あと一時間半
「ちょっとぉ、これどうなっているのよ」
「あの歌に踊らされているのよ」
レミリアの抗議に幽々子は涼しげな声で返す。
「私達に効果がないって事は、あれは人間にだけ作用するようね」
「……つまりは、あいつに歌わせるなって事ね」
「そういうこと」
「あんたの使いは幽霊じゃないの? 人魂が憑いてるし……」
「あの子は半人半霊なのよ。おそらく妖夢には長くは歌の効果は続かないと思うわ。だから……」
幽々子は周囲に結界を展開した。そして、横に移動しながら、手の中で具現化したナイフを、空中で歌い続ける少女――ミスティア・ローレライに向かって投げた。しかしそれは彼女の前に立っていた吸血鬼のメイドによって弾かれた。
「早く歌う余裕をなくすのよ」
「だからって何で私の咲夜を狙うのよ!」
レミリアの抗議を意に返さず、幽々子は答える。
「あら、貴女のメイドは、私の弾幕が躱せないほどにのろまなわけ?」
「はあ? んな訳ないでしょ。幽霊女の弾幕なんて、咲夜にはかすりもしないわよ」
「本当かしら?」
「あんたの方こそ心配したら? あのおかっぱ頭、私の弾幕であられもない姿になるわよ」
言うが早いか、レミリアは横に大きく跳躍し、妖夢に向かって数本のナイフを投げる。妖夢の刀がナイフを弾く。
「大丈夫。妖夢の剣捌きは一流よ。お子様弾幕なんて屁でもないわよ」
◇◆◇◆◇
「ここで分かれ道ね、貴女は右の道を進んでいって、私は左を調べるわ」
八雲紫は巫女に指示をする。巫女は彼女の指示に従った。
抗ったところでどうしようもない。
どこまで行っても、この女の檻の中――
大人しく頷き、巫女は開いた右のふすまの先を進む。中はさっきまでと同じで、左右がふすまに挟まれた薄暗い廊下が続く。少し異なるのは、廊下が緩やかに登りになっている事だった。空間を広げている以上、別にたいした変化ではない。気にせず巫女は進む。天井の明かりが少なくなり、次第に廊下の先は見えづらくなる。白いふすまが明度を下げ、灰色に見える。その灰色も次第に黒くぶり潰されていく――
それでも先を進むと、天井の光とは異なる光が、点々と増えていく。進む。光が増えていく。気がつくと、巫女は星空の海に浮かんでいた。
そして、視線の先に一つの人影があった。
◇◆◇◆◇
幽々子とレミリアの弾幕は、咲夜のナイフに相殺、あるいは妖夢の剣捌きで一掃され目標である鳥にまで届かない。が、弾かれたナイフがミスティアの近くをかすめていく。身の危険を感じ始めたのか鳥は歌うのをやめ、
「ちょっと、貴女達。友達にこんな酷い事するなんて、どういう神経してるのよ」
と、レミリアと幽々子に抗議する。
攻撃の手を止めず、幽々子は、レミリアは暢気に答えた。
「「はあ? 別に友達なんかじゃないわ」」
「私の妖夢が、こんなお子様吸血鬼に負ける訳ないからよ」
「私の咲夜は、こんな乳だけ幽霊女に負ける訳ないからよ」
◇◆◇◆◇
巫女に指示を出し、先へと進んで行く巫女を確認すると、八雲紫は左の扉に声をかけた。
「道案内有り難う、因幡てゐ」
ふすまの影から、小さな兎がひょっこりと顔を出した。
「新参者への指示はどう?」
「これからするのよ。事前に作戦は伝えてあるから問題ないわよ」
「そう、私はしばらくここにいて、あの二人が通るのを確認するわ。それが済めば、主の方に挨拶に行くわ」
「あんたの行動はどうでもいいわよ。こっちは額面分の仕事をするだけよ」
「……そう。頼んだわよ」
ピンクのワンピースを揺らしながら、廊下へと出る兎を見送り、八雲紫はふすまを閉じた。
◇◆◇◆◇
状況が不利になっていると感じたのか、ミスティアは護衛から少し距離を取り、二人の隙間から、幽々子に向かって光弾を放つ。メイドを攻撃している亡霊姫はひらりと躱し、攻撃の手を緩めない。レミリアは妖夢を攻撃している。
二人の従者は時に身を翻し、刀で、ナイフで弾いていく。
しばし膠着状態が続き、レミリアの目におかっぱの少女に変化が起きる。妖夢の目に生気が戻った。レミリアは彼女に目配せし、「おい、バカ女」と、幽々子の合図をする。妖夢が主の方を見る。主の目配せで立場を理解した妖夢は、すぐさま刀を握っていない左手でメイドの首裏に手刀をたたき込み、ミスティアの首筋に刀の剣先を突きつけた。「ひっ」と短い悲鳴を上げる鳥少女。レミリアは地を蹴り、気絶し落下するメイドを受け止めた。
◇◆◇◆◇
「どうやら、鈴仙は負けたみたいね」
巫女の前にあった人影は黒髪の女――蓬莱山輝夜だった。涼しげな声。鈴仙。それが月から来た来訪者の名前なのだろう。巫女は話を合わせる。
「随分とあっさり言うのね。心配じゃないの? 仲間なのに」
「貴女の事はてゐから、聞いているわ。異変解決の請負人なのでしょう?」
「請負なんて知らないわよ。ただ、こういう役割なだけよ」
「そう。貴女のことだから、鈴仙は無事なのでしょう? 殺し、はしないって聞いているわ」
「殺して恨まれたんじゃあ、たまったもんじゃないし。ましてや心中なんて捨て身でかかってこられたら、命が幾つあっても足りなしね」
「随分と謙遜するのね。人が妖怪に匹敵する力なんて相当な物だと思うのだけど」
「こっちは力ずくで、調伏するのはうんざりなのよ。話し合いで解決できればいいんだけどね」
輝夜は口元に手を当てて笑う。美人であることもあってかその所作は気品が感じられる。
「残念ね。永琳と話せば、解決できたのに」
「じゃあ、貴女から言ってもらえる?」
「あいにく、暇なのよ。最近、妹紅が来ないから」
「……つまりは、あんたを満足させろと?」
「そういうこと」
優雅に笑い、輝夜は巫女に向かって手をかざし、攻撃を仕掛けた。
◇◆◇◆◇
ミスティア・ローレライが白旗を揚げた事で、妖夢は刀を収める。
弾かれたナイフが所々刺さっていたそれ――リグル・ナイトバグ――を、巫女からもらった治癒の護符を使って直し、白玉楼の二人は、先を進んだ。
レミリアは気絶している従者を抱え、元のルートへ戻っていった。
白玉楼組は道なりに進んだものの道は行き止まりとなり、来た道を戻った。
「どうしますか? 幽々子様」
「どうって?」
「どの道を選ぶのか、と言う事です」
「そんなの、決まっているでしょう。霊夢の選んだ道よ」
◇◆◇◆◇
魔理沙とアリスの前に、竹で出来た柵と和風の屋敷が見えた。白玉楼ほどの大きさではないものの、人里でもそこそこの大きさ。とはいえ、名家稗田家ほどではない。いくつかの民家が廊下で繋がったような構造。黒い瓦屋根。縁側にはふすま。壁は白い漆喰に円形の窓。上から見れば小さな中庭もある。これだけ広い場所があるにもかかわらず、外からこの建物は確認できなかった。その中庭に降り立とうとしたが何かに阻まれた。周囲に張っている結界のせいだろう。魔理沙らは周囲を確認し、玄関に向かう。飛び石が連なった先に、両開きの磨りガラスの扉。扉は開いている。石畳の沓脱ぎは恐ろしく広い。中の空間は広げられているようだった。一戦を交える舞台といった感じで――
一人の少女が木製の上がり框に腰を下ろしている。紫色を薄めた泡藤色の髪に、白いうさ耳。赤い瞳。上は白ブラウスに紺色のブレザー、下は紺色のミニスカート。見た目は魔理沙と同年齢といったところか。写真では見なかった顔。
うさ耳少女がこちらを見つめた。その瞳は緋色に輝く。――と、それは一瞬のことで、少女の姿が二人の視界から消えた。
「あれ? 今のは……」
魔理沙の呟きに、アリスも同調する。しかし、二人が周囲を見回しても、誰もいない。しばらく二人は警戒し、周囲の変化を読み取ろうとするも何も変わらない。壁は明かり取りの為の円形の窓。少女がいたと思われる上がり框の先に、幅五メートルほどの廊下が続いている。
恐る恐る警戒しながら、魔法使い達は、奥へと続く、暗い廊下を進んでいった。
◇◆◇◆◇
てゐに呼ばれ、鈴仙・優曇華院・イナバは玄関に向かい、上がり框に腰掛ける。命じられたのは侵入者の撃退。
最初に訪れる者は、客人。それ以降は、敵だという事だった。客人の方は、てゐが師匠達へと案内する。訪れるであろう金髪の少女に対しては、師匠達が相手をするという事だった。なんでも鈴仙とは相性が悪いと言う。
そういう訳もあって、鈴仙は二人の侵入者に対して能力を展開した。
能力の自由度は高く、この力は自身の眼でもって展開する。鈴仙は命令通りに事を進行させるため、位相をずらし、相手が鈴仙を視認できないようにした。ほどなくして、相手の二人はきょろきょろと辺りを見回していた。二人は鈴仙の術中にある。辺りを警戒しながら、奥へと進んでいく二人。
相性が悪いと言われていたが効果はあった。少しでも衝撃を与えてしまうと解けてしまう方法。しかも鈴仙は欲をかいて、永遠亭に住む四人の位相をずらしておいた。今のあの二人は、永琳、輝夜、鈴仙、てゐらの姿と、それに関する情報を見る事はできない。
上手くいけば、数秒で決着が付くだろう。そう思いながら、鈴仙は次なる侵入者を待った。
◇◆◇◆◇
背中、膝の裏に感じる体温の暖かさが心地よく、このまま寝てしまおうと考えていた咲夜は、時折聞こえる笹の葉の囀りで、現実に引き戻された。すぐに謝ろうとしたが、普段ではあり得ない状況に、主の顔を見惚れてしまう。が、それは数秒で終わった。レミリアは従者が目を覚ました事に気付き、悪戯っぽく声をかけた。
「目覚めの気分はいかがかしら?」
「うう」
咲夜の顔はうっすらと赤くなる。
「まあ、こっちの方が早いし、しばらく私に甘えときなさい」
「……」
「……」
「……あの、今の状況を教えてもらっても構いませんか?」
レミリアは従者に、自身が操られていた事、相手を退け元の道を探索している事を説明した。
しばらく進むと、道は途切れている。レミリアはこの展開が読めていたようで、咲夜に声をかけた。
「さあ、本命の道に行きましょうか?」
「お嬢様、ご存じだったのですか?」
「何が?」
「この道が外れだって事が、です」
「当たり前でしょう。咲夜が私とあの腐れ妖怪と話させないようにしていたし、どうせ本命はあの外道巫女の道が正解なんでしょう」
「そうですね。博麗霊夢はあの妖怪のお気に入りですので」
「あの狐に数字を書き換えさせれば、簡単なことでしょう。こんなの誰でも分かるのにねぇ」
「まあ、それだけ余裕がなかったことですかね」
咲夜はあのバレバレなそれが、時間差で早く目的地に着くように仕向けているような感じがしたのだが――
白玉楼の二人に遅れ、紅魔館の二人も巫女の通った道を進む。
◇◆◇◆◇
上白沢慧音の話は続く。
「博麗家は同時に別の対策を打った。それが命名決闘法案――スペルカードルール、命のやりとりをせずに、勝敗を決める方法。でも結局は広まらなかった。原因は色々あるけど、貴女もだいたい見当がついているでしょう。まあ幾つか上げましょうか。スペルカードを作るのに時間がかかる。カードの強弱が、そのまま使用者の力の差に反映されていること。技の美しさを競う事ができないこと。とりあえずはこんなところかしら。一番の問題は“技の美しさ”のところ。これ、完全に第三者を設定しないといけないのよ。単純にカードの攻略だけに搾っていれば、良かったのだけれどね。二者に対して、完全に公平に評価できる第三者なんていなかった。博麗家はこれを一種の見世物――ゲームとして流行らそうとしたのよ。
結果的に残ったのは、戦う際に結界を張る事(春雪喧騒:八雲藍及び八雲紫戦)だけね。理由は簡単。第三者に被害が出ることね。
昔、カッパ同士がけんかを始めて、その流れ弾が人魚に当たって、二匹のカッパは彼女に打ちのめされた。似たような話は沢山あってね……
命名決闘法案についてはこんなところね。さて、女性同士の交配で、八雲紫が認めるほどの強い巫女は生まれた。でも、この方法は次第に疑問視されていった。妖怪や月の脅威に対して、これほど力が必要なのかってね。子に望まぬ契りを交わさせ、ただ力を求めるために子を宿す。このシステムは本当に必要なのか? そう考え、元のあり方に戻ろうと彼らはしようとしたけれど、そうはならなかった。彼女――レミリア・スカーレットが現出したためにね。彼女を止めるために、半数以上の博麗の巫女は死傷したのよ。生き残った巫女達は考えた。八雲紫の物差しは役に立たない。子を守るためにはもっと力が必要なのだとね。そしてその歴史を引き継いで、貴女が生まれた。
えっ、ああ記憶についてね……これから話すのは彼らから聞いた話。精神的な事柄になるから私には確認が取れないの。それを踏まえて聞いてね。
二つ結界の維持は、八雲紫の生存と博麗の血筋の残存、この二つに集約される。だからこの二つを妨害しかねない要素を出来る限り排除しようとしたの。八雲紫の殺害、同族殺し及び自殺のストッパー。それを自身の脳にインプットしたのよ」
◇◆◇◆◇
ぐるりと竹藪を周り、北北東に位置するXIV(14)の道を妖夢と幽々子は進んで行くと、一つの建物が見えた。
玄関と思えるガラス戸は開け放たれていた。用心のため、妖夢は主を外に待たせ、先行する。石畳の沓脱ぎ場とは思えない広さ。ぽつりぽつりと配置された蝋燭の明かりは控えめで薄暗い。警戒しながら進むと、人影が見えた。
写真では見る事のなかった四人目の人物。こちらを見つめる赤い瞳が一際輝き――
幽々子の気配が消え、そこに別の気配が上書きされた。そう感じた妖夢は前方に跳躍し、その気配と距離を取った。振り返ると、主人の姿はなく、先程見た少女が空中に浮いている。 いつの間に移動したのか。涼しげな表情。赤い瞳。右手を上げ、指鉄砲の構えを取った。指先から赤い弾丸が無数に出現し、妖夢を狙う。白楼剣を抜き、弾丸を弾き、躱していく。相手の少女はさらに左手を上げ、右手同様に指鉄砲の構えを取り、青い弾丸を展開した。
相手の弾幕を躱す。攻撃は数秒で終わった。ただこちらを見て、にやにやと笑みを浮かべ、後ろ――屋敷の外――へと妖夢との距離を取っていく。
腕の一本や二本切り落としても死なないだろう。白楼剣を鞘に収め、腰を屈め、縮地の構えを取る。
◇◆◇◆◇
永遠亭の中へと入っていく従者は、幽々子の方を向いた。その目はいつもと変わらないが、挙動がおかしい。主人と事を構えるかのように、距離を取り、刀を抜き、左右に体を振る。まるで見えない攻撃をかわしているかのように――
「妖夢?」
そう声をかけようとしたが、妖夢は刀を鞘に戻した。こちらを見る従者の目は鋭い。まるで主人を敵と認識しているような――
妖夢は腰を低くする。その構えは、幽々子にとって見覚えのある動作。
焦りを覚える。後方斜めに後ずさる。
妖夢が空を蹴り、主人に肉薄する前に――
西行寺幽々子は叫んだ。
NEXT EPISODE あと四十二分
血飛沫が迸る。顔が、服が、噴き出す血で汚れていく。