(回想。再オーディション翌日早朝のこと…)
香織「~~~♪♪」
優子「…凄い良い音ですね!!
どこまでも響いていきそう」
香織「…」
優子「もっと聴かせて下さい。
先輩のトランペット」
香織「…」
(自分のトランペットの腕前を絶賛してくる優子。そんな優子の方を、何かを言おうとしているのか、無言で見つめている香織)
(回想終了)
優子「……私、どうしても香織先輩にソロを吹いてほしいの」
(ガバッ!)
優子「…だから…お願い!!」
麗奈「!…」
久美子「…」
(優子と麗奈のその会話を教室前の廊下で覗き見していた久美子)
麗奈「…頭を上げてください。
それは…わざと負けろって言うんですか?
そんなことしなくても、香織先輩が私より上手く吹けばいいんです」
優子「…」
(麗奈のその一言で、ゆっくり頭を上げながら、1年前の香織について語り始める優子)
優子「去年、香織先輩は部の中で一番上手かった…でも、ソロは全然練習してないような上級生が吹いて…」
麗奈「……それ…私には関係ないことですよね?」
(そんな香織のことについて知っても、バッサリと斬り捨てる麗奈)
優子「そうだけど…。
あなたには来年もある、再来年もある」
(ガバッ!)
優子「香織先輩は最後なの。 今年で最後なの。
お願い…」
(もう1度頭を下げる優子)
麗奈「……失礼します」
久美子(…! わわっ!)
(麗奈が教室から出てくるので、慌てて物陰に隠れる久美子。麗奈、そんな久美子に気付かず通り過ぎて行く)
(コッ、コッ…)
久美子「…」
(その数時間後)
私達北宇治吹部は、某所に集まっていた。そう。京都府・宇治市文化センター大ホールだ。
ここで、関西大会予選が行われる。今日は、その準備ではなく…。香織先輩と麗奈ちゃんの再オーディションを行うためだ。簡単に言うと、負けた方は大勢の吹部部員達に恥を晒してしまう、新手の公開処刑のようなものだった。
滝「…準備を始めましょう。
2人はオーディションの用意を」
(麗奈と香織、それぞれのトランペットが入ったバッグを抱え、準備に入る)
優子「…あの…頑張って下さい!!」
香織「ありがと…。
行ってくる。 見てて」
(そう軽く会話を交わし、香織と一旦別れる優子)
優子「…!」
(ガバッ!)
夏紀「わっ!」
優子「…」
夏紀「…」
何があったのか事情を把握していなかった私の背中に、突然飛び込んできた優子。しかし私は、そんな優子を見て察した。香織先輩は負けるということが。
(その頃、文化センター裏入口前にて、晴香と会話を交わしている香織)
晴香「香織、緊張してる?」
香織「いいよ来なくてー、部長でしょ?」
晴香「…3年間一緒にやってきた仲間として、言っとこうかと思って。
納得できると良いね」
香織「…うん。
そういえば、あすかは?」
晴香「声はかけたんだけど…。
『私副部長だから、そういうことできない』って断られた」
香織「…そう…」
晴香「…どうしてあすかなの?
どうしてそんな拘るのかなって」
香織「…なんか、見透かされてるような気がするんだよね。
だから、あすかを驚かせたい。 あすかの一歩先を行きたい」
晴香「…香織…」
(ポンッ…)
(そっと、香織の頭に手をかぶせて励ます晴香)
(一方、文化センターロビーにて、久美子と一緒にいた麗奈)
久美子「…」
麗奈「…」
(スッ…)
(麗奈、ベンチから立ち上がる)
麗奈「久美子は、もし私が負けたら、嫌?」
久美子「……嫌だ」
麗奈「…」
(ガタンッ!)
(勢いよくベンチから立ち上がって、麗奈と向き合う久美子)
久美子「嫌だ!! 麗奈は特別な人になるんでしょ?
麗奈は他の人とは違う」
(県祭りで、麗奈と一緒に大吉山の頂上に登った時のことを思い出している久美子)
久美子「誰にも流されちゃダメ」
(コッコッ…)
(スッ…)
(麗奈、少し歩いて、再度久美子の方を向く)
麗奈「今勝ったら…私が悪者になる…」
久美子「ソロは麗奈が吹くべきだって言う! 言ってやる!」
麗奈(…フッ)
(コッコッ!)
(カッ!)
(久美子のその返事に一瞬笑みを浮かべ、早足で久美子の目の前に駆け寄る麗奈)
(スッ…)
麗奈「側にいてくれる? 裏切らない?」
(久美子の頬にそっと触れ、そう久美子に確認する麗奈)
久美子「もし裏切ったら、殺していい」
麗奈「…本気で殺すよ?」
久美子「麗奈ならしかねない、それを分かった上で言ってる。
だってこれは…愛の告白だから」
麗奈「…」
(久美子から愛の告白を受け取り、久美子に笑顔を見せ、決意を固めたようで、再オーディション会場に背を向ける)
麗奈「大丈夫」
久美子「…」
(ファサッ…!)
麗奈「最初っから負けるつもりなんて…全くないから」
久美子「…」
(美しいロングヘア―を靡かせながら、久美子にそう言い切った麗奈。久美子もそんな麗奈に笑顔を見せて見送る)
(その後…)
(再オーディション、香織と麗奈。それぞれの演奏終了)
その差は圧倒的だった。何がって?香織先輩と麗奈ちゃんの演奏の表現力の差だ。
香織先輩も、確かに上手いには上手い。優子が絶賛するだけのことはある。しかし…。
その香織先輩の後に演奏した麗奈ちゃんは、それ以上の実力を、審査員である客席に座っていた私達に見せ付けてきたのだ。
滝先生から、香織先輩の演奏が良かったか、それとも麗奈ちゃんの演奏が良かったかという人は拍手という指示が出され、その拍手を実際にした部員はどちらも少なめだったが…結果は明らかだった。
滝「…中世古さん、あなたがソロを吹きますか?」
(その滝先生の発言に、多少の沈黙が流れ…)
香織「……吹かないです…吹けないです…」
(スッ…)
香織「ソロは、高坂さんが吹くべきだと思います」
(一瞬下を俯き、再度顔を上げてそう告げた香織)
麗奈「…」
香織「…」
(驚いている麗奈に、私の代わりは任せたと言っているかのように、黙って微笑みかける香織)
優子「……!!」
(悔し涙を浮かべ、数日前の再オーディションが決定した翌日早朝の、香織との出来事を思い浮かべる優子)
優子「先輩は、トランペット上手ですね」
香織「…上手じゃなくて…好きなの」
(回想終了)
優子「…うわああああん!!」
(悔し涙を流し始めた優子)
滝「高坂さん、あなたがソロです。
中世古さんではなく、あなたがソロを吹く。 良いですか?」
麗奈「…はい!!」
夏紀(…優子…)
私は、今すぐにでも優子の傍に駆け寄って慰めてあげたかった。しかし、とてもそんな勇気は出せなかった。ただこうして、心の中で気にかけてあげることしか出来ない自分に、歯痒さを覚えていた…。
こうして、関西大会予選のソロパート再オーディションは…静かに幕を下ろしたのだった…。