(麗奈がオーディションにて、コンクールでソロパートを任されることが明らかになった翌日…)
久美子「…」
(水道でユーフォの手入れ掃除を終えて、何かを思い出していた久美子)
夏紀「黄前ちゃん!」
久美子「あ…はい!!」
夏紀「…大丈夫? 何か考え事してたみたいだけど…」
久美子「あ~…気のせいですよ…」
何か考え事をしていた黄前ちゃんの後ろから突然声をかけた私。何を考えていたのか聞き出そうとしたが、見事に誤魔化されてしまった。
夏紀「…まぁ、気のせいならそれはひとまず置いておいて…。
今日さ、練習終わった後時間ある?」
久美子「え…はい」
夏紀「話あるから付き合ってよ、奢るからさ」
久美子「は…はい」
私は一体どうしちゃったのだろう。何かやましいことをするわけではないのに…。
何だか浮気でもしている気分だった。優子が香織先輩と仲良くしているみたいに。
(放課後…)
(いつも通り、コンクールに向けての練習終了)
葉月「久美子、今日時間大丈夫?」
久美子「え? あ、いや、実は…」
夏紀「…ごめん、今日は話あるから、黄前ちゃん貸して」
葉月「え? な、夏紀先輩?
そういうことなら…」
私との約束のことを知らず、黄前ちゃんを誘おうとしていた葉月ちゃんに、私は笑顔で黄前ちゃんを貸してくれと頼んだ。葉月ちゃんはあっさりと了承してくれた。
夏紀「っじゃ、下で待ってる」
久美子「はいー…笑顔が怖い…」
(街中の某ファーストフード店にて)
久美子「…」
夏紀「お待たせ。 飲み物、これでよかった?」
久美子「あ…は、はい」
夏紀「よかった。 そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。
何かイヤらしいことするわけじゃないから」
久美子「で、ですよね…あはは…」
夏紀「…」
嘘だ。本当は、心の片隅ではこのあと黄前ちゃんを自分の部屋に誘って、手を出すつもりだった。そんなに追い込まれていたほど、昨日の私のオーディション落選結果は残念で非常に悔しかったのだろう。
でも、私は何とか思い止まれた。なぜなら、優子との逢瀬のことは絶対に誰にも漏らしてはいけないという、絶対的な“契約”があったからだ。
久美子「…夏紀先輩?」
夏紀「…え? あ、ああ、ごめん。 ちょっと疲れてたのかな」
久美子「大丈夫ですか?」
夏紀「大丈夫大丈夫。
それより…。 本当にごめんね、奢るって言ってこんなもんで」
久美子「あ、本当に気にしてないです!」
夏紀「…」
何か考え事をしていた私を、心配そうな顔で見つめてきていた黄前ちゃんに気付いて、私は適当にはぐらかした。
危なかった。せっかく頑張って抑え込んだ理性が再び表に出てくるところだった。
(お互い、注文した飲み物を飲んで一服した直後)
夏紀「…あ~あ…オーディション落ちてしまった~」
(ブーッ!!)
久美子「あ…いや、あれはその…偶然て言うか…」
私の突然の昨日のオーディション落選の話に、さすがに気まずかったようで飲んでいた飲み物を口から噴き出した黄前ちゃん。
夏紀「…プッ。 アハハハハ。
やっぱ気にしてたんだ。 大丈夫だって。
私、ユーフォ始めてまだ1年だし」
久美子「うう~…」
夏紀「…っま、練習したのは今の部の空気にあてられたっていうか…」
(脳内で、多くの音符記号が飛び交う精神世界の中央にて、ユーフォを持ちながら椅子に一人座っている自分を想像していた夏紀)
夏紀「私は納得してる。 だから、変な気使わないでよ」
久美子「…」
(飲み物を半分ほどまで飲み終え…)
夏紀「…そういえば…」
久美子「…!」
夏紀「今日、誘った時からずっと気になってたんだけど…。
何か考え事してたよね? 話してもらえないかな?」
久美子「…夏紀先輩は鋭いですね…。
じゃ…言いますけど…あれは…」
(回想。中1の夏…)
(音楽準備室で、先輩に罵倒を浴びさせられていた久美子)
??「ねぇ、自分が受かったからってバカにしてんのかって聞いてんだけど」
久美子「…そんな…私は別に…」
??「…!
1年のくせに調子のんな!!」
久美子「キャッ!!」
(ガタン!)
久美子「…」
(先輩に叩かれそうになり、何とか交わしたのはいいものの、後ろに置いてあった自分のユーフォが倒れ、悲しい顔を浮かべる久美子)
??「アンタが…アンタがいなければ、コンクールで吹けたのに!!」
久美子「!」
(回想終了)
久美子「…」
夏紀「…そんなことが…。
ご、ごめんね、話したくなかったこと聞いちゃって」
久美子「いえ…。 寧ろ、ちょっとだけスッキリしたというか…」
夏紀「そう? それならよかったけど…」
(ピラッ…)
久美子「…先輩、それは…?」
私は、オーディション用の課題曲『三日月の舞』の自分用の譜面プリントを久美子ちゃんに見せた。右上には、『絶対金賞!!来年一緒に吹くぞ!!』と書き込んでいた。
夏紀「あげる」
(夏紀にそう言われ、有り難く譜面を受け取った久美子)
久美子「…先輩はいい人ですね…」
夏紀「…や、ヤダなぁ…。
別にそんなんじゃないって」
そう言って、微妙な反応をした私だった。ところが…。
久美子「……先輩」
夏紀「? 何?」
久美子「…私にも何か隠し事してますよね?」
夏紀「!? え…?」