プロローグ
「あー……酔っぱらったなぁ」
会社の2次会を終え、その後の3次会にも突入してしまい、結構な量の酒を飲んでしまったこともあり、少し足取りが覚束ない。酒は好きだから飲みなれているけど今日もしこたま飲んでしまった。
帰宅途中の道すがら、何度も欠伸が出てしまう。
深夜も深夜。良い時間になってしまっているが、空を仰いでみる。そこに広がる満点の星空とまん丸お月様。冷ややかな風が一つ、火照った体を冷ましてくれた。
「きーもちー……」
と、ここで一際大きな欠伸が一つ。思わず立ち止まってしまった。
「お、っとと」
伸びをする要領で欠伸をしたのがいけなかったか、それとも酸素の過剰供給のし過ぎか。酔いが回ったか足元がふらついてしまった。
それにしても口から出る言葉が中々に堂の入ったおっさん臭さだなと思いつつ、体勢を直そうと膝に手をつき前を向いた。
――パァァァァーーーーーッ!!
「……え?」
けたたましいクラクションと共に、二つの眩い光が迫ってきた。
一瞬が数瞬に。その数瞬で色々な記憶が巻き上がってきた。今から過去に、過去から今に至るまで。嬉しかったこと悲しかったこと、笑ったこと泣いたこと。色々な感情が鬩ぎあい、ひどく呆然としてしまった自分が自分でないようで。
長かった体感の後、私は意識を失った。
「――う……うぅ、ん」
頭の上で鳴り響くアラーム音に意識が浮上する。
あのクラクションよりも音自体は小さいが、甲高い音で耳に響いてくるこの目覚まし。これはこれで不快にさせる。
と言うよりも私はこんな目覚ましなんか使っていただろうか?
そりゃ昔、ガラケーが懐かしい時代に普通の目覚ましを使って高校生活を乗り越えてきたけれども。今となっちゃ無くては不便なスマートフォンが目覚めを告げるメインアイテムだったはず。
「んだよ、っさいなぁ……」
手を伸ばして音を止める。
それにしても嫌な夢を見てしまったものだ。
最近はあんまり夢も見なかったというのに、ここにきて自分がトラックなんかに轢かれるなんて。意識が無くなって先の展開が読めない状態で目が醒めるなんて、少しばかり現実味が帯び過ぎている気がする。
何となく、体に軋みを感じるし。気にしすぎかなぁ。
手を伸ばした状態で固まってはいたが、夢を見てる最中にかいたであろう冷や汗がびっしょりと背中を濡らし、中々に気持ちが悪い。一度起き上って服を着替えようか。
いや……昨日あれだけ飲んだんだ。何の宴会だったかまでは覚えてないが、そんな飲み会をするってことは金曜日。今日はお休み土曜日じゃ? ここで自分の会社のホワイトさには感謝せざるを得ない。
夢にまで見た週休二日制。仕事量は些か多いような気もするが、ビバ休日。ビバ社会人。酒が美味い。
――よし、このまま二度寝しよう。
そう思い、身を捩って汗を寝間着に拭うとそのまま布団に潜り込んだのだった。
――――――
――――
――
「ヤス君! 学校に遅れるから早く起きないとダメだよ!」
「ほぇ?」
……この私の安らかな眠りを妨げるのはどこのどいつだ?
てか、俺の事をヤス君なんて呼んでたのは母親だけ。今となっちゃ一人の社会人として身を粉にして歯車になってる俺は一人暮らしの独身貴族。はは、寂しいね。
……あれ?
しかしながらだ。そう考えると今俺の事を呼んだのは?
さすがに寝起きでウトウトしてるからと言って母親が俺の事を呼んでる幻聴なんてこの歳で聞きたくない。まさか虫の知らせじゃあるまいし。
そう思い、おたおたと体を起き上らせる。どうせそこには誰もいや――したよ。
「……母さん?」
「あら、寝ぼけてても私の事を母さんなんて呼んでくれるなんて嬉しいわね! でも、早くしないと学校に遅れちゃうから早く着替えてね? ご飯が冷めちゃうわ」
「あ、はぁ」
高校生の頃の母さんそのまんま。
若くして俺を産み育ててくれた母さんは、俺が高校生になっても未だその美貌は健在で、身内の俺ですら綺麗な母ちゃんだなと思っていたものだ。
が、あくまで高校生の頃の話。
今見た母さんはその頃まで若返ったんじゃないかと思うほど。
……
これはあれか?
俺はまだ夢を見ている途中で、あの頃……高校生の頃に戻りたぁいなんて淡い思いを抱いていた期待が今の夢を見せているんじゃ?
馬鹿な!
今の今まで明晰夢なんて見た事ないし、そもそもここまでハッキリ感覚まであるのにそんな夢なんて見る物か! でもまぁ、綺麗な母さんの姿を見て気分が降下するほど親不孝なことはしないで、普通に喜んでおこう。
何はともあれ飯を食いに行こう。
寝間着から適当なジャージに着替えようとして服の位置が違ったりして四苦八苦したのは別問題として。
「母さん、今日の飯何?」
「いつも通りご飯にお味噌汁に、って! ちゃんと服は着ないとダメよ! 男の子なんだからちゃんとしなきゃ!」
「はぁ? いやいや、いつも通りっしょ」
「まぁ! いつもはキッチリ着てるでしょ? まだ寝ぼけてるのかしら……?」
「いや、え? はぁ……」
いやんいやんと年甲斐もなく腰を捻っては気持ち悪い動きをする母親を尻目に、テーブルの上に置いてあった新聞を手に取る。さてさて、今日はどんなニュースが入ってるかなっと。
いつもの様に椅子に座って新聞を広げる。
そう言えば今日の日付は……
「はぁっ!?」
「ひゃぁっ!? も、もう! 急に大きな声を出さないでよ、ビックリしちゃうでしょ?」
「え、いやいや、は?」
さっきから口から出る言葉が全く意味を成さない。
西暦がきっかり十年前。確か、高校に入学して間もない頃ぐらいじゃないか?
いや……単に誤植って可能性もあるし、もしそうだったら新聞会社に一言電話でもしたいぐらいだ。
そうだ!
思い浮かんだ瞬間にはカレンダーを探し始めた。
そうだよ、カレンダーだったらちゃんと西暦まで乗ってるし、両親が間違えてるわけもない。結果、きっかり十年前の物を使っていた。
おいおい……見た目が若返っただけじゃなくて頭の中は幼児退行しちゃったってか? どっかで前の年のカレンダー使ってて、全然問題ないですよね? なんて言ってた奴とか確かにいたけど。曜日は違うし日数まで違ったらどうすんだ!
どういうこっちゃねん。
破れかぶれの関西弁を頭の中でリピートしながらテレビをつける。
もし本当に今日が十年前だとして、俺がこれから高校に行かなきゃならないなんて冗談を実行しなきゃならんとしても。少し位学校に遅れたってどうってこたぁないんだ。一応、大学卒業程度の学力を有してることになってるからね。記憶の中だけ。
適当なニュース番組を付ける。
本日のニュースを見ればそのうち日付もわかるだろうし、どんな時代だったかぐらい思い出させてくれても良いじゃない? ……おや、ニュースキャスターさん、結構かわいい子に綺麗系の女の子だ。良いですねぇ。
『それでは本日のニュースです』
おっと丁度いいタイミングだった。
出来れば世界情勢とか日本の政治的なニュースとか取り上げてくれてると嬉しかったんだが。――
『本日未明、アパートで独り暮らしをしている男子大学生の部屋に忍び込んだ女性会社員が、強姦未遂で逮捕されました。女性の年齢は28歳。30歳になる前に処女を捨てておきたかったなどと供述しており――』
……?
……え? 女性が、強姦未遂?