春雪喧騒(6)
気がつくと、魔理沙と咲夜は見知らぬ二人の少女と一緒に風呂場にいた。白髪の少女と胸にかなりの脂肪を蓄えた少女。思い出したくないと思うような介抱をされ、体を清めされられた。同じように紅魔館のメイドも介抱されたが、魔理沙には彼女がそれほどショックを受けているように見えなかった。余程の修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。聞かなかったが。
肌に残る感触を思い出す。ぞっとする。霊夢は初めてをアレに奪われ、数日間――魔理沙らは一時間にも満たない――体を弄ばれたのだ。精神的にもおかしくなるのも無理はない。魔理沙にはそう感じた。
そういえば霊夢は――
服は粘液まみれでとてもすぐに着られるような状態ではなく、借りたバスタオルを巻いた。妖夢と名乗る少女から道を聞き、戦場と化していた白玉楼の庭に向かう。少し肌寒い。静まりかえった白玉楼の庭に戻ると、酒瓶とグラスを置いたお盆の近くに霊夢が寝ていた。
指先の切り傷に、それに近い傷が体中に散見される。深い傷はない。顔が火照り、上気したように赤くなった霊夢の頬。呼吸が熱っぽい。霊夢のおでこに手を当てると熱かった。
◇◇◇◇◇
幻想郷の結界の境目にある一軒の家。八雲紫と藍の住処。
メディスンはいない。彼女は幻想郷南にある鈴蘭の咲く無名の丘を住処にしている。
玄関を開けると橙が珍しく出迎えた。橙はこことは別の住処があり、その日その日のきまぐれでこっちで寝たりあっちで寝たりと、まるで気まぐれな猫のようで――
橙は藍に対して怒っていたはずだが、藍の腕の傷を見て、大泣きした。救急キットを取りに廊下を走っていった。藍は式神に「大げさな」と言ったが、主人の紫は「いいじゃない。好きにやらせてあげれば」と言うので、仕方なく従った。紫は破れた服を着替えに行く。
橙は傷口を消毒し、でたらめに包帯を巻き、滅多にしない料理を作った。
料理はあまり美味しいものではなかったが、無理矢理詰め込まされる。
仕舞いには早く寝ろと布団に寝かしつけられる。
慣れない子守歌を歌い、慣れないことを続けた橙は藍より先に寝てしまった。
藍は式神に布団を掛け、紫のいるキッチン兼ダイニングに行く。
紫は酒を飲んでいた。
「これ、あの子が持ってきたのでしょう」
紫が掲げた透明なグラスには、桜の花びらが封じ込めた氷が入っていた。
「可愛いところあるじゃない」
藍は否定しなかった。
かごの中の氷はほとんどとけてしまっていたが、数個ほど溶けずに残っていたそうだ。
西行寺幽々子は死霊を操る。
春の欠片として、桜の花びらに死霊を憑依させ、あの桜の大木に春を運んでいた。
憑依した死霊はチルノの氷付けという攻撃で跡形もなく消えてしまっている。
「せっかくあの子のプレゼントなんだから、貴女も呑んだら?」
藍は滅多に呑まない酒を飲んだ。
それから、酒を呑みながら藍は紫とたわいのない会話をする。
やれ油揚げがどうだとか。
酒がなくなり、藍は主人に尋ねる。
「これから、どうしますか?」
「んー、とりあえずは疲れたからしばらくは休憩。でも、あれはいつでも仕えるように準備はしといてね」
紫は立ち上がり、一言付け加える。
「貴女も今は橙に甘えといたら?」
◇◇◇◇◇
ようやく春が訪れた。雪が溶け、暖かな風が幻想郷を包んでいる。
白玉楼での出来事から四日後、霊夢はいまだ風邪で寝込んでいた。魔理沙は泊まり込んで看病をしていた。二日前に人里から購入した風邪薬を飲み、昨日ようやく熱が下がり始めた。今は一時間ほど前に飲んだ薬のせいか霊夢は眠っていた。
手持ち無沙汰の魔理沙は自立思考する霊夢の複製人形を呼び出した。壁に張付いた護符から少女が飛び出す。飛び出すなり、少女は片手で口元を押さえる。視線を魔理沙に合わせ、顔を赤くした。
「? どうしたんだ?」
「魔理沙に会えると思ったら、ちょっと笑みが……」
笑いながら、片手で頭を掻き、もう片方の手でお腹をさする。
魔理沙は照れながら、「そういう冗談を言うのはやめろよ」と少女に釘を刺す。「ごめんね」と霊夢と同じ顔の少女は顔の前で手を合わせた。
少しして真顔で「私を呼んだって事は、何かあったのね?」と魔理沙に聞く。
寝ている霊夢を彼女に見せる。
「この前、異変を解決したんだ。そのことでちょっと……霊夢の奴がさっき寝たばかりだから、外で話さないか」
少女と魔法使いは博麗神社に続く石段に腰掛けた。薬と一緒に買った苺を摘みながら、ここ最近の出来事を話した。白玉楼。触手生物。魔理沙の話に、彼女はあいづちを打ちながら遠くを見やる。
「どうして、結界を張っているもの同士で争っているんだろうな」
正確には妖怪が霊夢に対し、アクションを起こしているだけのなのだが、魔理沙の疑問に少女は答えない。
上から声が聞こえた。烏ではなく黒髪少女。二人の前に降り立つと、挨拶もそこそこに小さい紙切れを取り出し、二人に渡す。
「実はこの度、名刺を作ったので、お二人に渡そうかと」
紙切れには、「文々。新聞」代表:射命丸文、といった名前と一筆書きで書いたような似顔絵が描いてあった。射命丸文は言葉を続ける。
「この間の春が来ない事件、通称『春雪異変』のあらましを記事にするので、解決人の霊夢さんの写真を入れたくてきました」
文の言葉に魔理沙が反応する。
「あんな破廉恥なもん記事にすんのか? 正気か、お前?」
「え? 酒の飲み比べが破廉恥なんですか?」
「?……あれ? その記事って今読めるのか? いやそもそも誰に聞いたんだ?」
「いいですよ。あと霊夢さんの写真を入れてレイアウト弄れば、完成なので。お話は白玉楼の主人の西行寺幽々子さんからです」
魔理沙は文の書いた記事に目を通す。紅白少女が覗き込む。
中身を要約すると、幽々子、花見したい。桜咲かせたい。周囲の春ぶんどる。霊夢参上。酒の飲み比べ。幽々子ダウン。
……
「……まあ、これならいいんじゃない」
魔法使いは胸をなで下ろす。あんな痴態を書かれてはたまったものじゃない。
「そうですか。じゃあ、霊夢さん、写真とっていいですか?」
「……え? 私?」
「そうですよ。異変解決の立役者ですから」
少女は不安そうに魔理沙を見る。
「別にそれくらい、良いんじゃないか?」
「……そう?……それじゃあ」
◇◇◇◇◇
文は慌ただしく数枚の写真を撮って、帰って行った。慌ただしくというのは、それとなく魔理沙が写ろうとして文の邪魔ばかりをしたからだ。ついでに霧雨魔法店の宣伝をと。根負けした新聞記者は二人の写真を撮って空へと帰った。やがて文の姿は見えなくなり、紅白少女が声をかける。
「魔理沙」
「ん」
真剣な面持ちで魔理沙の顔を見つめる。
「困った事があったら、いつでも相談して。だけど、魔理沙はあの子から逃げないであげて。私に縋ろうなんて考えないで」
「……? なんか矛盾してないか?」
「……そう思うんだったら、まだ大丈夫だね」
「……?」
「魔理沙。そろそろ帰るね。苺、ありがとう。あの子のこと、お願いね」
魔理沙の返事を待たず、少女は歩いていった。
縁側のふすまを開け、部屋に入る。正面には霊夢が寝ている。左側の壁に自分が出てきた護符が貼られている。右には護符などを収めた戸棚がある。少女は戸棚に向かい、上下に四段に分かれた棚の一番下の段から物色した。はたして目的物ものを見つける。
一つの巻物。少女は霊夢に気付かれないように静かに紐解いていく。最初に見えたのは霊夢の名前。その上には霊夢の母親の名前と、見知らぬ珍しい名前。上へ上へと辿る。異常な名前の数々。始まりの所まで見ると、別段変わりはない。ある時を境にがらりと変わっている。
おそらくスキマ妖怪の狙いは――
巻物を元に戻す。霊夢は気付いているのだろうか?
言うべきなのだが。言って、はいそうしようと言う問題ではない。魔理沙にしたって同様だ。とても言う気にはなれない。終わりの日は二人にとって残酷で――
霊夢を見る。微かな呼吸音が聞こえる。契りの夜を思い出す。あの時の、怯え泣き出した顔。刻印された恐怖。
魔理沙ともっと一緒に居たかったがそうはいかない。存在するだけで少しずつ霊力を消費していく。お腹に手を当て、消化することのない苺の残骸を霊力で消滅させる。唾液は分泌されるものの消化器官はうまく機能しないみたいだった。霊夢との性行で飲み干した精液は、あの時風呂場で吐き出したと思っていた。しかし残滓の腐敗に嗚咽を感じ、お腹に手を当て消滅させた。護符の中では時が止まったように眠り続ける。現実世界と同じ時間流れを有しているのかは分からない。ただ護符の中でも時間は過ぎている。ただ護符が解放される、光指すときに自動的に目覚める。少女は護符の方へ歩く。次に目覚めたとき、二人が今より幸せでありますように――
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永夜一夜 PROLOGUE
漏れ聞こえる声から中の様子は理解できている。
けれど、体は言うことを聞かない。
それは好奇心からなのか――
それとも――
アリスは戸を引き、覗き込み。
裸で抱き合う魔理沙と巫女の姿があった。