5月中旬。梅雨シーズン到来ということで。外は雨が降っていた。今日も、いつも通り音楽室で滝先生の指導の下、コンクールに向けて練習していた私達。
(練習終了)
香織「…」
優子「高坂さん、練習終わりよ!! 片づけて」
麗奈「…」
(練習終了後も、まだトランペットの演奏を続けていた麗奈に声をかけれずにいた香織の代わりに、片づけの指示を出す優子。無言だったが、それに応じた麗奈)
夏紀「…」
(ガタッ)
(そのすぐ傍で帰る準備を終え、自分の席を立った夏紀)
久美子「楽器持って帰るんですか?」
(久美子にそう話しかけられた夏紀。久美子の両隣には葉月と川島サファイアもいる)
夏紀「うん、たまにはね」
黄前ちゃんに、この雨の中、楽器を持って帰るのかと聞かれたので、『たまには』と返事を返す私。そんな軽いやり取りをしていたら、帰り支度を終えた優子が近付いてきた。
優子「…そこ、邪魔なんですけど!!」
(ガッ!)
夏紀「っつ…! ちょっと!! 何すんの!!」
優子「フン!」
肩にぶつかったのに謝りもせずに立ち去ろうとした優子に腹を立てた私は、急いでそのあとを追いかけ、黄前ちゃん達がいる音楽室をあとにした。
なお、この時の私はまだ知らなかった。1人のある吹部部員が、近々退部しようとしていたなんて…。
…翌日…
この日も、また雨だった。もちろん、今日も今日でいつもの音楽室で、いつもの滝先生による指導の下、コンクールに向けての練習をしていた。そんな中…。
滝「…止め!」
(滝の指示で演奏を止める吹部一同)
滝「テナーサックス、ズレています。 1人ずつ。 斉藤さん」
葵「…はい」
滝「今の所、いつまでに出来るようになりますか? 残念ながら、コンクールは待ってはくれません」
葵「…」
(滝にそう質問され、無言で持っていたテナーサックスを見つめながら考え込む葵)
滝「今、テナーサックスのあなただけが音を濁しています。
もう一度聞きます。 いつまでに出来るようになりますか?」
晴香「…」
久美子「…」
(滝と葵のそのやり取りを不安そうに見つめる他のメンバー達)
葵「…先生…。 私…部活辞めます」
…数時間後…
斉藤葵先輩。北宇治の3年生で、テナーサックスを担当していた。その先輩が、先程吹部を退部していった。理由は、『今のまま部活を続けたら、志望校に行けないと思うから』だった。
なんでも、サンフェスが終わったあとから、辞めることを他の同級生の先輩達に話していたらしい。これは黄前ちゃんから聞いたのだが…。
(数時間前の回想)
晴香「葵…。 練習キツいんだったら、別にコンクール出なくてもいいから…」
葵「…今の部は、去年までとは違うでしょ?
サンフェスの時に思った…みんな本気だって。 金賞取るつもりで頑張ってるって」
(多少間を置いて、久美子と晴香に向かって再度口を開く葵)
葵「私、そこまで出来ない。
去年、あの子達止めるの出来なかったのに、のうのうと全国目指すなんて出来ない…」
(オーディション頑張れと言い残して、その場を去る葵)
晴香「……やっぱ…私が部長なんて無理だった…。
あすかが部長だったらこんなことにはならなかったのに」
久美子「小笠原先輩…」
晴香「…皆思ってる…どうしてあすかじゃなくて、私が部長なんだって」
久美子「思ってないです…小笠原先輩だって、凄いとこいっぱいあるじゃないですか」
(久美子のその言葉が地雷だったのか、声を荒げる晴香)
晴香「…じゃあそれを言ってみてよ」
久美子「気配りできるし、優しいし…。
後輩に挨拶してくれるし、差し入れしてくれて優しいし…」
晴香「優しいしかないじゃない!!」
(その直後、久美子の方を向いて会話を続ける晴香)
晴香「優しいなんて、他に誉める所がない人に言う台詞でしょ!?」
(目に涙を浮かべながら、久美子にそうキツく当たる晴香。久美子、落ち込んで下を向く)
あすか「何後輩にグチグチ絡んでんのよ。 アンタは蛇か」
久美子「…あすか先輩…」
(密かに後を追ってきていたのか、突然現れたあすか)
晴香「あすかが部長やればいいでしょ!?
あすかが断ったから…私が…」
あすか「…晴香も断れば良かったんだよ。 違う?」
(回想終了)
…ということだったらしい。
その後、更にどす黒く染まっていく外の雨を見ながら…私は何とも言えない憂鬱な気分になった…。