あと三時間
南に向かってへ飛んでいくと、やがて偽りの月で照らされた竹林が見えた。咲夜とレミリア、二人共ここに来るのは初めてだった。竹林は人里に匹敵するほど広い。東西の広く、楕円状に広がっている。
上から見てもこの竹林に建物があるようには見えない。周囲を飛び、入り口を探す。
XII(12).竹林を中心から見ると、北西に位置する入り口に書かれていた。地面に書かれた数字を確認し、咲夜とレミリアの二人は鬱蒼と茂る竹林を進む。周囲は薄暗く、ぽつりぽつりと月明かりが地面を照らしている。虫の鳴く声が聞こえる。主人とは違い、夜目が利かない咲夜は、ゆっくりと先を進む。立場を考えず、レミリアを先行させれば早いのだが――
案の定、後ろから主人から苦情が飛ぶ。
「咲夜、もうちょっと早く飛べないの? これじゃあ他の奴らに先を越されちゃうわよ」
「そういわれましても、私はお嬢様ほど目が良くありませんので」
急かすような小言を言われつつ咲夜が進んでいくと、月からの光とは異なる発光をしているものがうっすらと見えた。
二人はさらに進んでいく。
「うるさいなぁ、こんな夜に」
声の方向にうっすらと光る一つの人影。近づいていくとその人影がはっきりと見えた。背格好はレミリアとほぼ同じ。白いシャツに紺色のキュロットパンツ。黒のマント。緑の短髪。髪を掻き分けるように二本の触角が伸びている。その姿を見て、幼い吸血鬼が声を上げる。
「出たわね。ゴキブリ妖怪」
「違う! 蛍だ! 何で皆そういうんだ」
「ゴキブリは皆そう言うのよ。全く、闇夜に紛れてコソコソと」
「お嬢様、それは初耳です」
咲夜は苦笑するが、相手は主の物言いに怒ったのか、臨戦態勢に入ったかのように構える。異変の元凶の異なる事もあり、無闇な事はしない方がいいのかもしれない。咲夜はそう考え、主に提案する。
「お嬢様、これを使いましょう」
咲夜は円形の金属容器をスカートのポケットから取り出した。人の手のひらサイズの大きさで、厚さは三センチもない。
「なによ、これ」
「虫除けのアイテムです。この渦巻き状の香を焚くことで虫を寄せ付けない事が出来るのです。美鈴は庭の手入れや畑の手入れをするときに、よく身につけていますよ。お嬢様と今夜、散歩に出ると伝えたら、美鈴が貸してくれました」
「へえ」
半目でそれを睨むレミリア。吸血鬼の血を望む虫が実在するのかは疑問だったが、咲夜はガスライターで香に火をつける。細い白煙とともに独特の香りが立ち上った。
◇◆◇◆◇
入り口は西側にあった。I(1)の竹林の通路を行く妖夢と幽々子。主の幽々子を護衛するような形で、従者の妖夢が先頭に立ち、薄暗い竹林を進んで数分、こちらの進行を妨害されるようなことは起きていない。周囲は時折吹く風で、竹の葉の擦れる音が夏の夜を演出している。と、微かに幽々子の耳に歌声が聞こえた。進むにつれ、その声は大きくなる。
「きゃっ」
白髪の庭師が動きを止め、無防備な幽々子は妖夢の背中にぶつかり、悲鳴を上げた。
「ちょっと妖夢、止まるなら先に言ってよ……妖夢?」
押し付けられた乳房の感触に、照れる様子も感じられず――
幽々子の抗議の声が聞こえていないのか、妖夢は微動だにしない。
「妖夢?」
再度呼び掛けるが、従者の答えはない。
歌声が聞こえる。
さっきよりもよく聞こえた。
幽々子は従者の顔色を見ようと前に回り込もうとすると、再び妖夢が動き出す。
「妖夢?」
主の声を無視し、白髪の少女は前へ前へと進んでいく。歌声も大きくなる。
月明かりの照らされた一つの人影。黄色がかった茶色の髪。茶色のワンピース。背中には紅魔館の主と同じく翼があった。あちらはコウモリだが、こちらは鳥といった感じ。
妖夢は警戒もせず近づき、それに応えるように歌う少女は、妖夢の頭を撫でる。
少女の歌う歌が変わった。それを合図に妖夢は主の方に顔を向ける。
妖夢はその目に生気はない。
歌う少女の前に立つ。まるで主人が変わったかのように――
手を鞘にかけ、幽々子に対し刀を抜いた。
「あら、やっぱり操られている?」
特に危機感もなく、幽々子は呟いた。
◇◆◇◆◇
魔理沙とアリスは確認の為、空中から竹林の中に入ろうとした。しかし、ある程度降下したところで、それ以上進めなくなってしまった。八雲紫の言う通り、ここは結界が展開している。目当ての数字を探し、竹林の周りを飛んだ。
VIII(8).方角で言えば南南西といった所に入り口はあった。途中、IV とVの数字も二人は見かけた。その文字を確認し魔理沙とアリスは竹林の奥深くへと進む。が、程なくして道は途切れた。
「やっぱり行き止まりか――」
「まあ、そうでしょうね」
二人共予想はしていた。
「それじゃあ私達も行きましょうか。霊夢の選んだ十四番の道を――」
魔理沙はアリスの台詞に頷き、二人は来た道を戻った。
◇◆◇◆◇
「もう いーくつ寝るとー おそうしーきー♪――」
少女の歌声は続く。
妖夢は幽々子を見据えたまま動かない。妖夢は遠距離攻撃をする手立てを持っていない。それゆえ、こちらを攻撃しないのか。
幽々子は試しに蝶を模した光弾を一つ、歌う少女に向けて放った。
妖夢は抜刀し、空を蹴って光弾を切り捨てた。
「 」
どこからか聞き覚えのない悲鳴が聞こえた。鳥の後ろの方の竹が大きく揺らぎ、人影が飛び出す。人型だが、虫っぽい。頭に触角が付いていた。緑色の髪のそれは泣きながら、鳥少女に助けを求める。鳥が歌を止めた。
「あっ、リグル」
「わーん。ミスティー、変な奴が追いかけて来るのー」
助けくれと言わんばかりに鳥少女に近づこうとしたそれは、妖夢の抜いた刀の柄を首の裏に叩き込まれ、落下した。
「あっ」
「あっ」
幽々子とミスティーと呼ばれた少女が、同時に声を上げた。
「……」
「……」
沈黙する二人。何事もなかったように、妖夢は幽々子の方を向く。
周囲は竹の葉が奏でる音だけ……ではなく、声が聞こえた。
次第に大きくなるその声は、幽々子にとって聞きを覚えのある声だった。
◇◆◇◆◇
咲夜が焚いた香の香りが吸血鬼の鼻腔をくすぐる。余り好きにはなれない匂いだったが、相手には効き目があったようで、「ひっ」と短い悲鳴を上げ、竹藪の中へと消えていく。
「咲夜、追って。あいつを燻し殺すわよ」
「お嬢様、殺しは御法度と言われていますし……」
「とにかく、早く追って、追い詰めるわよ」
取りあえず、主の命令に従い、咲夜はしなり揺れる竹の中へと入っていく。その後をレミリアはついて行く。青々とした竹をかき分け進んでいく。
と、微かにレミリアの耳に歌声が聞こえた。進むにつれ、その声は大きくなる。
「きゃっ」
メイドが動きを止め、レミリアは従者の背中にぶつかり、悲鳴を上げた。
「ちょっと咲夜、止まるなら先に言いなさいよ」
首筋にかかる息に、くすぐったさも感じている様子もなく――
レミリアの抗議の声が聞こえていないのか、咲夜は微動だにしない。
「咲夜?」
呼び掛けるが、従者の答えはない。
歌声が聞こえる。
さっきよりもよく聞こえた。
レミリアは従者の顔色を見ようと前に回り込もうとすると、再びメイドが動き出す。
「ちょっと、咲夜」
主の声を無視し、メイドは前へ前へと進んでいく。
◇◆◇◆◇
遠くの――先程、緑髪の少女が出てきた――竹が揺れ、紅魔館のメイドが現れた。遅れてその主人の吸血鬼が現れる。従者の方は妖夢のように歌う少女の方に一直線に向かっていく。主の方はきょろきょろと首を回し、幽々子を見つける。
「あれ? あんたは――」
幽々子の方に向かおうとし、地面ののびているそれを一別する。
「あんたがやっつけたの?」
「いえ」
妖夢がと、言葉を続けようとした瞬間、歌が再開された。
咲夜は鳥の側にいた。妖夢と同じように――
鳥を守護するように立ちはだかる咲夜の眼は、妖夢同様生気がなかった。
◇◆◇◆◇
作業を済ませた八雲藍は、次の目的である人物に会うためにスキマを開いた。
◇◆◇◆◇
二人の間に会話はない。巫女はただ八雲紫の後を飛んでいくだけ――
XIV(14)と入り口に書かれた道を進む、巫女とスキマ妖怪は進む。さしたる妨害もなく、二人は永遠亭にたどり着いた。玄関の扉は開いている。中に入る。中は薄暗く、板張りの廊下がまっすぐ伸びていた。左右は白いふすま。閉塞感を感じる廊下を進む。
しばらくして廊下は途切れ、行き止まり。左右にあるふすまが開いていた。
◇◆◇◆◇
玄関の方から少女の声が聞こえた。慧音の話が中断される。
声の主は、家の主の知り合いのようで、ずかずかと入ってきた。彼女は客人がいる事に気づいて萎縮した。声の主は、来客の有無で抗議するが、慧音は表情を変えず、普段の態度を改めなさいと言い放つ。次いで霊夢に言う。
「貴女の家の話になるけど、彼女には席を外してもらった方がいいかしら?」
外は暗い。正子はすでに過ぎている。霊夢は、構わないと告げる。それを聞くと彼女は、壁際まで歩き、胡座をかいて、壁にもたれた。腕枕をし、目を閉じる。彼女なりの気遣いなのだろう。慧音は再び話し始めた。
「博麗家は昔から幻想郷に存在している。他に古い名家といえば、稗田家くらい。それほど長い血筋になるわ。
千年前、八雲紫は結界を月まで伸ばし、月に戦争を仕掛け敗戦した。そして博麗家に結界を依頼した。
博麗神社は元々もっと人里に近いところに立っていたの。けど、結界の管理などもあり、場所を結界近くかつ人里にも離れすぎない東に移設したの。
この月面戦争の結果として、人と妖のバランスの維持は、この幻想郷内で解決しなければいけなくなった。月は利用できない。このため、妖怪が人に襲われ、食われるなどの事態を減らしたかった。そこで白羽の矢が立ったのは、当時から高い霊力を持ち、人として最も力のある博麗家。結界を依頼したのも、これが理由ね。
次に八雲紫は簡単に妖怪が人に襲われないように、彼らに妖怪に匹敵する力をつけてもらうよう依頼した。外の世界では、武力を誇示する事が、抑止力として働く事があったからね。博麗家はこれを了解した。八雲紫は月との力の差ははっきりと知っている。だから、八雲紫は月からの反撃はないだろうと予想している。博麗大結界は予備という扱いね、彼女にとっては。
だけど、博麗家は違った。妖怪よりも更に力のある者達が頭上にいる事を知った。八雲紫の思惑とは違い、博麗家は月の住人よりも強くなければいけないと考えたの。とはいえ、簡単に力を強くする事などできない。そこで彼らが考えたのは、交配の仕方。男性に比べ女性の方が、霊力が高いこと、また直感、第六感といった感覚が鋭い事から、女性同士で交配できれば、より強く優秀なヒトが生まれないかと考えた。結果、それは実現した。貴女の家にある家系図を見ればすぐに分かるわ。貴女はまだ知らないかもしれないけど、一時的に体に男性の性器を付与するの。別に彼らは短期間でこれを一から作り上げた訳じゃない。今とは違って、昔は人間が確実に子供を産める訳じゃなかった。それは男性側、女性側のどちらか、あるいは両方に問題があるなど様々だったけれど、何度も性交を続けても、妊娠しない夫婦に対して処方した方法を発展させて作られたのよ。女性同士の交配で思惑通り、より霊力を備えた、直感力の強い人が生み出せた。
けれど、いい事ばかりではなかったの。精神的な脆弱さ。特に顕著だったのは、近親者同士の交配。必ずしもではなかったけれど、自我が上手く保てなかったり、極端な短命だったり。色々問題があったみたい。だから博麗の交配の相手は、ほとんど里の女だった。誰でも良かったわけではないわ。力の素養のある女性を選んでね。力といっても具体的には、様々ね。直感が冴えていたり、生まれつき魔力や霊力を宿していたり、里で一番有名なのは稗田家ね。記憶力が良くて、一度見た物を忘れない能力の持ち主だとか。まあ、稗田家は例外なんだけどね。あの家には別の役割があるから。貴女の場合だと、貴女の友人の霧雨魔理沙が相手として有力でしょうね」
NEXT EPISODE あと一時間半
写真では見る事のなかった四人目の人物。??を見つめる赤い瞳。
*
「そう考え、元のあり方に戻ろうと彼らはしようとしたけれど、そうはならなかった。彼女――レミリア・スカーレットが現出したためにね」