本日すべての授業が終わり、金本先生の言いつけ通り俺は職員室に向かっていた。
何とこの学校、学年ごとに職員室の場所が異なっており、それぞれの学年がある階に職員室が存在している。つまり俺は2年生担当の職員室に行くのに、2年生の女子達の視線に晒される事になっていた。
放課後ってことで部活に向かっている女子が多いんだろうが、それでもまだまだ多くの女子が校内に残ってる。
こうやって自ら進んで違う学年のクラスがある所を歩く男子は珍しいのだろう。
すべての女子を知らないと同時に、向こうも俺の事を知らないはず。その女子全員が遠巻きにこっちを見ながらヒソヒソ話をしているものだから困ったもんだ。中には可愛いな思う子や、綺麗系の女の子もいたので少し目を付けておいて、取りあえず金本先生の所に向かう事に。
「失礼します」
意を決して入った職員室。
中には当然先生方がいるわけだが、ものの見事に女性教員ばかり。
一人だけ男性教員を見かけたものの、見た目は初老と言っても過言ではなかった。この世界での男性教員の役割は何だろうか……本当に教員として働いているのか? それとも数少ない男子生徒の心のケアをする仕事でもしているのだろうか。
……この世界の女性の押しの強さを思い出すと、そういった職員が一人ぐらい配置されていても可笑しくないと思えてくる。
「立川君、こっちだ」
「あ、はい」
放課後になっているというのに、机の上に散乱している紙束の量が仕事途中だという事を表していた。
「君の解答用紙は見せてもらったが、実に興味深い結果だった」
「はぁ、そうですか」
「それはもう。男子にしては……いや、男の中でも特に優秀な部類に入るだろう。私がここで教師の仕事をし始めてから、君ほど数学に秀でている生徒をお目にかかったことが無い。……つまりだ。君なら私が何を言わんとしているのか理解してくれていると思うが」
無感情なまでに起伏のない言葉をつらつらと口から出てきたと思えば、今度は途中で言葉を切ってコーヒーに口をつけたのだった。
熱いのを気にしないのかと思ったが、カップを傾けたときに現れた茶色いリングがそれを否定する。
「あまり長い事コーヒー置いといてもまずくなるだけですよ」
「……ふむ。確かに君のいう通りだ。以後、気を付けるとしよう」
少しだけ目を見開いた金本先生は、小さく2回相槌を打ってカップをソーサーに置いた。
部活動に専念しているであろう少女たちの掛け声が、やけに大きく聞こえる。
「では本題に入るが、君はいつどこで数学について学んだというのかね? いや、数学だけに限らない。最近の君の授業態度は前と変わらないにも関わらず成績が格段に上がっていると
「は、はは……最近、見方が変わったと言いますか。なんでこんなに面白くもないものを頭に詰め込んでるんだろうって思ってたんですけど、少し真面目になって勉強してみたらハマってしまったというか」
「ふむ……君にしては特に理由もないわけだな。しかし、それで自分の学力を伸ばせているのだから教師としては何もいう事はない。むしろ、これからも勉学に励んでくれと奨励しておくべきか」
「はい。ありがとうございます」
ピタと、先生の動きが止まった。
気のせいか? 少し先生の手が震えてるような気もする。
……微かに耳に入ってくるヒソヒソ話。眼だけを動かして見える範囲で周りを見ると、女性教員が数か所に固まって誰もかれもが同じように声を潜めて言葉を交わしているようだった。
職員室で教員がわざわざ集まって話をするなんて……もう、完全に俺の事だろうね。
女性教員たちの格好の的となっている二人のうちの片割れはというと、頬を薄っすらと紅らめてこちらを見ていた。
「ふむ。君がこの学校の一生徒だとしても、男性に感謝の言葉を言ってもらうというのは非常に心地良いものだな。私からも礼を言わせてもらおう。どうもありがとう」
「あ、いえ……」
「ところで、だ。私はこのプリントで君が満点を取ったことについて言及しようというわけで呼び出したわけではない。牧野先生の事なんだが」
「はい?」
何故ここで牧野先生の名前が出てくるんだ?
もしかして昨日牧野先生とセックスしてたところでも見られていたのだろうか?
それとも、牧野先生が金本先生に話してしまったとか?
……どちらしても俺にとってまずい話だ。
「牧野先生がどうしたんですか?」
「……ここで話すのもどうかと思うような内容だ。それに、君の機嫌を損ねてしまうかもしれない。それでも良いかな?」
「機嫌を損ねるかもしれないって……さすがに話を聞いてみないことには何も始まりませんので、何とも言えません」
「そうか……では、生徒指導室までついてきてくれるな?」
「……はい、わかりました」
ここで話さずにわざわざ生徒指導室まで向かうという時点で、金本先生は俺が牧野先生とセックスしたのばれてるじゃないか!? いや、別にそれで金本先生みたいな人とセックスできるのであれば良いんだけどさ。
こそこそ話をしていた先生たちは、俺たちが席を立って移動を開始すると自分の仕事をしていましたという体裁を整えた。が、まぁ……無意味に口笛を吹いてみたり鏡を手にして髪を掻き揚げたりと、それはさすがにわざとらし過ぎると思う。
前を歩く金本先生を、後ろから改めて眺める。
髪が揺れる度に覗いている
歩みを進めるごとに左右に揺れるお尻。いかにも仕事人といったグレーのスーツが、ヒップの形を強調していた。特に真ん中にできたちょっとした食い込み。それが余計に色気を漂わせていた。
どうしても視線がそこに集中してしまう。
女性は視線に敏感だと昔誰かが言ってたが、この世界でも敏感に反応するんだろうか? 俺の持っていた常識が違うのであれば、この世界では男性の方が視線に敏感って事になるんだろうが……違和感あるなぁ。
「ここだ」
金本先生が生徒指導室に入っていった。
それに続いて室内に入る。ちょうど昨日、牧野先生とセックスをしたところは……あ、結構なシミになってるような。そりゃ、何も考えないであれだけやればソファに垂れててもおかしくない。
「ここ、一昨日まではこんなシミは無かったのだが。今日見てみればかなりのシミになってるじゃないか。それで先生方に話を伺って回ったのだが……牧野先生が変わった反応を見せてくれてな」
「ちなみに、どんな反応だったんですか?」
「嗚呼……私は至極真面目に質問をしているというのに、牧野先生は頬を紅く染めて黙り込んでしまったんだ。一切質問に答えてくれないものだから犯人を知っているか、もしくは彼女が犯人だろうと思い至ったわけだ」
「なるほど」
そりゃ怪しまれてもしょうがない。
質問されて黙り込んでしまったら肯定してるようなものだからな。
何とかうまい事話を合わせるか、シラを切りとおすぐらいはしてほしかったが。情事を思い出して恥ずかしくなったのか?
「……そして、今の君の反応を見て一つ仮説が成り立った」
「はい?」
「ここで何をしていたのかまで予想することはできないんだが、君と牧野先生がここで何かをしていたのは確定的だ。女性に話しかけられても普通に対応してくれるところと言い、女に気を使ってくれるところと言い、ごく一般的な男性の感性からズレている」
「まぁ、自覚してます」
やはりと言うか。
前の世界からの思考回路がこの世界では異端なわけで。
それを第三者の視点から冷静に判断されると尚更強く感じる。
「その……できれば、牧野先生と何をしていたのか話してほしい。もし君が牧野先生に何かされたというのであれば力になるし、牧野先生には私から言っておこう」
真剣な表情で話しかけてくれる金本先生。
だが、頬が少し紅く染まっているのはどういう事だろうか。
外部から中を覗くことができないこの部屋の中、男女二人だけの空間になってしまったらやることは一つしかない。
……とか考えてるかもしれないな。この世界の女性は性欲が強いし。男子たるもの据え膳食わぬは男の恥なんて諺があるぐらいだし。ここだと男が女に変わってるんだろうけど。
「さぁ、話してくれないか?」
まずはこの女性を何とかしないといけないな。