あの魔女の言う通りだったか。念のために罠として爆薬を仕掛けていて良かった」
「お前、なぁ……! 大事な私のアルゴー船になにをしてるんだ!?」
「命が助かったんだ、部屋の壁位大目に見ろ。それとも、貴様は頭と胴体が泣き別れになることを所望しているのか?」
非常に冷徹な声でイアソンへのそう質問したエミヤ・オルタは、一応と言った様子で彼を庇う様にして立ちながら腰のホルスターから銃を取り出す。その銃口を床に倒れ伏すメアリーに向けたエミヤ・オルタは、冷ややかな声で彼女に告げた。
「……さて、早速だが降伏を勧告しよう。貴様は今、敵の本拠地で孤立している。よもや楽に脱出出来るとは思っていまいな?」
「そんな事は知ってるよ。でも、脱出出来ないとは思って無いんだ」
「それは貴様の仲間が乗って来た小舟に飛び乗って脱出するつもりと言う事か? 残念だが、そちらも他の連中が相手しているぞ」
「……ああ、そっか。メディアの魔術がバレちゃったのか。まあ、こっちにもメディアが居るから予想の範疇だけどね」
暗殺は失敗し、襲撃は露見した。脱出方法もバレてしまったのだから、この作戦は失敗だろう。
その事を理解しつつ、メアリーはゆっくりと立ち上がる。来ていた黒のロングコートは爆発の衝撃で破れ、留め具が外れていた。
「……驚いた、女の子の裸を見ても眉一つ動かさないんだ?」
「戦いの中では女も男も無い。敵と味方すらも感じない。自分とそれ以外……無論、そこに情欲などありはしないさ」
「まあ、そうだよね……ボクみたいな傷物の貧相な体した女の裸を見ても、嬉しくもなんともないか……」
分かり切ったことだけどやっぱり辛い、そんな言葉が聞こえて来そうな溜息を一つ付いたメアリーが顔を上げる。改めて彼女の目を見たイアソンは、その瞳の中に光が灯っていない事に気が付いて息を飲んだ。
「……降伏しろ、これが最後の警告だ。言っておくが、俺は他の奴らの様に甘くは無い」
改めて降伏勧告をしたエミヤ・オルタは、冷徹な言葉と共に銃を握る手に力を込める。引き金に指をかけたままメアリーの動きを見守る彼は、メアリーが抵抗しようとするならば間違いなくそれを引くだろう。
だが、明らかな殺意を受け、脅しに近い勧告を受けながらも、メアリーにはそれに従う様子はない。光の無い目でエミヤ・オルタを見つめ、張り付けた様な狂気の笑みを浮かべてカトラスを構える。
「悪いけどボクにはそんな選択肢は許されて無いんだ。ボクは要らない子……役立たずの、死んでも構わない捨て駒だから……帰って来なくても良いってアンに言われてる、だからさ――」
相棒からの心無い暴言。普通ならば心を傷つけ、悲しみに暮れるであろうその言葉をさも当然であるとばかりに口にしたメアリーが殺気を放つ。エミヤ・オルタは、彼女には説得は無駄であると判断して戦いの構えを取った。
「ボクには何にも無い……アンや船長みたいに男を興奮させられる躰も無い。イリヤやクロエみたいな可愛らしさも無い。ヘラクレスみたいにすっごく強い訳でも無い。な~んにも無い、肉便器にすらなれない傷物の糞サーヴァント……せめて死んでも役に立てってアンが言ってたからさ、ボクはそうするよ」
あまりにも悲しい言葉を口にしながらメアリー・リードは床を蹴り、エミヤ・オルタへと襲い掛かっていった。
「……今聞こえたのは銃声……と言う事は、メアリーの潜入が発覚した様だな」
「その様ですわね。さて、あの子はしっかりと自分の役目を果たせたのかしら?」
その頃、アルゴー船のすぐ近くに浮かぶ小舟の中で様子を伺っていたメディア・リリィたち三人は、闇夜に響いた銃声を耳にして計画の露見を悟っていた。こうなると気になるのは、メアリーは誰かを暗殺することが出来たかどうかである。
「……優先目標であるカルデアのマスターとイアソンは無事の様ですね。船が消えていないし、潜入が露見した割には静かです」
「その様だな」
メディア・リリィに返答しながら立ち上がったアタランテが矢をつがえる。波に揺られ、不安定な船の上だと言うのにも関わらず瞬時に放たれた数本の矢は、アルゴー船から飛来して来た火の玉の中心を射抜くとそのまま船のマストへと突き刺さった。
「ちっ! 良い腕してやがるぜ……!」
「あらあら、もうバレてしまいましたの? メアリーったら、何をしているのやら……本当に使えない子ね」
メアリーへの暴言を吐きながら今度はアンがマスケット銃を構えた。即座に引き金を引いて弾丸を発射した彼女は、クー・フーリンの放った火球に続いて放たれていた矢を的確に撃ち落としていく。
「クー・フーリンとロビンフッド……なるほど、隠れている敵を見つけ出すのにはうってつけの二人ですね」
「加えて、私も居る訳だけれども。そんなちんけな隠蔽で姿を隠し切れると思っていたの?」
クー・フーリンとロビンフッドを伴い、アルゴー船の上から幼い姿をした自分自身を見下ろしているメディアは、ふんと小さく鼻を鳴らしながらそう言った。
自分自身の施した魔術を見破り、自分たちの旗艦のすぐ近くにまで迫っていた敵の姿を発見したメディアは、背後に攻撃用の魔術を展開しつつ自分自身へと問いかける。
「……それで? そのちんけな小舟でどうするつもりかしら? まさか、このまま戦いを挑む訳じゃあ無いわよね?」
挑発する様にして三人へと言葉を投げかけるメディア。彼女は、出来得る事ならば敵がこの挑発に乗ってくれないかと願っていた。
戦況で言えば確実にこちらが有利な状況だ。そして、アルゴー船の内部にはメアリーが居る。彼女を回収しようとして三人が残ってくれれば、芋づる式に彼女たちを捕縛することが出来るかもしれないのだ。
だからこそ、メディアは蔑む様な視線を送って過去の自分自身のプライドを逆なでする様な態度を取った訳だが、そんな彼女の思惑も虚しく、三人は短い溜息をついた後で撤退の構えを取り始めていた。
「潮時ですわね……これ以上は無意味でこちらの被害を増やすだけですから」
「そうですね。メアリーには作戦失敗の責任を取って貰いましょう」
「元よりその可能性も加味して決行された作戦だ。彼女の損失は、大した損害にはならん」
「なっ!?」
あっさりとメアリーを見捨てて帰還しようとしている三人組を見たメディアは驚きに眼を見開いた。仲間をこんなにも簡単に切り捨てるなど、正直予想外だったのだ。
自分の隣に立つクー・フーリンも落ち着いてはいるが、彼女たちの行動に多少の驚きは感じていた様だ。静かに、彼は一つの質問を投げかける。
「おい、海賊の嬢ちゃん。あのちびっ子はお前さんの相棒なんじゃ無いのか? それに、距離が離れすぎたら問題があるんじゃねえの?」
「ああ、そんなことですか……煩わしい縛りなどソロモン様の手にかかれば有って無いような物、今の私たちは別々に行動しても何の問題もありませんわ」
「そうかい……そのお陰で大切な相棒も簡単に敵地に取り残せるって訳か」
「あら、聞きたいのはそちらの方でしたの? 光の御子様もお甘いんですのね? いや、今は森の賢者とお呼びした方がよろしいのかしら?」
くすくすと喉を鳴らしてアンが笑う。可愛らしい仕草で口元に手を置いて笑う彼女であったが、その目にはゾッとする様な狂気が宿っていた。
残虐さと冷酷さが押し出され、かつての愛らしさと茶目っ気が完全に消え失せたアンの姿を見たクー・フーリンがうんざりとした溜息を漏らす。その行動には、何かを諦めた様な感情が込められていた。
「……引き止めんのは無理だな。奴さん方、本気であの嬢ちゃんを残して逃げるつもりだぜ」
「……あの娘は最初から捨て駒として見られてたって事?」
「みたいだな……その理由は何なのか、今は予想がつかねえが……」
「何をごちゃごちゃと話している? 何の意味も無い行動は止めたらどうだ?」
小さな声で行われていたクー・フーリンとメディアの会話に割り込んだアタランテは、小さく鼻を鳴らすと二人の顔を見つめながらなおも言葉を続けた。
「良かったでは無いか。これでお前たちはこちらの戦力を削ぐ事に成功した……喜ぶべきことだろう?」
「そうですわね。いなくなっても困らない程の戦力ですが、そちらからしれみれば大喜びする様な事なのでしょう?」
「……全てが無意味だと言うのに、可愛らしいことで……! まあ、せいぜいメアリーさんを可愛がってあげれば良いのではないですか? ですが……あなたたちが何をしようと、彼女には何の意味も為さないと言う事をお忘れなく。自分たちの無力さを噛み締め、ソロモン様の偉大さに恐れおののきなさい!」
「と言う訳だ。メアリーはお前たちの好きにしろ……何も遠慮は要らない、どんな風に扱っても良いぞ。たっぷりと……可愛がってやってくれ」
アタランテが呟きを発したと同時に小舟が再び姿を消した。メディア・リリィの魔術によって気配や魔力を一切感じさせなくなった小舟は、信じられない速度でアルゴー船から離れて行く。
作戦結果としてはカルデア側の圧勝だが、意味深な三人の言葉に嫌な物を感じていたメディアは、傍らのクー・フーリンと視線を交わらせる。
「……どう言う意味だと思う? 奴ら、何か策があるみたいだったぞ」
「全てが無意味……一体、どう言うことかしら?」
暗殺に失敗した結果とは言え、実質的にメアリーをこちらにプレゼントした形になった三人の作戦に困惑を隠せないでいる二人は、彼女たちの真意を探るべく考えを巡らせていた。そんな中、何かを調べていたロビンフッドが二人に近づくと口を開く。
「……別段言葉の裏を考えなくても良いんじゃないすかねぇ? 小さい方の海賊は、あいつらからのプレゼントだったりして」
「何を馬鹿なことを言っているのよ。そんな事あるはずが――」
「どっこい、あるみたいだぜ? 少なくとも、敵さんの中に裏切り者が居ることは確かだ」
そう言いながら両手に掴んだ物をメディアたちの前に突き出したロビンフッドは、それぞれ片方ずつを二人に見せつけながら解説を始めた。
「こいつはさっきアタランテが放った矢とそれにくっついてた手紙だ。それを読む限り、アタランテの奴はソロモンを裏切るつもりみたいだぜ」
「えっっ!? つい数日前には男たちに尻穴を穿られて喘いでいた彼女が、ソロモンを裏切るですって……?」
「……何かの罠か、それとも……?」
「……ま、考えんのは後にしましょうや。今はメアリーを確保して、マスターにこの手紙の事を報告するとしましょうぜ」
自分たちだけで判断を下すのは早計だと結論を出した三人は、船内から聞こえて来る物音が完全に静まった事を確認してから内部へと戻って行った。
アタランテは本当に自分たちに味方するつもりなのか? 今は結論の出せない疑問を抱えながら、三人はただ黙ってこの不思議な出来事について考えを巡らせ続けていたのであった。
「……ああ、あァ……やっぱりダメだった。一人も殺せなかった……申し訳ありません、ソロモン様……ごめんなさい、アン……」
がっちりと四肢を海魔の触手に絡め捕られ、エミヤ・オルタに銃口を突き付けられたメアリーはうわ言を繰り返していた。その声色からは謝罪の念が感じられるが、瞳には一切の光が灯っていない。
こうして完全に捕らえられるまで、メアリーは捨て身の抵抗を続けていた。文字通り、自分の命などどうなっても良いとばかりに無謀な特攻を仕掛け、サーヴァントを一人でも殺害しようとしていたのである。ジルの召喚した海魔による物量戦と狭い場所での戦いに慣れていたエミヤ・オルタと沖田の活躍で損害は皆無に等しいが、下手をすれば甚大な被害が出ていたかもしれない。
「……でも、これ以上はどうしようも無いよね? ボクの事、殺せないでしょう?」
「強気だな? だが、俺は貴様が思う程甘い男ではない。その気になれば簡単に引き金を引ける」
この絶体絶命の状況でも不敵な笑みを絶やさないメアリーに対し、エミヤ・オルタを冷ややかな言葉を投げかけつつ引き金に触れる指に力を込めた。実際、この場でメアリーを生かしておいても何のメリットも無い。ならばここで始末しておいた方が後々の為になるだろう。
しかし、そんな彼に対して沖田が鋭い視線を向けると、それと同じ位鋭い口調で叱責の言葉を飛ばして来た。
「エミヤさん、メアリーさんを討つのは無しです。それをされると非常に困ります」
「……何故だ? 俺としては、ここで始末しておいた方が安心出来ると思うのだがな」
「あは、あはは……! そうだよね? ボクの事は殺せないよね? だってボクを殺したら、アンも消えちゃうもんね?」
「……なんだと?」
けたけたと笑うメアリーは、まるで悪戯が成功した時の子供の様だった。そんな彼女の様子に苛立ちを募らせたエミヤ・オルタが鋭い視線を向けると、メアリーは張り付けた様な笑みを浮かべたまま彼に向けて簡潔な説明を始める。
「ボクとメアリーは一心同体、どちらかが死ねばもう片方も消える……ここでボクを殺したら、アンも死んじゃうんだよ? そうしたら困るよね? だって、次にボクたちに会うのはいつになるか分からないもんね? もしかしたらこれが、ボクたちを取り戻せる最後のチャンスかもしれないもんね? ……ボクを殺したら、ボクとアンには二度と会えないかもしれないよ?」
自分たちの特徴を活かし、自分自身を人質にして自分の命の安全を確保したメアリーは、なおも笑い続けながらエミヤ・オルタたちを挑発した。
「それじゃあキミたちはどうするか? 決まってる、ボクだけでもどうにかしようとする訳でしょ? つまりボクを抱くわけだ? 傷物で、貧相で、なんの面白みも無いボクの事を我慢して抱いて、セックスする訳だよね? でも……意味はな~い! だってボクはアンと二人で一人のサーヴァントだから! ボクだけをどうにかしても、アンが無事な限りはボクはお前たちの物にはならない! つまり……ボクの事を捕まえても、何の意味も無いって事さ! アハハハハハ……!」
ジルを、沖田を、そしてエミヤ・オルタを馬鹿にした後で、メアリーは嗤う。嗤い続ける。感情の籠っていない空虚な声で、彼女はただ笑い続けていた。
「……ボクには何の価値も無いんだよ。だから見捨てても大丈夫なんだ……! 最悪死んだって構わない、だってボクは何の役にも立たないから……アンが居るからボクは価値が生まれる。ボク一人じゃ、何の価値も無いゴミ屑なんだよ」
ただ一瞬、自分を卑下する時のみ感情を覗かせながら、メアリーはひたすらに笑い声と自己嫌悪の言葉を交互に繰り返し続けたのであった。